そら飛ぶ庭
   

介護日記
 
2009.12.7  

Diary of Country Life
Nursing of My Parents

紅葉狩り

父、皮膚癌の手術

自分、松山へ出張へ

大島  一洋 

微熱続く
11月1日(日)晴のち雨
 午前中に「アピタ」買い物。
 午後、毎月第一日曜日に開かれている市内の「六斎市」をひやかす。いろんな出店があり、人出も多いが、欲しいものはないし、食べたいものもない。
 駅前の「にぎわいプラザ」へ行く。「産業展」と称して、市内の企業約80社が宣伝ブースを出していた。午後2時から、加々美淳のブラジル音楽コンサートを聞く。中津川市はブラジルのレジストロ市と姉妹都市の関係にあり、それにちなんだイベント。

ブラジル音楽演奏会

 3時に「にぎわいプラザ」を出ると雨。駅のキヨスクで傘を買って帰宅。父も「六斎市」に出かけたが、雨が降ってきたので帰ってきたとか。洗濯物はちゃんと取り入れてあった。
 夕食は牡蠣みそ鍋。父は牡蠣が好物なので、ヘルパーさんの来ない日曜日は牡蠣鍋ばかりになりそう。
 夜、原稿を書いたあと、DVD「LOST」シーズンUのFGを見る。シーズンYまであるらしいが、もう飽きた。熱36度8分もある。室内温度が22度と高いからか。
 せっかちな性格の上に自立神経失調症のせいで苛つきが激しい。これは困った問題だ。セルシンに頼るしかない。読書。
 午前1時。熱35度9分。下がり過ぎだ。平熱より下がってしまうのはどういうことだろう。

 11月2日(月)晴時々雨
 朝食後、再就寝。11時再起床。熱36度9分。父が部屋に来て「俺、これから可知医院へ行って、インフルエンザの予防接種してくる」と言う。先週、可知医院へ予約の電話を入れたが、もういっぱいでダメだったことを忘れている。
 午後、三洋堂まで歩き、DVD7本借りる。「夢」でアメリカンコーヒーとスポーツ新聞。
「夢」に置いてある体温計と血圧測定器で測ると、熱36度9分。血圧137−73。
 夕食のとき、父が「こういうメニューはお前が考えるのか」と聞くので「15種類くらいを回転させているだけや」と答える。父は前の日に何を食べたか覚えていない。「こういう物さえ食べてれば腸閉塞の再発はない」と大声で言うと「そうや、野菜がええ」と答えた。
 夜、DVD「X−ファイル」終章の@を見たあと「にしの」「山海山」とはしご。11時半帰宅。熱35度4分。また下がり過ぎ。

■冬仕度
11月3日(火)文化の日 晴
 あまりに寒いので台所のストーブをつける。
 朝食後、再就寝。11時再起床。2時間近く眠ってしまった。熱36度1分。
 午後、「夢」で測ると熱36度8分。血圧137−74。
 夜、DVD「X−ファイル」終章ABCを見たあと読書。熱36度4分。今日は37度を越えなかった。治ってきたのか。「ラジオ深夜便」

庭の柚子の実
菊の季節

11月4日(水)晴
 午前中、父の炬燵ふとんを押入れから出して干す。
 午後、「梅の木」でアメリカンコーヒーとスポーツ新聞。「アピタ」で買い物をして、2時帰宅。自分の炬燵ふとんを出して炬燵に掛ける。父の干してあるのを取り入れ、炬燵に掛ける。これで、寒い時にスイッチさえ入れればよくなった。冬仕度終了。
 夜、DVD「X−ファイル」終章Dを見たあと原稿書き。入浴。熱36度2分と平熱。
 レビィ=ストロース死去。100歳。

11月5日(木)晴のち曇
 午前7時起床。父が9時半に市民病院の皮膚科に予約があるため、30分早く起きた。
 朝食後、洗濯。父がぐずぐずしていてなかなか出かけない。細かいことを何度も確認しているからだ。9時半にやっとタクシーに乗せる。
 11時半に父は帰ってきたが「どうやら手術しなくちゃならんらしい」と言う。右足の脛とふくらはぎの間に、五円玉くらいのかさぶたがあり、皮膚がんだから切除したほうがいいと医者に言われたらしい。次回の予約日10日には自分も一緒に行くことにする。今日も付き添いで行こうと思ったのだが、痛くもかゆくもないから「もう治った」と父が言うので一人で行かせてしまった。
 午後、三洋堂、「夢」「アピタ」と回る。熱37度1分。
 夜、DVD「X−ファイル」終章のEFを見たあと読書。熱35度8分。下がり過ぎ。
 ヤンキース優勝。松井MVP。

■快適ドライブ

11月6日(金)晴
 午後、「夢」で熱を測ると37度4分。これは高い。血圧127−70。脈拍114。
 買い物をすませたあと可知医院へ夕方の順番取り。微熱もこれだけ高いと辛い。
 夕食後、可知医院へ。自律神経失調症の薬、グランダキシンは服むと頭痛がするのでリーゼという精神安定剤に替えてもらう。
 夜、DVD「X−ファイル」終章のGを見たあと、「にしの」「いちりき」とはしごして11時半帰宅。熱36度1分。平熱。

11月8日(日)曇のち晴
 今日は以前から決めてあった紅葉狩りの日。午後1時、熊崎が迎えに来た。同行者は熊崎夫人と還暦合唱団の渡辺洋子先生。まず川上(かおれ)にあるウェストン公園。上高地を発見し、恵那山に初めて登った外国人がウェストンで、その胸像が立っている。

ウェストンの胸像

 次は恵那神社。岐阜県の天然記念物に指定された夫婦杉が立派。夫杉は幹の周囲が6・8メートル。婦杉は5・3メートル。高さ46メートルで、樹齢600〜800年と推定されている。真昼なのに周囲が薄暗い。
 次は根の上高原。子供の頃に何度も来たが、まったく変わっていた。保古の湖という二つの湖は変わってないけれど。人の数も少なく、さびれた感じ。湖の周囲の紅葉はきれいだった。わかさぎ釣りの舟が出ていた。
 次に行ったのは長楽寺。天然記念物の大いちょうが素晴らしい。幹周り7・5メートル。高さ28メートル。樹齢1000年と看板にある。大きく張り出した黄色い枝ぶりが見事。
 
恵那神社の夫杉。高さ46メートル。
自分の名前の旗?

次に岩村という小さな町に行き、老舗の松浦軒でカステーラを買う。帰途は阿木川ダムの湖畔にある「マルセ」という喫茶店のテラスで紅葉を見ながらコーヒー。
 阿木川ダムを見て4時20分帰宅。いい天気で楽しいドライブだった。
 夕食はキムチの牡蠣鍋。父は何も言わなかったが、キムチが以前ほど好きではないらしいとわかった。
 夜、DVD「THE OC」の@ABCDを見て就寝。熱36度3分。平熱。

11月9日(月)晴
 朝食後、再就寝。10時半再起床。熱36度6分。
 午後、三洋堂、「夢」「アピタ」と回って一旦帰宅し、荷物を置いて駅へ。22日に東京へ行く切符を買う。
 シルバーさんが法事で休みなので、冷凍してあったカレイの干物を焼き、冷凍かぼちゃ煮をチンし、春菊の胡麻和えを作って食べる。
 夜、DVD「THE OC」EFを見たあと読書。熱36度3分。平熱。

まっかな紅葉
長楽寺の大イチョウ

■毎日ガーゼ交換
11月10日(火)晴のち雨
 午前9時10分にタクシーに乗り、父と一緒に市民病院皮膚科へ。父の脛のかさぶたは、やはり皮膚癌で、手術したほうがいいと医者に言われる。ほっておくと転移する心配があるとか。明日午後2時から手術するので、昼食抜きで来いとのこと。
 午後、「夢」「アピタ」と回る。熱37度6分と高い。
 夜、DVD「THE OC」のGを見たあと「にしの」「じゅうべい」とはしご。11時帰宅。入浴。
 弟の史洋が歌集『センサーの影』で「若山牧水賞」を受賞したとのメールあり。賞金100万円はすごい。森繁久弥死去。96歳。熱36度1分。

11月11日(水)雨
 午前9時起床。父が手術のため、昼食抜きなので、朝食は遅いほうがいいと言ったので、9時まで寝てしまった。午前9時半朝食。洗濯。雨が降っているので廊下に干す。
 午後1時半、雨の中をタクシーで市民病院皮膚科へ。父の足の手術は20分くらいで終わった。医者からの注意事項を聞く。@傷口を濡らすな(入浴禁止)A激しい足の動きはダメ(外出禁止)B毎日、抗生物質の軟膏を塗り、ガーゼを替える。
 料金1万2800円。手術代は高い。帰宅して、「まるみ薬局」へ行き、ガーゼ、包帯、テープなどを購入。
 夜、DVD「THE OC」のHIを見たあと読書。熱36度6分。

11月12日(木)曇
 父は手術した右足を炬燵から出している。温めてはいけないからだ。
 午後、三洋堂、「夢」「アピタ」と回り、一度帰宅してから東美濃協同組合へ行き、シルバー料金1万1128円支払う。帰宅して坂道を掃く。いくら掃いてもすぐ落葉が溜まる。
 父の傷のガーゼ交換。傷は長さ7センチくらい。9針縫ってある。一部出血しており、思っていた以上にひどい。抗生物質の軟膏を傷口に塗り、新しいガーゼを当て、包帯を巻く。この作業は父一人ではできない。
 夜8時、還暦合唱団。終わって「かかし」で少し飲む。11時帰宅。熱36度5分。
父の足の手術の跡

11月13日(金)曇
 父に足の様子を聞くと「やっぱり痛いなあ」と言う。痛み止めの薬を服んでいるとか。
 午後、「夢」でアメリカンコーヒーとスポーツ新聞。熱36度5分。血圧130−70。脈拍94。まあまあか。「アピタ」で買い物して午後2時帰宅。
 父の足のガーゼ交換。まだ出血している部分がある。
 夜、DVD「THE OC」のJを見たあと「にしの」「すし天」とはしご。11時帰宅。熱36度2分。平熱。

■父、下痢
11月15日(日)曇時々晴
 午前9時半。「杉山鍼灸院」。腰と首が重い。40分くらいやってもらったが、あまり効いた感じがしない。
 父が「下痢をした」と言うので、昼食を抜きにさせる。同じ物を食べているのに、父だけ下痢というのはおかしい。とりあえず朝食の納豆と果物の柿を止める。
 午後、後藤理髪店。三洋堂、「梅の木」「アピタ」と回って2時過ぎ帰宅。
 父の足のガーゼ交換。出血はなくなったが、一部の赤みが強い。父に「どんな感じや」と聞くと「歳やからなあ、時間がかかるわ。若けりゃもと早よう治るやろうけどな」と答えた。熱36度9分。
 夕食は牡蠣鍋ポン酢。昼食を抜いたおかげで腹の調子は治った様子。果物はりんごにする。
 夜、DVD「THE OC」シーズンUの@ABを見たあと入浴。読書。熱36度1分。

11月16日(月)曇
 朝食後、洗濯。10時再就寝。11時再起床。熱36度5分。
 午後、「夢」で測ると熱37度3分。やはりこの時間から高くなる。それともコーヒーのせいか。血圧133−73。脈拍94。「アピタ」で買い物をし、2時過ぎ帰宅。父の寝室、茶の間、廊下に掃除機をかけたあと、父の傷のガーゼ交換。19日に抜糸予定だが、一部のうっ血が激しい。完全抜糸は無理だろう。
 夜、DVD「THE OC」シーズンUのCを見たあと「にしの」「山海山」とはしご。11時半帰宅。熱35度9分。下がり過ぎ。

チョコレートコスモス
ストック

11月17日(火)雨
 午前7時半起床。寒い。昨夜電気シーツを敷いたのは正解だった。
 朝食後、再就寝。11時まで寝てしまった。昨夜飲み過ぎた。熱36度5分。
 午後、「夢」で測ると熱36度8分。血圧143−78。脈拍104。
「アピタ」で買い物し、2時帰宅。父の傷のガーゼ交換。まだ赤みの強い部分がある。
 夜、DVD「THE OC」シーズンUのEを見たあと原稿書き。熱36度4分。

11月18日(水)晴
 母の月命日なので、仏壇を開け、線香をあげる。父が庭の白い山茶花を一輪切ってきて、花瓶にさして供えた。
 午後、三洋堂へDVD返却。22日から東京なので、しばらく借りない。「梅の木」「アピタ」と寄って2時過ぎ帰宅。父の傷のガーゼ交換。明日、抜糸の日だが全部は無理のような気がする。
 来年1月16日の、母の三回忌の東京組のメンバー決まる。全部で12人。ホテルを予約する。熱36度9分。
 夜、原稿書きと読書。熱36度5分。

庭の山茶花
どんぐり

■無事に抜糸
11月19日(木)曇
 午前9時半、父と市民病院へ。足の傷の抜糸の日。完全抜糸は無理だろうと予想していたが、医者は全部抜糸し、傷口に医療用テープを貼って、ガーゼを当てた。もう来なくていいし、明日から入浴してもいいとのこと。ひと安心。
 午後、「夢」でアメリカンコーヒーとスポーツ新聞。熱37度7分。コーヒーを飲むと上がる。体が温まるせいだろう。
「アピタ」買い物。22日(日)は父が一人で夕食する日なので、缶詰を数種類買う。
 夜、自分が東京、松山と出張する間の夕食メニューを作る。弟が来てくれるが、メニューがないと彼は何もできない。
 午前零時まで読書。熱36度2分。

11月20日(金)晴
 午前中に「アピタ」で買い物。自分が留守の間のメニューに合わせて食材を全部買っておく。朝から腰が痛い。パソコンに向かう姿勢が悪いのか、内臓に異変があるのか。
 午後1時過ぎ、父と打越(うちこし)の墓へ。燈籠が立ったと石材店から連絡があったので見に行く。ずいぶん立派な燈籠が立っていた。石屋はサービスしたつもりだろうが、大き過ぎる感じだ。「母ちゃんが燈籠をほしがっとったが、生きているうちに立ててやりゃあよかったがなあ」と父が呟く。掃除し花を活け、線香をあげる。
 夜、「にしの」「いちりき」とはしご。11時帰宅。熱35度8分。下がり過ぎ。
水の江滝子死去。94歳。

11月22日(日)曇
 東京へ行く日。午後1時過ぎに家を出、1時49分発の電車に乗る。5時34分新宿着。6時半杉並の自宅。義母に「ただいま」と言うと、自分のことをわかっているのかどうか不明だが「おかえりなさい」と返事があった。
 娘と夕食後、「坊っちゃん文学賞」の候補作を再読。午前3時就寝。熱36度2分。

墓に立派な灯篭が立った

■二の酉

11月23日(月)勤労感謝の日 晴
 午前11時起床。目覚まし時計なしで起きたのは久し振り。腰が痛いので娘にマッサージしてもらい、サロンパスを貼る。
 午後3時に家を出る。浜松町のブックストアをひやかし、5時前に羽田空港。マガジンハウスのT氏と待ち合わせて搭乗。5時半羽田発。7時5分松山着。ホテルJALシティ松山にチェックイン。T氏と居酒屋で食事&飲酒。10時半ホテルに戻る。

11月24日(火)曇のち雨
 バイキングの朝食をすませ、9時にホテルを出て、道後温泉にある大和屋という旅館へ。
 10時半から「坊っちゃん文学賞」の最終選考会。選考委員は、椎名誠、中沢新一、高橋源一郎、早坂暁氏の4人。それぞれが推す作品がばらばらで、大論戦になった。結果は2作が大賞に決まる。賞金200万円ずつ。松山市は「坂の上の雲」のテレビ化で盛り上がっており、景気が好さそう。90分ドラマを3年間で13話というのがすごい。
 昼食後、市役所へ移動し、授賞式、記者会見、懇親会と続き、夕方5時、松山発の飛行機で羽田へ。銀座のマガジンハウスの書籍編集部へ顔を出す。
 9時頃、一人で新宿。花園神社が二の酉だったのでお参りしようとしたが、すざまじい人出。怖くなったくらいだ。神社の脇から入って手抜き参拝し、かっこみ(小さい熊手)を買う。
 新宿ゴールデン街の「しん亭」「こう路」で飲む。何人かの知人に会った。午前2時、タクシーで帰宅。

坊ちゃん文学賞授賞式

11月25日(水)雨のち晴
 午後1時、新宿発の電車に乗り、5時過ぎ中津川着。一旦家に帰り、父と弟に顔を見せ、6時に居酒屋「いちふみ」。東京から同級生の西岡が遊びに来たので、ミニ同窓会。12人集まる。二次会は「にしの」。11時に帰宅。入浴。弟と少し話して午前1時就寝。

11月26日(木)晴
 朝食後、洗濯。弟は10時に帰京。天気がいいので、弟のふとんを干す。
 午後、「夢」でアメリカンコーヒーとスポーツ新聞。熱37度5分。高い。血圧130−80。脈拍114。「アピタ」で買い物して2時帰宅。父の寝室、茶の間、和室に掃除機をかける。弟のふとんを取り入れ、押入れに収納。
 夜8時、還暦合唱団。終わって「かかし」で3年3組の忘年会打ち合わせ。11時半帰宅。熱36度5分。

集まったミニ同窓会

■腰痛治療
11月27日(金)晴
 午前10時、ケアマネージャーの垣内さん来。父の月末定期面談。皮膚癌の手術についてはすでに報告してあった。他に特別な変化はないので、15分で終了。
 午後、銀行へ行って東京へ生活費を振り込む。マッサージ店「ふう」を覗いてみる。以前からあることは知っていたが、入るのは初めて。「今ならあいてますよ」と言われたので30分で腰と首の治療を頼む。背中から腰への筋がごりごりに凝っていた。「お客さん、これはひどい凝りようですよ」と言われる。確かに交通事故以後、鍼灸だけでマッサージも整体も受けたことがなかった。腰が痛いのは内臓のせいでなく、疲労だった。かなり楽になったが、一回ではだめだ。30分2800円。
「夢」でアメリカンコーヒーとスポーツ新聞。熱37度6分。高い。風邪ならぞくぞくするはずだが、それがないので完全な自律神経失調症のせいだ。血圧140−60。脈拍94。「アピタ」で買い物して2時半帰宅。坂道の落葉を掃く。
 夜、原稿を少し書いたあと「にしの」「じゅうべえ」とはしご。11時帰宅。読書。
 午前零時半。熱35度7分。下がり過ぎ。

11月28日(土)晴
 朝食後、再就寝。10時半再起床。熱36度5分。
 午後、「夢」で測ると熱37度3分。やはり午後になると上がる。血圧140−70。脈拍94。「アピタ」の家具売り場で、座椅子の背もたれ用の三角マットを買う。パソコンを打つとき前かがみにならないようにするため。帰宅して試すとなかなかいい。
 明日、廃品回収の日なので、ダンボールをまとめて縛る。古新聞の束を玄関に出しておく。
 夜、原稿を少し書いたあと「いちりき」へ。ビール2本飲んだところへ、団体が入ってきたので10時に帰宅。雑誌読み。午前零時、熱36度3分。平熱。

11月29日(日)曇
 午前7時半起床。廃品回収のダンボールと新聞を門の前に出す。8時に持っていってくれた。10時再就寝。11時再起床。熱36度3分。平熱。
 午後、ずっと図書館。4時20分帰宅。熱36度3分。平熱のままだ。
 ヘルパーさんの来ない日なので、夕食は父の好物、牡蠣味噌鍋。
 父が入浴後、足の傷のガーゼ交換をする。
 夜、ずっと原稿書き。

11月30日(月)曇のち晴
 午前7時半起床。ごみを道路へ出す。
 朝食後、洗濯。新聞を読んで再就寝。11時再起床。熱36度8分。
 午後、三洋堂まで歩き、DVD8本借りる。「夢」でアメリカンコーヒーとスポーツ新聞。熱37度1分。血圧133−70。
 2時「熊谷整体治療院」。首と腰が痛いので、久し振りに治療を受ける。首は骨が一つずれていた。腰は背骨が曲がっていた。15分の治療で生き返ったよう。首も腰も軽くなった。4000円と高いがこれだけ効果があればやむを得ない。
「アピタ」で買い物して3時前帰宅。今月分の精算。総支出9万8391円。10万円以内に収まった。父に見せると、支出が10万円以内であることを見ただけで清算書を返してきた。父は古いアルバムを出して眺めていた。「どうしたの?」と聞くと「喪中はがきがきたから、死んだやつを思い出して、昔の写真を見とるのや」と答えた。
 夜、ずっと原稿書き。今月も無事過ぎた。明日から12月。現在の父の様子では、母の三回忌を迎えることができそうだ。
アルバムを見る父

(次回へつづく)


大島 一洋  (おおしま・いちよう)
1943年岐阜県中津川市生まれ。早稲田大学第一文学部美術専修科卒。
大和書房を経て、平凡出版(現マガジンハウス)に中途入社。「週刊平凡」「平凡パンチ」「ダカーポ」「鳩よ!」などの雑誌および書籍編集にたずさわり、2005年定年退職。現在はフリー編集者&ライター。著書に『芸術とスキャンダルの間』(講談社現代新書)。
 
 
 
 


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