そら飛ぶ庭
   

介護日記
2009.4.6      
父、介護保険更新申請

自分の生活に対する不安

弟が墓参りに来る
大島  一洋 

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庭の紅梅

■鍼灸が効く

3月1日(日)曇のち晴
 午後、父に「掃除機かけようか」と言うと、嬉しそうに「よしっ」と声をあげて立ちあがり、あちこちにハタキをかけ始めた。これでは埃を舞い散らすだけだと思ったが、好きにさせておく。父の寝室、茶の間、和室、廊下に掃除機をかける。これがけっこう重労働である。
 夕食はまたキムチ牡蠣鍋。
 夜、DVD「NEXT」「クローバーフィールド HAKAISYA」を見たあと読書。

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父と弟

3月2日(月)晴
 朝食後、洗濯。父のふとんカバーがあったのでかなり重い洗濯。
 午前9時「ニチイ」へ行き、ケアマネの垣内さんと父の介護保険更新について打ち合わせ。可知医院へ提出する問診票を相談しながら記入。
 夜、DVD「復讐するは我にあり」を見たあと「にしの」「ボス」とはしご。11時半帰宅。

3月3日(火)曇のち雨
 午後、雨の中、三洋堂、「夢」、図書館、「アピタ」と歩く。
 夕食に吸物はいらないと父が言う。吸物があると、ごはんをよく噛まないで飲み込んでしまうから消化が悪い。よく噛まないと消化不良から腸閉塞が再発する心配があるのだそうだ。気が付かなかった。
 夜、DVD「ノーカントリー」を見たあと原稿書き。

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コーヒーを入れる「夢」のママ

3月4日(水)曇
 午前9時半、「杉山鍼灸院」。肝臓治療。孫の手でかいた背中の傷跡は、ほとんど消えているそうだ。鍼灸は効く。眠くてならない。
 午後、後藤理髪店。
「アピタ」内にある「いけだ書店」で『小説現代』に連載中の坪内祐三さんの「酒中日記」を立ち読み。みんなであちこち飲み歩いているのが羨ましい。
 夕食のとき、父に「洗い物をしたあとのスポンジをきちっと絞っておけ」と言われる。久し振りの小言である。
 夜、DVD「デッドロック」を見たあと、熊崎と「にしの」「いちりき」。11時半帰宅。

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ボケ

■変化のない生活

3月6日(金)雨のち曇
 午前9時半、父と可知医院へ。介護保険更新のための面談。15分ほどで終わる。
 午後、三洋堂、図書館、「夢」、「アピタ」といつものコース。
 夜、DVD「汚名」を見たあと読書。
 なんだか変化のない生活で飽きる。かといって、どうにもならない。昼間は完全に縛られているので、ほとんど自由時間がない。夜もDVDばかり見ている。それも翌日には内容をすっかり忘れている。完全に健忘症である。こんな生活をしていていいのだろうか、と不安になる。

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グラジオラス

3月8日(日)曇のち晴
 朝食後、赤味噌の塊に玉ねぎのみじん切りをまぜ、寝かせておく。夕食の牡蠣味噌鍋の下ごしらえ。味噌が甘くなるのだ。
 午後、「夢」でコーヒーとスポーツ新聞。「アピタ」で買い物。トマトが1個90円、しいたけが6個で400円と高い。だんだん自分がケチになっていくのがわかる。
 夜、DVD「バルカン超特急」「震度0」を見たあと読書。
 父が寝る前に必ず、和室の母の仏壇に声をかけ、鉦を鳴らすようになった。「母ちゃん、今日も無事終わりました。お休み」と言っているのが聞こえる。そのあと自室へ顔を出し「じゃ、俺もう寝るで、お休み」と自分に挨拶する。だいたい夜の8時か8時半頃である。自分が夜出かけるのは父が寝たあとになる。

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昼食中の父

3月9日(月)曇
 税金の還付金が入ったので「ヨシダ」という靴屋で、ヨネックスのウオーキング・シューズを買う。黒と茶の二足で2万6000円也。軽くて履きやすい。
 夜、DVD「シークレット・ウインドウ」「ランブルフィッシュ」を見たあと原稿書き。
入浴。「ラジオ深夜便」。

3月10日(火)晴
 朝食後、洗濯。
 午後、三洋堂、図書館、「夢」「アピタ」のコースを歩く。帰宅すると、父が書斎で古い雑誌を出して調べものをしていた。明日の歌会の準備だろう。熱心なのに驚く。だから認知症にならないのだ。母の介護は大変だったが、父は楽ちんである。楽過ぎて張り合いがないくらいだ。
 夜、DVD「荒野の決闘」を見る。「愛しのクレメンタイン」がテーマ曲だが、還暦合唱団の持ち歌「草競馬」が3回ほど流れた。合唱をやってなければ気がつかなかっただろう。
 読書。ビ、セ、デで眠れず、セルシン2錠追加。

■久し振りに自室を掃除

3月11日(水)晴時々曇
 午後、父が歌会へ出かけて行った。そのあと自分が家を出、回覧板を回し、銀行から金を下ろし、時計屋で腕時計の電池を換えてもらい、「アピタ」で買い物。高木酒店で缶ビールをワンパック購入。3時頃帰宅。雑誌読み。
 父は、ヘルパーさんが夕食の準備中の4時半頃帰ってきた。
 夜、DVD「覇王別姫」を見たあと「にしの」。11時帰宅。

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今年も咲いた庭の椿

3月12日(木)晴
 朝食のとき、父が「天気がええから、お前のふとんを干して部屋の掃除をしろ」と言った。自室の掃除などめったにしないが、今日はその気になった。シーツ、毛布、掛けぶとんを庭の竿に干し、敷ぶとんは自室の出窓に干した。
 午後、買い物から帰ったあと、自室に掃除機をかける。夕方、干したふとんなどを取り入れる。
 夜8時、還暦合唱団。終わって「かかし」で軽く飲む。11時過ぎ帰宅。「ラジオ深夜便」

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水仙がきれい
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ばいも

3月13日(金)曇のち雨
 午前10時、市役所厚生課の女性来。父の介護保険更新のための面談。
「今日は何月何日ですか」
「えーっと、3月13日やね」
「何曜日ですか」
「えーっと、金曜日やね」
 父は「13日の金曜日」の意味を知らない。
耳が遠いことを除けば、体も頭もしっかりしているので、介護度は下がるかもしれない。
夜、DVD「引き裂かれたカーテン」を見たあと読書。9時を過ぎても父が寝ないので、
茶の間をそっと覗くと、なにやら原稿を書いていた。所属する『新アララギ』へ出す短歌を作っているのだろう。
自分は読書を続ける。父が寝たのは9時半だった。

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茶の間で新聞を読む父

3月14日(土)雨のち晴
 朝8時を過ぎても父が起きてこないので、寝室へ行って起こす。昨夜遅くまで原稿を書いていたせいだろう。「おっ、これはいかん、寝過ぎた」と言って起きた。自分だけ先に朝食をすませる。
 午後、今日もまた父が歌会へ出かけた。予定に入ってなかったが、会員からの電話で呼ばれたらしい。「誘われりゃあ断れんし、もう面倒でしゃあないなあ」とぶつぶつ言いながらも、楽しそうに出ていった。
 自分は図書館、「夢」「アピタ」のコースで、午後3時帰宅。4時にヘルパーさんがきて、父は4時過ぎ帰宅した。
 夜、DVD「めぐりあう時間たち」を見る。三度目の挑戦。だいたいは分かったがまだ疑問が残る。アメリカ人が見れば分かるのだろうか。
 深夜まで原稿書き。

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行きつけの喫茶店「夢」

■母の植えた野草が今年も咲いた

3月16日(月)晴
 午前7時半起床。すでに父は起きて洗面中だった。お湯を沸かし、大根おろしとみそ汁の準備をして父と交替。父がしらすおろしを作っている間に自分が洗面。こういうふうに父と分担できる朝は気持がいい。
 午後、父の寝室、茶の間に掃除機をかける。
 夕食の準備に来たヘルパーさんが、「今年もまたカタクリの花とショウジョバカマが咲きましたね」と言う。玄関を出てすぐ左に咲いている。母が昔「野草の会」に参加していた頃、どこかから採取してきて植えたものである。
 夜、DVD「怒りの葡萄」を見たあと「にしの」「いちりき」とはしご。午前零時半帰宅。久し振りに酔った。

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カタクリ
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ショウジョバカマ

3月18日(水)晴
 母の月命日であり、お彼岸でもある。
 午前中に「アピタ」内の花屋で墓花を一対買う。
 午後、父とタクシーで打越(うちこし)の墓へ行く。雑草はなかったが、落葉が溜まっていた。墓を雑巾で拭き、花を備え、線香をあげた。タクシーを呼んで帰宅。「アピタ」内の花屋へもう一度行き、仏壇用の花を買う。仏壇前の花を整理して活け直す。
 夜、DVD「グランド・ホテル」を再見したあと読書。

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墓で拝む父

3月20日(金)雨のち晴 春分の日
 午前中は雨だったが、午後になったら見事に晴れた。
 三洋堂、図書館「夢」「アピタ」のコースを歩く。
 夜、DVD「ミスティク・リバー」を見たあと読書。「ラジオ深夜便」。

3月21日(土)晴
 午後、月曜日に来る弟のふとんを干す。
 父、床屋へ出かける。自分は「夢」でコーヒーとスポーツ新聞を読んだあと「アピタ」で買い物。帰宅して弟のふとんを取り入れる。
 夕食後、深夜まで原稿書き。「ラジオ深夜便」。

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雪柳
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れんぎょうの垣根

3月22日(日)雨
 今日は一日中雨だった。「アピタ」で最小限の買い物をすませ、ずっと自宅で原稿書き。
 夕食は、ぽんず牡蠣鍋。日曜日は牡蠣鍋ばっかり。父はそれで満足しているし、自分も作るのが楽でいい。
 夜、ビ、セ、デで眠れず2回も起きた。原稿を書いて興奮したせいか。セルシン、デバスを追加してやっと眠れた。睡眠薬を服み過ぎると、副作用で「キレやすくなる」と新聞に出ていたが、自分にその気配はない。量を少なくしているから大丈夫だろう。

■冷たい弟

3月23日(月)晴
 午後2時に弟・史洋到着。
 二人で坂道の落葉を掃く。
 夕食はヘルパーさんに三人分作ってもらう。麻婆豆腐、なす焼、山芋千切り。これはルール違反だが、父が外食したくないというので、勘弁してもらう。これまでは、弟が来たときは、ヘルパーさんをキャンセルして外で食べていた。
 夕食後、弟と父は短歌の話をしていた。自分は自室で原稿書き。
 9時過ぎ、父が寝たので、自室で弟と話す。彼は日本酒、自分はビール。弟は夜酒場へ飲みに行くのを嫌がるようになった。
「父ちゃんより俺が先に死ぬようなことになったら、お前どうする?」と弟に聞くと「僕は面倒見られないから施設に入ってもらう」と答えた。冷たいようだが、そうするしかないだろう。そうならないために自分は先に死ねない。
 入浴して午前零時半就寝。

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坂道を掃除する弟

3月24日(火)晴
 午前11時、ケアマネ垣内さん来。月末の定期面談。弟も参加。介護保険の更新で要支援まで落ちるのを、みんなで心配する。要支援になると週に4日しかヘルパーさんに来てもらえないので、自分が3日分の夕食を作らねばならない。これは大変だ。現在、介護2だが、なんとか介護1で止まってほしい。結果は来月出る。
午後、駅前の花屋で墓花を買い、タクシーで打越の墓へ弟と行く。一週間前に父と来たばかりなので、花はしっかりしていた。近くに花が枯れている墓があったのでそこへ差し換えてあげる。関係者が遠方だとお彼岸に来られないのだろう。
新町まで歩き「はなだ」という喫茶店でWBC決勝・日本対韓国戦を見る。最後はイチローが見事に決めた。
「アピタ」で買い物。
 夕食後、弟と父はまた短歌の話。自分は自室で原稿書き。
 9時頃から自室で弟と雑談。弟は酔って10時に寝てしまった。
 原稿書きを続け、入浴後、午前零時半就寝。

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さくら草

■ムカデ除けの薬剤を撒く

3月25日(水)雨のち夕方晴
 午前10時半に弟帰京。
 午後、三洋堂でDVD6本借りる。「アピタ」買い物。
 夕食後、DVD[チャーリー・ウイルソンズ・ウォー]を見たあと「にしの」「いちりき」とはしご。11時半帰宅。弟は墓参りしただけで、結局なんの役にも立たなかった。少しは自分の気がまぎれるかと思ったが、朝と昼の食事は自分が三人分作らねばならず、かえって手間がかかった。

3月28日(土)曇のち晴
 朝食後、洗濯。
 午後、駅の近くにあるギャラリーで開かれている「郷土偉人遺作展」を見に行く。恵那市の表具屋さんが蒐集した掛け軸で、知っているのは、前田青邨、熊谷守一、島崎藤村、福沢桃介くらいであとは知らない人の作品ばかりだった。
帰宅して弟のふとんを干し、父の寝室、茶の間、和室に掃除機をかける。そのあと、父に渡されたムカデ除けの白い薬剤を家の周囲に撒く。
夜、DVD「エビ−タ」を見たあと読書。

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庭のアセビ

3月29日(日)晴
 午後、弟のふとんを干し、夕方取り入れて、自室の押入れに収納する。
 夕食は、かつおの刺身と冷凍してあったかぼちゃ煮をチン。さすがに牡蠣鍋は飽きた。
 夜、ずっと読書。

3月30日(月)晴
 午前10時、渡辺歯科。定期健診。銀行で東京へ生活費を振り込む。
 市役所から父に給付金の通知が届いたが、返信してない様子なので、自分が父の口座番号などを記入して投函。
 午後、自分のふとん、シーツ、毛布などを干す。
 部屋に掃除機をかけ、夕方取り入れる。
 夜、ずっと原稿書き。

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白い水仙

3月31日(火)曇のち晴
 朝食の準備中に、可知医院へ行き、父の定期健診の順番取り。9番だった。父は10時に可知医院へ出かけ、11時に帰ってきた。
 午後、買い物から帰ったあと、今月分の精算。支出総額は9万5891円。ここからビール代や墓参りなどの特別出費を引けば、生活費は一日平均2200円。父に見せると「毎月10万円ということやなあ。あまりケチケチせんと必要な金は使えよ」と寛大なことを言う。昨年までの父とは大違いだ。それだけ歳をとったということだろう。
 夜、DVD「エリン・ブロコビッチ」を見たあと原稿書き。
 今月も平穏に過ぎた。何かしなければならないことがあるはずなのに、ルーティン・ワークに追われて手が付けられない。ガンマGTPが高いくせに、酒場に出かけるとつい飲み過ぎてしまう。来月半ばに血液検査があるが、このままでは下がっていないだろう。
 気力、体力ともに落ちてきた。父より自分のほうが危ない。

(次回へつづく)

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庭のとさみずき



大島 一洋  (おおしま・いちよう)
1943年岐阜県中津川市生まれ。早稲田大学第一文学部美術専修科卒。
大和書房を経て、平凡出版(現マガジンハウス)に中途入社。「週刊平凡」「平凡パンチ」「ダカーポ」「鳩よ!」などの雑誌および書籍編集にたずさわり、2005年定年退職。現在はフリー編集者&ライター。著書に『芸術とスキャンダルの間』(講談社現代新書)。
 
 
 
 


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