そら飛ぶ庭
   

介護日記
 
2009.8.10 

Diary of Country Life
Nursing of My Parents

自分、体調不良

父、気になる異変

長梅雨に悩まされる

大島  一洋 



「同窓会旅行 高速船の前で」

湿疹が出る
7月1日(水)晴のち曇
 風邪、まだ治らない。熱は36度8分の微熱。
 6月分の精算。総出費9万7700円。先月は特別出費が3万円近くあった。東円寺に払った檀家会費や墓掃除関係。実質生活費は7万円弱で、一日平均2200円くらい。
 ついでに自分個人の酒場代を調べてみると、約10万円。これはちょっと多い。収入より支出のほうが上回ってきた。これでは預金を食い潰すことになる。夜の酒場通いを減らさないといけない。
 両脚の付け根から大腿部に虫刺されのような湿疹が出て痒い。これはいったいなんだろう。ジンマシンかストレス性のものか。
 夜、ずっと読書。

アジアンタム

アマリリスの一種

7月2日(木)雨のち曇
 湿疹がひどいので、「つねだ医院」の皮膚科に行く。副院長の順子先生は弟の同級生で自分もよく知っているから恥ずかしい。意を決して、Gパンを引き下ろして見せると「ああ、こんなにバラバラに出るのは、虫刺されやね」と言われた。肝臓のせいでもストレスのせいでもないらしい。理由がはっきりしたので安心する。痒み止めと塗り薬をもらって帰宅。
 午後、新町の農協へ行き、6月のシルバーセンターの請求額1万1128円を払う。月、水、金と来てもらって、この額なら安いものだ。
 夜8時、還暦合唱団。喉が治ったと思ったのは大間違い。歌い始めてすぐ喉に激痛。諦めてクチパクで誤魔化す。終わって9時半帰宅。入浴し、素っ裸になって虫刺されの場所を確認し軟膏を塗る。太腿に多いが腕、腹、尻にも出ている。
 ずっと読書。

7月3日(金)曇
 午後、風邪悪化。喉がガラガラである。明日からの同窓会旅行大丈夫だろうか。
 父の寝室、茶の間、自室に掃除機をかける。
 夕方6時過ぎ、居酒屋「いちふみ」へ。東京から西岡、成瀬が明日の旅行に参加するため帰省しているので、食事会。自分は体調悪いため、少し顔を出しただけで帰宅。旅行の準備。明日の晩は父一人なので、夕食メニューを書いてヘルパー日誌にはさんでおく。
11時にビ、セ、デを服んで就寝も眠れず、ハルシオン追加で午前2時再就寝。

カランコエ

コリウス

同窓会旅行
7月4日(土)晴
 午前9時半に家を出て駅前へ。「中学3年3組同窓会(発著世・ほっちょせ→この田舎の民謡に当て字したもの)旅行」。貸切のサロンバス。参加者18人。常連が4人ほど体調を悪くして欠席したため今年は少ない。目的地は日間賀島(ひまがじま・愛知県)。いい天気。
 バスの一番後ろのサロン席に座って缶ビールを飲み始める。体調悪いので早く酔って、風邪かどうかわからなくする作戦。これは成功したようだ。
 半田市で「新美南吉記念館」見学。この童話作家を自分は知らなかった。
 師崎(もろさき)港でバスを降り、水上高速船で日間賀島へ。15分。民宿「乙姫」に夕方4時過ぎ到着。みんなは散歩に出かけたが自分は風呂に軽く入って部屋でビールを舐めていた。
 6時半から宴会。大きな船盛りの刺身が出た。目玉は、別皿の蛸。足をハサミで切って食べる。これは柔らかくてうまかった。ビンゴや花札をやって夜11時に就寝。夜中2時半頃、ポンポンという音で目覚める。港から漁船団が出ていく音だった。

7月5日(日)晴
 午前7時起床。7時半朝食。なんだかお腹が空いて、ごはんを茶碗一杯食べてしまった。家ではほんの少ししか食べないのに。
 9時過ぎ、高速船で島を離れる。バスの定位置に座って缶ビール。体調回復せず。
 常滑市で「やきもの散歩道」を歩く。体調良ければゆっくり歩きたい場所だ。
「味の館」で昼食。ソニー創業者の一人・盛田昭夫の実家の醸造元がやっている店。
「盛田昭夫記念コーナー」を興味深く見た。
 午後2時に名古屋駅。ここで関東、関西、名古屋組が降りた。
 夕方4時頃、中津川着。家へ帰るには早すぎるので、三洋堂まで歩き、DVD6本借りる。「かかし」が開いていたので夕食。6時帰宅。父は茶の間でテレビを見ていた。「ただいま」と言うと「おお、お帰り」と返事があった。
浴室から妙な音がするので調べると、浴槽の湯を洗濯機に送るモーターが付きっぱなしだった。父は今朝洗濯をしたらしいが、朝からモーターは付いたままということになる。父の耳には聞こえない音だ。
 自室でDVD「リボルバー」を見たあとシャワーを浴び、体を点検。虫刺されは消えかかっていた。本当に虫刺されだったのだろうか。風邪のせいではないのか。わからないが、良くなりつつある。午前零時就寝。

サンタンカ

ダリア

熱下がらず
7月8日(月)雨
 旅行の翌日が雨。自分たちはツイテいる。
 朝食後、再就寝。10時半起床。たっぷり眠った。風邪治ったみたい。雨激しく降っている。
 午後、馬島さんが玄関脇の雨樋を見に来た。樋の途中から雨が溢れ、板戸が腐り始めている。馬島さんが鋸で樋を切ると「くの字」になっている部分から土砂が落ちた。やはり詰まっていたのだ。馬島さんは一度帰り、再び来て接着剤で樋をくっ付けた。バケツで池の水を汲んで樋の上から流してみると、ちゃんと池へ流れ込んだ。これで大丈夫だろう。
 夜、DVD「アルティメイタム」を見たあと「にしの」「ボス」とはしご。なんと10日ぶりに外で飲んだ。11時帰宅。「ラジオ深夜便」

7月7日(火)曇時々晴
 朝から馬島さんが畑の草取りに入っている。10時半にお茶とお菓子を出した。今までは父がやっていたことだが、今後は自分がやるよう父に言われた。
 午後、買い物から帰って、3時半に馬島さんにお茶とカステラを出す。雑草が生えないように、畑の半分くらいにシートを敷いてもらった。
 晴れてきたので、父がふとんを干し始めた。「父ちゃん、昨日も今朝も雨が降ったからふとん干しちゃあかんよ」と言うと「そういう理屈ばっかこねとるからお前はあかんのや。お前もふとん干せ」と怒った。日が照っていると、何か干さないともったいないと思っているらしい。常識では考えられないことをする。95歳までに体に染み付いた習慣だから仕方ない。
 夕方、馬島さんの仕事終了。1万8000円。畑がきれいになった。
 夜、DVD「その男は、静かな隣人」を見たあと読書。

チェリーセイジ

ラベンダー

7月9日(木)雨のち曇
 午後、三洋堂まで歩きDVDを返却。「夢」でコーヒーとスポーツ新聞。「アピタ」で買い物。朝は寒いくらいなのに昼は蒸し暑い。
 夕刊に平岡正明氏死去の報。
 夜7時、「チキンハウス」という鶏料理屋で、同窓会旅行の山おろし(打ち上げ)。8人ほど集まる。9時半解散。一人で「いちりき」。11時帰宅。酔った。

7月10日(金)雨のち曇
 昨夜飲み過ぎたせいか、風邪がぶり返した。熱37度1分。
電通PRの後藤氏からメール。坊っちゃん文学賞の応募作が1130点になったとのこと。前回より増えたのはいいが、下読みが大変だ。
和室にお盆用の提灯を組み立てる。
夜、原稿書き。

お盆を迎える  
7月12日(日)曇時々晴れ
 洗濯後、自室の炬燵ぶとんを庭の竿に干す。
 この田舎では今日から15日までがお盆。明日、坊さんが読経に来るので仏壇の飾り付け。「アピタ」でお供えのらくがん、果物、花を買ってきた。
 夕方、炬燵ぶとんを取り入れ、自室の押入れに収納。
 夜、雑誌読み。新宿の喫茶店「ニュー・トップス」が閉店したとの記事に驚く。便利でけっこうはやっていた店なのに、なぜだろう。
 都議選自民大敗。
 喉の痛み消えず。熱37度1分。

7月13日(月)曇時々雨
 午前10時、東円寺の坊さんくる。といってもご住職ではなくどこかの寺に頼んだらしいアルバイトのお坊さん。ほんの5〜6分の読経でお布施5000円を持っていった。まさに坊さんの稼ぎ時である。
 体調悪く、熱37度3分あったので「アピタ」でさっと買い物をすませ、自室で読書。
 夜、一週間ぶりに「にしの」へ顔を出す。10時半帰宅。入浴し、熱を測ると36度2分の平熱に戻っていた。風邪で出た熱がストレス熱に変化したのだろうか。



「お盆 坊さんの読経」

7月14日(火)晴 暑し
 自分のふとんを庭に干し、CDボックスや小さいタンスを動かす。絨毯を半分めくり、掃除機をかける。そのままにして外出。畳に風を通すため。
三洋堂でDVD6本借り、「夢」でコーヒーとスポーツ新聞。「アピタ」買い物。2時過ぎ帰宅して押入れから扇風機を出す。絨毯を元に戻し、ふとんを取り込む。これで虫刺されは少なくなるだろう。
 夜、DVD「ウオーターボーイズ」を見る。これは傑作。
 シャワーを浴び、熱を測ると36度7分。この暑さでは体温も上がるだろう。

7月15日(水)晴 猛暑
 お盆の最後の日。午後一人で打越(うちこし)の墓へ。この暑さでは父は無理だ。新しい卒塔婆、墓花、線香、雑巾などを持ち、タクシーで行く。先月弟と来たばかりだから、雑草は少なかったが、落葉がけっこうあった。くそ暑くて熱中症になりそう。ペットボトルを忘れたのがまずい。素早く花を活け替え、墓石を拭き、線香をあげて、古い卒塔婆を抜く。タクシーを呼んで東円寺へ。古い卒塔婆を焼いてもらうための缶に入れて帰宅。
 仏壇前の提灯を分解して箱に納める。菓子や果物の供物を片付ける。仏壇の中から水の入った小鉢を引く。線香立ての灰から線香の残りかすを摘み出す。仏壇を閉じる。
 これで今年のお盆は終了。父に報告すると、「ご苦労やった」と言って3万円くれた。飲み代としてもらっておく。
 夜、DVD「八月のクリスマス」「下妻物語」を見たあと、熱を測ると37度3分もある。熱中症気味かもしれないので、飲みに出かけるのを止める。読書。入浴。午前零時半就寝。

外来種の露草

桔梗

心臓が痛い
7月16日(木)晴 暑し
 父の炬燵ぶとんを干す。「夢」でコーヒー&スポーツ新聞。「アピタ」で買い物。帰宅して、父の炬燵ぶとんを取り入れ、茶の間の押入れに収納。ふとん一式を大きな風呂敷に包んで押入れの一番上の隙間に押し込むのだが、これが重労働。汗びっしょりになる。
 夜、ニュースで芥川賞、直木賞の発表。北村薫氏がやっと受賞した。
「にしの」「いちりき」とはしご。11時帰宅。「ラジオ深夜便」午前零時半就寝。

7月17日(金)雨
 午前中豪雨。雨樋を調べると漏れていなかった。池の水位は上がっているが、まだ排出口に届いていない。
 午後、雨の中、三洋堂、図書館「夢」「アピタ」と回る。2時過ぎ帰宅。雨が小降りになってきた。それを待っていたように、宅急便でダンボール6箱届く。「坊っちゃん文学賞」の応募原稿380本。同じく下読みの関口苑生氏と結城信孝氏に電話し、選考の打ち合わせ。電通PRの後藤氏とも打ち合わせ。忙しくなる。
 夜、応募原稿を読み始める。

7月19日(日)曇
 朝食後、洗濯。天気が悪いので廊下に干す。
 午後、土佐屋でムカデ除けの粉を買ってきて、家の周囲に撒く。坂道の落葉を掃く。
 父は茶の間ではなく、寝室のベッドで横になって雑誌や新聞を読んでいる。そのほうが楽らしい。
 夜、DVD「忠臣蔵 47/1」を見る。2時間半。原稿読み。



「寝室で新聞を読む父」

7月21日(火)曇
 夕方、父に異変。夕食後の片付けは父の分担になっているが、なかなか茶の間へ現れないので台所を覗く。父がゴミバケツの前にしゃがんでいた。「どうしたの?」と声をかけると「えらい、えらい、心臓が痛い」と言う。これはまずい。「ごはん食べたあとにすぐ動くからや。すこし休んでからにしたら」と大声で怒鳴ると「そうや、ちょっと休んでからにせにゃな」と答えた。洗った食器の籠を窓の外に出し、急須のお茶っ葉をゴミバケツに捨てるだけのことだが、かなり辛そう。
 茶の間でしばらく横になっていたら元気が戻った。今夜は風呂は止めといたほうがいいと思ったが、さっさと入ってしまった。どういう体になっているのやら。
 夜、DVD「彼が二度愛したS」を見たあと原稿読み。

暑かったり、寒かったり
7月22日(水)曇
 午前10時半、迎えがきて、父が知人の告別式へ出席するため中津川斎苑へ出かけた。
 11時過ぎ、日蝕を見るため外に出て太陽を見る。曇っていたが、欠けているのが少し見えた。裸眼で見るのは危険と知っていたのですぐ中止。それでもしばらくは目の中が黄色かった。あとはテレビで見る。
 父の昼食を準備し、卓上傘をかぶせて出かける。「梅の木」でコーヒー&スポーツ新聞。「アピタ」で買い物をして午後2時に帰宅すると、父が昼食を食べ終えたところだった。
 ずっと夜中まで応募原稿読み。

7月24日(金)晴のち曇
 朝食準備中に可知医院へ順番取り。父の定期健診。17番だった。
 父は10時半頃出かけ、12時前に帰ってきた。可知先生は血圧を測ってくれただけらしい。「どこも悪いわけやないからなあ。薬の処方箋をもらいに行くだけや」と父。
 午後、「夢」「アピタ」と回る。蒸し暑い。座っているだけでも汗が滲んでくる。
 ずっと応募原稿読み。

源平草木

赤い夾竹桃

7月25日(土)曇時々晴
 応接室の椅子のカバーを冬物から夏物に替える。すべて父の指示通りにする。
 夕方、工藤より電話。名古屋にいる同級生、藤井と鎌田が来て「にしの」にいるというので出かける。藤井と鎌田に会うのは昨年、名古屋で行なわれた中津高校の同窓会以来。二人は9時1分の電車で帰っていった。工藤としばらく飲んで11時帰宅。
 原稿読み。

7月26日(日)晴のち曇
 朝食後、洗濯。
 午後、三洋堂、図書館「夢」「アピタ」と回る。
 夕食後、父の食器や急須洗いを自分がする。父は「俺がやるでええで」と言うが、またしゃがみこまれては困る。父は寝室へ行き、ベッドでしばらく横になっていた。少し休むと元気になる。
 夜、原稿読み。



「茶の間での父」

会話がない
7月28日(火)曇
 午前7時起床。珍しく父が先に起きていた。最近は自分が起きて朝食の準備をしている8時頃に寝室から出てくるのだが。
 午前10時、ケアマネの垣内さん来。月末の定期面談。父に特別な変化はないので、15分ほどで面談終了。ただし、父の見守りが必要を確認する。
「僕のほうが疲れてきました」と言うと「そうですね。もうすぐ3年になりますものね」と垣内さんが同情してくれる。
 夜、DVD「アナーキスト」を見たあと原稿読み。

7月29日(水)曇
 朝は寒い。お盆の頃の暑さは消えてしまった。東海地方の梅雨明けは8月2日とか。昨年は7月20日だった。なんだか変な陽気。今年の夏は短いかもしれない。
 午後、「梅の木」でコーヒーとスポーツ新聞。「アピタ」買い物。
 夕食に、茄子とモロッコいんげんをシルバーさんに煮てもらったが、しょう油味だったので「これはみそ煮にせにゃあかん」と父が言った。父が食事に注文をつけるのは久し振りだ。
 夜、原稿を少し読んだあと「にしの」「いちりき」で息抜き。11時帰宅。

日日草

白い夾竹桃

7月30日(木)晴のち曇
 朝、小雨が降っていたが正午前から晴れてきて蒸し暑い。天気予報は全然当たらない。
 午後、銀行から東京へ生活費を振り込む。「夢」「アピタ」と回って2時過ぎ帰宅。父の寝室と茶の間に掃除機をかける。
 夜、原稿読み。

7月31日(金)雨
 耳が遠いせいで、父との会話がほとんどない。朝食の準備ができて「ごはんだよ」と声をかける。朝食後は自分の部屋で仕事や読書。
昼食の準備ができて「ごはんだよ」と父を呼ぶ。
 昼食後、喫茶店「夢」へ行って、ママや常連客と少ししゃべる。つまり午前中は人との会話がまったくない状態なのである。そんなことに初めて気が付いた。べつに寂しくはないけれど。
 父は一日の大半を寝室のベッドの上で過ごすようになった。新聞や雑誌を読み、時々うたた寝している。茶の間だと机に手をついて起き上がるのがつらいからだ。父の寝室は日当たりも、風通しもいい。
 今月も平穏に終わった。

(次回へつづく)

百合の花

百日紅



大島 一洋  (おおしま・いちよう)
1943年岐阜県中津川市生まれ。早稲田大学第一文学部美術専修科卒。
大和書房を経て、平凡出版(現マガジンハウス)に中途入社。「週刊平凡」「平凡パンチ」「ダカーポ」「鳩よ!」などの雑誌および書籍編集にたずさわり、2005年定年退職。現在はフリー編集者&ライター。著書に『芸術とスキャンダルの間』(講談社現代新書)。
 
 
 
 


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