そら飛ぶ庭
   

介護日記
 
2012.3.13 

Diary of Country Life
Nursing of My Parents

自分、独居生活始まる

父の尿にがん細胞

面会者あり

大島  一洋 

カサブランカ
ろう梅

■寂しい生活

 父を多治見の老人ホームに入れてしまったら、自分の独居生活が始まった。火曜日と金曜日の二回、多治見まで父に面会に行くものの、なんとなく寂しい。
 朝は10時まで寝ていられる。これは嬉しい。起きて、まず薬缶にお湯をわかしてポットに入れる。次に、前日買っておいた切干大根の煮物を電子レンジでチンする。炊飯器からごはんを茶碗によそい、納豆と卵と醤油をかける。つまり納豆&卵かけごはん。これに味のり。野菜はトマトを一個切る。バナナを一本デザートにし、お茶をいれて飲む。これが朝食。
 新聞を読み、11時半ころ家を出て、喫茶店「夢」でアメリカンコーヒーとスポーツ新聞。DVDを借りる日は、そのあと「三洋堂」まで歩く。
「アピタ」に寄り、夕食用の煮物、例えば揚げ出し豆腐と翌朝の煮物。そばとそば汁などを買い、午後1時半ころ帰宅する。
 昼食は午後2時。買ってきたそばを茹で、わかめと卵を入れて食す。
 夕方までは、週刊誌など雑誌を読む。3時には夕刊が届く。
 夕方4時半に台所へ入り、まず翌日分の米を洗う。揚げ出し豆腐をチンし、炊飯器からごはんを茶碗によそい、ちりめん山椒をかける。ヨーグルトとキウイ一個にお茶。これが夕食。
 できるだけ外食はしない。
 夜はDVDを見るか読書。酒場へは週二回。火曜日と日曜日の夜8時半から10時まで。あとは読書と「ラジオ深夜便」。午前1時就寝。
 こうして一日が終わる。喫茶店と酒場以外では誰とも喋る機会がない。
 一人で生活するのは嫌いではないが、やはりふと寂しくなる。

クリスマスローズ

■面会日

 父が入居している多治見市の有料老人ホーム「生楽館」(きらくかん)へ行くのは、ほぼ一日がかりになる。
 中津川駅12時13分発の電車に乗る。約40分で多治見駅着。午後1時10分発のバスに乗り、旭ヶ丘6丁目で降りる。少し歩いて「生楽館」に着くと午後1時半。面会者名簿に記入し、事務所に挨拶。エレベーターで4階にいき、ナースセンターで父の様子を聞く。トイレの回数、食事を全部食べているかどうかなどを確認する。

中津川駅
旭が丘循環バス

 父の部屋、428号室へ行くと、父はベッドに横になっていることが多い。自分の顔をみると、にこっと笑う。車椅子に乗せ、談話室(食堂でもある)へ連れていき、持ってきた新聞や週刊誌を見せる。

週刊誌を読む父
父の老人ホームの玄関に蘭の花

 時々、すごく不機嫌な日がある。「お前はダメなやっちゃ」と罵倒する。「お前はもっとバカにならんとあかん。口先ばっかりで生きとるやろ」などと怒る。昔、教師だったせいなのか生徒を叱るような感じ。ところが、話がだんだん奇妙になっていく。「農業をきちんとせなあかん」「お前は名古屋から来とるのか」「土地の問題はもうどうでもいいのや」
 父は耳が遠いので返事しても聞こえない。黙って喋らせておく。食事もおやつも4人テーブルで、他の3人は話をしているのだろうが、父には聞こえないので会話に参加することができない。だからストレスが溜まっていて自分の顔を見ると爆発するのだ。まだらボケだが認知症ではない。
 やがて落ち着いて、新聞や週刊誌をながめ始める。芸能人の死亡記事などを示すと「ほー」と言って読む。言葉使いも優しくなってくる。「お前、生活費はだいじょうぶか」「欲しいものがあったら、俺のもの持って帰ってもええぞ」などと言いだす。
 帰りのバスは午後3時なので、2時50分頃、父を部屋に戻し、「また来るからね。バイバイ」と手を振ると、父も手を振る。この時の父の表情が寂しそうで毎回辛い。
 一時間に一本しかない午後3時のバスに乗り、多治見駅へ。駅の売店でサンドイッチとお茶を買い、午後3時43分の電車に乗り、客が少ないのでサンドイッチを食べる。
 中津川駅に着くと、夕方4時半。「アピタ」まで歩いて夕食と翌朝の惣菜を買って帰宅する。

多治見発15時43分発の電車に
乗ると16時半頃中津川に着く
多治見駅

■天寿がん

 ある日、往診中の医者に「大事な話があるから」と1階のセンターに呼ばれた。父の尿を検査したらがん細胞が見つかったというのだ。どこのがんかは、わからない。腎臓か膀胱か前立腺か、検査すればわかる。だが高齢だから検査は体に負担がかかるし、たとえどこの部位のがんかわかっても手術は無理だという。このままほっておくしかないが、いいかという確認だった。
 何もしないで、どれくらい持ちますか、と聞くと、多分1年くらいで、がんか老衰か心臓の病気で死ぬだろうとのこと。父を苦しませたくないので、このままにしておいてくださいと頼む。この老人ホームの経営は病院で、死を看取ってくれるし、死亡診断書も出してくれるそうだ。これは助かった。母の場合のように救急車で病院に運ばれることはないのだ。あと1年といえば100歳である。父はしぶといから、まだ2年くらい生きるかもしれない。
 あとで知ったが後期高齢者のがんは「天寿がん」といって何も処置しないで、ほっておくのが普通らしい。

■請求書

 この老人ホームは、月末締めで15日請求、27日口座からの引き落としというシステムらしい。1月分の請求書がきた。19日に入居しているから、13日分で9万7868円だった。明細書と領収書が添付してある。調べてみたが疑問点はなし。この調子でいくと、一か月30万円かからないだろう。父の年金に少し足すだけですみそうだ。一安心。

老人ホームの雛飾り
入浴サービスを受ける父

■大掃除

 昨年まで家に来てくれていたシルバーさんに頼んで台所の大掃除をした。もはや自分で食事を作ることはないので、里芋、じゃが芋、たまねぎ、人参、大根、白菜などを全部持っていってもらう。ついでに冷蔵庫を調べ、賞味期限切れのものをすべて捨てる。最後に床の雑巾がけ。バケツのお湯が二杯、真っ黒になった。フローリング用
のウエットシートで、2日に一回拭いていたが、やはり雑巾がけしないときれいにならない。

■引っ越し

2月28日(火)晴
「生楽館」から、父を4階から2階に引っ越しさせると連絡があったので行く。2階は病人専用のフロアで、寝たきりや点滴必要な老人が多い。父はがんが見つかったので、2階に移されたのだ。
 父が入浴中に4階のものを台車に乗せて2階へ運んだ。228号室。
2階は看護師が他のフロアより多く、24時間完全介護である。父の余命は1年と宣告されているので、この処置は仕方がないかもしれない。
4階で友達もできたところだったので、いきなり2階に移されて父は不満そうだった。でも、次第に慣れるだろう。

■面会者

2月29日(水)雨のち晴
 父の短歌の弟子である女性二人を連れて「生楽館」へ。前日2階へ移されたばかりなので、父の精神状態が心配だったが、非常に嬉しそうだった。
「俺はどっこも悪いとこあらへんぞ。ただ歳とってるだけや」としきりに強調していた。

父の面会に来た短歌の弟子たち

 今月は、父のがん細胞発見と余命1年という宣告が大きな出来事だった。自分はもう覚悟しているので、じっと父を見守るしかない。


                                                       (次回へつづく)


大島 一洋  (おおしま・いちよう)
1943年岐阜県中津川市生まれ。早稲田大学第一文学部美術専修科卒。
大和書房を経て、平凡出版(現マガジンハウス)に中途入社。「週刊平凡」「平凡パンチ」「ダカーポ」「鳩よ!」などの雑誌および書籍編集にたずさわり、2005年定年退職。現在はフリー編集者&ライター。著書に『芸術とスキャンダルの間』(講談社現代新書)。
 
 
 
 


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