そら飛ぶ庭
   

介護日記
 
2010.2.8  

Diary of Country Life
Nursing of My Parents

母の三回忌終える

自分、腰痛治らず

父、体調良好

大島  一洋 

大荒れ笠松競馬

1月1日(金)雪
 午前8時15分起床。玄関を空けたら雪。だが積もるほどの気配はない。
 父はすでに起きていた。
 雑煮を作る。我が家の雑煮は変わっている。かつお節で出汁をとり、ほんだしを加えて味を整える。そこへ餅と年末に茹でた里芋を入れて煮るだけ。器によそってソフトパックのかつおをかける。父に味を聞くと「ちょっと薄い」と言った。ほんだしを多めにするか、醤油を少したらしたほうがいいかもしれない。あとは重箱のお節料理。
 11時に熊崎が迎えにきて、高木、柘植を拾って、恵那にある笠松競馬の場外馬券売り場へ。元旦の恒例行事。笠松は大雪のようで、雪かきのためレースが15分ずつくらい遅れた。どろどろの馬場でかなり荒れた。第3レースから第7レースまで買って全敗。柘植が1万8000円の万馬券を三連単で的中。
 昼食は競馬場の食堂でラーメン。父の昼食は自由にさせた。
 午後3時過ぎ帰宅。恵那ではかなり雪が降っていたが、中津川は粉雪程度で積もっていない。
 夕食は牡蠣味噌鍋とお節。
 夜、原稿書きと「寒中見舞い」の文面作り。父がいつ倒れるかわからないので、年賀状が出せず、寒中見舞いにした。届く年賀状が毎年減っていく。現役時代の半分以下だ。昨年は母の喪中だったせいもあるが、なんだかみんなに忘れられていくようでちょっと寂しい。ずっと読書。午前零時、熱36度4分。

元旦の雪
庭を見る父

1月2日(土)曇時々晴
 午前8時起床。父はすでに起きてテレビの箱根駅伝を見ていた。「おれが雑煮を作る」と父が言うので、かつお出汁をとったあとまかせる。見ているとまず里芋を6個入れ、醤油をどばっと入れたので「多すぎる」と言って止める。味見するとひどい。自分が代わり、ほんだしを入れて味を整え、餅を入れた。「里芋入れたか」と父がさらに里芋を入れようとするので「もう入れた」と答える。父は最初に里芋を入れたことを忘れている。
 朝食後、1時間仮眠。
 午後、三洋堂まで歩き、DVD6本借りる。行きつけの喫茶店はまだやってない。
 2時頃帰宅して読書。
 夕食は「アピタ」で買ってきたおでんセット。土鍋に入れて温めるだけ。まずまずの味。
 夜、DVD「映画は映画」を見たあと「にしの」「じゅうべい」「いちりき」とはしご。酒場は2日が初日のようだ。11時帰宅。午前零時、熱36度2分。平熱。

1月3日(日)曇時々雨
 午後、中川神社まで歩いて初詣。2時半帰宅。夕方まで読書。
 夕食は、ねぎま鍋とお節。
 夜、DVD「8月のクリスマス」「ディスクロージャー」を見たあと読書。
 午前零時、熱36度8分。熱が下がらない。頭痛。

中川神社

■洗濯、掃除、鍋料理

1月4日(月)晴
 午前8時起床。父はすでに起きていた。
 朝食後、洗濯。仮眠せず読書。
 午後「アピタ」での買い物から帰ったあと、父の寝室、茶の間、和室、廊下に掃除機をかける。次に坂道の落葉を掃く。
 夕食は昨日のまぐろが残っていたので、長芋を擦って山かけを作る。あとは春菊ごま和えとお節。正月のごはんは夕食だけなので、冷凍してあったものをチンして食べた。本日ですべて食べ終え、冷凍庫がきれいになった。
 夜、DVD「接吻」を見たあと「にしの」「ロック」とはしご。11時帰宅。
 午前零時、熱36度0分。

1月5日(火)曇
 午後、三洋堂まで歩き、DVD6本借りる。片面1層のDVDが少なく、借りるものが限られてしまう。
「アピタ」で買い物。2時帰宅。引き出物屋の「ヤマモト」に電話し、母の三回忌の引き出物(シーツ)を13個注文する。
 今日からヘルパーさんが来て夕食を作ってくれる。
 夜、DVD「めぐり逢い」「恋に落ちて」を見たあと読書。
 午前零時、熱36度2分。平熱。

1月6日(水)晴のち曇
 午前中、1時間仮眠。
 午後、買い物のあと近くの印刷屋に「寒中見舞い」のはがき140枚依頼。
 夜、DVD「ワイルドシングス」を見たあと「にしの」「いちりき」とはしご。なぜか酔ってふらふら。「いちりき」の客の若い男性が自分を抱えて途中まで送ってくれた。新年早々飲み過ぎだ。

1月7日(木)晴
 目覚まし時計が鳴らなかった。昨夜酔って設定を間違えたのだろう。気付いたら8時半だった。本日から通常の食事に戻る。昨日までで雑煮は餅を食べつくしたし、お節もきれいに片付いた。
 午後、喫茶店「夢」へ。今日が初日。アメリカンコーヒーとスポーツ新聞。店に置いてある体温計と血圧計で測る。熱37度5分。血圧142−73。脈拍106。二日酔いで頭が重い。
 夜、DVD「東京大学物語」を見る。入浴して午後11時に就寝。熱36度4分。

路傍のお地蔵さん
ストック

■十日市の賑わい

1月8日(金)晴
 午前7時半起床。今日から通常の起床時間に戻す。昨日同様頭痛。寒いせいか。熱37度0分。
 午後、三洋堂でDVD6本借りて「夢」へ。熱37度2分。血圧140−81。脈拍103。「アピタ」で買い物して午後2時過ぎ帰宅。夕方まで雑誌読み。
 夜、DVD「マルタの鷹」を見たあと「にしの」。外で飲むのは週2回に決めたはずなのに3回に戻っている。自宅に携帯電話を忘れたことに気付き、10時に慌てて帰宅。ケイタイを持っていないと裸になったような気がする。田舎に来てからは、すべての連絡がケイタイなので、持っていないと不安なのだ。
 午前零時、熱36度2分。平熱。

1月9日(土)晴
 朝食後、1時間仮眠。熱36度4分。午後、「夢」で測ると熱37度2分。この時間が最も高い。血圧148−77。脈拍102。
「アピタ」で買い物。2時半頃帰宅。ごへい餅屋をやっている同級生の牛丸朝子に電話。16日の母の三回忌の昼食会場である落合の「見晴荘」へ、ごへい餅40本届けてもらう依頼の確認。
 夜、DVD「ハイド」「恋に落ちたら……」を見たあと読書。午前零時、熱36度2分。平熱。

1月10日(日)雪のち晴
 朝起きて玄関を開けると雪。道路に積もる程ではない。朝食後、1時間仮眠。
 今日は中津川市一番の賑わいを見せる「十日市」(とうかいち)の日。宮町にある西宮神社の祭礼。午後には晴れてすごい人出と屋台。(翌日の新聞によると人出は7万人。屋台は200店)。三洋堂へDVDを返却したあと、神社へ行ってみる。参拝の列は300メートルくらいか。父から預かった古い御札をお焼きに出して「夢」へ。熱37度0分。血圧142−80。脈拍104。血圧が3日連続140代。
 新町通りの人混みの中を歩いて「アピタ」へ。ここも売り場は閑散としているのに周囲は人だらけ。東町通りから「アピタ」へ入る道は、巡査が交通規制していた。みんな「アピタ」の大駐車場に車を停めて街へ遊びに行くのだ。
 帰宅すると玄関に鍵がかかっている。父は十日市の見物に出かけたらしい。元気のいいことだ。
 夕食は日曜日定番の、牡蠣味噌鍋と冷凍してあったかぼちゃ煮をチン。
 夜、ずっと読書。午前零時、熱36度2分。平熱。

1月11日(月)晴のち曇 成人の日
 午前中「寒中見舞い」の宛名書き。手が冷たくて思うように字が書けない。炬燵で手を温めながら書く。
 午後、「夢」へ。アメリカンコーヒーとスポーツ新聞。熱37度7分。血圧141−78。脈拍117。すべて高過ぎる。
 夜、「寒中見舞い」の宛名書きを終え、ポストに投函したあと「にしの」「じゅうべえ」とはしご。10時半帰宅。読書。午前零時、熱36度3分。平熱。

西宮神社の十日市
十日市の街の賑わい

■弟と墓掃除

1月12日(火)曇のち雨
 朝食の準備中に、可知医院へ順番取り。父の定期健診日。14番だった。父は10時半頃可知医院へ出かけた。
 午後、雨の中、新町にある東美濃農協組合へ行き、12月のシルバー代金1万1984円を支払う。
「夢」へ。熱37度6分。血圧127−74。脈拍102。
「アピタ」で買い物したあと、いったん帰宅し、後藤理髪店へ。
 夜、原稿書き。床屋へ行ったため、部屋にいても後頭部が寒い。帽子をかぶる。
 午前零時、熱36度2分。平熱。

1月13日(水)曇時々雪のち晴
 午前7時半起床。玄関を開けると一面の雪。朝食後、坂道の雪をかく。
 父が歌会に出席するため11時半に昼食。
 午後、「梅の木」でアメリカンコーヒーとスポーツ新聞。「アピタ」で買い物して2時前に帰宅。粉雪が舞っている。夕方まで雑誌読み。寒いので首にタオルを巻き、帽子をかぶる。父は4時過ぎに歌会から帰ってきた。
 夜、ずっと読書。午前零時、熱36度3分。平熱。

1月14日(木)雪
 今朝も雪。この冬一番か。朝食準備を終え、父が洗面している間に坂道の雪をかく。軽いふんわりした雪で、すぐに溶けそう。
 朝食後、1時間仮眠。熱36度6分。
 午後、「夢」で測ると、熱37度6分。血圧143−83。脈拍103。すべて高い。
 「アピタ」で買い物して一度帰宅する。父から銀行の通帳とカードを受け取り十六銀行へ。30万円おろす。父に5万渡し、残り25万を自分が預かる。明日から始まる母の三回忌の費用。すべて自分が処理するよう父に言われた。
 夜、ずっと読書。午前零時、熱36度2分。平熱。

玄関の雪
デンドロビューム

1月15日(金)曇時々雪
 朝食後、洗濯。10時頃「ヤマモト」が引き出物の自宅分3個を届けにきた。残りは明日「見晴荘」に届けてもらう予定。
 きしめんの昼食中に弟・史洋到着。自分が作ったきしめんを見て「うまそうやな」と言う。彼は駅弁で昼食をすませたらしい。
「アピタ」で墓花を買い、弟とタクシーで打越(うちこし)の墓へ掃除に行く。粉雪が舞いはじめた。落ち葉を掃き、墓石を拭き、花を活け、線香をあげる。
 歩いて帰る途中で弟と別れ、「アピタ」へ買い物。2時過ぎ帰宅すると、父と弟は短歌の話をしていた。
 お布施袋に3万入れて父に名前を書くよう持っていくと「あれ、今日は15日か」と聞く。「そうだよ」と答えると「あした、母ちゃんの三回忌か」と言って立ち上がりカレンダーの予定欄を確認した。さっき墓掃除にいく自分と弟を見送ったばかりなのに、もう忘れている。
 夕食前に弟は「プラザホテル栄」にチェックインした。
 シルバーさんに味噌田楽など、父の分だけ作ってもらう。自分は5時半に「プラザホテル栄」のロビーへ。東京組5人(いとこの河西成幸・薫夫妻、弟夫婦、次男の現)と「いちふみ」で夕食。食後「にしの」でカラオケ。10時頃帰宅。酔った。弟の息子、娘二人、自分の娘・汀は会社の仕事を終えてから東京を発ち、夜10時頃ホテルに着いたらしい。長男の龍は明朝来る予定。

庭の雪

■大人18人子供二人

1月16日(土)晴
 午前10時に父と家を出て、タクシーで東円寺へ。次々と親戚が集まり、大人18人と子供二人(弟の長男夫婦が小3と幼稚園児の男の子を連れてきた。父の曾孫である)。
 11時から読経と焼香。お寺は寒い。震えてしまった。
 東円寺の坂下に「見晴荘」のバスが迎えに来ており、全員で打越の墓へ。線香をあげたあと、再びバスに乗り落合の「見晴荘」へ。晴れていい天気になってきた。12時15分頃着いた。この料亭は初めて来た。食事はけっこうおいしい。天ぷらが出たが父には食べさせなかった。腸閉塞の再発が心配だからだ。牛丸から届いたごへい餅40本はあっという間になくなった。東京から来た人には珍しい串団子なのだ。2時間の食事会。
 2時15分にバスに乗り、まず中津川駅へ。そこで5人降り、次に荷物を預けてある「プラザホテル栄」へ。ここでほとんどが降りた。そのあと東町で父と自分が降り、車を駐車している本家筋の4人を乗せて東円寺へバスは向かった。
 帰宅して喪服から普段着に着替え、「アピタ」へ夕食の買い物。戻ると弟夫婦、弟の長男夫婦と子供二人、娘二人と現が押しかけていた。みんなで古いアルバムを見て騒いでいる。父は耳が遠いのでうるさくないのかニコニコ笑って孫や曾孫たちを見ていた。
 3時過ぎに記念写真を撮って、みんな帰っていった。

茶の間で孫、曾孫に囲まれる父
「見晴荘」で三回忌の食事会

 4時にヘルパーさんが来たが、昼食が重かったので、うま煮といんげん胡麻和え、長芋の千切りを少なめに作ってもらう。
 夕食後、三回忌にかかった費用の精算をする。全部で27万8690円だった。預かった25万を超えたので、生活費のほうから補填した。香典は父に渡したので「いくらあった?」と聞くと「18万くらいや」と言うので、結局10万の出費ということになる。
 父に精算書を渡す。やっと終わった。疲れた。父は7時半には寝室へ消えた。自分も明日の廃品回収の古新聞の束を門の前に出して、11時には寝てしまった。熱36度3分。平熱。

母三回忌の読経

■心不全が怖い

1月17日(日)晴
 午前8時起床。いつもより30分遅くした。たっぷり眠ったので、昨日の疲れが取れた。
 午前中に買い物をすませる。
 昼食時、父が「母ちゃんの形見分けをするのを忘れとった。たいしたものはないが、欲しいという人がおったかもしれん」と言う。そうだった。自分も忘れていた。着物用のバッグなどがいくつもあった。形見分けするなら三回忌の昨日がよかった。七回忌までは時間がありすぎる。
 午後1時20分、熊崎が迎えにきて「ショパン」という喫茶店へ。「ショパン」はフロアが広くグランドピアノが置いてあり、天井が吹き抜けになっている。還暦合唱団の練習。いつもの場所以外で練習するのは初めて。参加者22人。貸切なので聴衆は「ショパン」のママだけ。コーヒータイムをはさんで2時間歌う。天井が高いからよく響いた。
 3時40分に帰宅し、父の寝室、茶の間、廊下などに掃除機をかける。
 夕食はいつもの牡蠣味噌鍋。毎週同じなのに父は「これがええ」と言う。牡蠣は自分も好きだからいいが。
 夜、DVD「サウンド・オブ・サイレンス」を見たあと9時に「かかし」。3年3組の同窓会幹事7人が集まる。昨年の忘年会の写真を大阪の石黒が送ってくれたので、その仕分け。今年の同窓会を7月3、4日に決める。11時解散。
 午前零時、熱36度2分。平熱。

「ショパン」での還暦合唱

1月18日(月)晴
 母の命日。仏壇を開け、線香をあげる。
 午後、「夢」。熱は高いことがわかっているので測らず。血圧137−73。脈拍104。
 夕食後、明日の米をとぐのがつらい。冷たくて指が痛い。有名な料理人が修行時代のつらさについて「冬の米とぎ」をあげることが多いが、それを実感している。
 夜、DVD「ジョーズ4」を見たあと「にしの」「しんちゃん」とはしご。11時半帰宅。
 小林繁死去、57歳。浅川マキ死去、67歳。二人とも心不全。生まれつき脈拍の高い自分にも起こりうるかも。

1月21日(木)雨
 午前9時40分に父と家を出て、タクシーで市民病院。皮膚科に10時の予約がしてあった。手術した皮膚癌のその後を診てもらう。何の問題もなく、診察は5分で終了。代金70円。タクシー代が往復3760円。10時半に帰宅。市民病院での過去最短時間。
 午後、「夢」。熱37度5分。血圧139−83。脈拍100。
 夜、DVD「スモーク」を見たあと「いちりき」。10時帰宅。読書。
 午前零時、熱35度8分。下がり過ぎ。

1月22日(金)晴
 午前中1時間仮眠。これをしないと一日中眠い。
 午後、三洋堂でDVD6本借りる。郵便局まで歩き、父に頼まれた短歌新聞社への振込みをする。「アンドー」時計店で腕時計の電池を換えてもらう。突然2時間くらい遅れることが二度続いたので電池切れと判断した。前回電池を換えたのは3年前でこの「アンドー」時計店だった。腕時計の電池の寿命は3年くらいなのか。
 夜、DVD「アルマゲドン2009」を見たあと読書と原稿書き。
 午前零時半、熱35度6分。今夜も下がり過ぎ。

カラー

■熱の高低続く

1月23日(土)晴
 午前中1時間仮眠。熱36度8分。
 午後「梅の木」。「夢」はママが風邪ひいてしばらく休み。
「アピタ」で買い物したあと、吉田米店に米5キロの配達を依頼。
 2時過ぎ帰宅して、父の寝室、茶の間、廊下に掃除機をかける。父はあちこちにはたきをかけて回る。ほこりを舞い上がらせるだけだ。
 夜、DVD「リプリー」を見たあと読書。
 午前零時半、熱36度3分。平熱。

1月25日(月)曇
 朝食後、1時間半仮眠。夢ばかり見るから眠りが浅いのだろうが、頭すっきり。熱36度8分。
 午後、衣服の直し屋「柾」へ行き、ほつれたシャツの袖口の直しを依頼。洗濯屋「はりぶん」にシャツ2枚出す。「夢」でアメリカンコーヒーとスポーツ新聞。血圧138−69。脈拍96。順調。
「アピタ」買い物。「まるみ薬局」で腰に貼るホカロンを買う。いっこうに治らない腰痛を抑えるため。2時に帰宅し、夕方まで原稿書き。
 夜、DVD「ゼロ時間の謎」を見る。途中で見たことあると気付いたが、最後を覚えてなくて見てしまった。
 9時、「にしの」「じゅうべえ」とはしご。11時帰宅。読書。深夜零時、熱35度9分。下がり過ぎ。

1月26日(火)晴
 朝食後、1時間半仮眠。
 午後、「夢」。耳が遠い父とはほとんど会話がないので、この喫茶店へ来て初めて口をきくという日が多い。血圧138−75。脈拍91。順調。「アピタ」買い物。2時帰宅。雑誌読み。
 夕食後、門灯が切れたので倉庫から脚立を出して電球を取り替える。これがけっこう怖い。
 夜、DVD「変身」「春夏秋冬そして春」を見る。後者は韓国映画でなかなかいい味わい。
 10時入浴後、読書。午前零時、熱36度2分。平熱。

■ハンバーグ定食

1月27日(水)晴 
 朝食後、洗濯。手が冷たい。
 10時半、父が歌会の新年会に出かけた。今日は昼食を作る必要がない。父が出かけたあと、すぐに蒲団にもぐって仮眠。正午前に起床。熱36度6分。
 三洋堂まで歩きDVD6本借りる。書店フロアで「ターザン」を買う。肩こり・腰痛の特集。自分が定年まで勤めた会社の雑誌を買うのは初めてだ。この特集は立ち読みというわけにはいかない。
 帰途、「タウンホテル」の食堂でハンバーグ定食。むしょうにハンバーグが食べたくなっていた。ごはんを4分の1に減らしてもらう。他に、きんぴらや野菜煮、コーヒーとデザートが2品付いて1000円。とても全部は食べられないので、お詫びして残す。周囲の客はみんなきれいに食べつくしている。自分がいかに少食かを改めて知った。
 3時半に帰宅して読書。4時前に父が帰宅した。宴会で食べなかった天ぷらを持ち帰ってきたので、シルバーさんにあげる。自分も天ぷらは苦手だ。
 夜、DVD「大王世宗」のDを見る。@からCは貸し出し中だったのでDからHまでを借りた。原稿書き。
 午前零時、熱36度3分。平熱。

1月28日(木)雨のち曇
 父の起床が8時過ぎだったので、自分だけ先に朝食し、父の分に卓上傘をかけておく。
 1時間仮眠。熱36度7分。
 午後、東京へ生活費を振り込んだあと「夢」へ。血圧147−79。脈拍105。
 腰はいつもほど痛くない。雨で気温が高いせいか。
 「アピタ」で買い物して2時半帰宅。読書。
 夜、DVD「大王世宗」EFを見たあと読書。午前零時、熱35度9分。下がり過ぎ。

雨に濡れた南天

1月29日(金)曇のち晴
 午前10時、ケアマネージャーの垣内さん来。月末の定期面談。父に大きな変化はないので15分で終わる。父の散歩について話すと垣内さんは驚いていた。
 午後、「夢」へ。血圧134−76。脈拍105。「アピタ」で買い物したあと帰宅し、荷物を置いて可知医院へ夕方の順番取り。自分の熱の上下が治らないので診てもらうことにした。
 夕食後、5時半に可知医院。ストレス性の自律神経失調症だから、先生も困っている。夜になれば下がる熱に解熱剤を服むわけにいかない。結局、以前と同じグランダキシンの処方箋をもらう。服むと頭痛がして一度やめた薬だ。
 夜、DVD「大王世宗」のGを見たあと「にしの」へ。客6人とカラオケ合戦。深夜零時半帰宅。遅くなり過ぎた。

1月30日(土)晴
 父が起きてこないので自分だけ先に朝食。1時間仮眠。熱36度9分。
 午後、図書館で注文した本を受け取り、「夢」へ。血圧137−69。脈拍89。順調。熱は高いことがわかっているので測らず。洗濯屋「はりぶん」でシャツ2枚引取る。衣服の直し屋「柾」でシャツの袖直しを受け取る。ほつれがきれいに直っていた。ここは腕がいい。
 「アピタ」で買い物し「まるみ薬局」でグランダキシンを受け取る。2時過ぎ帰宅し、父の寝室、茶の間、廊下に掃除機をかける。父は邪魔にならないよう近くへ散歩に出た。ついでに坂道の落葉を掃く。
 夕食後、グランダキシンを服んだが頭痛なし。
 夜、ずっと原稿書き。

1月31日(日)曇
 午前7時半起床。父が起きてこないので、寝室を覗いて生きていることだけ確認してそのままにしておく。自分だけ先に朝食。父は8時に起きてきた。
 洗濯をし、新聞を読んで1時間仮眠。熱36度5分。
 午後、三洋堂にDVDを返却。読まねばならない本があるのでDVDはしばらく休み。
 「夢」へ。血圧135−76。脈拍104。熱は高いことがわかっているので測らず。
 「アピタ」で買い物して2時帰宅。父はテレビでマラソンを見ていた。父はマラソン中継が好きで必ず見る。
 1月分の生活費の精算。総支出13万1018円。10万を超えたのは、母の三回忌の費用が予定よりオーバーし、生活費から補てんしたため。父に見せると「細かいことはどうでもええわ」と言う。自分の説明を理解しているかどうか。
 夕食は、日曜日定番の牡蠣味噌鍋。自分としては、たまにはポンズにしたいのだが、父は「味噌がええ」というのだから仕方がない。
 夜はずっと読書。午前零時、熱36度3分。平熱。
 今月は母の三回忌が無事に終わり、ほっとした。父の体調もよさそうだし、しばらくは平穏な日々が続くのだろう。             

(次回へつづく)


大島 一洋  (おおしま・いちよう)
1943年岐阜県中津川市生まれ。早稲田大学第一文学部美術専修科卒。
大和書房を経て、平凡出版(現マガジンハウス)に中途入社。「週刊平凡」「平凡パンチ」「ダカーポ」「鳩よ!」などの雑誌および書籍編集にたずさわり、2005年定年退職。現在はフリー編集者&ライター。著書に『芸術とスキャンダルの間』(講談社現代新書)。
 
 
 
 


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