そら飛ぶ庭
   

介護日記
 
2012.1.10 

Diary of Country Life
Nursing of My Parents

父の体調、急変する

自分、映画三昧

年末大掃除

大島  一洋 

庭の梅もどき
桐の実

■腰痛ストレッチ

12月1日(木)曇
 父は8時頃、一度トイレに起きたが、そのあとまた寝てしまった。好きなだけ寝かせておく。
 新聞を読んだあと11時まで仮眠。腰痛ストレッチ。この腰痛は、ひょっとすると内臓、とくに腎臓疾患からきているかもしれない。調べる必要あり。
 11時半に台所へ行くと、父が朝食を終えたところ。柿を切ってデザートに出す。
 正午前「ちばりや」という沖縄料理店で沖縄そばの昼食。父の朝食が昼食と重なると、自分は外食するしかない。
「夢」「アピタ」「くまざわ書店」と回って2時帰宅。
 夜8時、還暦合唱団の練習。終わって「まいど」という店でお好み焼き。10時半帰宅。

12月2日(金)雨のち曇
 午前7時半起床。父が珍しく早起きしたので一緒に朝食。
 新聞を読んで1時間仮眠。
 弟の史洋からりんごがダンボール一箱届いた。
 午後「夢」「アピタ」と回り、「くまざわ書店」で来年のカレンダーと来年からの五年連用日記を買う。2007年に買った五年連用日記は今月が最終月。田舎に帰ってから五年以上が過ぎたのだ。
 夜「にしの」。10時半帰宅。「ラジオ深夜便」

外装を終えた巨大スーパー「アピタ」

12月3日(土)曇
 父がトイレの床に小便をこぼすので、前あきのジャージーを探すがどこにも売っていない。はたと気がついて、下着売り場を探す。「まるいち加藤」という店にジャージーのように厚手の前あきズボンがあった。
 父の寝室、茶の間、廊下を掃除している間、父は近所へ散歩に出た。なかなか戻ってこないので探しに行くと、坂道の途中で杖をついて立っていた。ズボンにごみが付いているので尻もちでもついたらしい。「今の高校生は親切やなあ」と言う。坂道は中津高校の生徒の通り道になっている。転んでいる父を助けてくれたのだろう。父はもうこの慣れた坂道すらちゃんと歩けなくなっている。
 夜、DVD「太平洋戦争の奇跡」を見る。サイパン島の話がよくわかった。
 8時に父の入浴を見守り、自分も入る。

■父、一日五食

12月4日(日)晴
 朝食後、洗濯。干しはじめて気づいたが、父の下着が全然ない。ということは、父は着たきりすずめか。
 午後、「三洋堂」「夢」「アピタ」「高木酒店」と回り、2時帰宅。坂道の落葉を掃く。
 夜、「にしの」。10時半帰宅。「ラジオ深夜便」

12月5日(月)晴
 午後、梅村書店で来年の「岐阜県手帳」を買う。岐阜県のことが全部載っているので便利そう。
 午後3時、父に栗きんとんのおやつを出すと、りんごも食わせろというので半分切って出す。「口が卑しくなってるから、いろいろ食いたいんや」と言う。朝、昼、晩の三食以外に3時と夜7時のおやつで、一日五食である。食い過ぎだと思うが腹痛などの異変はないから大丈夫か。

12月6日(火)曇
 寒い朝。台所のストーブをつけてから洗面。だんだん寒くなる。
 新聞を読んで11時まで仮眠。変な夢。知っている酒場を探すのだが、いくら歩き回っても見つからないという夢。
 午後、図書館で金子みすずの「こだまですか」を立ち読み。CMで話題になっているらしいし、週刊誌で著作権問題が特集されていたから、確認のため。
 夜、「にしの」「いちりき」とはしご。11時帰宅。

12月7日(水)晴
 父が起きてこないので寝室へいくと、「まだ眠い」というので寝かせておく。
 午後、「すや」から東京の知人へお歳暮発送。
 夜、DVD「ピアニスト」を見る。教え方が厳しい女性ピアノ教授が、歪んだ性欲を持っているというありきたりな物語だが、ちょっと怖い。

12月8日(木)雨
 午前中、女性が玄関で「おいしい蜜柑がありますけど、ひとつ食べてみて、よかったら買っていただけませんか」と言う。押し売りである。食べたあと男が出てきて、食べたんだから買えという手口を聞いていたので、即断る。宗教の勧誘も多いので、「販売、勧誘などすべてお断りします」と紙に書いて玄関口に貼った。
 夜、父に入浴させ見守り、自分も入る。
 DVD「グッド・シェパード」を見る。途中で見たことがあると思いだした。マッド・デイモンが主役のCIAもの。ロバート・デ・ニーロ、アンジェリーナ・ジョリーと役者がそろった2時間超の大作。

玄関に活けた侘助
新聞を読む父

■父の右耳聞こえず

12月9日(金)曇のち晴
 朝食後、洗濯。今日は父の下着がたくさんあった。
 午後、いつものコース。
 夜、「にしの」「いちりき」とはしご。11時帰宅。寒い。室内温度7度。「ラジオ深夜便」

12月10日(土)晴時々曇
 午前中、仮眠して11時半に台所へいくと、父が朝食を食べるところだった。寒いのでストーブをつけ「ストーブを消すには、黒のプラグを抜いてください」と書いた紙をテーブルの上に置いた。父の耳にストーブの音は聞こえない。ことに最近は右耳が完全に聞こえなくなったので、左耳に怒鳴っている。
「アピタ」二階の「スガキヤ」という店でラーメンを食べ、素早く買い物して帰宅。父は食器洗いをしていた。ストーブのプラグを抜く。あとでわかったのだが、この灯油ストーブは3時間たつと自動的に切れるそうだ。
 夜、DVD「SEX AND CITY2」を見る。金はかけてるがバカバカしいだけの映画。
 市川森一氏死去。70歳、肺がん。

12月11日(日)晴
 午前7時半起床。寒い。室内温度3度。
 トイレにいくと、父がタイルの床にこぼした小便をトイレットペーパーで拭き、さらにトイレブラシでこすっている。「なんで尿瓶を使わんのや」と聞くと「そんなもん使えるか」と怒った。台所からクリーニングペーパーを持ってきて「いいからどいて、僕がやるから」と父をトイレから引き出し、床を拭いた。父は「おまえは俺のめんどう見過ぎや」とつぶやいて出ていった。
 午後、ずっと図書館。
 夜、DVD「ウォール・ストリート」を見る。マイケル・ダグラスの復活。オリバー・ストーン監督。

菊です
庭のまんりょう

■震度4の地震

12月12日(月)晴
 午前、午後はいつもの通り。
 夕方6時半、高木を誘って水上の家へ。忘年会の幹事会を兼ねたスキヤキ・パーティ。赤ワインを買っていく。
 柘植、高木、熊崎、牛丸、丸山、水上、自分と久し振りに7人がそろった。26日の忘年会の人数を各自確認。
 スキヤキは美味かった。こんなに肉を食べたのはいつ以来か。満腹。11時帰宅。

忘年会幹事会

12月13日(火)晴
 寒い朝。隣の空き地が霜で真っ白。
 父が一日中おかしかった。トイレに入ったり出たりを繰り返している。朝食と昼食のきしめんは食べたが、あとはトイレに入ったまま。下痢なのか便秘なのかわからない。様子を聞いても「なんだかおかしいようだ」と言うだけ。腸閉塞の再発が心配なので、夕食を食べずに寝るように言う。父は素直に寝室へ行った。胃腸のおかしいときは食べないのが一番いい。それにしても食欲のない父は、最近珍しい。
 夜、「にしの」。10時過ぎに帰宅してトイレにいくと、父の下半身の衣類が脱ぎ捨ててあった。便の臭いがする。便秘だったのか。便が付いてないかどうかを確認すると、少し汚れがあったが大丈夫そうなので、洗濯機に入れる。

12月14日(水)曇
 父の寝室をのぞくと「体調は悪くない」と言うのでそのまま寝かせておく。
 朝食後、仮眠したあと11時に起きて、父の寝室へ行く。「今、何時や」と聞くので「11時や」と答えると「昼か夜か」と言う。「昼や」と返事して寝室のカーテンを開けた。
「可知先生に往診してもらおうか」と聞くと「そんな必要ない。もう大丈夫や」と答えて起きた。
「梅の木」で焼きそばとアメリカン。「アピタ」で買い物して1時帰宅。父が朝食兼昼食を始めるところだった。
 突然、家が激しく揺れた。地震だ。テレビをつけると、震源地は東美濃で震度4。中津川市も東美濃である。揺れはすぐおさまり、余震もなかった。
 父の夕食の食べ方を見て、体調は戻ったと判断した。一安心。

■目薬を換える

12月15日(木)曇
 寒い朝。食後、洗濯。父の下半身もの多量。
 新聞を読んで11時まで仮眠。父がまだ寝たままなので「昼だよ」と言って起こす。
 父が洗面しているあいだに、自分だけきしめんを作って食す。
 いつものコースを回って2時帰宅。父が朝昼兼用の食事を終えたところだった。
 2時半過ぎ、おやつの準備をしようと台所へ行くと、なんと父がごはんを食べている。さっき茶椀に山盛り食べたばかりなのに、もうお腹が空いたのか。炊飯器を調べると、夕食は一人分しか残ってない。「何かおかずはないか」と言うので、佃煮と漬物、お茶を出す。「父ちゃん、食い過ぎや。お腹こわすよ」と言うと「大丈夫や、今の時間が一番食欲がある」とのこと。本当に空腹なのか、認知で食べたことを忘れたのか、よくわからない。冷凍庫から小さ目のごはんの玉を出しておく。自分の夕食分。
 夜、DVD「スピーシーズ」の3と4を見る。これはメイクが大変だったろう。それとも単にCGか。

12月16日(金)曇時々雨
 午前9時27分淀川発のバスで市民病院眼科。10時に定期健診の予約がしてあった。結膜炎は良くもならず悪くもならず。結膜炎の目薬パタノールは痒みが出るので中止してもらい、白内障の進行を止めるカリーユニという目薬に替えてもらう。次回は4月20日の予約。
 11時に帰宅すると、父がちょうど起きたところ。自分はきしめんを茹でて食べ、父は朝昼兼用の食事。
 午後、いつものコースを回って1時半帰宅。「まるみ薬局」で処方してもらったカリーユニという目薬は痒みもないし、すっきりして効きそうな感じ。
『本の雑誌』1月号届く。2011年度ベスト10に『ジェノサイド』高野和明が3位に入っているし『週刊文春』のミステリーベスト10でも圧倒的票数で1位。
 夜、DVD「プレデター」を見る。アーノルド・シュワルツネッガー主演。のちの「プレデターズ」につながる最初の映画。「プレデター」とは「捕獲者」という意味らしい。
 野田首相、福島第一原発収束宣言。嘘っぽい。

12月17日(土)晴
 珍しく父が早起き。昼食も一緒に、とろろ蕎麦を食べる。
「三洋堂」まで歩き、DVD5本借りる。「夢」「アピタ」と回る。
 夜、DVD「スピーシーズ」の1と2を見る。3,4を先に見てしまったので最初から見ることにした。簡単に言えば、エイリアンものにエロをかませただけのSFホラーだが、まだ続くような気がする。

シクラメン
野菊

■今年最後の墓掃除

12月18日(日)曇
 朝、玄関を開けると、薄っすらと雪景色。市街地では今冬初の雪。すぐ融けて消えた。
 母の月命日なので、仏壇をあけ、線香をあげる。
 父がトイレの床をブラシでこすっている。もう習慣になってしまったようなのでやらせておく。
 午後、仏壇用の菊花と墓花を買ってくる。仏壇に菊を供え、墓花、水、雑巾、線香を持って打越(うちこし)の墓へ。今年最後の墓掃除。落葉が少しあるだけできれいだった。お墓は新しい花を活けると、きりっと締まる。
 夕食はおでんセットに牡蠣鍋。ヨーグルト、りんご。
 夜、DVD「ミッション・インポッシブルV」を見始めたが、途中で見たことがあると思い出し、結末もわかったので中止。
 8時半「にしの」。10時半帰宅。「ラジオ深夜便」

母の月命日の仏壇
掃除の終わった墓

12月19日(月)曇
 北朝鮮の金正日総書記死亡。69歳、心筋梗塞。

12月20日(火)晴のち曇
 寒い。室内温度3度。
 午後、「アピタ」内の「くまざわ書店」で『ジェノサイド』を購入。ベスト10ものは買わない主義だが、これだけは買うことにした。「ジェノサイド」は殺戮の意と知る。
 夜、少し読み始めたが年内に読み終えるかどうか。
 8時半「にしの」。10時半帰宅。読書の続き。

12月21日(水)晴
 午後、「三洋堂」でDVD5本借りる。「梅の木」でアメリカンとスポーツ新聞。
 3時、木下ケアマネージャー来。父の定期面談。耳の遠い父はほとんど喋らない。10分で終了。
 夜、DVD「ア・ホーマンス」を見る。若い松田優作の監督作品。彼らしい凝りかただ。次にヘンリー塚本の新作を見る。よくもまあ、こういう年増(といっても35歳くらいか)の巨乳AV女優を探してくるものだと感心する。
 茶の間の電気が消えているのにテレビがついている。父が消し忘れたのだ。
 森田芳光氏死去。61歳、肝不全。早すぎる。

父とケアマネージャーとの面接

■父のボケは本当か

12月22日(木)曇 冬至
 午後、買い物から帰ったあと、父の寝室、茶の間、廊下に掃除機をかける。
 3時過ぎ、校長会の人が父の白寿の祝いを持ってきた。寿詞と富士山の色紙。寿詞には百歳とあるが、来年99歳になるので数えで百歳という意味らしい。
 冬至なので夕食にかぼちゃを食べ、庭の柚子を2個もいで半分に切ってガーゼで包む。柚子湯の準備。
 7時に風呂の浴槽に湯を溜め、父に入浴するように言う。しばらくごそごそしていたので、てっきり入浴したと思っていたら、父はまだ茶の間にいた。以下は父との会話。
「風呂、入ったの?」「どうやったかいな、裸になったことは覚えとるが」
 調べるとタオルは濡れてないし、入浴した気配がない。
「父ちゃん、入っとらんよ」「そうかあ、俺はボケたなあ」「ボケてるよ」「どうしたもんかなあ」「今夜はもうこのまま寝たほうがいいよ」「そうするか、まあ自分がボケになったことがわかっただけでもいいわ」
 最後のせりふは完ボケでないことを示している。
 仕方ないので自分だけ入浴。柚子の香りがいい。
 父は10時までテレビを見ていた。
「ラジオ深夜便」

12月24日(土)晴 夕方から雪
 朝食の準備をしていると、珍しく早起きした父が台所にきて「さあ、雑煮でも食うか」と言う。正月と間違えている。
 父と一緒に朝食をするのは久し振り。
 午後、買い物したあと後藤理髪店。髪を切ったら後頭部が寒い。
 夜、DVD「NEXT」を見る。ニコラス・ケイジ主演。2分先がわかるという人間の話。

12月26日(月)晴
 朝、玄関を開けると雪景色。だが積もるほどではない。
 午後、吉田米店に米5キロ依頼。いつも一か月5キロだが、今月はまだ日があるのに5キロ追加。父がいかに食欲があるか、改めて知る。
 早めに夕食を終え、5時半に中津川駅前集合。6時から星ケ見荘で、中学3年3組の忘年会。17人集まる。名古屋から3人。宴会。ビンゴゲームでハンカチが当たった。
 9時、日帰り組7人がバスに乗る。自分も日帰り組。10人が宿泊。自分も泊りたいが、朝、父の食事をつくらねばならないので無理。
 早い時間から飲んだので酔った。

中学3年3組発著世忘年会

■父転倒す

12月27日(火)晴
 自分だけ先に朝食を終え、自室で新聞を読んでいると、台所で大きな音。飛んでいくと、父が倒れていた。助け起こそうとするが「大丈夫や、自分でやれるで」と言う。頭をどこかにぶつけたらしく、右側頭部にこぶができて、血がにじんでいる。触ると「痛いからほっとけ」と怒った。たいした事故ではないので、そのまま食事させる。
 午後、いつものコース。
 夜、DVD「ゼロの焦点」のリメイク版を見る。中谷美紀がいい。
 8時半から「にしの」「いちりき」とはしご。11時半帰宅。

12月28日(水)晴
 朝、トイレが水浸し。父はこぼした小便の臭いを消すため、手洗いの水をかけて、タワシでこすっているらしい。新聞紙を持ってきて水を吸い取らせ、あとを雑巾で拭いた。
 朝食後、新聞を読んでから仮眠。11時に起きて台所へいくと、父が朝食兼昼食を食べるところだった。
 11時半に家を出て、銀行から東京へ生活費を振り込む。「梅に木」で焼きそばとアメリカン。帰宅すると、ちょうど父の食事が終わったところ。
 換気扇をはずし風呂場のたらいに漬けバスクリンを吹き付けておく。次にバケツにお湯を入れて玄関の掃除。脚立に上って高いところから拭いた。バケツの水が真っ黒になった。
 換気扇を洗う。しつこい油。こすり落として窓の外に干す。
 父の寝室、茶の間、廊下に掃除機をかける。父は和室に逃げた。

12月29日(木)晴のち曇
 トイレに「父上へ 尿瓶を使ってください。僕も使っています。 一洋」という貼り紙をしておいたら、尿瓶に尿が溜まってそのまま捨てないであった。床は少し濡れていたが雑巾で拭いたらきれいになった。
 父を起こし、下着を換えさせる。
 午後、買い物から帰ったあと、台所の棚を掃除する。これで年末の掃除は終了。
 夜、「いちりき」で飲み会。

12月30日(金)晴
 父は尿瓶を使った気配がない。雑巾で床を拭く。
 午後、「アピタ」でおせち料理を各種買ってきて三段重箱に詰めた。たつくり、こぶ巻、数の子、黒豆、だし巻、えび。
 夜、DVD「リーサル・ウエポン」を見る。以前に見たことがあるような気がする。
 8時半に「にしの」。
 10時半に帰宅すると、父がこたつに首まで入って寝ていた。廊下に置いてある掃除機を使おうとした形跡がある。じぶんも何か掃除でもしなくては、と思ったのだろうか。こたつからベッドへ父を連れていくのは諦める。転んで、どこか打ったらしいが、うなっているだけで何を言っているのか、さっぱりわからない。いやな予感。

和菓子の老舗「すや」の角松
父に贈られてきた正月用の花

■父、食事せず

12月31日(晴)
 あまり寒いので9時半まで寝てしまった。起きていくと、茶の間のテレビと障子一枚が倒れていた。寝室をのぞくと、父は足のほうを頭にして寝ていた。下半身は小便でぐっしょり。すべて脱がせて着かえさせる。シーツもふとんも濡れているのではがして干す。
 戸棚から新しいシーツと毛布を出し、父をもう一度寝かせる。父は沈黙したままだ。
 こたつの座布団二枚も濡れていたので外の塀に掛けて干す。
 どうやら昨夜、父はこたつを出て、あちこちぶつかりながらトイレにいき、ベッドへもぐりこんだようだ。
「まるみ薬局」でおむつと使い捨てのゴム手袋を買ってくる。母のときと同じことが起こり始めた。帰宅して寝室の父に「どうしたの?」と声をかけても反応がない。「ごはんを食べる?」と聞いても黙っている。昨日とは全然違う人物になってしまったようだ。
 また失禁したので、おむつを当てようとすると「痛い、痛い」と初めて言葉を発した。見ると左膝内側が大きく内出血していた。転んだときに打ったのだろう。
 自分だけで昼食。父の下半身ものを洗濯。
 食事もせず寝たきりになってしまった父がやはり心配なので、休診中の可知医院へ行き、インタホンを鳴らして往診を頼む。先生は留守だったが、連絡して返事するとのことだった。
 2時半、可知先生が往診に来てくれた。父は可知先生を認識できたようだが、何も言わない。診察した先生は「身体的にはどこも悪くないので、精神的なものだろう」と言う。
 たぶん父は、昨夜自分のしたことがわかっていて、自信喪失したのではないか。他人に頼らなくても自分で何でもできると思っていたのが、そうではないと知ったに違いない。だから茫然としているのだ。
 可知先生はもう一晩様子を見て、このまま食事をしないようなら、明日また連絡しなさい、と言って帰った。
 父は夕食もせず寝たまま。
 昨夜のようなことが起こっては困るので、茶の間に寝ることに決め、自分のふとんを運んだ。
 ビールと焼酎を飲みながら、紅白歌合戦を見た。
 2時間ごとに父は寝室のドアを開け、トイレへ行こうとする。自分が手助けしなければ歩けない。トイレへ連れていくとちゃんと排尿した。自分が茶の間にいてよかった。でなければ昨夜と同じことが起こっていただろう。
 3回目くらいから、寝室のドアをあけた父を笑顔で迎えると、父もほっとした表情を見せるようになった。
 こんなにじっくり紅白を見たのは何年ぶりか。歌手の三分の一は名前を知らなかった。東日本大震災のため「あしたを歌おう」というテーマで選曲されていたが、これは仕方ないだろう。
 結局、深夜1時までテレビを見て、父の寝室のドアの入り口にふとんを敷いて寝た。朝4時頃父がトイレへ行くのを介助した。父がいつトイレに起きるかわからないので熟睡できなかった。こうして新年の朝を迎えた。

(次回へつづく)


大島 一洋  (おおしま・いちよう)
1943年岐阜県中津川市生まれ。早稲田大学第一文学部美術専修科卒。
大和書房を経て、平凡出版(現マガジンハウス)に中途入社。「週刊平凡」「平凡パンチ」「ダカーポ」「鳩よ!」などの雑誌および書籍編集にたずさわり、2005年定年退職。現在はフリー編集者&ライター。著書に『芸術とスキャンダルの間』(講談社現代新書)。
 
 
 
 


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