【特集】 驚愕的中国旅行術  
2007.06.11
北京の胡同に三輪車の長い隊列赤い灯青い灯が什刹海に映る煙袋斜街を外国人がかっぽ
成田 勝
 
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池の畔を胡同めぐりの三輪車隊が行く
 
 北京の歴史的な胡同の街は、故宮の北西近く什刹海を取り囲んで建造された元の大都の城壁のうちにある。1274年什刹海を望む街の中心に鼓楼が建設され、太鼓の音が時間を知らせた。明清の時代を通じて四合院が立ち並び、今日の胡同が整備された。
 
 
 10年ほど前に政府は什刹海(前海、后海、西海からなる池の総称)周辺の胡同を含めた一帯を重点保護街区に指定し、観光整備計画を発表した。これに呼応して胡同めぐりの観光人力三輪車が什刹海の周辺を走りだした。乗るのは主に欧米人たちだった。
 ところが数年前から日本のパックツアーに胡同めぐりが登場して、四合院住宅でのお茶や家庭料理の昼食なども組み込まれ、爆発的な人気となった。
 久し振りに友人たちと乗って唖然とした。出発地点の鼓楼の広場から三輪車が長い隊列を組んで、狭い胡同をそこ退け、そこ退けと駆け巡った。胡同の人たちには迷惑千万だろうなと思った。胡同の庶民の憩いの場だった池の畔がさま変わりしていた。
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什刹海の前海と后海の境にかかる銀錠橋の賑わい。
 近くの胡同にある清の郵政大臣の邸宅だった「竹園賓館」、西大后に愛された宦官の別邸「好園賓館」にでも泊まって、早朝か夕方の三輪車隊の出動しない時間帯に、胡同をゆっくりと歩いてみたいものである。私たちは銀錠橋のイスラム料理の老舗で北京の家常菜や羊の焼肉を食べて、ゆっくりと老北京の味を楽しんだ。
 
 
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琵琶を奏でる観光小船がカフェ・バー街を行く。
 

 元の時代什刹海は積水潭と呼ばれ、江南からの大運河の終点として多くの商船が停泊し、北岸は賑やかな紅灯の巷であった、と北京の事跡を紹介した京都勝述に記されている。明の時代に紫禁城が拡張し積水潭が縮小された。港の機能が失われ歓楽の灯が消えてしまったが、什刹海は胡同の北京っ子たちの憩いの場所として愛されてきた。
  ところが、外国人観光客が増えるのに従い池の畔や胡同の奥に洒落たカフエやバーが続々と開店した。池の畔に失われていた歓楽の灯が復活したのだ。観光客はもとより、北京に住む外国人や若者たちの人気スポットになった。

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胡同の象徴「鼓楼と鐘楼」今は時を告げていない。

元の大都で始まった胡同の町並みは、明清の時代に整備された。
 
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