そら飛ぶ庭
   

介護日記
 
2009.6.8 

Diary of Country Life
Nursing of My Parents

暑さに弱い父

自分、7か月振り上京

父、快適な一人暮らし

大島  一洋 




「発著世」幹事会後のカラオケ

■ムカデ発見
5月1日(金)晴
 今日も朝から馬島という植木屋さんが入っている。父は午前10時と午後3時には、きちんとお茶とお菓子を縁側に出して休憩してもらう。こんな習慣がまだ残っている。
 父が「畑の土手に生えている蕗を取って、ヘルパーさんに煮てもらえ」と言うので、午後、長靴に履き替えて土手の蕗を鎌で刈り取る。かなりの分量があった。これ以上ほっておくと硬くなって食べられなくなるらしい。ついでに隣の空き地との間の雑草を抜く。腰にきたので、中止。
 夜、DVD「スピード2」を見たあと「にしの」。10時半帰宅。入浴。午前零時半就寝。

5月3日(日)晴のち曇 憲法記念日
 クローゼットの壁に10センチくらいのムカデを発見。はたき落としてティッシュで潰し、細かくハサミで切ってゴミ箱に捨てる。ムカデは潰したくらいでは死なない。ハサミで切ってもまだ動いているくらいだ。
 午後、父が散歩に出かけた。帰ってきたのは4時過ぎ。毎月第一日曜日にある商店街のお祭「六斎市」を見物し、喫茶店でコーヒーを飲んできたとか。大丈夫か。
 夕食は、まぐろ刺身、冷凍してあったかぼちゃ煮をチン、冷奴、蕗煮、はっさく。
 夕食中に父が「玄関の表側の桟に蜘蛛の巣が張っているから雑巾で拭け」と言うので、食後とりかかる。桟の隅は拭き取れないので、爪楊枝の先にウエットティッシュを巻いてほじくり出した。面倒な作業になってしまった。今は陽が長いからいいが。
 夜、DVD「同窓会」を見たあと読書。

あやめ
あおいの花

5月4日(月)みどりの日 曇のち雨
 父の朝の起床が遅くなった。大根おろしを作るのが父の役目だったが、ここ数日は自分がやっている。大根を擦るのが体力的につらくなってきているのかもしれない。
 午後、三洋堂、図書館「夢」「アピタ」のコースを歩く。
 夜、DVD「ブラッド・ブラザーズ 天堂口」を見たあと「にしの」「ボス」「いちりき」とはしご。11時半帰宅。久し振りに三軒はしごして酔った。これではガンマGTPは下がらない。あかん。

5月5日(火)こどもの日 曇のち雨
 午前7時半起床。昨夜飲みすぎたので起きるのが辛い。一度でいいから目覚まし時計なしでたっぷり寝てみたい。
 朝食後、再就寝。11時半に目覚めて、すぐ昼食の準備。
 午後、買い物のあと読書。
 夜、DVD「オール・アバウト・マイ・マザー」を見たあと読書。

■父の食事を減らす
5月7日(木)雨
 午後、ケアマネ垣内さんから電話。来月からヘルパーさんを週3日に減らせ、と市役所から言われたとのこと。理由として、父が元気で頭も足腰もしっかりしていることと、自分が同居して介護していることを挙げられた。ということは自分が残り4日分夕食を作らねばならないのか。そんなことしたら自分が倒れる。なんとか3日分だけでも市の人材派遣センターから、シルバーさんに来てもらえないか垣内さんに頼む。シルバーさんは1時間800円だから1か月約1万円。これくらいの出費はしかたがない。
 それにしても国の介護政策はおかしい。年寄りの面倒は家族が見ろ、ということで、介護ストレスによる自殺者や親殺しが増えるのではないか。自殺者を減らせと言いながら一方で自殺者を増やすようなことをしている。
 自分のように料理などまったくしたことがない人間に、週4日も夕食を作れというのは、すごいストレスだ。まあ、どうにかなるだろうと楽観しているけれど。
 夜、DVD「リクルート」を見たあと読書。



茶の間で仕事する父

5月9日(土)晴
 庭に植木屋の馬島さんが入ってわが家のシンボルである泰山木を切っている。根が張って石垣を崩しつつあるからだそうだ。
 ついでに自分の部屋の壁の染みをみてもらう。廊下側の屋根から雨が少しずつ漏っているのかもしれない。脚立に上って屋根をみると、なんと自分の部屋側の壁板がはずれて壁土が見えている。これが原因かどうかはわからないが、明日から板を張り直してもらうことに決める。馬島さんはなんでもやってくれるから便利だ。父との付き合いは古いらしい。
 夜、DVD「強奪」「ハンコック」を見たあと読書。
 同級生の県会議員・早川捷也が県会議長になった。

5月10日(日)晴 暑し
 朝食後、洗濯。
 午後から馬島さんが来て、屋根板の修理を始めた。
 三洋堂、図書館「夢」「アピタ」のコースを歩く。暑くて上着がいらない。
 暑さのせいで父がぐったりしている。夕食はちゃんと食べたが、父の役目である明日の米とぎをする元気がなさそうなので、自分がやる。父は座ったまま「4回洗って糠を落とせよ」と言い、最後の水の量を数ミリ単位でチェックした。
 夜、DVD「落語娘」「12人の優しい日本人」を見たあと読書。「ラジオ深夜便」

切られる我が家の泰山木
屋根を修理する

5月11日(月)晴 暑し
 午前8時半頃から馬島さんが屋根の修理に入っている。午前10時過ぎ、縁側にお茶とお菓子を出して、馬島さんに休憩してもらう。父がやっていたことを自分がする。父は茶の間でぐったりしている。
 正午過ぎ、馬島さんの仕事終わる。材料費も含めて3万8000円。
 午後、買い物から帰ったあと、家の周囲にムカデ除去剤を撒く。
 父の寝室、茶の間、和室に掃除機をかける。父が「腹がこんなに膨らんどるが、これはガスが溜まっとるのか」と言うので、触ってみると確かに膨らんでいる。便秘はないと言うので、ぐっと押したらオナラが出た。父は寝室のベッドで横になる。
 夕食時、父が「食いもんを減らせ」と言って、冷奴の皿を箸で自分のほうへ押しやり、にら玉とほうれん草ごま和えを半分ずつにして、残りを自分の皿に載せた。腹が膨らんだのを食い過ぎと思ったようだ。翌日の米も、今までは1合1勺炊いていたのを1合に減らす。自分はごはんを一口しか食べず、ほとんどを父が食べている。
 夜、DVD「エンロン」「25時」を見たあと「にしの」。11時帰宅。

せんだい萩
ザラニア

■アカンサスの苗
5月13日(水)晴
 パソコンの具合が悪いので、午前10時頃、プロバイダー「タケネット」の深谷さんに来てもらう。具合が悪いのはキイ一発で直った。そのあと、DVDの片面2層でも映るようマイクロソフトに繋いでダウンロードしてくれた。
 午後から父が歌会に出るので、昼食は11時半。12時40分に迎えが来て父が先に出かけた。
 三洋堂、図書館「梅の木」「アピタ」と回る。
 父は4時半に帰宅した。
 夜、DVD「飢餓海峡」を見る。3時間。久し振りだが忘れていた細部を思い出した。
 入浴。午前零時半就寝。

5月15日(金)晴
 午前7時半起床。久し振りに寒い朝。
 午後「アピタ」買い物。果物が高い。オレンジ一個158円。キウイ一個90円。なんだかみみっちい田舎の主婦みたいになってきた。
 帰宅して、父の寝室、茶の間、和室に掃除機をかける。
 夜、DVD「ブラック・レイド」を見る。
 なんだか熱っぽい。風邪をひいたみたいだ。読書。

5月16日(土)雨
 午前中、雨が降りそうなので、昨日父のところへ届いたアカンサスの苗2本を植える。1本は利休梅の前に、もう1本は切り倒した泰山木のそばに。このアカンサスは父の短歌の師である土屋文明氏の庭にあったものが、株分けされ何人もの人を経て届いた。
 アカンサスは、原産地はヨーロッパで1メートル余の木になり、白い花を咲かせるらしい。これが育つまで父が生きていられるかどうか。植え終わったところへ雨が降り始めた。ちょうどいい。
 夜、DVD「赤い河」を見たあと「にしの」「いちりき」とはしご。11時半帰宅。



庭に植えたアカンサスの苗

5月17日(日)雨
 午前8時過ぎ、朝食の準備の途中で14区のクラブへ掃除に行く。15、6名集まっていた。顔を知っているのは5、6人だけ。ホールに掃除機をかけ、30分くらいで終わり、帰宅して朝食。
 午後、いけだ書店で時刻表を買う。今月末に上京する予定なので調べる。ダイヤが少し変更になっていた。
 夜、父が「お休み」を言いにきたとき「これ、誰のパジャマや」と夏物のパジャマ姿を見せる。自分が母の老人ホーム入居の際に買ったものだ。「それ、母ちゃんのや」と答えると「ほうか、これはちょうどええわ」と満足そうに戻っていった。
 DVD「ローレライ」「珈琲時光」を見る。2本見ると疲れる。入浴後、午前零時半に就寝。

■シルバーさん決まる
5月18日(月)晴
 朝食後、洗濯。
 母の月命日なので、仏壇を開け、線香をあげる。午後には仏壇花を買ってきて活けた。
 新聞は新型インフルエンザの話題ばかり。関西では135人感染したとか。近いうちに東京もやられるだろう。この田舎はどうなのか。
 ケアマネ垣内さんより電話。頼んでおいたシルバーさんが決まったとのこと。20日水曜日に人材センターの人が紹介がてら連れてくるそうだ。
 夜、DVD「俺たちに明日はない」を久し振りに再見。肝心なことを見落としていたと知る。



母の月命日仏壇に新しい花を

5月19日(火)曇
 午後1時半、市川測量事務所の人と市役所の人が来て、上のMさんの家との境界をはっきりする杭を打った。40年前にMさんが石垣を作ったので、やむを得ずそれを境界にする。父はやや不満そうだったが、崖の上なので「まあ、ちっとばかりのことは、ええわ」と言った。この町は土地をめぐるいざこざが多いらしい。2時終了。
 父は床屋へ出かけ、自分は三洋堂まで歩いてDVD6本借り、「アピタ」で買い物。
 夜、DVD「ホワイトアウト」を見たあと読書。

5月20日(水)晴
 午前10時半、父が一人で市民病院へ定期健診に出かけた。昼食は病院のレストランで食べるというので、自分は蕎麦を茹でて食す。
 午後3時半、シルバー人材センターの人が、Yさんという女性を連れて来た。6月から月、水、金と夕食作りをお願いすることになった。ヘルパーさんは火、木、土に来てくれる。Yさんは73歳で北野に住んでいるとか。我が家から歩いても行ける距離だが、自転車通勤するそうだ。シルバーさんの料金は1時間800円で、それに人材センターへの手数料が7%かかって856円となる。月末締めで請求書が届き、振り込む手順。月に1万円と少し。それくらいですむなら楽だ。
 夜、DVD「オペラ座の怪人」を見たあと読書。

ベルフラワー
フランネルフラワー

5月21日(土)晴のち曇
 午前中、後藤理髪店
 夕食後7時から桃山にある「マジョルカ・バンブー」というライブハウスで、還暦合唱団の懇親会。会費4000円。ピッツア、スパゲティなどが出るイタメシ屋の経営だが、出前の寿司も出た。20人ほど集まる。食後、合唱の練習、フォークダンスなど。フォークダンスは忘れてしまったので見物していた。女性がよく覚えている。
 9時過ぎ「ポッポ」というカラオケ店へ移動し、二次会。かなりの距離を歩いた。「ポッポ」は広い店だがボックス席は三菱電機の社員で満席。我々はカウンターに座る。一人2000円で歌いたい放題だが、客が多いのでカラオケの順番がなかなか回ってこない。「にしの」は9人しか入れず、1500円で歌い放題だから、順番が早く回ってくる。「にしの」はおそらく、この町で一番安い店だろう。「ポッポ」は2番目。
 11時過ぎ帰宅。入浴。酔った。



還暦合唱団の懇親会

■自分発熱
5月22日(金)曇一時雨
 朝食後、洗濯。天気が悪いので軒下に干す。
 午後、買い物から帰ると、父が入れ違いに玄関を出て行った。「あんまり家んなかばっかおると退屈や」と言った。散歩のつもりらしい。
 夜、DVD「ティファニーで朝食を」を見たあと、妙に体が熱っぽいので体温を測ると37度4分もあった。昨夜、飲みすぎたのと、寒いなかを歩き過ぎたせいだろう。風邪薬を服み、アルコールは一滴も飲まずじっとしている。午前零時、セルシン、デバス2錠ずつ服んで就寝。

5月23日(土)曇のち晴
 午前7時半起床。熱は平熱の36度3分に下がっていた。
 午後、三洋堂までDVDを返しに歩き、「夢」でコーヒーとスポーツ新聞。そのあと駅まで行き、25日(月)から28日(木)まで上京する切符を買う。
 明日、廃品回収の日なので、夕食後、新聞、雑誌、ダンボールを門のところへ出しておく。かなりの量だ。
 上京用の荷造り。
 9時半「いちりき」。客は誰もいなかったが、やがて2組来たので帰る。
 原稿書き少し。セルシン、デバスで眠れず、何度も起きて、結局午前2時半就寝。



茶の間で読書する父

5月24日(日)曇
 朝方、小雨が降ったらしく、廃品回収の新聞や雑誌が濡れていたが、8時半に東小学校の生徒が持っていってくれた。さっぱりした気分。
 朝食後、再就寝。11時に目覚め、昼食の準備。
 午後、「夢」のママが貸してくれた体温計で測ると37度2分もある。風邪が治っていないのか、ストレスのせいなのかわからない。ストレスなら深夜には平熱に戻るはず。
 「アピタ」で自分が留守をする4日分の食料を買う。ヘルパーさんとはメニューの打ち合わせをしてある。
 帰宅して、父の寝室、茶の間、和室に掃除機をかける。
 夕食は、かつおのたたき、冷奴、漬物、オレンジですます。
 相撲は日馬富士が優勝。ニュースを見たあと、自室で明日からの東京行きの準備。
 夜、8時過ぎ「にしの」「ボス」とはしごし、11時帰宅。

5月25日(月)晴
 午前11時49分中津川発のしなの7号に乗る。7か月振りの上京。塩尻で乗り換え、午後2時40分新宿着。3時半に自宅に着いた。今回の上京は友人たちに知らせてない。みんな忙しいのだから、自分のために集まってもらうことになるのは気が重い。
 夕方6時頃、家を出て行き付けの「鮨ひかる」で飲み始める。そのあと永福町のバーと明大前の酒場に顔を出す。田舎ではこんなに早くから飲み始めることはないので、すぐ酔っ払ってしまった。肝臓が悪いのか歳のせいか。10時過ぎ帰宅。入浴し、テレビを見ていたらいつの間にか眠ってしまった。午前1時頃あわててふとんに入る。

やまぼうし
ぼたん

■割れた茶碗
5月26日(火)晴
 正午起床。目覚まし時計なしで好きなだけ眠れるのがいい。
 午後1時過ぎ家を出て、とりあえず上野へ行ってみる。かなりの人出だが、マスクをしている人は少ない。国立博物館の興福寺・阿修羅展は入場制限をしており、70分待ちの看板。西洋美術館のルーブル美術館展は40分待ち。これはだめだと判断し、新宿へ。角川シネマ新宿で4時から「ブッシュ」が始まるところだったので入る。客は10人もいない。6時に終わり、紀伊国屋書店をさらっと流したあと、ゴールデン街の「しん亭」へ。久し振りなので、しんちゃんがびっくりしていた。しばらくして2階の「こう路」へ。
 田舎の父に電話。「元気?」と聞くと「ああ、元気やけど退屈でかなわん」という返事。「ヘルパーさんはちゃんと食事作ってくれてる?」「ああ、ちゃんと作ってくれとるよ」
 「あさって帰るから」「俺は大丈夫やで、もっとおってもええぞ」。どうやら自分の留守に倒れるということはないようだ。
 8時半ころ再び紀伊国屋書店。歩き過ぎたせいもあってもう酔っている。9時半に松ノ木の「ロゴス」というスパゲティ屋。白ワインを飲む。10時過ぎ帰宅。もうへろへろだ。
 入浴してテレビを見ているうちにうたた寝。昨夜とまったく同じ。午前1時就寝。



阿修羅展は70分待ちだった

5月27日(水)晴
 午前10時起床。午後1時に友人の古本屋・野崎氏が来る予定なので、押入れを開けて古雑誌を運び出す。中学2年の時、同級生で作った雑誌「発著世(ほっちょせ)」を探すと、創刊号から11号まで出てきた。記憶が曖昧だが、一年に一冊として11年間、つまり、中学、高校を卒業してからも出し続けたことになる。謄写版刷りなので読みにくいが、我々にとっては貴重なものだ。
 やがて野崎氏が来て、本棚3本分の本を持っていってくれた。4時間かかった。まだ1000冊ほど残っているので、いつかまた来てもらわねばならない。
 定年と同時に、蔵書をすべて始末することに決め、三分の二ほど野崎氏に持って行ってもらったところで父が倒れたため、そのままになっていたのだ。残りの本のなかには、親しい作家からの寄贈本がまとめてある。これをどうするか。最後まで残し、父が死んだあと田舎へ送るしかあるまい。
 スチールの本棚をたたみ、粗大ゴミで出せるよう庭に下ろす。大掃除。30年分のゴミが本棚の後ろに溜まっていた。
 娘が帰宅するのを待って、家族で夕食。義母は認知がひどくなっており、自分のことは誰だかわからなくなっていた。缶ビール4本飲んだだけで酔った。2階の自室に上がって明日の帰省準備。ぼんやりテレビを見て、午前1時就寝。

つる薔薇
ツツジ

5月28日(木)雨
 午前9時起床。洗面後、家を出る。
 午前11時新宿発あずさ13号に乗る。塩尻で乗り換え、午後3時中津川着。
「ただいま」と声をかけると、父は「おう」と言った。冷蔵庫を調べると野菜がかなり残っている。ヘルパーさんが来たので、相談して野菜炒め、三つ葉とほうれん草のからし合え、長芋の千切りにする。佃煮と漬物がほとんど切れていたので、父は朝と昼はもっぱら佃煮と漬物で食事したのだろう。
 夕食後、佃煮、漬物と明日の昼食用のサラダなどを買いに「アピタ」へ行く。
 以下、ヘルパーさんの日誌(これは書くことが義務づけられている)から。

5月25日
 声かけに「一人分作ってもらうのは申し訳ない」と言われました。準備ができると、台所で食べる仕度をしてみえました。鼻歌など聞こえます。

5月26日
 挨拶すると「大丈夫? わかるかね?」と台所まで来て心配してくださいました。帰りにも「ありがとうございました」と部屋から出てみえて挨拶してくださいました。

5月27日
 体調お変わりないようです。暗いといって台所の電気をつけてくださいました。

 これを見るかぎり、父は快適な一人暮らしをしたようだ。ただ、自分のごはん茶碗とヨーグルト用のグラスが割れていた。落としたのだろう。



市内に建設中の高層マンション

■雨樋が詰まる
5月29日(金)晴のち曇
 朝食の準備中に可知医院へ父の定期健診の順番取り。16番だった。
 午前10時、垣内ケアマネ来。月末の定期面談。父に悪いところなし。
 10時半に父は可知医院へ。11時過ぎに帰ってきたが、しばらく横になると言うので、自分だけ先に昼食。チーズトースト、ヨーグルト、サラダ、バナナ。
 三洋堂でDVD6本借り、買い物して午後2時帰宅。父の寝室、茶の間に掃除機をかける。その間、父は応接間に避難していた。
 夜、DVD「ボーンキッカーズ」を見たあと「にしの」「いちりき」。11時半帰宅。酔った。あかん。
   
5月30日(土)曇のち雨
 玄関脇の2本の雨樋にごみが詰まっているらしく、雨水が溢れている。馬島さんに電話して見に来てもらうよう頼む。
 夜、7時から「寿司政」で同窓会の幹事会。「発著世」を12冊持っていったら、みんなびっくりしていた。9時半過ぎに「にしの」へ流れ、貸切状態でカラオケ。11時半帰宅。

なでしこ
てっせん

5月31日(日)曇
 午後、自分が図書館へ行っている間に、馬島さんが来て雨樋を調べ、ごみを取り除いてくれたらしい。今度雨が降った日に確認が必要。
 夜、ずっと原稿書き。
 今月も平穏だった。自分が上京しても、父は大丈夫なことがわかった。(次回へつづく)



都忘れ




大島 一洋  (おおしま・いちよう)
1943年岐阜県中津川市生まれ。早稲田大学第一文学部美術専修科卒。
大和書房を経て、平凡出版(現マガジンハウス)に中途入社。「週刊平凡」「平凡パンチ」「ダカーポ」「鳩よ!」などの雑誌および書籍編集にたずさわり、2005年定年退職。現在はフリー編集者&ライター。著書に『芸術とスキャンダルの間』(講談社現代新書)。
 
 
 
 


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