そら飛ぶ庭
   

介護日記
 
2010.3.8 

Diary of Country Life
Nursing of My Parents

父、転倒する

父に、失禁パンツ

自分、心臓にストレス

大島  一洋 

■外食始まる

庭のろう梅
 
2月1日(火)晴
 午前7時半起床。寒い。室内温度0度。
 父が起きてこないので、先に朝食。1時間仮眠。
 午後、「三洋堂」「夢」「アピタ」と回り、2時帰宅。夕食まで『週刊朝日』を読む。
 夜、「田舎日記」54回目を送信。父が寝たあと「にしの」。10時半帰宅。

2月2日(水)晴
 今朝も父が起きてこないので、先に朝食。新聞を読んで、縁側のカーテンを開けると、父が起きた。「両膝が、がくがくするが、どういうわけや?」と聞くので「寒いせいや」と答える。1時間仮眠。
 午後、図書館、「梅の木」「アピタ」と回って1時半帰宅。父の脚をマッサージしてやろうとしたが、嫌がるので散歩に出す。ここ数日、雪で外出できなかったから運動不足かもしれない。父の寝室、茶の間、廊下に掃除機をかける。
 夜、『文藝春秋』2月号を読む。入浴。

そばを食べる父

2月3日(木)晴
 やはり父が起きてこないので、自分だけ先に朝食。洗濯、新聞を読んで9時半に父の寝室をのぞく。やっと起きた。1時間仮眠して11時に台所へ行くと、父が朝食を終えるところだった。この時間に朝食をすませたのだから、当然「昼食はいらない」と言う。自分の分だけ昼食を作るのは面倒なので、「アピタ」2階の「伊吹」という店でラーメンを食べる。「夢」「アピタ」と回って2時帰宅。
 父の脚の具合を聞くと「なんだか筋肉が張っているような気がする」と言う。歩けるが以前よりゆっくりした歩き方だ。食欲はあるし、寒さのせいかもしれない。
 夜、弟からメールで義父の佐々木さんが亡くなったとの知らせ。90歳、肺炎。弟に電話してしばらく話す。義父は8年間の老人ホーム暮らしの末に亡くなったが、大変幸せな晩年だったとか。公務員だったので、年金で十分まかなえたのだろう。

2月5日(土)晴
 今日から父の食事を1日2回にすることに決める。寒くて朝起きられないので、11時くらいに朝食を終え、あとは5時の夕食まで餅や饅頭などの間食で補う。そのかわり、通常の朝食メニューにトマトとキンカン、ヨ−グルトを加えることにした。自分の昼食は外食となる。この日は「アピタ」2階にある「スガキヤ」という店の焼肉丼。外食と決まると、肉が食べたくなる。
「夢」「アピタ」と回って2時帰宅。掃除の日だが、父が炬燵に入ったままなので、簡単にすませる。夕方まで『週刊文春』を読む。
 夜、小説の構想を練る。入浴、缶ビール、焼酎お湯割りを飲みながらAVを見る。就寝前のもっともくつろぐ時間。風間ゆみという女優がいい。自分はやはり巨乳好きなんだな、と自己確認してしまう。

クリスマスローズ
フリージアとカーネーション
 

■芥川賞作品を読む

2月6日(日)晴のち曇
 父を寝かせたまま朝食。洗濯。1時間仮眠。
 午後、「伊吹」で卵丼の昼食。毎月第一日曜日は「六斎市」で市内に出店が出て賑わう。
「縹」でコーヒーを飲んだあと図書館の資料室。夕方4時帰宅。
 ヘルパーさんの来ない日なので、4時15分頃台所に入り、かに雑炊を作り、あとは鯵の開き焼き、漬物、バナナ。
 夜、『文藝春秋』2月号を読む。8時半に父が寝たので「にしの」へ。10時半帰宅。

毎月第一日曜日は六斎市で賑わう

2月8日(火)曇
 自分だけ先に朝食。1時間仮眠。11時半に家を出て「三洋堂」まで歩く。DVD6本借りる。喫茶「たなか」に久し振りに入りミートソース・スパゲティを食べる。うまい。「夢」「アピタ」と回って2時帰宅。
『文藝春秋』3月号が届いたので、さっそく芥川賞受賞作の一本「きことわ」朝吹真理子を読み始める。夕食をはさんで10時半読了。二人の女性の子供時代と、その25年後の再会を軸に、過去と現在と未来、夢、幻想などが、緻密に描かれる。時間が目まぐるしく変るので、読みづらいし、楽しい小説ではない。が、この書き方は新しいと感じた。
 11時入浴。入浴剤を使ったら、缶ビール1本で眠くなった。午前零時就寝。

2月9日(水)雨のち曇
 午前7時半起床。父も起きたので一緒に朝食。
 午後、父は歌会に出かけた。図書館、「梅の木」「アピタ」と回って1時半帰宅。
 芥川賞受賞作のもう1本「苦役列車」西村賢太を読み始める。彼の作品は7年くらい前に『文学界』に初めて掲載された頃から、一部の編集者の間では話題になっていた。私小説だが、上に「ど」が付くほど凄い。こういう作品は芥川賞は無理だと思われていたが、今回見事受賞した。著者の10代の頃、肉体労働に明け暮れていた時代の話。むちゃくちゃな生活振りは誇張もあるだろうが、ユーモアさえ感じさせる。著者が尊敬する作家・故・藤澤清造の作品に出会う前の話。夕食をはさんで夜9時読了。これなら芥川賞を受賞してもおかしくないと思った。

 昨日の「中日新聞」の「けさのことば」(岡井隆)に弟・史洋の短歌が載っていたので、図書館でコピーしてきた。以下のような歌。

信長がこの世にあらば嬉々として携帯電話を使いしならむ
家康がこの世にあらば人を見て留守番電話に委ねしならむ
秀吉がこの世にあらば電話ののち更にファクスで念押しをせむ

 1990年代、携帯電話が使われ始めた頃の歌らしい。知らなかった。

■まごはやさしい

2月10日(木)晴のち曇
 午前7時半起床。生ごみを道路に出す。父も起きたので一緒に朝食。
 洗濯、新聞を読んで1時間仮眠。
 午後、「三洋堂」まで歩きDVDを返却。借りない。DVDばかり見ていられない。
「夢」「アピタ」と回って2時帰宅。『文藝春秋』3月号の特集「秘めたる恋35」を読む。夕食をはさんで読み継ぐ。小津安二郎、山本五十六、中村歌右衛門、吉田茂の話は知らなかった。

胡蝶蘭

2月11日(金)雪 建国記念の日
 朝起きて玄関を開けると一面の雪。ちらちらと降り続ける。
 父が起きないので先に朝食。1時間仮眠。10時半に再起床して坂道の雪をかく。粉雪だが水分を含んだ重い雪。積雪3センチくらいか。道路には積もっていない。
 午後、「縹」「アピタ」と回って1時半帰宅。『文藝春秋』3月号の新連載「時代を創った女 松任谷由実」を読む。
 夜、『本の雑誌』3月号を読んだあと「にしの」「いちりき」とはしご。11時半帰宅。

また雪

2月12日(土)曇
 父が歌会に出かける日なので、昼食を30分早める。父が自分と同じ時間に起きたり、いつまでも寝ていたり、その日によって違ってきた。
 午後、「三洋堂」「夢」「アピタ」と回って2時前帰宅。父の寝室、茶の間にはたきをかける。父の留守のときにしかできない。しばらくしてホコリが落ち着いた頃、掃除機をかける。
 夕食を作りに来たヘルパーさんによると、我が家の食事は「まごはやさしい」だとか。
「ま」は豆、「ご」は胡麻、「は」はワカメ、「や」は野菜、「さ」は魚、「し」はしいたけなど茸類、「い」は芋。理想的なんだそうだ。父の腸閉塞が再発しないはずだ。
 夜、『本の雑誌』を読み継ぐ。編集長が浜本氏になってから、遊びっぽいページが増えたような気がする。それはそれで悪くないけれど。
 10時入浴。缶ビール、焼酎お湯割り。

2月14日(月)曇のち雪 寒し
 父が起きないので先に朝食。二度寝の仮眠をして10時半に父の寝室をのぞくと、まだ寝ている。「父ちゃん、大丈夫か」と聞くと「頭が痛い」と言う。額に手を当てるが熱はない。「寒いせいだから、好きなだけ寝たら」と、そのままにしておく。とにかく寒い。こんなに寒い日は久し振りだ。
 11時半、「たなか」でミートソース・スパゲティ。「夢」「アピタ」と回って1時過ぎ帰宅。父は茶の間の炬燵で雑誌を読んでいた。
 夕方から雪が降り始める。これは積もりそうな気配。
 4時半、ヘルパーさんが食事を作っていると、父が台所へ顔を出し、「飯はまだか」と言う。珍しいことだ。朝食が昼食になってしまったので、お腹が空いたのだろう。あわてて準備し、4時45分に父を呼ぶ。
 夜、雑誌数冊を拾い読み。9時に玄関から門まで雪をかく。5センチくらい積もっている。明日の新聞配達の人のため歩きやすくしておく。雪は小雨に変っていた。

またも雪

■瀬戸内寂聴

2月15日(火)晴
 父より先に朝食。坂道の雪をかく。
 午後、「夢」「アピタ」と回って1時半帰宅。入れ違いに父が床屋へ出かけた。夕方まで『週刊朝日』を読む。
 父は4時半頃帰ってきたが、途中で頭がふらついて転んだらしい。右腕上部と両手を打ったとか。幸い頭は大丈夫だった。頭を打っていたら今頃は入院だったろう。どこで買ったのか、新しい杖を持っていた。転んだあとに「アピタ」で買ったのか。足元が弱くなってきている。
 夜、『週刊朝日』を読み継いだあと「にしの」「いちりき」とはしご。11時半帰宅。

2月16日(水)晴
 父より先に朝食。昨日の転倒が心配なので、寝室をのぞくと「両手がこんなんや」と言って見せた。親指と人差し指の間が内出血して紫色になっている。いわゆるかばい手のせいだ。「痛いか」と聞くと「痛とうない」との返事なので大丈夫だろう。そのうちに消えるはずだ。
 午後、図書館へ。『週刊朝日』2月25日号の林真理子対談に瀬戸内寂聴が出ていた。昔、仕事で京都の寂庵へ行ったことはあるのに彼女の作品は読んだことがなかった。顔は笑っているのに、目は笑っていない表情が好きになれなかったからだ。が、今回の対談に刺激されて読んでみる気になった。『かの子りょう(漢字が出ない)乱』を借りる。
 夜、同人誌のゲラ校正。父が風呂に入らず、8時前には寝てしまった。転んだ影響だろう。

2月18日(金)晴
 父に大きな変化はない。歩き方が少しのろくなったくらいで、食欲もあれば、頭もはっきりしている。もう一度転ぶと危ないので、外出はしない。一日中炬燵に入って新聞や雑誌を読んでいる。
 今日は母の月命日なので、仏壇を開け、線香をあげる。
 午後、「夢」「アピタ」と回って2時帰宅。夕方まで「田舎日記」55回目を書く。
 夜、『かの子りょう乱』を読み始める。面白い。

茶の間で新聞を読む父

■税金の申告

2月19日(土)晴
 父より先に朝食。父は9時に起きた。1時間仮眠。
 午後、「夢」「アピタ」と回って2時帰宅。父の寝室、茶の間、廊下に掃除機をかける。父が障子の桟に埃が溜まっているのを見つける。前回はたきをかけ忘れた所だ。まあ、よく見ているものだ。掃除のあいだ、父は寝室で横になっていた。
 夕食後、『かの子りょう乱』を読み継ぐ。10時入浴。缶ビール、焼酎お湯割り。

2月20日(日)晴のち曇
 朝食後、洗濯。
 午後、「夢」「アピタ」と回って1時半帰宅。確定申告をしようとしたが、パソコンで印刷できない。何かロックがかかっているらしいが、その解除の仕方がわからない。
 夜、もう一度試してみたが、やはり印刷できないので、申告用紙に直接書き写す。昨年は仕事が少なかったので還付金は1万4000円しかない。10時までかかってしまった。

2月21日(月)晴
 朝食後、郵便局から杉並税務署に申告書を発送。
 午後、「夢」「アピタ」と回り、「いけだ書店」で『オール讀物』3月号を買って帰宅。天気がいいので、坂道の落ち葉を掃く。『オール讀物』3月号発表の直木賞受賞作「月と蟹」道尾秀介、「漂砂のうたう」木内昇を読む。どちらも抄だが、だいたいわかる。
 夜、9時に「にしの」「いちりき」とはしご。酔った。

2月22日(火)晴
 父より先に朝食。1時間仮眠。10時半に台所へいくと、父が食事中だった。昼食はいらないと言うので11時半に家を出て「ときわ」という店でラーメン。「夢」「アピタ」と回り、1時半に帰宅。父が洗面所の椅子に座ったまま動かない。「どうしたの?」と聞くと「えらい、えらい」と言う。「戻したの?」と聞くと「戻しとらん」と言う。夕食はどうするのかと聞くと、食べると答えた。戻したら夕食はいらないと言うはずだから、大丈夫だろう。しばらくしたら寝室へ入っていった。
 4時にヘルパーさんが来た頃、父が何度もトイレにいく。調べると便器のまわりがびしょびしょに濡れている。小便を便器の外にしてしまっている。雑巾で拭いたが、5分もするとまた父がトイレに入る。残尿感があるのかもしれない。
 夕食は一品残したがちゃんと食べた。一安心する。
 夜、『かの子りょう乱』を読み継いだあと「にしの」10時半帰宅。入浴。

アストロメリア

■ポータブル・トイレ

2月23日(水)晴
 午前7時半に起床してトイレに行くと案の定便器周辺がびしょ濡れ。雑巾で拭く。
 洗面していると、父がトイレにきた。パジャマのずぼんをはいていない。洗濯機をのぞくと、パジャマが入っていた。尿意をもよおしてからトイレまで間に合わなかったのだろう。「ちゃんと便器の中に小便してよ」と父の耳元で怒鳴ると、ちょっと前へ出て便器の中に放尿した。
 母が使っていたポータブル・トイレを廊下から引っ張り出し、きれいに拭いて父のベッドの脇に設置した。トイレに間に合いそうにないときはこれを使うように父に説明する。父はきょとんとした表情を見せたが、蓋をあけてみて納得したようだ。母が使っていたのを思い出したのだ。
 近藤理髪店に行って帰ると、父がやっと洗面を始めたところだった。11時半に家を出て「梅の木」でやきそばとコーヒー。「アピタ」で買い物して1時半に帰宅。父が朝食を終えるところだった。
時間がめちゃくちゃになってしまった。なんだか心臓が痛くなってきたので可知医院へ夕方の予約をする。完全にストレスだ。夕食まで『週刊朝日』を読む。
 ヘルパーさんが来て夕食を作り、さて父を呼んで食べようかという時間に、父がトイレに入ったまま出てこない。大きいほうだ。仕方なく自分だけ先に食べ、可知医院へ。血圧160−80。脈拍110。高い。精神安定剤のセルシンを処方してもらって5時半に帰宅すると、父が夕食を始めるところだった。冷めてしまった料理を電子レンジで温めてやる。目刺を2本焼くとそれも食べた。食欲はあるから安心する。トイレを調べると、やはり床が濡れている。どうも小便ではないようだ。手を洗う蛇口の水を飛ばした感じだ。トイレットペーパーで拭く。
 夜、「田舎日記」を書き継ぐ。
 入浴する日だが、父は入らないで寝てしまった。風呂場で転ぶのが怖いのかもしれない。自分だけ入るが、心臓に危ないので軽めにする。入浴剤が効いて温かい。ビール、焼酎お湯割りを飲みながら『かの子りょう乱』を読み継ぐ。

レンドロビューム

2月24日(木)雨
 朝起きてトイレに行くと、やはり便器の周りが濡れていた。トイレットペーパーで拭く。父は起きないので先に朝食し、洗濯。廊下に干す。1時間仮眠。11時に再起床すると、父がやっと洗面を始めたところだった。
 11時半に家を出て、銀行から東京へ生活費を振り込む。「たなか」でたらこスパゲティ。
「夢」「アピた」と回って2時帰宅。夕方まで『週刊文春』を読む。
 夜、『かの子りょう乱』を読み継ぐ。

■97歳だから仕方ない

2月25日(金)雨のち曇
 父が失禁したようだ。パンツが洗濯機に入れてある。
 朝食後、9時27分淀川発のバスで市民病院眼科へ。定期検診。結膜炎は良くもならず悪くもならず。来月の予約をして10時半帰宅。父は起きていたが、食事しないで炬燵で新聞を読んでいた。「お腹が空かない」と言う。好きなようにさせる。
 11時半に家を出て、「スガキヤ」で味噌バターラーメン。「夢」でアメリカン・コーヒーを飲んだあと「ニチイ」へ。ケアマネージャーの垣内さんはいなかったが、父用の紙パンツを見せてもらう。男性用は二種類あって、それぞれ二個ずつ見本としてもらう。
「アピタ」で買い物して2時帰宅。ケアマネの垣内さんから電話があり、紙パンツは抵抗があるかもしれないから、布製の失禁パンツから始めたらどうかと言われる。すぐ「まるみ薬局」へ買いに行く。股間にパットが付いていて尿を吸収するようになっている。父に今夜からこれを穿いて寝るように言い、ポータブル・トイレの上に置いた。父は聞こえたのかどうか、黙ったままだった。父は失禁を隠し通していて、自分には知られていないと思っているらしい。
 夜、『かの子りょう乱』を読み継ぐ。父はいつも寝る前に自分の部屋へ顔を出し「お休み」と挨拶するのだが、今夜は顔も出さずに8時半頃寝てしまった。失禁パンツを穿けと言われるのが嫌だったのだろう。
「にしの」へ行き、3曲歌って11時帰宅。「ラジオ深夜便」

金のなる木
ストック
 

2月26日(土)晴
 午前8時起床。風呂場のバケツに父の腹巻が浸けてあり、水がじゃあじゃあと出っ放し。あわてて蛇口をしめる。外の洗濯竿には父のパンツが干してあった。失禁してパンツを洗い、腹巻まで汚れたのでバケツに浸けたはいいが、水(お湯)を止めるのを忘れてしまったのだろう。おかげでお湯のタンクが空になり、一日中お湯が出ないことになった。
 朝食後、11時まで仮眠。父はまだ起きない。11時半に家を出て「たなか」でスパゲティの昼食。「三洋堂」「夢」「アピタ」と回って1時半帰宅。父が朝食を食べていた。午後3時にケアマネ垣内さんの面談があるので、父に伝えると「まだ1時間あるな」と答えた。
 父の食事中に寝室、茶の間、廊下に掃除機をかける。2時半に父の朝食終わる。
 3時に垣内さんが来たが、失禁には触れないよう頼む。彼女もそれは承知していた。失禁は97歳という年齢のせいだから、わざわざ父のプライドを傷つけるような話をする必要はないのだ。いつもの通り10分で面談が済み、印鑑を押して終了。
 父は夕食をきちんと食べた。いまや一緒に食事できるのは夕食だけになった。
 夜、『かの子りょう乱』を読み継ぐ。お湯が出ないので入浴できず。

■震度4の地震

2月27日(日)曇のち晴
 午前5時頃だろうか、家が激しく揺れる地震(あとでわかったのだが、震源地は高山で震度4)。すぐ治まったので起きなかった。
 午前8時起床。トイレは汚れてないし、父が失禁した気配がない。逆に心配になり寝室へ行き父の体を触った。「なんや」と言う。おお、死んでなかった。「今日は日曜日だからゆっくり寝てていいよ」と答えて台所へ入る。そのとき、はたと気づいたのは、地震のことだ。父はあの揺れで目が覚め、トイレへ行って排尿したのではないか。だから失禁せずにすんだのだ。
 朝食後、新聞を読んで11時まで仮眠。起きると父が食事をしていた。こっそり父の寝室へ行き、ふとんを調べたが濡れていなかった。
 11時半に家を出て、「アピタ」2階の「風まつり」という店でとんこつラーメン。「縹」でコーヒー。時間があったので駅前の「ふれあいプラザ」へ行き「郷土偉人遺作展」を見る。恵那市の表具屋が主催している。前田青邨、熊谷守一、川合玉堂などの絵や書が展示されていたがすべて小品ばかりだった。「アピタ」で買い物。キンカンが出ていたので二箱買う。2時に帰宅し、夕方まで「田舎日記」を書く。
 夕食はかに雑炊、鯵開き焼き、漬物、バナナ。
 6時半から「丸仙」という店で中津高校13回生の同窓会。それと、早川かつ也が県議6選目に挑戦するので、その応援会も兼ねる。刺身、寿司、シャブシャブ。
 早川は次に挨拶する席があるらしく8時半解散。高木、松原、丸山、守屋、牛丸と「にしの」でカラオケ。11時帰宅。入浴しようと思ったが酔っているのでやめる。

これ和菓子で出来た花

2月28日(月)雨
 午前8時起床。ごみを道路に出す。
 トイレは汚れてないし、父が失禁した気配もない。室内温度13度と温かいせいか。あるいは父の机の上のペットボトルの水量が昨夕と同じなので、水分を控えたせいかもしれない。寝室から咳が聞こえた。
 朝食し、新聞を読んで1時間仮眠。11時に起きると父が朝食中だった。
 11時半に家を出て、「アピタ」のパン屋でカツサンドを買い、「夢」へ。コーヒーを飲みながらカツサンドの昼食。外食に飽きてきた。
「アピタ」で買い物して1時半帰宅。父がキンカンを煮ていた。
 2月分の生活費の精算をする。9万8236円。今月は28日と短いせいもあって10万を超えなかった。父に渡す。
 夜、『かの子りょう乱』を読み継ぎ、入浴をはさんで深夜に読了。岡本かの子の生き方に驚き、瀬戸内寂聴の文体を堪能した。
 今月は、父の失禁という大きな変化があった。来月はどうなるのだろう。だんだん温かくなるから、失禁は治まるかもしれない。   

ねこやなぎ


(次回へつづく)


大島 一洋  (おおしま・いちよう)
1943年岐阜県中津川市生まれ。早稲田大学第一文学部美術専修科卒。
大和書房を経て、平凡出版(現マガジンハウス)に中途入社。「週刊平凡」「平凡パンチ」「ダカーポ」「鳩よ!」などの雑誌および書籍編集にたずさわり、2005年定年退職。現在はフリー編集者&ライター。著書に『芸術とスキャンダルの間』(講談社現代新書)。
 
 
 

 


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