そら飛ぶ庭
   

介護日記
2008.11.10    
父、元気だが、嫌な予感

母の一周忌日程決まる

一年振りの上京

大島  一洋

■自室に雨漏り

10月1日(水)雨
 今月から「アピタ」のレジ袋が一枚5円になった。一枚だけ買ってトートバッグに入れておくことにする。常に入れておけば、買い物籠から袋へ詰めるだけですむ。

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茶の間で仕事する父

 夕食にピーマンと牛肉炒めを出したら、父が「牛肉はあかんぞ」と言う。まだ狂牛病のことが頭にあるらしい。この歳になったら何を食っても同じだと思うのだが。

 夜、DVD「プライドと偏見」を見たあと「いちりき」。ママが転んで上腕の骨を折ったそうで、右手を包帯で吊っていた。11時帰宅。

10月2日(木)晴
 午後、父が郵便局へ行くと言って一人で出かけた。
 そのせいか、夕方足が浮腫んでいた。
 夜、DVD「機関車先生」を見たあと読書。深夜まで。
 午前0時半、ビ、セ、デを服んで就寝も眠れず、焼酎でハルシオン追加。

10月3日(金)晴
 朝刊で大学の同級生・灰野昭郎の訃報を知る。66歳。昭和女子大の教授を辞したばかりだった。残念ながら東京まで葬儀に行けない。
 夜、DVD「セックスと嘘トビデオテープ」を見る。以前見たがすっかり忘れている。
 熊崎を誘って「にしの」「いちりき」とはしご。11時半帰宅。

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白い秋明菊


10月5日(日)曇のち雨
 自室の玄関側の壁に雨水が染みている。その下部の絨緞をはがしてみると、畳の縁がぐっしょり濡れていた。壁の中を伝っているのだ。
 外に出て調べると板塀の上に壁土のはがれた穴があった。そこから雨が振り込んでいるのかもしれない。脚立を持ってきて上り、とりあえずダンボールを当て、ガムテープで止めた。すぐ便利屋さんに電話し、明朝見にきてもらうことにする。
 夕食中、父が「なんでもっと早よ雨漏りに気付かなかったのや」と怒った。さらに「万年床はあかんぞ、たたみが腐る」とも。確かにこの夏は絨緞を巻き取らなかった。置いてあるものを動かすのがめんどうだったからだ。ちゃんとしておけばもっと早く見つけられたと思う。自分の失敗だ。
 夜、DVD「めぐりあう時間たち」「白いカラス」を見たあと読書。

10月6日(月)曇
 朝食後、脚立を上って調べると、雨樋のL字になった部分が詰まっていることがわかった。雨が流れないでポタポタと板塀に染みて自分の部屋に洩っているのだった。
 正午前に便利屋さんが来て、樋をはずしたら、どしゃーと土砂が流れ落ちた。枯葉や土が何年分も溜まっていたのだ。
 夜、DVD[すべては愛のために]を見たあと「にしの」「ボス」とはしご。

■畑の雑草を抜け

10月8日(水)曇のち晴
 午後、晴れてきたので、自室のふとんを出窓に積みあげ、小さいタンスとCDボックスを廊下へ出し、絨緞を半分だけ巻く。畳に風を通す感じ。父を呼んで見せる。「あと半分は明日やる」と言うと満足そうだった。
 夜、DVD「バトルフィールド TOKYO」「ボビーZ」を見たあと読書。
 午前0時半に、ビ、セ、デを服んで就寝も眠れず、起きて焼酎でハルシオンを追加。だが、それでも眠れず、ビールも焼酎もなくなったので台所から日本酒を持ってきて飲む。
 セルシンを2錠追加したらやっと眠れた。午前3時。これでは外へ飲みに行ったほうが体にいい。金はかからないが、家ではつい飲みすぎる。

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タンスを整理する父


10月9日(木)晴
 午後、部屋の半分にある机、本箱、雑誌の山などを動かし、絨緞を巻いた。動かすものが多すぎて重労働になった。ついでに机を片付け、炬燵を出した。いずれ出さなければならないし、このところ朝夕が寒い。炬燵板だけでふとんは掛けないでおく。
 父が床屋へ出かけたので、ついでに父の寝室、茶の間にも掃除機をかける。
 夜、DVD「ロンリー・ハート」を見たあと「にしの」で数曲歌って11時帰宅。「ラジオ深夜便」。

10月10日(金)晴
 午後、畑にある柿の実を10個ほどもいで台所のテーブルに並べたら、父が「なんでこんなにもぐんじゃ、食べる分だけもげ。だいたいお前は採るばっかりで作ることをせん。畑の里芋の間の雑草を抜け」と怒る。むかっときたので「そんなこと俺はできん」と答えると「なんでや」と聞くので「そんなことまでしたら俺のほうが倒れる」と突き放した。父の命令通りにしていたら本当に自分が倒れるかもしれない。
 夕食後、夕刊で株の大暴落の記事を指差して「父ちゃん、大丈夫やろな」と聞くと「俺は株はやっとらんし、なんの金儲けの工夫もしとらん。金もたいして持っとらんから期待してもあかんぞ」と釘をさされた。
 夜、DVD「アメリカン・ギャングスター」を見たあと読書。

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我が家で採れた柿


10月12日(日)
 朝食後、洗濯。自分の夏のTシャツを全部洗う。
 今日はヘルパーさんの来ない日。「アピタ」でさわらの味噌漬けを買ってきて焼いたがまずい。刺身のほうがよかった。
 夜、DVD「バンデージ・ポイント」を見る。
 父が寝る前に和室の仏壇を開け「じゃあ、お休み」と母に声をかけていた。いつもの習慣ではない。月命日でもない。父の心境に何かあったのだろうか。

10月13日(月)晴 体育の日
 午後、買い物から帰ったあと、着替えて長靴をはき、畑へ出る。里芋の間の雑草を抜く。確かにひどい。里芋の葉より雑草のほうが背が高い。里芋にやった肥やしを雑草がいただいてしまったのだ。3畝抜いたら腰に来たので止める。
 夕食時、父に里芋の雑草を半分抜いたと話したら「お前、やらんでもええ。無理すると体こわすぞ」と言った。先日自分が脅したので気にしているようだ。すぐ反省する親父。
 夜、DVD「生きる」を見たあと「にしの」「シャノワール」とはしご。11時半帰宅。

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隣の空き地に咲いたコルチカム

■もっとよく噛んで食え

10月14日(火)雨
 朝7時半に起きると、父がまだ寝ている。寝室を開けて声をかけても起きないので、ついに死んじゃったかと思って駆け寄り「父ちゃん」と肩をゆすると「おっ、何時や。もう7時半か。こりゃ寝坊したな」と言って起きた。
 一日中、雨。ずっと自宅で読書。夜、DVD「アニーホール」を見たあとも読書。

10月16日(木)晴
 午後、新町にある「間(はざま)家大正の蔵」を見学。パンフレットによると、間杢右衛門矩定という人物が慶長6年に中津川に来た元祖で、豪商となり、以来八代までの系図が載っている。中津高校の前身の学校を作ったり、銀行を開いたり、三菱工場を誘致したりした。浄瑠璃など文化的な活動にも貢献したとある。つまり、この町は間家抜きにしては語れないのだと知る。
 夜、還暦合唱団。終わって「かかし」で飲む。柘植、高木、熊崎、牛丸、丸山。
 11時半帰宅。「ラジオ深夜便」。

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母が好きだったピンクの秋明菊


10月17日(金)晴
 午後、東円寺に電話。母の一周忌について坊さんと相談。来年1月17日(土)午前11時に決まる。坊さんのスケジュールを抑えたので、父安心する。来年まで父の体力が持つかどうかわからないが、一応目的が出来たので父も張り合いがあるだろう。
 夜、「にしの」「いちりき」とはしご。11時半帰宅。

10月18日(土)晴
 朝食のとき、父が「毎日、朝夕のみそ汁はいらない」と言い始める。朝のみそ汁は必要だが、夕食にお椀はなくてもいいらしい。何で今頃そんなことを言うのかわからない。ついでに「お前は、あわてんで、もっとよく噛んで食え」と文句がついた。朝っぱらから何を言うかと無視する。
 母の月命日なので、仏壇を開け、庭の花を切って活ける。「柿も供えようか」と言うと父が「はは、それはええなあ」と答えたので柿を持って来て供える。朝のお互いのわだかまりが解けたような気がした。
 夜、DVD「サウンド・オブ・ミュージック」を見たあと読書。深夜まで。

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母の月命日に花と柿を供える


10月19日(日)晴
 21日に上京するので、駅で切符を買う。三洋堂にDVDを返し、図書館に本を返却。
 明日来る弟のために和室にふとんを敷く。上京用の荷造り。
 夜、以前に買ってあったDVD「群衆」を見たあと読書。

10月20日(月)晴
 朝食のとき、父がまた文句をつける。和室に敷いた弟用のふとんが厚過ぎるというのだ。朝は寒いから電気シーツも入れてある。父の寝室は朝一番に陽が当たり、温かいのだが、和室や自分の部屋は陽が当たらないので非常に寒い。「寒うても少しは辛抱せにゃあかん」と言うので「そんなことしたら風邪ひいて、父ちゃんより先に死んじゃうよ」と脅した。
 
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寝室での父


 正午過ぎ、弟到着。さっそく茶の間の敷物を夏用の茣蓙から絨緞に敷き替える。これは自分一人ではできないので、弟が来るのを待っていた。掃除機をかけまくって1時間弱で終わった。炬燵も出した。父は立って見ているだけだったが、「これで、安心や」と満足気な表情だった。
 夕食後、母の一周忌についての打ち合わせをする。本家組は父が連絡し、東京組は弟と手分けして伝えることにする。引き出物もひざ掛け毛布に決める。
 父が寝たあと、弟と自室で雑談。弟は焼酎、自分はビール。
 弟はすぐ酔って10時半には寝てしまった。自分は原稿書き。午前0時半就寝。

■飲みすぎて胃痛

10月21日(火)晴
 午前10時49分発しなの7号に乗る。塩尻であずさ16号に乗り換え14時39分新宿着。一年振りの東京。自宅周辺が変わっていた。大きなドラッグストアができ、マンションがいくつか建ち、以前の建物が思い出せない空き地があった。
 94歳の義母に「ただいま」と大声で言うと「おかえりなさい」と答えた。自分のことはなんとなくわかっているようだ。トイレへは妻の介助が必要。一日中椅子に座ってテレビを見ているが、食欲はあるそうだ。週2日のデイサービスは車椅子。入浴サービスは週一回とのこと。父のほうが元気だ。
 
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嵐山グループ


 自宅に荷物を置き、夕方6時半に神楽坂の「トキオカ」へ。嵐山グループの宴会。出席者8人。嵐山光三郎、中川美智子(秘書)、坂崎重盛(エッセイスト)、石田千(エッセイスト)、岡部憲治(テレコムスタッフ社長)、梶屋隆介(集英社)、岡本浩睦(講談社)、長宗我部友親(企画の庭社長)。話題は自分の交通事故と田舎に「女」が出来たかどうか。
 たらふく食べ、飲み、このあと3軒連れていかれたが、すべて初めて行く店で覚えていない。みんなの夜の酒場行脚が変わったようだ。午前1時半帰宅、酔った。

10月22日(水)曇
 お昼過ぎ起床。目覚まし時計なしで起きるのはいつ以来か。昨夜飲みすぎたせいで胃が痛い。中津川での4倍くらい飲んだ。
 午後2時頃、家を出て薬局で液キャベを買って飲む。これも久し振り。
 大江戸線で六本木へ。ミッドタウンを散策したあと、近くの国立新美術館で「ピカソ展」を見る。すごい量に圧倒される。
 夕方5時過ぎ、新宿へ出た。映画でも見て時間をつぶそうかと思ったら、映画館はすべて入れ替え制になっていた。つまり途中から入って途中で出られないのだ。しかたなく、紀伊国屋書店と三越ジュンク堂を徘徊。
 
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坪内さん(左から二人目)と


 7時、ゴールデン街の「しん亭」へ。評論家の坪内祐三さんと会うのが今夜の目的。2年くらい会っていないのではないか。毎週第二水曜日に行なっている読書会のリーダーである。自分はもう参加できないでいる。坪内さんが呼んでくれて中野翠(エッセイスト)さんと「ぴあ」の安藤さんも来る。四人で雑談。主に映画の話。小1時間で中野さんが帰ったあと「こう路」「猫目」と行く。坪内さんが「小説現代」に連載している酒場日記に自分の行ったことがない「猫目」が度々登場するので行ってみたかった。開店1年ちょっとのバー。作家や編集者、カメラマン、画家、デザイナーなどが集まる新しい文化人バーといったところ。
 昨夜飲み過ぎているので苦しくなり、11時頃自分だけ店を出て帰宅。勘定は全部坪内さんに払わせてしまって申し訳なく思う。

10月23日(木)曇のち雨
 午後1時、新宿発あずさ17号に乗り、塩尻でしなの18号に乗り換え、夕方5時6分に中津川着。胃痛が治らないので、車中では何も食べずタバコも喫わなかった。胃痛を治すにはこれしかない。
 中津川に着いたら胃痛が治まってきたので、駅前のそば屋でとろろそばを食す。
 
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ホトトギスの花


 帰宅すると、父が夕食の最中だった。弟が昨日帰京したあとは、ヘルパーさんをキャンセルして父一人で生活することにしてあった。たまには一人で好きなようにしたいという父の希望である。
 父の夕食はひどかった。鰯の缶詰をあけ、皿にも移さず直接缶詰から箸でつまみ、ごはんに載せて食べているのだった。他におかずはなし、お椀もなし。やはり一人で食事となると缶詰か佃煮になってしまうのだ。父はそれで満足だろうが、これではだめだ。一人では生活させられないと知る。
 自室にふとんを敷き、荷物を整理し、明日のメニューを作る。冷蔵庫を調べ、何が足りないかをチェックする。
 8時頃やっと落ち着いて、読書を始める。深夜まで。

■万年床はあかんぞ

10月24日(金)雨
 朝食のとき、父がまた文句を言う。「万年床はあかんぞ。ちゃんと毎日たため」
 しかたないので、ふとんを半分に折ることにした。これで誤魔化す。
 午後、近所の印刷屋に母の喪中はがきの印刷を依頼。200枚。
 夜、「にしの」「いちりき」とはしご。11時帰宅。

10月27日(月)曇のち晴
 午前11時、ケアマネージャーの垣内さん来。月末の定期面談。わずか30分のことなのに、父はちゃんと背広に着替えていた。父に異常なし。
 午後、坂道の落ち葉を掃く。
 夜、DVD「ゴースト・ドッグ」を見たあと読書。深夜まで。

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ケアマネ垣内さんと面談する父


10月28日(火)晴
 午前8時に可知医院へ父の定期健診の順番取り。今日は混んでいて23番。
 弟のふとんを干す。
 父は11時に可知医院へ出かけた。帰って来たのは12時過ぎ。それから蕎麦を茹でたので昼食が1時頃になった。
 午後、買い物から帰ったあと、弟のふとんを入れ、自室の押入れにしまう。父の寝室、茶の間、和室に掃除機をかける。
 夜、DVD「大脱走」を見たあと読書。午前0時半、ビ、セ、デを服んで就寝も眠れず、起きてトイレに行ったら父とばったり。父は頻尿だから一晩に4回くらい行く。「なんや、おまえ、まだ起きとるのか」と父が言うので「眠れんのや」と答える。焼酎でハルシオンを追加して午前2時半就寝。

10月29日(水)晴
 午前11時頃、父が市民病院へ出かけた。3か月に1回の眼科検診。昼食は病院の食堂で食べるというので、自分一人で昼食。
 三洋堂でDVD6本借り、買い物をすませて2時過ぎに帰宅したが、父はまだ帰っていない。3時半にやっと帰って来た。腕時計を持って出なかったので、「時間がさっぱりわからなんだ」と言う。
 夜、DVD「シービスケット」を見たあと「にしの」「すし天」とはしご。午前0時帰宅。

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紫式部

■父に認知症の気配

10月30日(木)晴
 午後、銀行で東京へ生活費などを振り込み、介護保険料も来年3月分までまとめて払う。
 夕食時、父が「俺は一人で大丈夫やから、おまえ、東京へ行ってきたらどうや」と言うのでびっくり。「先週、行ってきたばかりや」と答えると「そうやったか」との返事。これはヤバイ。認知症が出始めたのかもしれない。
 夜、DVD「ボウリング・フォー・コロンバイン」を見たあと原稿書き。
 眠れず、焼酎でハルシオン。

10月31日(金)晴のち曇
 10月分の生活費を精算。支出7万3090円。一日平均2300円。物価の値上がりを考えればまあまあか。父に見せると「おまえが家で飲んでるビール代は、来月から生活費に入れていい」と突然言う。この2年間、自分のビール代は自分の金で払ってきた。一か月に2万円くらいかかる。父の申し出はありがたいが、なんだか変だ。死期を悟り始めたのかもしれない。
 夜、DVD「スピード」を見たあと「にしの」「いちりき」とはしご。
 今月も、どうやら平穏に過ぎた。
 ただ嫌な予感がする。

(次回へつづく)


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キンモクセイ



大島 一洋  (おおしま・いちよう)
1943年岐阜県中津川市生まれ。早稲田大学第一文学部美術専修科卒。
大和書房を経て、平凡出版(現マガジンハウス)に中途入社。「週刊平凡」「平凡パンチ」「ダカーポ」「鳩よ!」などの雑誌および書籍編集にたずさわり、2005年定年退職。現在はフリー編集者&ライター。著書に『芸術とスキャンダルの間』(講談社現代新書)。
 
 
【 私の介護奮闘記 「田舎日記」 掲載記事一覧 】
Vol.31 2009年2月1日〜2月28日
介護か共同生活か。父の「指差し確認」。自分の減酒努力
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Vol.30 2009年1月1日〜1月31日
母の一周忌法要。父「俺は100歳まで生きるぞ」。自分、ガンマGTP566に上がる
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Vol.29 2008年12月1日〜12月31日
父、認知症の気配。自分、ヘルペス発症。一人で年末大掃除
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Vol.28 2008年11月1日〜11月30日
父、身辺整理始める。自分、体調不安。初雪降る
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Vol.27 2008年10月1日〜10月31日
父、元気だが、嫌な予感。母の一周忌日程決まる。一年振りの上京
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Vol.18 2008年1月1日〜1月31日
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Vol.17 2007年12月1日〜12月31日
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