そら飛ぶ庭
   

介護日記
2008.12.08      
父、身辺整理始める

自分、体調不安

初雪降る
大島  一洋 

■粗大ごみを出す

11月1日(土)晴
 なぜか午前4時頃に目が覚め、喉が渇いているので缶ビールを一本飲んで再就寝。これが悪かった。午前8時過ぎ、父に起こされた。おそらく目覚まし時計が鳴っても止めて寝てしまったのだろう。
 食欲なく、軽い朝食後再就寝。11時半に目覚める。どうにか体調回復。
 夜、DVD「トラフィック」を見たあと「にしの」「ボス」とはしご。11時半帰宅。

写真
垣内ケアマネと面談する父

11月2日(日)晴
 朝食後、14区公民館の掃除に、父の代わりに参加。わが家は14区5班にあたるらしい。10人ほどが来ていた。30分で終了。帰宅して洗濯。
 喪中はがきを200枚、夜までかけて一気に書いたあと読書。

11月3日(月)文化の日 曇
 午後、新町の郵便局で喪中はがきを投函。この町は祝日に日章旗を掲げる習慣が強く残っており、メイン通りはもちろん、個人の家も日の丸を出している。
 帰宅すると、父が庭のコンクリート面に書類を放り出して整理していた。なんだか身辺整理をし始めた感じ。古い掃除機を明日の不燃ごみに出せというので、市指定の大きな不燃ごみ袋を「アピタ」で買ってきて詰める。
 夜、DVD「火宅の人」を見たあと読書。

写真
文化の日、新町通りには日章旗が


11月4日(火)晴
 父が、映らなくなったテレビと、母が使っていた鉄が入っているような重いマットを粗大ごみに出したいというので、市役所へ電話。粗大ごみは市が認可した取扱店に頼むようになっているらしく、西尾商店というのを紹介してくれた。電話すると午後3時頃取りに来るという。廊下の端に置いてあった母のマットとテレビを玄関まで運んでおく。
 午後3時頃、上の旧国道に西尾商店の軽トラが来て二つとも持って行ってくれた。引取り料金1万2285円。テレビのリサイクル料が8000円と高い。これですべての粗大ごみがなくなり、父は嬉しそうだった。「ずーっと気になってたもんが整理ついて安心や」と言った。
 夜、DVD「11;14」「自虐の詩」を見たあと読書。

写真
古い書類を整理する父


■障子を張り替える

11月5日(水)晴
 あまりに天気がいいので、ふとんを干し、炬燵ぶとんを出して掛ける。父の炬燵にもふとんを掛ける。これでもう寒くなっても大丈夫。
 午後、父が散歩に出かけた。「天気がええから少しは運動せにゃな」と言った。
 3時半頃帰って来たが、夕食のとき「どこ行って来たの」と聞くと「駅のにぎわいプラザへ行ったが、あとはどこ行ったかなあ」と詳しくは覚えていない様子。
 夜、DVD「ニューオリンズ・トライアル 陪審評決」を見たあと読書。
 オバマ氏アメリカ大統領に。

11月6日(木)晴のち曇、夜雨
 朝食後、洗濯。
 父が、寝室のたんすの上にある箱を下ろしてくれと言うので、椅子に乗って三つ下ろす。母が大事に詰め込んだものらしく、なんだかいっぱい入っている。古い電気毛布が出てきたが、もう危なくて使えないから不燃ごみに出すしかないだろう。
 父が一日かけて整理し、一つに減った箱をたんすの上に戻す。
 夜8時、還暦合唱団。男子は10人くらい集まったが、女子の参加は3人だけ。
 終わって「かかし」で飲む。高木、熊崎、牛丸、水上。11時半帰宅。雨。

写真
座布団を干す父


11月7日(金)雨のち曇
 午後、父に言われて自分のクローゼットの奥を調べると座布団が10枚も出てきた。布に包まれていたので今まで気がつかなかった。昔はこの部屋に客を呼んで歌会などをやったらしい。そこを自分が現在占拠しているので、父には不愉快らしい。「ここは大事な客間やったんやぞ。それをお前がそうましょう使いおって。もっときちんとせなあかんぞ」と言った。今さら客など来るわけないのに、いかにも残念そう。「そんならアパートでも借りて俺が出て行ってやろうか」と怒鳴りかけたが抑える。
 座布団を廊下に運び、天気のいい日に干すことにする。
 夜、DVD「トランスフォーマー」を見たあと読書。筑紫哲也氏死去。

写真
馬籠の紅葉


11月9日(日)曇
 午前中に夕食の買い物をすませ、昼食後、12時41分のバスで馬籠へ。紅葉の写真を撮るため。天気は悪いし寒いし最悪の状況だが、ヘルパーさんの来ない日曜日しか遠出の時間がとれない。紅葉真っ盛りだったが曇っているのが残念。藤村記念館をのぞく。日曜日のせいでけっこう客はいた。馬籠の坂道も観光客やウォーカーで賑わっていた。
 島崎家の菩提寺・永昌寺へ行き、新しくできたらしい島崎家の墓を見る。右端に島崎春樹(藤村)の墓柱が建っていた。藤村の墓は大磯にあるはずだが、分骨したのだろうか。
 夕方4時のバスに乗る。満員。4時半過ぎに帰宅。あわてて夕食の準備。刺身と冷奴と漬物と吸物だけ。果物はオレンジ。
 夜、DVD「ホリデイ」を見たあと読書。


写真
島崎家の墓 右端が藤村

写真
馬籠宿の碑


11月10日(月)晴
 午後自室の障子が破れているので、破れている桝だけ切り取って張った。破れ桝は4ヵ所だった。障子張りは昔、母を手伝ったので覚えている。
 夕方7時、工藤から電話。名古屋の藤井と「にしの」で飲んでいるから来ないかという誘い。父に断って出かける。藤井のカラオケはなかなかうまい。11時半帰宅。

■突然の来訪者

11月13日(木)晴
 朝食後、洗濯をし、天気がいいので座布団10枚を干す。ついでに父の寝室、茶の間に掃除機をかける。
 午後、あまりの陽気に誘われて霧ケ原という所にある「ふれあい牧場」までタクシーで行ってみる。以前からいい場所だと聞いていた。週日なのでほとんど人がいない。牧場には数頭の馬と20頭くらいの羊が草を食んでいた。明るい陽が当たって紅葉もきれいだった。3時過ぎ帰宅。
 父が茶の間で古いアルバムを出して、丁寧に見ていた。「こんな写真、もう捨てるしかないなあ」と呟いている。干してあった座布団を取り入れる。
夜、DVD「オープン・ウォーター」を見たあと「にしの」。11時帰宅。

写真
ふれあい牧場の馬

写真
ふれあい牧場の羊の群れ


11月14日(金)晴
 今日もいい天気。座布団をもう一度干す。
 午後、父が廊下にたくさんの書類を出して整理し始める。自分は図書館の資料室で原稿書き。3時半帰宅し、座布団を取り入れる。さて、この10枚の座布団をどこへしまうか。父に聞くと「そのうち考えるから待っとれ」と言った。
 夜、DVD「ブロークバック・マウンテン」を見たあと読書。

11月16日(日)雨のち曇
 朝食後、洗濯をして廊下に干す。
 午後、三洋堂まで歩いてDVD5本借りる。
 日曜日でヘルパーさん休みなので、夕食は父の希望で湯豆腐の鍋にする。簡単でいい。
 夜、DVD「天国と地獄」を見たあと読書。

写真
廊下で書類を整理する父


11月17日(月)晴
 晴れているが、風が冷たい。
 夕方、東京から突然ゴンが来た。前もって連絡なしなので驚く。「にしの」で待ち合わせ、「いちりき」「シャノワール」とはしご。午前0時帰宅。ゴンはプラザホテル栄泊まり。

11月18日(火)晴
 母の月命日なので、庭のマンリョウ、センリョウを切って花瓶に活け、仏壇に飾って線香をあげる。
 午後、父がインフルエンザの注射のため可知医院へ出かけた。注射のあとどこかを散歩したらしく、帰ってきたのは4時半だった。ゆっくり歩くぶんには大丈夫だが、長い時間椅子に座っているのがだめらしい。血が下がって脚が浮腫むのだろうか。それにしても元気な親父だ。
 夜、DVD「ミスト」を見たあと読書。

■夕食に新メニュー

11月19日(水)曇
 すごい寒さ。12月の気温。昼間は雪が散らついた。外出にはジャンパーとマフラーが必要だった。
 夕方6時、寿司屋「かっぱ」で、ベトナムへ長期出張する工藤昌樹の送別会兼中津高校同窓会。音頭をとったのは県会議員の早川捷也だが、急だったため参加者は7人。松原、柘植、高田、清水。二次会は「にしの」に流れる。11時解散。

写真
工藤昌樹の送別会


11月21日(金)曇
 最近気になるのは自分の体調。すぐトイレに行きたくなる頻便状態が続いている。といっても毎回排便するわけではなく殘便感がある。これは大腸に問題がありそう。完全な介護ストレスによる神経性のものだ。父より自分のほうが先に倒れてしまうかもしれないという不安あり。
 夜、DVD「ニュースの天才」を見たあと「にしの」「いちりき」とはしご。11時半帰宅。毎日DVDを見て、酒場へ行くだけの日々。全然原稿が書けない。なんとかせねば。

11月22日(土)晴
 夕食のメニューは20種類ほどを回転させているが、飽きてきたのでヘルパーさんと相談し、麻婆豆腐と茶碗蒸しを新メニューに加え、旬の百合根をマヨネーズと明太子で和えるおかずも決めた。これがうまい。
 父が「お前は水道の蛇口の締め方はきつ過ぎる。もっと軽く締めとけ」という。洗面所の蛇口から時々水が垂れている。父がきちんと締めないからだ。それで堅く締めているのだが、父には締め方が強過ぎるらしい。
 夜、DVD「ブレイブワン」を見たあと読書。風呂は庭の柚子の実を取って柚子湯にする。

写真
ダチュラという花
写真
山茶花


11月24日(月)曇
 昼食の、きつね月見そばに長芋を擦って載せてみた。とろろそば成功。
 夜、DVD「グッドシェパード」を見たあと「にしの」。客にオカマのおっさんがいてオネエ言葉でしゃべるのが気持悪くて早めに出る。この町にゲイバーはないらしい。

11月25日(火)晴
 朝食の準備中に可知医院へ順番取り。父の健診日。連休明けなので混んでいた。14番。
 父は10時過ぎに出かけ11時半に帰ってきた。どこにも異常はないとか。
 気をよくしたのか、父は午後も散歩に出かけた。半年前に死にかけた人間とは思えない回復ぶりだ。
 夜、DVD「象の背中」を見たあと読書。午前0時半、ビ、セ、デを服んで就寝も眠れず、焼酎でハルシオン追加。

写真
四ッ目川のすすき

■雑巾かけろ

11月26日(水)晴
 午前中に80代前半くらいの女性が、母に線香をあげに来る。前もって父に連絡してあったらしく、長い時間仏壇の前で父と話していた。あとで父に聞くと、母の親友で、母の死は知っていたが、彼女の夫が闘病の末亡くなったため、通夜にも葬儀にも出られなくてやっと今来られるようになったとか。
 午後、坂道の落葉を掃く。掃いても掃いても落ちて来る。
 夜、DVD「エントラップメント」を見たあと読書。

11月27日(木)雨
 朝食後、洗濯。雨なので廊下に干す。
 11時、ケアマネージャーの垣内さん来。定期面談。父に異常がないので驚いていた。
 夜8時、還暦合唱団。男女合わせて24人。雨なのにすごい集まり。終わって「かかし」の飲み会にも12人が参加。自分には名前のわらない人が多い。小・中・高が別の人は全くわからない。向こうも自分のことを知らない。まあ、顔だけはわかるようになって来たが。11時半帰宅。

写真
茶屋坂の紅葉
写真
庭のどうだんつつじ


11月28日(金)
 昼食にとろろそばを作ったのはいいが、父を「そばできたよ」と呼ぶと「なんや、まだ11時やぞ」と言われる。時間を一時間間違えてしまった。そばだから12時まで待つわけにいかない。無理に食べる。「お前はほんまに慌てもんや」と父。
 夜、DVD「犯人に告ぐ」を見たあと「にしの」。11時帰宅。「ラジオ深夜便」。

11月29日(土)晴
 明朝、3か月に一回の廃品回収の日なので、週刊誌を2年分束ねる。ダンボール箱を4つにまとめて縛る。束ねてあった新聞も出す。門の脇に積んでおくと第二中学校の生徒たちが持って行ってくれる。かなりの量だ。
 長靴に履き替え畑の里芋を二株掘る。芋はいくらか付いていたが昨年ほどではない。手入れが悪いから仕方ない。洗って干す。
 夜、DVD「Lの世界」(1)を見たあと読書。11時半柚子湯入浴。午前0時半就寝。

写真
畑でとれた今年の里芋
写真
庭のゆずの実


11月30日(日)曇
 午後、買い物から帰ると、父が和室のたんすや棚にはたきをかけている。「畑の土が飛んできてざらざらや。雑巾かけなあかん」というので、バケツに水を入れ、雑巾をかけまくる。バケツの水が真っ黒になった。ついでに全室に掃除機をかける。母のたんすを整理していた父が「これ、なんや?」と小さな箱を見せるので確認すると、ニナリッチの香水だった。箱の封は切られていない。昔だれかにもらったものだろう。母に香水を使う習慣はなかった。
 夕食は父の希望でかきの味噌鍋。鍋は簡単でいい。
 11月分の清算。支出10万5755円。このなかには、粗大ごみ引取り代や自分のビール代も含まれているのでいつもより多い。一日平均は2300円。物価が高くなっている。トマト一個158円には驚いた。
 夜、DVD「Lの世界」(2)を見る。話題のドラマらしいが、もうけっこうという感じ。
 深夜まで原稿書き。
 今月も平穏だった。なんだか物足りない。父が元気なのはいいが、自分の生活はこれでいいのか、という苛立ちがある。

(次回へつづく)


写真
恵那山に雪



大島 一洋  (おおしま・いちよう)
1943年岐阜県中津川市生まれ。早稲田大学第一文学部美術専修科卒。
大和書房を経て、平凡出版(現マガジンハウス)に中途入社。「週刊平凡」「平凡パンチ」「ダカーポ」「鳩よ!」などの雑誌および書籍編集にたずさわり、2005年定年退職。現在はフリー編集者&ライター。著書に『芸術とスキャンダルの間』(講談社現代新書)。
 
 
【 私の介護奮闘記 「田舎日記」 掲載記事一覧 】
Vol.31 2009年2月1日〜2月28日
介護か共同生活か。父の「指差し確認」。自分の減酒努力
本文を読む
Vol.30 2009年1月1日〜1月31日
母の一周忌法要。父「俺は100歳まで生きるぞ」。自分、ガンマGTP566に上がる
本文を読む
Vol.29 2008年12月1日〜12月31日
父、認知症の気配。自分、ヘルペス発症。一人で年末大掃除
本文を読む
Vol.28 2008年11月1日〜11月30日
父、身辺整理始める。自分、体調不安。初雪降る
本文を読む
Vol.27 2008年10月1日〜10月31日
父、元気だが、嫌な予感。母の一周忌日程決まる。一年振りの上京
本文を読む
Vol.26 2008年9月1日〜9月30日
父、95歳の誕生日。足の浮腫みひどくなる。48年振り、恩師に会う
本文を読む
Vol.25 2008年8月1日〜8月31日
平穏な日々続く。父、オリンピックに興味なし。事故示談金、保険屋の払いしぶり
本文を読む
Vol.24 2008年7月1日〜7月31日
父、腸閉塞再発で入院。母の初盆行事終わる。孫と初めて会う
本文を読む
Vol.23 2008年6月1日〜6月30日
父、驚異の回復力。頭痛は降雨の前兆。父の歌集、出来上がる
本文を読む
Vol.22 2008年5月1日〜5月31日
自分、退院。父、退院。頭痛の日々
本文を読む
Vol.21 2008年4月1日〜4月30日
父、腸閉塞の手術。自分、交通事故で入院。看護の連携、成功する
本文を読む
Vol.20 2008年3月1日〜3月31日
介護保険更新手続き。父の体調、完全復活。後期高齢者医療制度の問題
本文を読む
Vol.19 2008年2月1日〜2月29日
父救急車で運ばれる。母預貯金の整理。四十九日法要
本文を読む

Vol.18 2008年1月1日〜1月31日
母、急死す。有料老人ホームへの疑惑。父、体調崩す

本文を読む

Vol.17 2007年12月1日〜12月31日
おむつ代、月に2万円。母のリハビリ始まる。父、椅子から転落
本文を読む
Vol.16 2007年10月27日〜11月28日
肛門から便をほじくり出す、父退院、胃腸に異常なし。母、養老院で肺炎になる
本文を読む
Vol.15 2007年10月10日〜10月26日
帰郷一年、同じ日に父再入院 「お元気ですか」「もう死んどる」 母、老人ホーム入居決定
本文を読む
Vol.14 2007年9月1日〜10月9日
母が退所、自宅介護に 父は賞味期限切れの紅茶を平気で飲む ガンマGTP3倍に跳ね上がる
本文を読む
Vol.13 2007年 8月
「自分の過去がとおいとおい山の向こうに」 「もう人間やめとうなった」 母、平行棒を使えば歩けるように
本文を読む
Vol.12 2007年 7月
施設の夏祭りはボランティアの踊りから 父と母は寄り添ってアイスを食べる 「あんた、ちゃんと仕事いっとるの」
本文を読む
Vol.11 2007年 6月16日〜30日
「協力して、おだやかな生活を心掛けたいのです」 父に手紙を書いて、置いておく 母はボケても面白いキャラ
本文を読む
Vol.10 2007年 6月〜15日
蓋に錐で穴をあけ、ペットボトル・シャワー考案 ぐっしょり濡れた母のオムツを替える 台所で、10センチほどのムカデ発見
本文を読む
Vol.9 2007年 5月
「もうあかん、お迎えがくるー」母が脳梗塞で入院 激しい怒鳴り合いを父とする
本文を読む
Vol.8 2007年 4月
「頭んなかが半分にへってしまったみたいや」「それがボケや」 母の介護度3に上がる
本文を読む
Vol.7 2007年 3月
人間一代なんて、あっというまや 介護保険の更新手続き半年ごとに 能登半島で地震、中津川も揺れる
本文を読む
Vol.6 2007年 2月
父の相手をするため囲碁を習う 中津高校の同窓会に出席 自室の窓から「鬼は外」
本文を読む
Vol.5 2007年 元旦から1月末まで
母、深夜の屋内徘徊 普段と変わらぬ正月 大島家伝統の単純雑煮
本文を読む
Vol.4 2006年 大掃除、そして年越し
弟との交替介護に父 不快感示す 「 あんたなんかに、 ツベコベ言われんでもええわ 」 と母怒る 一人さみしい大晦日
本文を読む
Vol.3 2006年
「なんや、わてがおらんほうがええのか」と、母 介護認定で、父は3、母は2 下血で精密検査
本文を読む
Vol.2 2006年 父退院
「あんた、誰やね」退院の父に、母 ヘルパーさんに日曜を除いて毎日来てもらう 転ぶのが一番あぶない
本文を読む
Vol.1 2006年 父93歳、母88歳
携帯の留守電に父の声が3回 故郷に45年ぶりに帰る 父母と暮らす決意
本文を読む
 
 


トップページ会社紹介著作権についてお問い合せ
Copyright (c) Flying Garden Rights Reserved.