そら飛ぶ庭
   

介護日記
2009.01.13      
父、認知症の気配

自分、ヘルペス発症

一人で年末大掃除
大島  一洋 

■ご機嫌な父

12月1日(月)晴
 生活費の残高が少なくなってきたので、父のカードと通帳を預かって十六銀行へ行き、50万円を父の口座から自分の口座へ移す。
 あい服のジャケットやシャツを洗濯屋に出し、冬物をクローゼットから抜く。
 三洋堂まで歩き、DVDを返却。しばらく借りない予定。原稿を書かねばならない。
 夜8時に熊崎と「にしの」「いちりき」をはしご。11時半帰宅。「ラジオ深夜便」。

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そばを食べる父


12月2日(火)晴
 天気がいいので、自分のふとんを干す。父はいろんなものを廊下に広げて整理していた。
 夜、原稿書き。3枚。

12月3日(水)晴
 午後、長靴をはいて畑へ。里芋の畝に鍬で土を盛る。これから寒くなるので里芋が凍みないようにするため。2畝半やったら腰に来たので中止。あと2畝残っているが無理はしない。
 トイレに入っていると、父がSさんという人に電話しているのが聞こえた。「この前のお返しをしたいので、ちょっとお会いしたいのですが」と言っている。Sさんというのは、過日線香をあげに来た母の友人らしい。「ずっと家にいますので、どうぞいらしてください」というSさんの返事が聞こえる。「では、これからうかがいます」と父。なんとなく父がウキウキしている感じがする。やがて着替えた父が「天気がええから、ちょっと散歩に行ってくる」と言って出かけた。Sさんの家がどこにあるか知らないが、多分タクシーで行ったのだろう。3時半頃帰ってきた。
 夜、原稿書き。4枚。

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アルバムを整理する父


12月4日(木)晴
 午後、畑の里芋の畝に土を盛る。すべて終了。
 夜、原稿書き。3枚。

■父、神経性胃痛

12月5日(金)雨
 午前9時、熊谷治療院。脚のふくらはぎが痛いので診てもらう。腰の骨がずれているとか。首も交通事故のムチ打ちか二箇所ずれていた。
 午後から風雨強し。雹が降ったところもあるらしい。寒くて外に出る気にならない。
 母の一周忌の東京組のリストを父に渡すと「みんなお客様気分で来るのじゃないのか。心の持ち方があかん」と文句をつけるので「来てくれるだけでもありがたいと思わなくちゃ。父ちゃんが孫達に会える最後かもしれんぞ」と脅す。
「アピタ」でさっと買い物をしたあとは、夕食をはさんで、ずっと原稿書き。5枚。

12月6日(土)曇時々雪
 午後、坂道の落葉を掃く。昨日の強風でひどい状態になっていた。
 そのあと後藤理髪店。終わって出ると雪が舞っていた。
 夕食の時、父に「明日の夕食は何にする?」と聞く。日曜日だからヘルパーさんが来ない日。「そうや、牡蠣の味噌鍋がええなあ」との返事。先週も先々週も牡蠣鍋だった。先週のことを覚えていないのか、よほど牡蠣が好きなのか、おそらく両方だろう。
 原稿書き。5枚。一応予定の20枚を書き終える。
 夜、「にしの」。遠藤実氏が亡くなったので、追悼カラオケ。「他人船」「くちなしの花」「北国の春」などを歌う。11時半帰宅。

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墓掃除のあと弟と


12月8日(月)晴のち曇
 午後、「アピタ」で買い物のあと、土佐屋で除草剤を買い、吉田で灯油2タンクを依頼。
 夕方、東円寺から年末の護持会費を集めに来た。5000円。来月の母の法事の日付けと時間を確認。
 弟が和歌山での仕事を終え、夜8時か9時頃来る予定だったが、なかなか来ない。電話もない。父は待ちくたびれて寝てしまった。9時15分に弟到着。「電話の一本くらいかけろ」と怒ると「俺、携帯持ってないから」と平気。父が起きて来て「胃が痛い。薬くれ」というのでキャベジンを3錠渡す。弟を待っている間に苛々して胃に来たらしい。
 弟は焼酎、自分はビールで雑談。午前0時半就寝。

12月9日(火)曇のち雨
 午前7時半起床。心配した父の胃痛は治っていた。
 朝食後、弟と駅前の花屋で墓花を買い、打越の墓掃除に行く。雑草は生えてなかったが、落葉がひどかった。これで年内の墓掃除はお終い。あとは来月の一周忌の前日に来る予定。
 夕食は、父が一人で適当に食べるというので、弟と来月一周忌にやって来る息子たち東京組の夕食場所のロケハン。熊崎から教えられた「いいとも」という店に行ってみる。ホテルから歩くにはちょっと遠いが、座敷がたくさんあって、メニューもいい。かわはぎ刺身、まぐろ刺身、しめ鯖、たらこポン酢、はまぐり焼などを食す。
 7時頃帰宅。弟は酔ったらしく茶の間の炬燵に足を入れて寝てしまった。自分は自室で雑誌読み。
 父が入浴して9時頃に寝室へ消えたので、弟と自室で雑談。弟が少しでも来てくれると気がまぎれる。

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キンカンを煮る父

■父、来年を寅年とかん違い

12月10日(水)晴
 午前7時半起床。父も弟も起きてこないので、朝食三人分の準備をする。父と弟は8時過ぎに起きた。
 朝食後、洗濯。大した量はなし。
 弟が帰京する時間に合わせて、9時45分に一緒に家を出る。途中で弟と別れ、自分は10時に予約してあった「杉山鍼灸院」へ行く。「いちりき」のママの紹介で「いちりき」の隣にある。鍼灸は久し振りだが、ふくらはぎの痛みが取れないので診てもらうことにしたのだ。驚いたことに右半身にヘルペスが出ていた。腰、膝の裏、足首、足の裏に赤い斑点があった。整体では裸にならないし、痛くも痒くもないので気がつかなかった。かさぶたになって、もう治りかけているとのこと。帯状疱疹とは違うが、ストレス性のものらしい。鍼と灸がけっこう効いた。
 帰宅すると玄関に虎の絵の額がかかっていた。父が来年は寅年と勘違いしたらしい。「来年は丑年や」と言うと「あっ、やっぱりそうやったか」と気付いて、近藤芳美の短歌の自筆色紙に掛けかえた。
 夜、DVD「リボルバー」を見たあと「にしの」「山海山」とはしご。11時半帰宅。

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椿


12月12日(金)晴
 朝食後、洗濯。天気がいいので弟のふとんを干す。
 午後、父の寝室、茶の間、和室、応接間などに掃除機をかける。
 夕方、弟のふとんを取り入れようとすると、父がふとんに黄色い小さな染みを見つけ、「こんな染みつけおって」と怒る。濡れタオルで拭っても消えない。「こんなもん、いつ誰が付けた染みかわからん」と言って、自分はさっさとふとんをたたみ、自室の押入れに収納した。うるさい親父だ。
 夜、DVD「タイタニックの秘密」を見たあと読書。

12月14日(日)雨時々晴
 午前7時半起床。父はまだ寝ていた。最近は起きてくるまでほっておく。このまま起きてこなければいいのに、と不謹慎なことを考えるが、8時にはちゃんと起きる。
 9時半に「杉山鍼灸院」。ヘルパスはほぼ完治した。
 午後、父が床屋へ出かけた。
 夜、DVD「エリザベス」を見たあと読書。

■体力の自信と不安

12月16日(火)晴
 午後、父が郵便局へ出かけた。最近よく出歩く。以前より足腰がしっかりしてきたようだが、どういうわけだろう。
 夜、DVD「WATARIDORI」を見たあと「にしの」「すし天」とはしご。11時半帰宅。

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雑煮用の里芋の皮をむく父


12月17日(水)曇
 8時を過ぎても父が起きてこない。心配になって寝室に入り、肩をゆすったら起きた。
 「なんか、えらいなあ。入院して死ぬことになるのか、突然倒れるのか、わからんなあ。せめて母ちゃんの一周忌までは生きとりたいなあ」と朝食中にぶつぶつ言っている。父の気持の中では、体力への自信と不安が入り混じっているようだ。
 夜、DVD[ペオウルフ]「不都合な真実」を見る。

12月18日(木)曇
 母の月命日。花屋で菊を買ってきて、仏壇前の花瓶に活ける。庭で取れた柚子を2個と友人から届いた佃煮を供える。父と一緒に線香をあげる。
 夜、DVD「亡国のイージス」を見たあと読書。

12月19日(金)晴
 朝食後、洗濯。
 不燃ごみで出した古い電気毛布は持って行ってもらえなかった。市役所に電話して聞くと、ハサミで切って中の銅線を出し、毛布は40センチ四方大に切る。銅線は資源ごみ、毛布は燃えるごみに出すよう指導される。
 午後、父が仏壇を開けて中をいじっている気配がしたので和室へ行く。「父ちゃん、何しとるの」と聞くと「俺は何しにきたんかな」という返事。ボケてきたか。
 夜、DVD「フルメタル・ジャケット」を見たあと読書。

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中津高校同窓会


12月20日(土)晴
 朝から植木屋さんが入っている。
 古い電気毛布をハサミで切り、銅線を引っ張り出した。かなりの分量。資源ごみ用の袋に詰める。毛布は細かく切って可燃ごみ用の袋に入れた。1時間かかった。
 午後、買い物から帰ったあと、父の寝室、茶の間に掃除機をかける。
 夕食後、6時半から「丸仙」という店で中津高校の同窓会。約20人が集まった。会うのは卒業以来という人がかなりいた。料理は刺身としゃぶしゃぶだったが、自分はすでに夕食をすませていたので少ししか食べられず。Mくんが手のひらの青い小さな痣を見せて「いっちょさ(自分の愛称)にボールペンで刺された痕やぞ」と言う。全然記憶にない。
 Iくんと昔話がはずみ、かなり飲んだ。10時半帰宅。こんなに酔ったのは久し振り。11時半就寝。

■父、歌をうたう

12月21日(日)曇のち雨
 午前中、父と「アピタ」へ行く。台所のガス台の下敷きと囲いを購入。
 夕食はまた、牡蠣の味噌鍋。父の希望だから仕方ない。
 夜、DVD「プール」「向田邦子の恋文」「ハリーの災難」を見る。3本も見ると目が痛くなってきた。

12月22日(月)雨
 朝食前に可知医院へ父の定期健診の順番取り。13番だった。
 午前10時、父は可知医院へ。自分は予約してあった渡辺歯科へ定期健診。
 午後、三洋堂まで歩き、DVD5本借りる。
 夜、DVD「影武者」を見る。忘れていたシーンがいっぱいあった。見終わったら午後10時。約3時間。
 雑誌読み。午前0時半にビ、セ、デを服のんで就寝も眠れずハルシオン追加。

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公園のイルミネーション


12月23日(火)天皇誕生日 晴のち曇
 午前中、洗濯と畑の里芋掘り。
 昼食の時、父が「お前、正月くらい東京に帰ってきてもええぞ。俺は元気になったで、自分で何でもできるで」と言う。「先々月帰ったばかりやし、こっちのパソコンがないと仕事できん」と答える。これは本当。年末年始にかけて下読みの仕事が入っている。
 「半年前には死にそうやったのに、父ちゃん元気になったなあ」と言うと「そうや、あの手術で悪いもん全部出しちまったんや」と答えた。そうかもしれない。
 午後3時、父が台所でおやつを探しながら歌をうたっていた。「トットーットーー」とメロディを口すさんでいる。何の歌かわからないが、父が歌をうたうのを初めて聞いた。よほど体調がいいのだろう。
 夜、DVD「フライト・オブ・フェニックス」を見たあと読書。

12月24日(水)晴
 午前10時、父が市民病院へ出かけた。眼科の定期健診。昼食は病院のレストランでするという。
 自分一人では昼食を作る気になれず、「アピタ」内の台湾料理店でラーメンを食す。
 午後2時頃から年末の掃除を始める。まず玄関。脚立を立てて上のほうから雑巾をかける。脚立に上るのが怖い。慎重に、慎重にと自分に言いきかせながらやる。落ちて怪我でもしたら介護ができなくなる。次に廊下のガラス戸を6枚拭く。あと4枚残っているが疲れたので中止。
 父は3時半に帰ってきた。バスで行ってバスで戻り、「アピタ」で買い物をしてきたとか。そんなに歩いて大丈夫か。
 夜、DVD「どですかでん」を見たあと「にしの」「いちりき」とはしご。11時半帰宅。

■父、寒さによる心臓痛

12月25日(木)曇
 東京の主治医M先生から、セルシンとデバス300錠ずつ届く。これで来年は安心。
 午後、台所の掃除。まず換気扇の蓋を洗った。揚げ物をしないので汚れは少ない。次にガス台を降ろし、アルミの下敷きと囲いを新しいものに替える。かなり重労働。1時間かかったが、これで家の掃除はほぼ終わり。
 夜、読書。

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「かかし」の未来ちゃんと


12月26日(金)晴
 午前11時、ケアマネ垣内さん来。月末の定期訪問。父が「今朝は寒かったで、起きたときに心臓がきゅっと痛くなったので、おれは心臓も悪いんやと思い出した」と言った。垣内さんが「寒いと筋肉が縮み、心臓も縮みますから痛いのです。寒いときは気をつけてください」とアドバイス。書類に捺印。父が元気なので、垣内さん20分ほどで帰る。
 午後、銀行から東京へ生活費を振り込む。
 夜、「いちりき」。超満員。9連休の前日だからだろう。

12月27日(土)晴
 午前7時半起床。寒い。外は零下1度。室内温度3度。
 朝食後、読書中にうたた寝。風邪をひいたみたい。
 午後は「アピタ」でさっと買い物をすませ、家にじっとしていた。
 夜、柘植から誘われて「にしの」。牛丸も来た。10時半帰宅。「ラジオ深夜便」。

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3年3組忘年会


12月28日(日)曇
 午後、父と「アピタ」へ正月用品の買い物。たつくり、数の子、えび、黒豆などを買う。
 夜、7時から「かかし」で3年3組の忘年会。柘植、高木、熊崎、丸山、牛丸、水上、松原、守屋、自分もいれて9人。すきやき鍋。みんな元気だけど、自分は体調悪し。9時半解散。帰宅して入浴。雑誌読み。

■母の一周忌準備

12月29日(月)晴のち曇
 午後、父と、母の一周忌打ち合わせ。出席者は全部で21人。引き出物は15個。昼食する「一岳」に電話して人数と料理内容を依頼。引き出物屋「ヤマモトヤ」に電話し、ひざ掛け毛布2個を自宅へ13個を「一岳」へ届けてもらうよう手配。
 廊下のガラス戸4枚を拭く。ここだけ残っていた。
 今日から1月4日までヘルパーさんが来ない。一週間、自分が夕食をつくらなければならない。鍋作戦でいくことにした。本日は父の大好きな味噌牡蠣鍋。
 夜、原稿書き。

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「にしの」の忘年会


12月30日(火)曇
 午後、買い物のあと、原稿読み。
 4時半から夕食準備。父がお歳暮でもらった鯵の干物が冷凍してあったので、それを焼く。他にたらこ焼き、かぼちゃ煮、こはだ刺身、漬物、吸物、りんご。魚ずくしになってしまった。
 夜、DVD「プリズン・ブレイク」1の(1)(2)を見たあと「にしの」の忘年会へ。「いちりき」にも寄って11時過ぎ帰宅。

12月31日(水)晴
 午前中、原稿読み。
 午後、買い物のあと、父の寝室、茶の間、和室、応接室などに掃除機をかける。台所とトイレは父がモップで掃除した。
 12月分の清算。10万2240円。ビール代や特別出費を除くと一日平均の生活費は2300円。物価が上がっているからこんなものか。
 夕食は鶏の水炊き。
 夜、渡辺淳二宅で紅白をBGMに花を引く。昨年と同じ。午前0時帰宅。入浴。
 父は年内持たないかと思ったが持ってしまった。医者やケアマネが呆れるくらいしぶとい。さて来年はどういうことになるだろう。

(次回へつづく)



大島 一洋  (おおしま・いちよう)
1943年岐阜県中津川市生まれ。早稲田大学第一文学部美術専修科卒。
大和書房を経て、平凡出版(現マガジンハウス)に中途入社。「週刊平凡」「平凡パンチ」「ダカーポ」「鳩よ!」などの雑誌および書籍編集にたずさわり、2005年定年退職。現在はフリー編集者&ライター。著書に『芸術とスキャンダルの間』(講談社現代新書)。
 
 
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