そら飛ぶ庭
   

介護日記
 
2011.5.10 

Diary of Country Life
Nursing of My Parents

父、介護度1から2へ

二つの選挙

ガス給湯器取り付け

大島  一洋 

■日本は滅びる?

  先月の日記を読み返すと、全然面白くない。東日本大震災の情報を入れざるを得なかったせいもあるが、あの悲惨さをテレビ・雑誌で見て滅入ってしまった。
 腹の立つことばかりだ。菅総理は顔を見るだけで気分が悪くなる。「助言をいただいて」「審議会を設けて」などと言うばかり。リーダーシップがまったく感じられない。最大の国難に最悪の総理を頂いてしまった。田中角栄や小泉純一郎だったら、もっとてきぱきとやっただろうと思ってしまう。小沢一郎は岩手県出身なのに菅おろしを口にするだけ。何を考えているんだろう。もう復興利権に頭をめぐらしているのか。
 東電の傲慢さにも呆れる。社員は官僚で、現場は下請け、孫請にやらせてきたのだ。それと原子力安全・保安院、原子力安全委員会、いわゆる「原発ムラ」の癒着。新聞ではわからないが、週刊誌がどんどん暴いている。ことに「週刊現代」と「週刊文春」。今や信用できるのは週刊誌報道だけだ。(同じことを嵐山光三郎氏がエッセイに書いていた。)フリーの記者やジャーナリストがどんどん現地報告をし、東電のいい加減さを教えてくれるのも週刊誌である。
 地震、津波災害もひどいが、一番心配なのは放射能である。日本は滅びるかもしれない。

スイトピー
ゆきやなぎ

4月1日(金)晴
 朝食後、洗濯。かなりの分量。父のものが多い。
 1時間仮眠したあと、十六銀行のATMから3月分のシルバー料金を振り込む。電気店「デオデオ」まで歩き、注文してあった浄水器用のカルシュウムを引き取る。
 県議選の告知日。同級生・早川かつ也のポスターは一番目に貼ってあった。住民票が東京にあるため、自分に選挙権はないが、10人は口説いた。市街地はライバル・平岩正光が抑えているため、食い込むのが難しい。

県議選のポスター 早川かつ也が同級生

 午後、「三洋堂」「夢」「アピタ」と回って2時帰宅すると、父がいない。散歩かと思ったら、間もなく杖をついてよたよた帰ってきた。近くまで菓子を買いに行ってきたとか。
 3時、市役所厚生課の人がきて、介護保険更新のための面接。生年月日は言えたが、今日の日付は答えられなかった。足が弱っていて、二度転んだことなどは自分が説明した。
「この歳で、食欲もあり、自分で入浴できる人は少ないですよ」と言われた。
 夜、小説「彼女について 3」を書きついだあと「にしの」。11時帰宅。
「ラジオ深夜便」

市役所厚生課の面談

4月3日(日)晴
 午後、ずっと図書館。4時帰宅。校長会の人が父に白寿の祝儀を届けにきた。父は9月で98歳になる。数えで99歳なので白寿というわけ。校長会というのは、市内の校長経験者の集まりだが、これまでに米寿(88歳)の祝いをもらった人はいるが、白寿は父が初めてだそうだ。
 夜、「彼女について 3」を推敲したあと、突然ステーキが食べたくなり「じゅうべえ」へ。サーロインステーキを食す。たまには肉をたべないと体が持たない気がする。11時帰宅。肘通が治らない。

■お湯が出ない

4月4日(月)晴
 新聞に、東日本大震災の津波の高さは「37・9メートルで、国内史上最大」とある。
 夜、父を入浴させるため、浴槽に湯を張る。出し過ぎると水になってしまうので調節が難しい。父は「ケチケチするな」と言って入浴した。父が出たら自分も入るつもりで、しばらくして浴室へ行くと、電機が消えている。調べてみると案の定、水になっていた。父は水になるまで湯を使ってしまったことが恥ずかしいのか、誤魔化すためか、さっさと寝てしまったのだろう。仕方ないので浴槽にだけ浸かって出る。雑誌読み。

4月5日(火)晴
 朝食後、洗濯。
 10時に父を連れて可知医院へ。介護保険更新のための医師面談。これが大変だった。父は杖をつきながら歩くのだが、足がよたよたしていてすぐ転びそうになる。一人で外出させることはもうできない。
 新聞に「放射能汚染水 1万トン海に放出」「濃度基準の100倍」とある。これで魚介類がダメになる。
 夜、「彼女について 3」を推敲。

4月6日(水)晴
 午後、父の弟で名古屋に住んでいる宣夫叔父さんが来る。特に用事はないらしく、父の様子を見にきたよう。
 温かい一日。室内温度20度。

木蓮
杖をついて歩く父

4月7日(木)晴
 午後、「アピタ」でキンカンを買ってくる。もうキンカンの季節は終わったと思っていたら、「まだ、あります」という札が付いて少し出ていた。
 父がさっそく砂糖で煮る作業を始めた。その間に父の寝室、茶の間、廊下に掃除機をかける。
 夕刊ニュース。「窒素注入始める 1号機6日かけ6000立方メートル」
 夜、届いた『文藝春秋』5月号を読む。東日本大震災関係の記事ばかりだが、注目したのは「池上彰の試練を乗り越える信仰入門」。7人にインタビューしているが、仏教、神道、キリスト教、イスラム教などの違いがわかりやすい。
 8時に父を入浴させたが、やはり最後は水になってしまった。自分は浴槽に浸かっただけ。父は湯のタンクは昔どおりいくらでも出ると思い込んでいる。

■同級生圧勝

4月10日(日)晴
 東日本大震災は明日で1か月になる。死者12915人(半数以上の55.4%が高齢者とか)、行方不明者14921人。
 午後1時、「中津川斎苑」へ。同級生・磯貝啓子の母・水上ひさ子さん(91歳)の葬儀。
 2時過ぎ帰宅し、喪服を平服に着替えて「アピタ」買い物。
 好天気で絶好の花見日和。遠くの山や丘の風景に桜の塊がちらちら見える。
 我が家の庭の草花もいっせいに咲き始めた。カタクリ、ショウジョバカマ、バイモ、レンギョウ、ハナモモ、コブシ、ツバキ、モクレン、リキュウバイなどだ。みんな母が生前に植えたもので、毎年同じ場所に咲く。
 夜、県議選の開票。10時頃から岐阜テレビの中継を見る。なんと早川かつ也がトップ当選。以下は翌日の新聞から。
   当 早川かつ也 14399(自現)
   当 平岩正光 14020(自現)
      島田千寿 13956(民新)
 最初は島田氏が労組の票を抑え、当選確実と噂されていた。ところが民主党の悪評が響いたのか、わずか64票差で敗れた。早川は平岩に379票差をつけて圧勝。この379票の中に自分が口説いた10人の半分でも入っていると嬉しいのだが、それはわからない。
「入れる」と言って、入れない人もいるからだ。
 投票率は64・19%。県全体の投票率は45・70%と低いのに、中津川市は飛騨市に継いで2位の高い投票率だ。
 前回と同じく自民党二人が議席を確保したが、自分としては党に関係なく、同級生が6期目に挑戦して当選したことを喜びたい。

四ツ目川の桜

4月11日(月)晴
 午後、洗濯屋「はりぶん」に冬のジャケットを出す。今年はみんなで花見をしなかったので、一人で本町公園まで桜を見にいく。満開。「夢」「アピタ」と回って2時帰宅。掃除の日。父の寝室、茶の間、廊下に掃除機をかける。
 夕方まで「ちくま」4月号を読む。
 夜、入浴を試みるが、やはり父が入ったところで水になった。自分は浴槽に浸かり、水で顔を洗った。
「田舎日記」57回を書き始める。
 10時、缶ビールを飲みながら、ヘンリー塚本作品を見る。何度見ても飽きない。この情緒を小説に生かせないかと考える。(ヘンリー塚本監督について興味ある人はネットで検索してみてください)。

本町公園の桜

4月12日(火)晴
 朝、寒さで目が覚める。また冬に戻ってしまった。
 朝食後、洗濯。
 午後、いつものコースを歩いて2時帰宅。
 夕刊ニュース。「福島第一原発 最悪レベル7」「チェルノブイリに匹敵」「保安員 広範囲に放射能」。実はあとになって判明するのだが、「レベル7」は先月半ばからわかっていて、政府はずっと隠していたのだ。「人体に影響を及ぼすほどのものではない」と繰り返されるセリフも信用できない。自分たち老人はもういいけど、若い人、子供たちは20年後、
発ガンする可能性がある。

■父、歌会欠席

4月13日(水)晴
 午前9時頃、父に歌会の誘いの電話が入ったが、父はまだ寝ていた。どうせ出席できないので「もう無理のようです」と伝える。先月も全部欠席だった。歌も作ってないし、弟子の歌の添削もしていない。父の中で何かが、ぷっつり切れた感じがする。
 午後、小説「彼女について 3」を同人誌へ発送。一度帰宅してGパンとジャンパーに着替え、打越の墓へ。鎌を持っていき、以前から気になっていた墓脇の崖の上の草を刈る。市の所有地だが枯れ草を刈ってくれないので、墓が落ち葉だらけになる。30分ほど鎌をふるったら汗をかいた。2時半帰宅。打越まで往復歩くと約3キロ。疲れた。
 夜、東京の編集者と電話で話す。震災のせいで紙もインクも入手困難となり、重版したくても出来ない状態とか。また節電のため銀座のクラブは閉店に追い込まれた店が多いらしい。この田舎にいるとまったくわからない。
 県議選が終わって、次は市議選が控えており、この町は選挙の話ばかり。

庭のはなもも
利休梅

4月15日(金)晴のち雨
 生活費がなくなったので、父に銀行のカードを出してくれるよう頼むと「生活費とはなんや」と言う。「食費がほとんどや」と答えるが、カードを出ししぶる。こんなことは初めてだ。「出さんのか」と脅し気味に言うと「出すよ」と答えてやっとカードを持ってきた。今日は年金支給日で、今日でなければ父の口座には50万円ないことは知っていた。数か月前、銀行の女の子から電話があり、100万を父が定期預金にしてしまったからだ。
 十六銀行へ行き、父の口座から50万出し、自分の口座に移す。4か月分の生活費だ。
父の口座残高は案の定36万しかない。何かあったときどうするつもりなのだろうか。まあ、定期を解約すればいいのだが。
 お金の問題はきちんとしておかないと信頼関係がこわれる。父が腸閉塞の手術で入院したとき、通帳と印鑑を預かり、定期を解約したことがあるので、自分には父の経済状態がだいたいわかっている。そのことを父は忘れている。毎月、生活費の清算書を見せるのも、父に金銭的疑いを持たれたくないからだ。自分自身の生活は年金と原稿料や印税でなんとかなっている。父の金をちょろまかす必要はないのだ。

ガーベラなど

■父、苛つく

4月17日(日)晴
 自分が住んでいる町内は、市内の十四区である。この十四区から市会議員選挙に、吉村浩平が新人として立候補することになった。文房具と靴屋の老舗「ヨシムラ」の四代目である。51歳。同級生の高木茂家が後援会長であることから、選挙権はないものの応援することにした。市会議員の定数は24人。立候補者は28人。その内23人が現職で、新人が5人。つまり4人が落ちることになる。
 午前9時半、十四区クラブ下の空き地で、吉村浩平の出陣式が行なわれた。顔を出す。70人くらい集まった。

吉村浩平の出陣式

 午後、図書館で『名画の謎 ギリシャ神話篇』中野京子を借りる。日曜日でいい天気なので市内を散歩して3時頃帰宅。
 夜、『本の雑誌』5月号を読む。8時頃トイレに行くと、父がトイレットペーパーで床のタイルを拭いている。「どうしたの?」と聞くと「見てみい。床が小便だらけや」と言う。
調べると奥のほうまで濡れている。水槽の下部を調べたが洩れている様子はない。「お前が酔っ払って小便飛ばしたんや」と父。台所からクイックルワイパーを持ってきて拭き取る。父に「結露や」と言って顔をたててやると、「そうか」と満足そうな顔をした。
最近の父は自分の失敗を他人のせいにする。夕食のおかずにも文句をつけ「ヘルパーはちゃんと作っとるのか」などとけなす。「食い物に文句言うな」とたしなめるが、なんだか苛々している感じ。これも認知症の一部だろう。
 以前の穏やかさがなくなってしまった。

吉村浩平応援集会

4月18日(月)晴 夜、雨
 朝刊に「原発安全に6〜9か月」とある。本当に安全になるのか。
 母の月命日なので、仏壇を開け、線香をあげる。隣の空き地に咲いている水仙を切って花瓶に活ける。父は庭の白い椿を一輪折ってきて花瓶に活けた。椿は首が落ちるので縁起が悪いのだが黙っていた。
 午後、あまりに肘通がひどいので「まるみ薬局」へ行き、強い湿布を買い、その場で貼ってもらう。なんだか効きそうだ。
 夕方4時頃、角田工業の人が来た。もはや電気でタンクに湯を沸かす器具はないので、ガスで沸かす装置に換えてもらうことにする。装置のパンフと工事見積書を近く持ってくるとのこと。30万くらいかかりそうだ。やはり父の定期預金をくずすしかない。父は「すべてお前にまかす」と言っている。
 夜、『名画の謎』を読み始める。これはエロティックな本だ。ギリシャ神話がこんなに愛欲に満ちた世界とは知らなかった。出てくる絵もほとんどが初めて見るものばかり。自分は大学で美術を専攻したが、こういう面の講義を受けたことがない。
 10時頃、シャワーで頭を洗う。シャワーだけなら水になることはない。

しでこぶし
ボケ

4月19日(火)晴時々雨
 朝起きてトイレに行くと、タイルの上にごはん粒のようなものが落ちているが、なぜだかわからない。父が嘔吐した気配はないのに謎である。父の着衣に夕食でこぼしたごはん粒でも付いているのだろうか。
 午後、たばこを買おうとしたら、マイルドセブンの1が売り切れになっている。どうやらたばこを作る会社が東北にあって、震災で工場がダメになったせいらしい。3は売っていたので買うが、今の自分にはちょっと強い。
 夕食後から腹の具合が悪く下痢。父は下痢してない。同じものを食べているのになぜだろう。正露丸を服んだら治まった。
 9時過ぎ「にしの」。客4人。11時帰宅。「ラジオ深夜便」

紫木蓮
水仙群

■弟来る

4月20日(水)晴
 9時半になっても父が起きてこないので、寝室へ行く。「気分でも悪いの?」と聞くと「べつに悪うないよ」と言うのでカーテンを開けて起こす。
 午後、買い物から帰ったあと、和室に掃除機をかけ、22日に帰省する弟のふとんや毛布などを干す。
 夕食後、十四区のクラブで行なわれた「吉村浩平 地元集会」に顔を出す。70人くらい集まっていた。
 7時に帰宅し、風呂の湯を出してみる。浴槽の半分くらい湯が溜まったところで水になる。体を縮めれば浸かれそうなので、父に入らせる。父が出たあと自分も入る。
『名画の謎』を読みつぐ。「ラジオ深夜便」
 午前零時半に就寝するも眠れず、起きてセルシン2錠追加。

サニーオステオ
海棠

4月22日(金)曇時々雨
 午後2時に弟到着。小雨だったが打越の墓掃除に行く。先日、崖上の草を刈っておいたので落ち葉は少なかった。墓石を拭き、花を活け、線香をあげる。
 3時半、角田工業の人来る。ガス給湯器取り付けの打ち合わせ。見積もり金額21万6300円。父に伝えると「まかせる」と言うので、来週から工事にかかってもらうことにした。工事は一日で終わるそうだ。
 4時、弟と「アピタ」へ買い物。寿司をいろいろ買ってきて、台所で父と三人で食べる。父の食欲がすごいので、弟が「食べすぎや」と怒鳴る。
 食後、弟と父の炬燵周辺を調べ、市会議員選挙の投票はがきを探すが見つからない。捨てるはずはないので、読んでいる雑誌の栞がわりにはさんであるかと、10冊くらいの雑誌をぱらぱらやったが出てこない。はがきを栞に使うのは父の習慣だが、選挙のはがきだけがない。おそらく選挙後、とんでもないところから見つかるのだろう。
 夜、9時、シャワーを浴びて、自室で弟と雑談。自分はビール、弟は焼酎。弟が刺激したせいで、父はまた歌を作る気になったようだ。
 田中好子(元キャンディーズ)死去。55歳、乳ガン。

墓掃除をした弟

4月23日(土)雨
 正午頃、弟帰京。
 午後、雨の中、いつものコースを歩く。
 夜、『名画の謎』を読了し、『雪の練習生』多和田葉子を読み始める。好きな作家だったが、これは途中で諦める。今の自分には多和田作品を読みきる力はもうないようだ。
 棚からDVD「市民ケーン」を引っ張り出して見る。結末だけは覚えていたが、内容をすべて忘れていて、初めて見る感じだった。

■給湯器の工事

4月24日(日)晴れのち雨
 市議選投票日。
 夜、「にしの」で熊崎と待機。吉村浩平は、一次速報で下から二番目だったので、帰宅して茶の間のテレビを見る。だんだん票が増えていき1500を超えたとき、熊崎から電話。当選したので十四区のクラブに来いという。出かけて万歳三唱とだるまに目を入れるところを写真に撮った。十四区に市会議員が誕生した。

だるまに目を入れる吉村浩平

4月25日(月)曇時々雨
 新聞で市議選の結果を見る。吉村浩平は1662票で23人の19番目。共産党は現職が3人とも落選。これには理由があるのだが、この日記に書くことではないので省略。投票率は74.6%で県内トップ。この町の人たちは真面目だ。
 午後、小木曽商店がガスボンベ取り付けの下見に来た。
 夜、『小説新潮』4月号に載っている志水辰夫の「おなご道」を読む。武士の奥方を密かに江戸から伏見まで連れていく話。山村風景が緻密に描かれている。当然ロケハンしただろうが、現在とはかなり違うので古地図をみて想像したのだろうか。中山道を通るとき中津川も出てきた。

レンギョウの垣根
庭のカタクリ

4月26日(火)曇時々雨
 明日のガス給湯器取り付け工事のために、角田工業と小木曽商店用の駐車場を、熊崎と高木に電話して借りることにする。こういうとき同級生はありがたい。
 夜、『小説新潮』4月号の「冥土の茶席」加藤廣を読む。現在、東京の「根津美術館」に展示されている青井戸茶碗「柴田」の来歴を、信長の時代から描いたもので面白かった。            
9時「にしの」。
10時半帰宅。

4月27日(水)晴のち雨
 午前8時過ぎ、角田工業と小木曽商店が来る。ガス給湯器に換える工事。角田工業の仕事は今日中に終わるが、小木曽商店のガスボンベ設置は30日の午後までかかるとか。
 父が不機嫌。「すべてお前にまかせる」と言ったのに、勝手に家をいじくっているのが気にいらないようだ。無視する。
 午後3時、角田工業の仕事終了。小木曽商店が、今夜から風呂に入れるようガスボンベ一個を設置した。
 夜7時頃、浴槽に湯を出す。たっぷり出た。父に入浴させる。久し振りに体と頭を洗い、1時間近く入っていた。自分も続いて入る。お湯がいくらでも出るのが嬉しい。
「田舎日記」を書きつぐ。

庭のばいも
みずき

■食欲さえあれば

4月28日(木)曇時々雨
 朝食後、洗濯。雨が降ってきたので廊下に干す。
 9時頃から小木曽商店の工事始まる。1時間仮眠。
 午後、いつものコース。
 3時、ケアマネージャーの垣内さんとヘルパー派遣会社・ナーシングピアの大橋さん来。5月から介護保険が更新されるのでその打ち合わせ。父は介護1から2になった。30分で終了。
 父に介護2になったと伝えると「そんなもんじゃあかん、4や5にならんと」と言う。「そうなったら寝たきりやぞ」と脅すと「もういつ死ぬか待っとるだけや」と答えた。「僕のほうが先に死ぬかもしれんよ」と追い討ちをかけると「それだけはやめてくれ、俺が困る」と言った。
 夜、「田舎日記」57回を書きつぐ。10時、入浴したあと、缶ビール、焼酎を飲みながらヘンリー塚本作品を見る。

坂道を上る父

4月29日(金)昭和の日 曇時々晴
 午前中、1時間仮眠。
 午後、「三洋堂」「夢」「アピタ」と回り「まるみ薬局」で湿布を買い、その場で肘に貼ってもらう。強烈な湿布で薬剤師が認めないと買えない。効き目はある。夕方には痛みが消えていた。
 夜、「週刊文春」を読み終えたあと「にしの」。客8人。10時半帰宅。
 焼酎のお湯割りを飲みながらヘンリー塚本作品。一日の終わりで最もくつろげる時間。

4月30日(土)曇時々雨
 午前9時、小木曽商店来る。ガスボンベを4本設置し、午後に配電工事をして終了とか。「柾」へ半天とシャツの袖直しを頼みに行く。
 午後、雨の中をいつものコース。2時帰宅。
 3時、小木曽商店の仕事が終わる。これですべて完了した。気分がいい。
 4月分の生活費の精算。総支出10万9077円。10万を超えたのは、3か月分の町内会費や父の短歌会会費、墓掃除関係の特別出費があったからだ。父に渡す。
 夜7時半、父に入浴させる。自分も入る。お湯たっぷりで極楽、極楽。

薔薇群
スズラン水仙

 今月の大きな出来事はガス給湯器を取り付けたこと。
 父は弟の刺激にもかかわらず、短歌を作っていない。もう諦めてしまったようだ。
 短歌を生き甲斐にしてきたのに、それを止めてしまったらどうするのだろう。
 ケアマネが「食欲があるうちは死にません」というから、当分は大丈夫だろう。
 5月になるのに、朝晩はまだ寒い。  

(次回へつづく)


大島 一洋  (おおしま・いちよう)
1943年岐阜県中津川市生まれ。早稲田大学第一文学部美術専修科卒。
大和書房を経て、平凡出版(現マガジンハウス)に中途入社。「週刊平凡」「平凡パンチ」「ダカーポ」「鳩よ!」などの雑誌および書籍編集にたずさわり、2005年定年退職。現在はフリー編集者&ライター。著書に『芸術とスキャンダルの間』(講談社現代新書)。
 
 
 
 


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