そら飛ぶ庭
   

介護日記
 
2010.5.10 

Diary of Country Life
Nursing of My Parents

父、介護1に下がる

自分、肋骨骨折

弟、帰省

大島  一洋 

二つの思い

しでこぶし

 近親者を介護している者は、必ず二つの思いに振り回される。一つは「早く死んでくれ」という思い。もう一つは「もう少し生きてほしい」という思いである。
 2年前の1月18日に母が亡くなったとき、父はかなり落ち込み、これはもう、あまり持たないかなと思っていた。腸閉塞の手術、再発と危機的な状態が続いた。
 ところがその後、だんだん元気になってきた。元来自立心の強い父だから、元気になるということは、一人で何でも出来ると思い込んでしまうことだ。つまり息子の存在が邪魔になってきたのである。自分のすることに細かく文句をつけ、「東京に帰れ」などと怒鳴り始めた。こうなると腹が立つ。医者には、いつ倒れてもおかしくないから見守りが必要、と言われているから「じゃあ、東京へ帰るよ」と逃げるわけにいかない。あの頃は辛かった。正直「早く死ね」と思った。ストレスが溜まり、自律神経失調症になった。
 母の三回忌を迎える頃から、父の様子が変わってきた。自分が父の気持ちをくみ取って炊事、洗濯、掃除をこまめにやっているのと、父が96歳になって衰えてきたせいもあるだろう。口に出しては言わないが、自分に感謝している気配が見え始め、もの言いが穏やかになってきたのである。小言もなくなった。こうなると父が可愛く見えてくる。父の短歌の師匠だった土屋文明は100歳まで生きたので、できるだけそれに近づくよう生きてもらいたい、と思うようになった。田舎に帰って3年半、現在の心境である。

白い椿
しゃくなげ

4月1日(木)雨
 午前7時起床。今日は父が市民病院の皮膚科と眼科に行く日なので、いつもより30分早く起きた。
 9時半にタクシーを呼び、市民病院へ。まず皮膚科。昨年11月に右足下部の皮膚癌を手術したが、その上部に丸い痣が出来たので、癌が転移したのではないか診てもらう。検査しないとわからないので、痣を切開し一部を切り取る処置を受けた。ガーゼを当て絆創膏で止める。結果は19日にわかる。
 次に眼科。20年くらい前か、白内障の手術をしたので半年に一度、検診を受けている。
 眼科の看護婦さんたちは父をよく知っていて「えらいわねえ、96になっても背筋はちゃんとしているし」と声をかける。「いくら褒めても父には聞こえませんよ」と自分が答え、「僕のほうが先に死んじゃうかもしれない」と付け加えると「そうそう、そういうこと多いですよ」と言われてしまった。父には何も聞こえていない。次回の予約は9月8日、自分の検診と同じ日にしてもらった。
 遅くなったので市民病院の食堂でラーメンを食べる。12時半帰宅。
「夢」へ。熱37度6分。血圧144−80。脈拍92。「柾」でジャケットの直しを受け取り、十六銀行からシルバー代金1万4000円振り込む。「アピタ」で買い物して3時頃帰宅。30分雑誌を読み、4時10分前に台所へ入り、夕食の材料を揃える。4時にヘルパーさん来。
 夜8時、還暦合唱団。終わって「かかし」で軽飲み。11時半帰宅。熱36度3分。平熱。まだ雨が降り続いている。

■桜見物

本町公園の桜

4月2日(金)雨のち曇時々晴
 午前中、1時間仮眠。熱36度7分。
 昨夜、突風が吹いたらしく、畑の椿の花が坂道にいっぱい散っていた。
 午後、「夢」へ。熱37度0分。血圧124−67。脈拍97。熱以外は順調。「アピタ」で買い物して2時帰宅。落葉や椿の花が散っているので坂道を掃く。
 夜、読書したあと9時から「にしの」「じゅうべえ」とはしご。11時半帰宅。「にしの」を出たところにある階段でよろめき、鉄の手すりで右胸の肋骨を打った。裸になって調べると骨は折れてないし罅もなく、単なる打ち身のようだが痛い。以前肋骨を折ったことがあるのでわかる。メンソレタームをたっぷり塗って寝る。熱36度1分。平熱。

4月3日(土)晴
 昨夜打った右胸が痛い。自然治癒まで我慢するしかない。1時間仮眠。熱36度8分。
 午後、「夢」へ。熱37度3分。血圧138−76。脈拍97。順調。「アピタ」で買い物して2時前帰宅。父の寝室、茶の間、廊下に掃除機をかける。そのあと父の右足のガーゼ交換。位置的に父一人ではできない。夕方まで雑誌読み。
 夜、ずっと読書。DVDが見られなくなったおかげで、読書がはかどる。
 深夜零時、熱36度2分。平熱。

4月4日(日)晴
 午前中、1時間仮眠。熱36度7分。
 午後1時、熊崎夫妻が迎えに来て、市内の花見。自分は中津川の地理に詳しくないので、どこをどう走ったかさっぱりわからない。熊崎のかみさんが地図と花見の場所のリストを作ってきてくれた。まずは子野(この)という場所にある地蔵堂のしだれ桜。これは立派。次に落合川の桜並木。次は蛭川(ひるがわ)にあるカタクリの群生を見た。天気がよくなって暑い。茄子川(なすびがわ)にある喫茶店「孝見茶寮」でコーヒー。この店は元競輪選手・高橋健二がやっている。10年くらい前の立川競輪グランプリの話をする。自分はあの頃毎年末に立川へ行っていたのだ。懐かしい。

子野にある地蔵堂のしだれ桜
落合の桜
落合の村瀬橋。木製

 このあと、坂本・岩屋堂のしでこぶし、青木の桜、上宿の山桜、桃山のしだれ桜と夫婦岩。最後に本町公園の桜を見て、3時半に「アピタ」で降ろしてもらう。買い物して4時ころ帰宅。
 夜、デジカメで撮った桜の写真をパソコンに移す。父が入浴したので右足のガーゼ交換。自分も入浴し、ずっと読書。午前零時、熱36度3分。平熱。

蛭川にあるカタクリの群生
桃山にある夫婦岩

八王子へ

4月6日(火)晴
 午前中、1時間仮眠。天気がいいので、シーツ、毛布、ふとんを干す。
 午後、図書館へ行くと、今年3月末で定年退職した市役所の知人、K氏が図書館長になっていた。図書館は移転問題を抱えているので大変だろう。
 「夢」へ。熱36度9分。血圧137−76。脈拍92。順調。2時過ぎ帰宅し、坂道の落葉を掃く。干したシーツ、毛布、ふとんを取り入れる。
 夜、9時まで読書し「いちりき」へ。11時帰宅。午前零時、熱36度1分。平熱。

4月8日(木)晴
 午前中、洗濯したあと1時間仮眠。熱36度3分。平熱。後藤理髪店。
 午後「夢」へ。熱36度9分。血圧130−71。脈拍93。順調。「アピタ」で買い物し、銀行から少しおろして2時過ぎ帰宅。11日に八王子である伯母さんの七回忌用の御仏前袋を父と準備する。自分の預金がかなり減ってきていることに気が付く。飲み過ぎだ。
 夜、ずっと読書。肋骨が痛い。

クリスマスローズ
ムスカリ

4月10日(土)晴
 午前中、1時間仮眠。熱37度1分。午前中にしては高い。
 午後、「夢」へ。温かくてコートもマフラーもいらない。熱37度2分。午前中の仮眠後から1分(ぶ)しか上がっていない。血圧114−56。脈拍94。血圧が低い。「アピタ」で買い物して1時半帰宅。父が歌会に出かけて留守なので、寝室、茶の間、廊下に掃除機をかける。坂道の落葉を掃く。夕方まで旅行荷造り。
 夕食後、着替えて6時過ぎに家を出る。父が玄関まで送ってくれた。
 「気いつけて行ってこいよ。みんなによろしく言っといてくれ」
 「父ちゃんも、明日の夜まで一人やから気を付けてね」
 中津川発18時30分のしなの21号に乗る。塩尻であずさ36号に乗り換え、夜22時6分に八王子着。駅弁と缶ビールを買って「サンホテル八王子」にチエックイン。明日早いので杉並の自宅には寄らないことにした。
 駅弁を食べ、シャワーを浴びる。やはり肋骨が痛い。午前零時就寝。

■激痛で目覚める

4月11日(日)晴
 午前7時半起床。洗面したあとホテルの1階にある「庄や」で朝食。部屋に戻って喪服に着替える。10時チエックアウト。タクシーで伯母さんの菩提寺・極楽寺へ。一番乗りだった。
 11時から本堂で読経。集まったのは19人。施主で従弟の成幸ちゃん夫婦と弟夫婦の他は知らない人が多い。お墓に線香をあげたあと、タクシーで八王子駅前にある「シーン」というフランス料理店。会食して成幸ちゃんの自宅へ弟夫婦と行く。建て直したそうで豪邸になっていた。喪服から私服に着替える。ビールを飲みながら雑談。4時過ぎ、弟夫婦とタクシーで八王子駅へ。改札を入ったところで別れる。
 16時32分発のあずさ23号に乗る。シャンパン、ワイン、ビールと飲み過ぎたせいで甲府まで熟睡。塩尻は雨だった。駅弁も売り切れていたので立ち食いそば。
 しなの24号に乗り、20時25分、中津川着。雨は止んでいた。
 父は起きて待っていたが、9時に寝室へ消えた。
 井上ひさし氏死去。75歳、肺がん。

花かいどう

4月12日(月)雨
 肋骨の激痛で目覚める。どうも打ち身ではなさそう。朝食後、つねだ医院へ。月曜日なのですごく混んでいて、レントゲンを撮るまでに時間がかかった。結果は右胸の肋骨が3か所折れていた。わずかな罅が旅行で往復7時間も電車に乗ったせいで切れたらしい。湿布をし、パットをきっちりと巻く。このまま10日くらい我慢すれば治るだろう。帰宅したら午後1時だった。3時間かかったことになる。
 父が「大丈夫か」と聞くので「大丈夫や。前にも一度折ったことがあるからわかる」と答えた。
 トートバッグを持って出かけ、マクドナルドでチーズバーガーを買い、「夢」で食べる。骨折の話をすると常連客たちが驚いていた。
 「アピタ」で買い物し、3時帰宅。
 夕食後、ずっと読書。パットを強く巻いているので痛みはないが、動きにくい。
 午前零時、熱36度2分。平熱。

花ずおう
さんしゅう

■寝ぼける

4月13日(火)晴のち曇
 午前7時半起床。今日は父が可知医院で検査を受ける日なので、父は朝食抜き。自分だけ食べて、父の分に食卓傘をかぶせておく。気が付くと父がいない。一人で可知医院へ行ったようだ。あわてて追いかけると父は控室で新聞を読んでいた。自分が付き添わないと医者の言うことがわからない。だが父は「お前は勝手に、なんやかんやとやり過ぎや。俺は一人で何でもできるで、かまわんといてくれ」と久し振りに怒る。自分が骨折したのを心配しているのだ。気持ちがわかるので、今日は付き添わないことにした。
 帰宅して1時間仮眠。熱36度8分。
 父は12時に帰ってきた。午前中いっぱいかかったことになる。おそらく名前を呼ばれても聞こえないから時間をロスしたと思う。
 午後、「夢」へ。熱37度3分。血圧139−75。脈拍86。順調。「アピタ」で買い物して2時帰宅。夕方まで雑誌読み。
 夜、ずっと読書。肋骨を折っても日常生活に変化はない。寝る前に湿布を貼り換え、パットをゆるめに巻いて就寝。熱36度3分。平熱。

4月14日(水)晴
 午前7時半起床。父はすでに起きていて、「俺が大根をおろす」と台所で手伝い始めた。自分が肋骨を折っているので気を使っている。
 午前中1時間仮眠。熱36度7分。父が歌会に出かける日なので11時半に昼食。12時40分に父の迎えが来る。
 「梅の木」へ。天気はいいが風が冷たい。アメリカンコーヒーとスポーツ新聞。「アピタ」で買い物して1時半帰宅。坂道の落葉を掃く。夕方まで原稿書き。
 夜、原稿書きを続け、9時過ぎ「にしの」「いちりき」とはしご。酒を飲むと肋骨の痛みが消えたような気がするが、実は逆で翌朝痛い。アルコールのせいで骨折部が熱を持つのだ。
 11時帰宅。午前零時、熱36度3分。平熱。

4月15日(木)曇
 今朝も父が大根をすった。
 10時、ケアマネージャーの垣内さんとナーシング・ピアの佐伯さん来。寒いので台所のストーブを応接間に運んだ。父の新しい介護認定はまだ出ていないが、今後の方針を打ち合わせる。父が補聴器を付けていた。自分にまかせないでちゃんと聞いておこうという姿勢だ。これも自分の骨折をかばう意思表示である。
 介護サービスで特に変更することもなく、これまで通りでいくことに決まる。30分で終了。
 午後、「夢」へ。熱37度5分。血圧139−76。脈拍101。「アピタ」で買い物。ヘルパーさんが包丁が切れなくなったと言うので、新しいのを買う。2980円。2時過ぎ帰宅。市役所へ電話して、古い包丁はどのゴミに出すのか聞く。不燃ゴミかと思っていたら資源ゴミだった。刃の部分に新聞紙を巻き、硬質ゴミの箱に入れろとのこと。
 夜、雑誌を読んでいるうちにうたた寝。はっと目覚めて「ヘルパーさんの来る時間だ」と台所へ走って行き、電気をつけると夜の8時だった。完全に寝ぼけている。ヘルパーさんが来る夕方4時という時間が、日常生活のキイタイムなっていることがわかる。この時間だけは動かせないのだ。
 読書を続ける。午前零時、熱36度2分。平熱。

雪やなぎ
紫木蓮

■包丁で怪我

 4月17日(土)晴れ
 午前7時半起床。肋骨が痛い。寒い。父を起こす。
 洗濯したあと、痛み止めのロキソニンを服んで1時間仮眠。熱36度9分。
 午後、コートにマフラーで出かける。恵那山に雪が降っている。「夢」へ。混んでいてカウンターに座れない。熱36度7分。血圧141−85。脈拍100。「アピタ」で買い物。野菜が高くなっている。ついこの前まで100円だったほうれん草が180円もする。一度帰宅し、荷物を置いて吉田米店へ。5キロ配達を頼む。
 夜、ずっと読書。10時半から缶ビール2本、焼酎水割り3杯飲む。午前零時半、熱36度2分。平熱。セルシン、デバスを服んで就寝するも眠れず起きる。セルシン2錠を焼酎で追加して午前1時半就寝。

4月18日(日)晴
 午前7時半起床。昨夜飲み過ぎたせいか肋骨が痛い。骨折しているのだから酒はよくない。反省。父を起こす。自分の骨折が心配するほどでないと知ったのか、父は大根をすらなくなった。
 朝食後1時間仮眠。熱36度5分。寒いので両手の指先しびれる。
 母の月命日。和室の仏壇を開け、線香をあげる。
 「夢」が休みなので「梅の木」でアメリカンコーヒーとスポーツ新聞。「アピタ」で買い物して2時帰宅。父の寝室、茶の間、廊下に掃除機をかける。父は自分の骨折を心配して「無理せんでええぞ」と言いながら応接間に避難。
 夕食の準備中、包丁の下端を右親指の先にチラッと引っ掛けてしまった。新しい包丁だから、いつかやるぞと思っていたらやってしまった。5ミリほどの切り傷。血が滲み出る。バンドエイドを巻く。
 この傷は困った。字を書くときにペンがちょうど当たる場所なのだ。痛くて字が書けない。肋骨は痛い、親指も痛い。
 夜、何もする気がせず、久し振りにテープで落語を聞く。最初、文楽の「寝床」を聞き始めたが、キンキン声に我慢できず、志ん生に換える。「もう半分」「牡丹燈籠」「火事息子」を聞く。午前零時、熱36度2分。平熱。

さつき

■異常な陽気

4月19日(月)晴
 午前10時、タクシーを呼んで市民病院皮膚科へ。父の右足上部の痣の検査結果を聞く。
 癌の転移ではなく単なる湿疹だった。安心。11時帰宅。治療代140円。タクシー代が往復で3600円。
 午後「夢」へ。暑くなってきたのでセーターとジャケットだけで出かけたが、セーターを脱いでしまった。寒かったり暑かったり、なんだこの陽気は。
 熱37度0分。血圧125−71。脈拍95。「アピタ」で買い物し2時帰宅。夕方まで雑誌読み。
 夜、読書したあと「にしの」。酒を飲んでいるうちはいいが、あとで肋骨に来ることがわかったので10時半に帰宅。読書の続き。午前零時、熱36度2分。平熱。ビ、セ、デを服んで就寝も眠れず起きる。セルシン2錠追加して午前1時半就寝。午前中は眠くて仕方ないのに、深夜は目が冴える。だから睡眠時間が足りなくて午前中仮眠という悪循環。

4月20日(火)雨
 午前7時半起床。寒い。肋骨も親指も痛い。父を起こす。
 朝食後、1時間仮眠。熱36度4分。
 午後、「夢」へ。最近新顔の客が増え、落ち着かない。熊崎が来て今年の3年3組同窓会場の下見をしてきたという資料を受け取る。すごく混んできたので熱も血圧も測らず出る。「アピタ」で買い物して2時帰宅。資料を見ながら同窓会の案内状を書く。熊崎へメールに添付して送る。
 ケアマネージャーの垣内さんより電話。父の介護認定が1に下がったとのこと。父が元気すぎるのだ。でも介護1あればサービスはこれまでと変わらない。
 夜、ずっと読書。

白い芝桜

■玄関で転倒

4月23日(金)曇
 午前10時、ケアマネ垣内さん来。毎月の定期面談。10分で終わる。
 午後、「夢」が休みなので、新町の「縹(はなだ)」という喫茶店でアメリカンコーヒーとスポーツ新聞。2時帰宅。眠くてならないのでパジャマに着替えて布団に入る。全然眠れず。
 夜、読書したあと、9時頃「にしの」「じゅうべえ」とはしご。すごく酔った。11時帰宅したが、玄関で転倒。これは飲み過ぎというより歳なのだ。もうすぐ67歳なのに、昔のように飲めると思っていることが間違い。
 午前零時、熱35度5分。下がり過ぎ。

4月24日(土)晴
 午前中、1時間仮眠。
 昼食後、着替えるときに体を調べると右腰が痛い。昨夜、玄関で転んだときに打ったのだろう。肋骨のパットをしていたのがよかった。骨折ではなく打ち身のようだ。念のため湿布をし、肋骨のパットを少し下げて巻く。
「夢」へ。天気はいいが風が冷たい。熱36度9分。血圧132−79。脈拍102。
「アピタ」買い物。ほうれん草が一束280円に高騰していた。他の野菜も便乗値上げしている気配。2時帰宅。夕方まで読書。
 夕食後、6時頃弟・史洋到着。茶の間で父と雑談。
 弟、父、自分の順に入浴。自分はシャワーだけにし、浴槽に浸からなかった。
 自室で自分はビール、弟は焼酎を飲みながら雑談。明日は父の主催する「さくら短歌会」最後の日。18年続いてきたが、みんな高齢になったため、次世代に譲ることになったのだ。弟はゲスト出演。明日は父と弟が午前中から出かけるので、熊崎が花桃見学に自分を連れていってくれる予定。深夜、熱36度4分。

■花桃見物

山肌に見える花桃

4月25日(日)晴
 午前11時15分に迎えが来て、父と弟は出かけた。11時半、熊崎夫妻と高木酒店の前で待ち合わせ。天気はいいが風が冷たい。まず妻籠峠へ。一石栃(いっこくとち)という番所跡。地理的に北になるために気温が低く、しだれ桜が満開。中津川ではとっくに散っているのに。次に吉川英治「宮本武蔵」に出てくる「男滝・女滝」を見たあと、今日の目的、花桃をみるため富貴畑高原、清内路へ行くが、全然咲いていない。まだ蕾のままだ。

妻籠峠のしだれ桜
男滝
花桃

 昨年よりかなり遅れているらしい。やはり今年の4月は陽気が変だ。
 昼神温泉のそば屋で昼食後、飯田まで行き、川本喜八郎人形美術館を見る。昔NHKで放映された人形劇「三国志」「平家物語」に使われた人形が展示されている。素晴らしい。飯田市は人形劇の町として300年の歴史があるとか。

飯田市の人形美術館

 中央自動車道で中津川へ。「アピタ」の前で降ろしてもらう。買い物して4時半に帰宅すると、15分もしないうちに父が帰ってきた。弟は懇親会に出るが、父は5時頃に帰宅すると聞いていた。
 夕食は湯豆腐とあさり鍋にかぼちゃ煮チン。
 夜、読書。弟は10時半に帰ってきた。自室で雑談。午前零時、熱36度3分。平熱。

4月26日(月)晴
 午前10時に「アピタ」で墓花を買い、父、弟と三人で打越(うちこし)の墓へ。ゴミを掃除し、墓石を拭き、花を活け、線香をあげる。11時過ぎ帰宅し、弟は帰京。
 午後、「夢」へ。熱37度1分。血圧123−72。脈拍108。「アピタ」買い物。2時過ぎ帰宅。弟の布団などを押入れに収納。夕方まで雑誌読み。
 夜、読書。9時に「にしの」。飲み過ぎると怖いので11時前に帰宅。読書の続き。
 午前零時、熱36度2分。平熱。

お墓で父と弟

■立川談志の声

4月28日(水)曇のち晴
 午前中、1時間仮眠。熱36度6分。
 午後、銀行から東京へ生活費を振り込む。「梅の木」でアメリカンコーヒーとスポーツ新聞。「アピタ」で買い物して2時帰宅。父の寝室、茶の間、和室、廊下に掃除機をかけ、坂道の落葉を掃く。これだけ動くとさすがに肋骨へ響く。疲れた。
 夜、ずっと読書。

4月29日(木)雨のち晴 昭和の日
 午前7時起床。父が起きてこないので寝室に声をかけると「ああ、よう眠った」と言って起きた。死んだふりして自分をからかっているのじゃないだろうなあ。
 朝食後、洗濯。1時間仮眠。熱36度8分。
 午後、「夢」へ。熱37度3分。血圧145−82。脈拍103。「アピタ」で買い物して2時帰宅。夕方まで雑誌読み。
 夜8時、『週刊朝日』で嵐山光三郎氏が告知していた「新・話の泉スペシャル」(NHKラジオ)を聞く。立川談志が出てきた。死にそうで死なない図太さがすごい。久し振りに声を聞いた。
 ずっと読書。午前零時、熱36度3分。平熱。

白いはなみずき

4月30日(金)晴
 午前7時半起床。縁側のカーテンを開けただけで父を起こさなかった。寒いので好きなだけ寝かせておく。
 自分だけ先に朝食し、父の分には食卓傘をかぶせておく。父は8時半頃起きた。
 仮眠して目覚めたら11時。なんと1時間半も眠ってしまった。あわてて起きて昼食の準備。
 午後、「夢」へ。温かい。熱36度6分。血圧135−78。脈拍102。「アピタ」で買い物して2時帰宅。坂道の落葉を掃く。4月分の生活費を精算。総支出12万4111円。10万円を超えたのは、父の市民病院へ2回のタクシー代や伯母さんの七回忌の費用などの特別出費があったから。父に見せたが何も言わなかった。
 夜、原稿を少し書いたあと「にしの」「いちりき」とはしご。11時半帰宅。それほど飲んだつもりはないのに酔っている。弱くなった。午前零時、熱35度8分。下がり過ぎ。
 今月は自分の肋骨骨折が主な出来事。まだ痛い。しっかりベルトを巻いている。それ以外は、毎日が単調に過ぎた。同じ行動の繰り返し。書いていて嫌になる。何か工夫しないと面白くない。嘘を書くわけにいかないが、方法はあるはずだ。

(次回へつづく)


大島 一洋  (おおしま・いちよう)
1943年岐阜県中津川市生まれ。早稲田大学第一文学部美術専修科卒。
大和書房を経て、平凡出版(現マガジンハウス)に中途入社。「週刊平凡」「平凡パンチ」「ダカーポ」「鳩よ!」などの雑誌および書籍編集にたずさわり、2005年定年退職。現在はフリー編集者&ライター。著書に『芸術とスキャンダルの間』(講談社現代新書)。
 
 
 
 


トップページ会社紹介著作権についてお問い合せ
Copyright (c) Flying Garden Rights Reserved.