そら飛ぶ庭
   

介護日記
 
2011.6.7 

Diary of Country Life
Nursing of My Parents

父、下血で検査入院

自分、肘痛に悩む

特別出費の多い月

大島  一洋 

■黄砂がやってきた

5月1日(日)雨
 朝食後、洗濯。雨が降っているので廊下に干す。
 父は10時ころまで起きなかったよう。新聞を読み、仮眠して11時45分に台所へ行くと、父が朝食を終えたところだった。昼飯はいらないと言うので、雨の中出かける。街は「六斎市」で賑わっていた。「たなか」でミートソース・スパを食べる。「縹」「アピタ」と回って2時帰宅。
 夜、『文藝春秋・短篇小説館』を読み始める。丸谷才一「墨色の月」、安岡章太郎「伯父の墓地」を読んだあと「にしの」。高木と熊崎を呼び出し一緒に飲む。給湯器ガス工事のとき、業者のために駐車場を借りたお礼。同級生だから甘えていいというものではない。きちんとお礼をするのがこの田舎のしきたりである。11時半帰宅。「ラジオ深夜便」。

白い山吹とやえの雪柳


5月2日(月)晴
 午前中、馬島さんがガス工事でむき出しになった奥の壁板を張り替えにきてくれた。壁土が見えるほど崩れていたのがきれいになった。電気屋が漏電検査にくる。おかげで午前中仮眠できず。
 凄い黄砂。恵那山が黄色くかすんでいる。銀行から4月のシルバー料金を振り込む。いつものコースを回って2時帰宅。夕方まで『波』5月号を読む。
 夜、『短篇小説館』の藤沢修平「浦島」、大江健三郎「静かな生活」、吉行淳之介「蝙蝠傘」、村上春樹「トニー滝谷」を読む。
 11時頃トイレに行くと、父がトイレブラシで床のタイルをこすっている。漏らした小便をブラシで拭いているつもりらしい。「いいから、もう寝なさい」と父を怒鳴ったあと、トイレットペーパーでびしょ濡れのタイルを拭く。おそらく父の小便はだらだらと垂れる感じなのだろう。もう一歩前に出て排尿すればいいことがわからないのだろうか。

シャクナゲ

5月3日(火)憲法記念日 曇
 午前7時半起床。ストーブを点けるほどではないが、やや寒い。父は8時半に起きた。
 1時間仮眠。
 午後出かける。作日同様、黄砂がひどい。風景がかすんでいるのは白内障のせいかもしれないが。
 夜、『短篇小説館』の三浦哲郎「添い寝」、田久保英夫「二人静」、大庭みな子「モーツァルトの金星蝕」を読んだあと「にしの」。最近、この店は混むようになった。11時帰宅。
 アメリカが、オサマ・ビンラディンを殺害。復讐テロが怖い。

芝桜
餅を食べる父

■風間ゆみに注目

5月4日(水)みどりの日 晴
 午前中、1時間仮眠。
 午後、「三洋堂」まで歩く。暑い。この陽気が続くのなら、合い服に衣替えしたいが、朝晩はまだ寒い。
 夜、7時に浴槽に湯を入れ、父にいつでも入浴できるよ、と伝える。8時に浴室の窓をあけて覗くと父はゆったりと湯に浸かっていた。
 9時過ぎ、自分も入浴するつもりで浴室に行くと、なんと父がまだ入っている。しかも湯が浴槽の縁までいっぱい。湯を出して止めるのを忘れたということだ。つまり、一度入浴したことを忘れ、2回入ったのだろうか、よくわからない。父を浴室から出し、自分が入る。頭から足先まで丁寧に洗う。
 10時から風間ゆみのAVを見る。一本は2006年の「人妻不倫旅行5」で30歳とある。いい体をしているが、顔にほくろがあり、出っ歯ぎみ。次に比較的新しい「限りなく麻薬に近いアリ地獄」を見ると体はいいが、少し太った。顔のほくろは消え、出っ歯も矯正したようだ。


5月5日(木)こどもの日 晴
 父が起きてこないので寝室へ行き「夕べ遅かったから、ゆっくり寝てていいよ」と言う。
 洗濯をし、新聞を読んで仮眠し、11時半に台所へ行くと父が朝食の最中だった。
 温かいので合い服のシャツ、ジャケットにチノパンで出かける。
「アピタ」の二階にある「矢吹」という店でラーメンの昼食。そのとき、他のテーブルで東京時代、自分の部下だった女性がいるのを発見。彼女は中津川出身の男性と結婚したので、GWを亭主の実家で過ごしているのだろう。懐かしくて声をかけようかと思ったが大勢のグループだったので遠慮しておく。
 いつものコースを歩いて1時半帰宅。今日は黄砂がないので、弟のふとん、毛布、シーツを干す。「アピタ」二階の衣料品売り場でGパン二本買う。
 3時半、弟のふとんなどを取り込み、自室の押入れに収納。
 夜、『短篇小説館』の遠藤周作「取材日記」、河野多恵子「怒れぬ理由」、瀬戸内寂聴「木枯」を読んだあと「にしの」「いちりき」とはしご。11時帰宅。酔った。酒に弱くなった。

■谷崎潤一郎の声

5月6日(金)晴
 午前10時頃、角田工業がガス工事のその後の様子を見にきた。問題なし。
 新町の「ニチイ」へ父の新しい介護保険証を届ける。コピーして返してくれた。
 午後、「いけだ書店」で『SPA!』、『新潮』5月号、DVD「アスファルト・ジャングル」を買う。夕方まで『SPA!』を読む。
 夜、DVD「アスファルト・ジャングル」を見る。ジョン・ヒューストン監督。マリリン・モンローが端役で出ている。若い。「ラジオ深夜便」。

牡丹

5月7日(土)晴
 午前中、1時間仮眠。
 午後、いつものコース。
 夕方まで『新潮』5月号の谷崎潤一郎「瘋癲老人日記」を読む。
 夜、『新潮』5月号の付録「瘋癲老人日記」のCDを聞く。1962年(谷崎77歳)にラジオで放送された音声劇。主人公を谷崎自身が演じている。77歳にしては若い声だ。粘っこく、官能的ですらある。長男の嫁・颯子は淡路恵子が演じている。音楽は武満徹。これは今月の収穫だ。
 8時過ぎ、浴槽に湯を入れ、父に入浴させる。今夜はうまくいった。
「にしの」「いちりき」とはしご。また酔った。
 団鬼六死去、79歳、食堂がん。

これも牡丹

5月8日(日)晴
 朝食後、洗濯。風が強いので廊下に干す。
 午後「三洋堂」「夢」「アピタ」と回って2時帰宅。庭の草取りをするつもりだったが、暑そうなのでやめておく。
 父が散歩に出かけた。30分ほどで戻ってきたが「どこ行ってきたの?」と聞いても「さあて、どこやったかなあ」ととぼけているのか、本当に忘れているのかわからない。
 夜、雑誌を拾い読みしたあと「にしの」へ行くと看板が消えていた。「いちりき」がやっていたので10時半まで飲む。なんだか酔いが早い。年齢のせいか肝臓か。
 AV「人妻温泉シリーズ」を見ると風間ゆみが出ていた。
 夜、『小説のように』の「深い穴」を読んだあと「いちりき」へ。10時半帰宅。

■父のあら探し

5月9日(月)曇のち晴
 午前中、1時間仮眠。10時半に起きると、父が不機嫌そうな顔で家のまわりを歩いていた。雑草が気に入らないのかもしれない。昨日少し抜いておけばよかったと思ったが、父の機嫌をとるようなことは、ストレスになるのでしない。
 最近の父は、あら探しをするように、冷蔵庫をあけて賞味期限を調べたり、戸棚の砂糖壷のスプーンがちゃんと穴にささっているかを確認したりする。何もすることがないからだろう。
 昼食のそばを食べている最中に、父が「玄関を入ってすぐの本棚の桟に埃がたまっているから掃除しろ」と言った。見ると埃がある。まあ、よく見つけるものだ。クイックルワイパーのウエット紙で拭く。ついでに応接室の椅子の腕の部分なども拭く。気がつかない所に埃がたまっている。
 午後、いつものコースを回ったあと、天気がいいので旭が岡稲荷まで行ってみる。自宅から坂を少し上った所にある。約10本の赤い鳥居を建て替えたと聞いていたが、真っ赤できれいになっていた。寄進者名のなかに同級生の名も見えた。
 新装なった中津高校の校舎も見て3時帰宅。疲れた。この町の方言で言えば「えらい、えらい」という状態。
 夕刊ニュース「浜岡原発全号機停止受け入れ」
 夜、『文藝春秋』6月号を読む。「文藝春秋88年が伝えた震災、津波、被曝の証言」「オノ・ヨーコ 安田財閥の血と芸術の血 石井妙子」「プロ野球伝説の検証 江夏の21球は14球のはずだった 二宮清純」が面白い。
 10時半、シャワー。缶ビール、焼酎。「ラジオ深夜便」。

鳥居が新しくなった旭ヶ岡稲荷

5月10日(火)雨
 昼食後、1時間仮眠。10時半に起き、直し屋の「柾」で半天とシャツを受け取り、そのまま「はりぶん」へ洗濯に出す。
 午後、小雨のなか「夢」「アピタ」と回って出るとどしゃ降りの雨。少しおさまるまで待とうかと思ったが、家までたいした距離ではないので買い物袋をさげて突っ走る。これが失敗。家についたら全身びしょ濡れ。下着まで濡れてシャワーを浴びることになった。激しい雨は20分くらいでおさまった。「いけだ書店」で20分立ち読みでもすればよかったのだ。
 夜、500円DVDショップで買った「真昼の決闘」を見る。だいたいの内容は覚えていたが、グレース・ケリーが男を殺すシーンは記憶になかった。最も大切なシーンなのに。
 8時半過ぎ「にしの」。客4人。ビール一本と焼酎水割り二杯飲んだら急に酔いがまわった。10時過ぎ帰宅。
 ヘンリー塚本作品の新しいのを見る。良くない。レイプや唾フェチものなど好きになれない。やはり蚊帳やドラム缶風呂や洗濯たらいなど、田舎ものが自分には合う。
 あまりに眠いので零時に就寝するも眠れず、起きてセルシン2錠追加。

おおでまり
モッコウバラ

■自分はもう現役ではない

5月11日(水)雨 
 朝食後、1時間余仮眠して11時半に台所へ行くと、父が朝食の最中だった。昼食は外で食べることにして雨の中へ出る。まあよく降る。図書館で『鷗外の恋 舞姫エリスの真実』六草いちかを借りる。「梅の木」で焼きそばとアメリカン。午後1時過ぎ帰宅。パソコンの動画でサントリーのCM「上を向いて歩こう」などを見る。これは素晴らしいアイディアだ。
 夜、『鷗外の恋』を読み始める。著者の六草いちかという人は20年余ドイツ在住。よく調べている。ドイツ語に堪能でなければ書けない著作だ。
 7時半に浴槽に湯を張り、父に入浴させる。なかなか出てこないので8時半に覗くと「湯がぬるい」と言う。そんなはずはないので温度調節の目盛りをみると水になっていた。父が湯をふやすつもりで目盛りを逆に回してしまったのだ。浴槽の栓を抜いてぬるい湯を減らし、熱い湯を入れる。
 父と入れ替わりに自分も入浴。10時から缶ビール、焼酎を飲みながらヘンリー塚本の好きな作品だけ見る。

5月12日(木)雨
 朝食後、洗濯。雨なので廊下に干す。1時間仮眠。
 午後、雨の中をいつものコース。一度帰宅してから後藤理髪店。
 夜、『本の雑誌』6月号を読む。「特集=新潮社に行こう!」を読んで自分のマガジンハウス時代を懐かしく思い出す。と同時に、自分はもう現役ではないことを思い知らされた。田舎で父の介護をするだけで精一杯である。
 8時、還暦合唱団。終わって「かかし」で今年の同窓会の打ち合わせ。ビールと焼酎一杯飲んだだけで酔う。おかしい。血液検査の必要ありだ。11時過ぎ帰宅。
『本の雑誌』6月号を読了。昔親しかった若手編集者が部長クラスになって出ていた。羨ましい。
 福島原発メルトダウンが明らかに。ハワイに放射性物質が漂着する危険ありとラジオのニュース。

忘れな草
姫うつぎ

■ガンマGTP300

5月13日(金)晴
 7時半に起きて可知医院へ順番取り。8番だった。家に戻って朝食の支度をし、食べないで8時半可知医院。血液検査のための採血。結果は月曜日の午後出る。
 朝食後、1時間仮眠。父はまだ起きてこない。11時半に台所へ行くと、父は朝食中。
「たなか」でミートソース・スパの昼食。「夢」「アピタ」と回って2時帰宅。
父が後藤理髪店まで歩いて行くという。50年間通っている原理髪店は太田町にあり、歩くには遠過ぎるので近くの後藤理髪店にすることにしたらしい。一緒について行こうとしたが「一人で行ける」と怒るので好きにさせる。じっと見ていたら杖をつき、時々休みながら歩いていった。その間に父の寝室、茶の間、廊下に掃除機をかける。
 夕食の材料を台所のテーブルに並べ、後藤理髪店に電話すると、今終わったというので迎えに行く。しっかりとはいかないが、杖さえあればどうにか歩ける。
 夕刊に「浜岡原発運転停止」とある。
 夜、『鷗外の恋』を読みつぐ。8時半「にしの」。客10人。11時帰宅。「ラジオ深夜便」

5月16日(月)晴
 朝刊ニュース。「震災当日に燃料溶融」「福島一号機 津波の5時間半後」
 隠していたことがどんどんバレる。何も信用できない。週刊誌報道が唯一の頼り。
 午後、いつものコースを回ったあと、可知医院へ夕方の順番取り。
 夕食後、5時半過ぎ可知医院へ。血液検査の結果を聞く。ガンマGTP300。前回290だったのでこれはそんなに変わってないが、中性脂肪618で前回の3倍。完全にアルコール性肝炎で、早く酔うのは、アルコールを分解する機能が低下しているせいだとのこと。一日のアルコール摂取量をビール一本と焼酎の水割り二杯に減らしなさい、と言われた。
 夜、『小説新潮』5月号の阿刀田高「源氏物語を知っていますか」の連載2回目を読むと面白いので4月号を引っ張り出し、連載1回目から読む。

マーガレット
茶の間で新聞を読む父

5月17日(火)晴時々雷雨
 朝、寒くて目が覚める。朝晩はまだ気温が低い。
 朝刊ニュース。「2,3号機も炉心溶融か」1〜3号機までメルトダウンしていたのだ。さて水中放射能をどうするのか。チェルノブイリ以上になるかもしれない。
朝食後、長靴に履き替え、裏庭の雑草を取る。1時間で疲れたので中止。10時に馬島さん来る。まず火災報知機を台所の天井と自室の天井に取り付けてもらった。6月1日までに市内の全家屋に付ける義務ありと市役所広報に載っていた。
午後、いつものコースを回って帰ると馬島さんが畑の草を刈っていた。突然雷雨。馬島さんは軽トラから雨合羽を出して作業を続けた。
3時過ぎ、晴れてきたので馬島さんにお茶を出す。彼は6時半まで仕事した。
夜、『週刊朝日』を読んだあと「にしの」。ビール一本と焼酎の水割り二杯飲んで10時半帰宅。「ラジオ深夜便」

台所に付けた火災報知器

■父、入院告知に深刻顔

5月18日(水)晴
 母の月命日なので仏壇を開け、線香をあげる。
 朝食後、1時間仮眠したあと、長靴に履き替え、馬島さんが刈った畑の草を整理する。次に池からの溝を掃除する。すごい泥が溜まっていたので鍬で掬い上げる。午後も続ける。
 馬島さん夕方6時に現れ、レンギョウの垣根を剪定した。明日は朝から来るとのこと。
 夜、『週刊朝日』『SPA!』を読んだあと、父に入浴させ、自分も入る。
 10時から缶ビール2本と焼酎水割り2杯だけ。「ラジオ深夜便」。
 児玉清死去。77歳。胃がん。

5月19日(木)晴
 父が起きてこないので寝室へ行くと「今朝下血した」と言う。あわてて可知医院へ電話。木曜日は診察日ではないが「すぐ連れてきなさい」と言われる。ちょうど馬島さんが庭に入っていたので、彼の車に乗せてもらい可知医院へ。市民病院の消化器内科の先生宛の紹介状を書いてもらいタクシーで市民病院へ行く。下血しているので検査のため入院と決まる。西棟210号室。4人部屋。
 自分は一度帰宅し、タオルや下着、洗面具など入院に必要なものを揃えて、再び市民病院へ。馬島さんには夕方までに仕事を終えてくれるよう頼む。
 父は点滴を受けていた。明日午後、大腸検査をするので今夜から下剤で腸を空にするとのこと。ケアマネージャーの垣内さんに電話し、ヘルパーをキャンセルする。
 夕方4時帰宅。馬島さんに支払いをすませ、「三洋堂」まで歩きDVDを返却する。「アピタ」の「寿司御殿」で稲荷寿司とまぐろ巻を買い夕食にする。
 2年前、父が腸閉塞の再発で入院したときのことを日記で調べる。外食の多いことがわかった。
 夜、「にしの」「いちりき」とはしご。11時半帰宅。「ラジオ深夜便」。今日は疲れた。

病院の廊下を歩く父
スズラン

■父、退院告知に笑顔

5月20日(金)晴
 午前8時起床。きしめんを作って朝食。
 午前9時25分のバスで市民病院。偶然だが自分の眼科検診日と父の検査日が重なってしまった。結膜炎はよくもならず悪くもならず。11時半バスで帰宅。
「ちばりや」という沖縄料理店で沖縄そばの昼食。午後1時20分のバスで市民病院へ。父は病室で深刻な顔をしていた。「俺は今度こそダメかもしれんから、お前覚悟しとけよ」とマジな顔で言う。「そんなもん検査が終わらなわからん」と答えておいた。
 午後3時、父が検査室に入る。自分は外で待った。30分くらいして医者が出てきた。「出血の原因はよくわからないが、大腸の壁が切れたのかもしれない。血はもう止まっているので月曜日に退院してください」と言われる。なんだかあっけない。父の耳元に「月曜日退院や」と怒鳴ると、とたんに笑顔になり、病室へ着くと杖をついてトイレへ行った。しぶとい父である。
 夕方5時に「アピタ」の「寿司御殿」で稲荷寿司ほかを買い、「まるみ薬局」で処方箋の目薬を受け取る。ちょうど電気治療師が来ていたので肘を診てもらう。頚椎が原因とのこと。それはわかっているので、どうしたらいいか聞くと針灸がいいかもしれないと言う。すぐ杉山針灸院に電話し、明日午前10時に予約する。
 夕方6時半「かかし」。名古屋から同級生の纐纈が来たので臨時同級会。熊崎、高木、牛丸、丸山が集まる。9時過ぎ解散し、熊崎と「にしの」へ。混んでいた。10時半帰宅。
今夜は飲み過ぎた。

病室の父

5月21日(土)晴
 目覚ましをかけないで寝たら9時に目が覚めた。朝食なし。10時に杉山針灸院。背中、肩、首とかなりきつく治療された。効いたような気がするが、あと何回か通わなければならないだろう。
「たなか」でミートソース・スパの昼食。「夢」でコーヒー。
 午後1時20分淀川発のバスで市民病院。ベッドで寝ている父を起こし、杖を使って病棟内を歩く。リハビリのつもりである。
 午後3時、バケツ、洗面器、石鹸など使いそうにないものを持ってタクシーで帰宅。
 暑いのでベストと帽子に着替え、「はりぶん」へ。出来上がった半天、シャツ、ジャケット2着を受け取る。
「アピタ」の「寿司御殿」で稲荷寿司、太巻などを買い、6時に夕食。
 夜、『週刊文春』を完読したあとシャワー。缶ビール、焼酎水割り二杯。「ラジオ深夜便」
 長門裕之死去。77歳。どうも男は77歳というのが危ない。 

二人静
セッコク

■もっと入院していたい

5月22日(日)雨
 午前9時起床。「木漏れ日」という喫茶店でコーヒーとトースト&ゆで卵のモーニングサービス。
 昼食はバナナ一本。
 12時27分淀川発のバスで市民病院。ベッドで寝ていた父を起こし、杖をついて病棟の廊下を歩く。歩行は入院前よりしっかりしているような気がする。
「明日、退院だよ」と言うと「なんで退院や」との返事。退院することを忘れている。
 父の病室は4人部屋だが、父以外の3人は父より年下で寝たきりである。元気に廊下を歩ける父が退院は当たり前だろう。
 1時45分市民病院初のバスに乗る。尾鳩口というバス停で降り、「三洋堂」へ寄る。DVD5本借りる。
「アピタ」内の「寿司御殿」で夕食用の寿司を買う。「まるみ薬局」で肝臓の薬「ミラグレーン」を買う。
 4時半に夕食。インスタントみそ汁と寿司盛り合わせ。
『週刊文春』を読んだあと、8時に「にしの」。ビール一本と焼酎の水割り二杯を舐めるように飲んで10時帰宅。「ラジオ深夜便」

5月23日(月)雨
 午後、12時27分淀川発のバスで市民病院へ。父の退院する日だが、あいにくの雨。
 父は今日退院することを忘れていた。もっと入院していたい様子。荷物を紙袋に詰め、病院のパジャマを脱がせてジャージーに着替える。首まわりが寒そうなのでタオルを巻いてやった。
ナースセンンターで退院することを伝え、一階の会計で入院費を払う。2万1328円。
 父は同室の患者や看護師全員に「お世話になりました」と挨拶していた。
 雨の中、タクシーで帰宅。幸い小降りだ。高木酒店の前で降り、自分が先に荷物を玄関まで運ぶ。戻って、父に傘をさしかける。父は杖を使い、自力で坂を上った。
 落ち着いたところで「アピタ」へ買い物。
 夕食はヘルパーさんが来てくれた。
 夜、「田舎日記」58回目を書きつぐ。
 9時を過ぎても父が寝ないので茶の間を覗くと、「ちょっと炬燵が熱いが、どうなっとるんや」と言う。懐中電灯を持ってきて、炬燵の温度メモリーを見ると「強」になっていた。父がいじったのだろう。「弱」に設定する。10時過ぎにやっと寝た。病院で昼寝でもしたのか、眠くならないようだ。
 辻村深月『ツナグ』を読み始める。11時半シャワー。缶ビールと焼酎水割り二杯。「ラジオ深夜便」

あやめ
黄色いあやめ

■蛍光灯壊れる

5月24日(火)晴
 午前7時半起床。寒い。父は一度トイレに起きたが、また眠ってしまった。
 1時間半仮眠して、11時半に台所へ行くと、父が朝食を始めるところだった。
 昼食は「ときわ」という食堂できしめんを食べる。自分が作るものとどう違うかを調べた。出汁が違う。鰹節から取っている。
 いつものコースを回って2時帰宅。
 夜、『ツナグ』を読みついだあと「にしの」「いちりき」とはしご。「いちりき」のママに「大島さん、顔が真っ赤だよ」と言われる。酔って顔が赤くなったことはないはずなのに。
 11時帰宅。「ラジオ深夜便」

5月25日(水)晴
 父は9時に起きた。珍しい。
 角田工業から給湯器ガス工事の請求書届く。見積りと同じ21万6300円。
 午後、「梅の木」「はりぶん」「アピタ」と回って1時半帰宅。坂道の落ち葉を掃く。古新聞を束ね、高木酒店の倉庫に運ぶ。こうしておくと業者が持っていってくれる。
 3時過ぎ、角田工業来る。給湯器工事で余分なコードがごちゃごちゃになっていて見苦しい。なんとかならないかと相談。
 夜、『ツナグ』を読みつぐ。11時シャワー。缶ビール、焼酎水割り二杯。「ラジオ深夜便」

退院して元気になった父

5月26日(木)曇のち雨
 父が起きてこないので寝室で声をかける。「どこか具合でも悪いの?」「どこも悪うないよ」と言うので起こす。『つなぐ』を読みつぐ。どうも面白くない。自分の読解力が落ちたのか。
 午後、図書館で『ツナグ』を返却し、朝倉喬司『活劇 日本共産党』を借りる。朝倉喬司の遺作で未完である。
 夜、7時から「アニー・ホール」という店で還暦合唱団の懇親会。18人集まる。ピアノが置いてある店なので、食事後合唱。みんな酔っていて、音程がばらばら。
 二次会は「にしの」でカラオケ。8人。深夜12時帰宅。「ラジオ深夜便」はNHKの後継者問題でぐちゃぐちゃやっているので切る。

5月27日(金)雨
 台所の電気の紐が切れた。直そうとしたが無理。本体がダメになっているようだ。父が「新しいのを買うしかないやろ」と言う。
 午後、「ニシオ電気」まで歩き、新しい蛍光灯を買う。本体は4780円だが取り付け工事代1500円、壊れた蛍光灯の処理代1000円で、合計7280円にもなった。今月は特別出費の多い月だ。
 3時頃「ニシノ電気」が来て、台所の蛍光灯を付け替えた。明るい。
 夜、『活劇 日本共産党』を読み始める。面白い。
 10時半入浴。父は入らないというので自分だけ。缶ビール、焼酎水割り二杯。

テッセン
昼咲き月見草

■肘激痛

5月28日(土)雨
 朝食後、大量の洗濯。雨なので廊下に干す。
 10時、杉山針灸院。肘痛がだいぶよくなってきた。眠いので帰宅して正午まで寝る。
 父ときしめんの昼食。
 午後、「三洋堂」「縹」「アピタ」と歩き、2時半帰宅。
 夜、『活劇 日本共産党』を読みつぐ。
 10時頃、台所へ缶ビールを取りにいくとき、応接間の柱に左肘を打ってしまった。せっかく治りかけているのに、また激痛。くそ!
「ラジオ深夜便」

5月29日(日)雨
 台風が近づいている。父に「今日は日曜日だからゆっくり寝てていいよ」と言うと「今日は日曜日か」と答えた。今の父にとって曜日は関係ない。1時間半仮眠。
 11時半になっても父が起きないので、雨の中出かける。昨夜打った肘が痛いのでサポーターをはめる。
「たなか」でミートソース・スパとサラダ。「夢」「アピタ」に寄る。東日本大震災の影響で、長く売り切れだった単一電池があったので買い、帰宅して父の懐中電灯に詰める。
 夜、『活劇 日本共産党』を読みつぐ。10時半、シャワー。缶ビール、焼酎水割り。「ラジオ深夜便」

5月30日(月)曇のち晴
 父が9時に起きたので、銀行カードを借り、十六銀行から角田工業に工事費を振り込む。
 東京へも生活費を振り込む。
 帰宅して給湯器のコードがぐちゃぐちゃになったままなので、ビニール袋にまとめて吊るした。これで多少は見栄えがよくなった。
 午後、いつものコースを回って2時帰宅。
 3時、ケアマネージャー垣内さん来。月末の定期面談。今回は入院の話題が中心だったが、父は入院前より元気なので15分で終了。
 夜、「田舎日記」58回を書きついだあと『活劇 日本共産党』を読みつぐ。
 10時半、シャワー。缶ビール、焼酎水割り。「ラジオ深夜便」

つる薔薇
カルミア

楽しみがない

5月31日(火)晴
 いい天気になったので、洗濯物を外に干す。
 父は9時に起きた。1時間仮眠。
 午後、「三洋堂」「夢」「アピタ」といつものコース。
 3時頃、角田工業が、からまったコードを箱に収納する工事に来た。40分ほどで終わる。これで見栄えがよくなった。
 5月分の生活費を精算。総出費18万5452円。このうち特別出費が、父の入院関係、馬島さんの支払い、台所の電灯代で7万5000円もある。これを引くと約11万円でいつもと変わらない。父に精算書を渡す。
 夜、「田舎日記」を書き、『活劇 日本共産党』を読みついだあと「にしの」。10時半帰宅。「ラジオ深夜便」

 今月は、父の入院という事件があったが、それも拍子抜けの感じで、たいしたことなかった。退院後、かえって元気になったくらいだ。
 自分は結膜炎と肘痛に悩まされる状態が続いている。何の楽しみもない。気晴らしは酒場だが、これも肝臓と相談しながらだ。読書は毎日しているが、長時間続かない。雑誌を読むだけで精一杯である。まあ、生きがいといえば、父の面倒をみることか。そのために同居しているのだから、そう思うしかないだろう。
 明日、6月1日、自分は68歳になる。            

(次回へつづく)


大島 一洋  (おおしま・いちよう)
1943年岐阜県中津川市生まれ。早稲田大学第一文学部美術専修科卒。
大和書房を経て、平凡出版(現マガジンハウス)に中途入社。「週刊平凡」「平凡パンチ」「ダカーポ」「鳩よ!」などの雑誌および書籍編集にたずさわり、2005年定年退職。現在はフリー編集者&ライター。著書に『芸術とスキャンダルの間』(講談社現代新書)。
 
 
 
 


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