そら飛ぶ庭
   

介護日記
2008.9.8  
  平穏な日々続く

  父、オリンピックに興味なし

  事故示談金、保険屋の払いしぶり

大島  一洋    

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可知医院へ行く父

■ガンマGTP下がらず

8月1日(金)晴
 午前10時に父と可知医院。父は定期健診。自分は血液検査の採血。
 午後、あまりに暑いので、図書館へ行き、資料室で原稿書き。
 夕食後、東京の妻から電話。今月分の振込みがないと言う。しまった、すっかり忘れていた。まだ6時だったので慌てて「アピタ」のATMへ行く。7月末のカレンダーに予定を書き込むのを忘れていたせい。
 夜、DVD「13/ザメッティ」を見たあと「にしの」「いちりき」とはしご。午前0時帰宅。入浴。血液検査の結果が出る月曜日までは気楽に飲める。

8月2日(土)晴
 父の歌集『恵麓後集』(けいろくこうしゅう)をほしい人がたくさんいるので、喫茶店「夢」に10冊持って行く。売り物ではないから、興味のある人にどんどんあげてくれるよう林ママに頼む。
 図書館の資料室で原稿書き。
 工藤が、畑で生ったらしいゴーヤを2本届けてくれたので、夕食はゴーヤちゃんぷるにする。今年はゴーヤが豊作らしい。
 夜、DVD「キネマの天地」を見る。
 赤塚不二夫氏死去。72歳。25年くらい前になるか、「平凡パンチ」にいた頃、連載マンガを3年くらい担当した。とにかく凄く面白い人だったが、非常に繊細な面もあった。
 最後に会ったのは赤塚さんが勲章をもらったパーティだったが、あれはいつだったか。

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垣根の初雪かずら


8月4日(月)晴
 午前10時、可知医院。血液検査の結果。ガンマGTP470、中性脂肪696。減酒したつもりだったが、前回とほとんど同じ。これは休肝日を作らないとダメのようだ。
 父は一日中、茶の間で読んだり書いたり、テレビのスポーツ番組を見たりしている。食事のとき以外はほとんど自分とは口をきかない。父の耳が遠いせいもあるが、生活は別々にしておきたいからだ。
 夜、原稿書き。

8月6日(水)晴 夕方雷雨
 午前9時、タクシーで父を市民病院へ連れて行く。江口先生の診察日。父の腹を押さえ、「ああ、詰まってるなあ」と言う。父には聞こえていない。便通がなくなるのが再発の予兆だから注意するようにと言われる。
 市民病院のシステムが大幅に変わっていた。患者を名前で呼ばず、番号で呼び、TVスクリーンに番号が表示されるという仕組みだ。個人情報保護法の関係からだろう。父が不平を言う。「こんなことに気い使うより、他のことに使えや。年寄りには番号より名前のほうがええ人もおるぞ」「父ちゃんみたいに耳の遠い人は番号のほうがええ」と反論してみたものの、自分の番号を覚えておくのも年寄りには大変だ。ことに三桁の番号はしょっちゅう診察票を見て確認していないと見落とす。たとえば231番と213番などは間違えやすい。
 タクシーで11時過ぎ帰宅。
 夕食時、父がヘルパーさんの味付けに文句をつける。「ちゃんと料理の試験を受けとるのか?」などと言う。父は体調がよくなると、なんでもかんでもダメだダメだ、という癖が出る。市政についてもがんがん悪口を言う。「そんなこと僕に怒られても困る」と返事するのみ。
 夜、原稿書いたあと「にしの」「すし天」とはしご。12時帰宅。

■父あての中元多し

8月7日(木)晴 夕方雷雨
 午前中、後藤理髪店。午後、図書館。
 夜、7時半頃、熊崎、高木、松原と水上宅のホール。彼女の兄で画家の水上貴博氏がフランスから家族を連れて帰国しており、作品の内覧会。いい絵が並んでいたが、年金生活者には手が出ない。久し振りにいいワインをいただく。
みんなで「にしの」まで歩いてカラオケ。11時帰宅。

8月8日(金)晴
 午後、父が散歩に出かけた。このくそ暑い中、大丈夫かと思うが、言っても聞かないから好きにさせる。
 パソコンの具合が悪いのでプロバイダー「タケネット・サービス」の深谷さんに来てもらう。セキュリティをレベルアップする。1時間半かかった。
 4時前、父帰宅。「アピタ」で買い物して来たらしい。
 父宛のお中元で立派な桃が12個も届いた。嬉しいが一日一個食べても12日かかる。持つだろうか。
 夜、9時から北京オリンピック開会式を「にしの」のテレビで見る。11時に帰宅し、茶の間のテレビで聖火の点灯を見たら午前1時だった。父はオリンピックに興味はないようだ。

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落合祭りの花火


8月9日(土)晴
 父の寝室、茶の間に掃除機をかける。汗だらだら。
 父の本家・上矢作の従兄・一範ちゃんから電話。母の初盆をどうする、と聞くので7月にすませた旨伝える。
 夜、DVD「パイレーツ・オブ・カリビア/ワールドエンド」を我慢しながら見る。なぜジョニー・デップに人気があるのかわからない。

8月10日(日)晴
 夜、熊崎夫妻と落合の花火大会を見に行く。花火が終わった9時、突然の豪雨。テントの中で生ビールを飲んでいたのだが、横殴りの風雨が吹き込む。まるで台風。傘を横にしても防ぎきれないほど。紙コップのビールは全部吹き飛ばされた。こんな豪雨は地元の人も初めてだという。30分ほどで治まった。
 10時過ぎ、タクシーを呼んで熊崎夫妻と帰宅。ぐっしょり濡れた浴衣を干し、シャワーを浴びたら落ち着いた。
 
8月11日(月)晴
 朝食のとき、父に昨夜の豪雨について話すと「おまえは落合行っとったんか。いい歳こいてふらふらするな」と怒られた。一日置きくらいで、父が寝たあとに酒場へ行っていることを知ったら何と言うだろうか。
 父宛のお中元ぶどう、缶ジュース届く。
 夜、DVD「サンダー・ボルト」を見たあと「にしの」「いちりき」とはしご。12時帰宅。

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浴衣を着た自分


■畑の里芋に肥料

8月12日(火)晴
 午前9時半頃、母の同級生二人が初盆のお参りに来る。母と同い年ということは90歳なのに、二人とも足も頭もしっかりしている。仏壇に線香をあげただけで、お茶も飲まずに帰って行った。近くに車を待たせているようだった。
 夕方7時半「はま」の駐車場で生ビールを飲みながら、中津川の花火大会を見る。昨年より質が落ちている。寄付金が集まらないらしい。「にしの」「いちりき」と寄って11時半帰宅。酔った。減酒しなければならない身なのに。

8月13日(水)晴
 父宛のお中元や母の初盆のお供えなどが、毎日宅急便で届く。今朝は大きな梨が20個も来た。とても二人では食べ切れないので、熊崎に少し持って行ってもらう。
 夕方7時頃から中津川の夏祭り「おいでん祭」始まる。風流踊りの太鼓と旗竿の連が駅前に集まる。各連の最後に白装束の女性たちが両手を合わせて拝みながら歩くので、これは葬式祭りだと思っていたら、実は雨乞い祭りなのだそうだ。昨年も見たがテンポがよくないので飽きる。
 風流踊りのあと、市内の企業が作ったたくさんの神輿が繰り出すが、事故があったらしく突然中断。熊崎、高木と三人で見ていたが、見物をやめて「日時計」という店へ行く。水上の妹がやっている店。柘植がすでに来ていた。雑談。11時帰宅。

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おいでん祭の企業神輿


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おいでん祭の風流踊り


8月14日(木)曇り
 植木屋さんが入って、畑の草取りまでしてくれたので、父の指示に従って里芋に肥料をやる。間の土を根元に盛り上げ畝をつくる。陽射しは薄かったが、汗まみれになりシャワーを浴びる。
 夕方7時、子供の提灯祭「ギオンバ祭」の集合を「アピタ」の向こう側にある公園へ見に行く。市内各地から太鼓と高張り提灯を持った子供たちの連が36集まった。ほとんどが保護者同伴である。子供の数は自分たちの頃の半分とか。ここでも確実に少子化が進んでいる。
 夜、DVD「ラッシュアワー3」を見たあと「にしの」「すし天」とはしご。12時帰宅。

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こどもたちのキオンバ祭りに集合した連


8月15日(金)晴
 午前中、父が「里芋の畝の間に、刈った雑草を入れろ」と言う。植木屋さんが刈った雑草が山になっているので、それを里芋の肥やしにするという意味である。さっそく長靴をはいて畑に出た。作業は15分くらいで終わったが汗ぐっしょり。シャワー。まったく人使いの荒い親父だ。
 夜、DVD「ジェシー・ジェームズの暗殺」を見たあと「にしの」。オリンピックの野球、対オランダ戦を見る。自室にテレビがないのでオリンピックはまず見ない。結果を新聞で知るだけ。それほど興味はない。11時過ぎ帰宅。

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畑の里芋に肥料をやる


■母の月命日

8月16日(土)晴
 父が正午から歌会に出かけるというので、午前中に買い物をすませる。
 午後はずっと留守番をしながら読書。父は3時半に帰って来た。
 夜、DVD「パフューム」を見たあと読書。ビ、セ、デを服んで午前0時半就寝。

8月18日(月)晴
 朝食後、母の月命日なので、仏壇を開ける。父が「その辺に咲いとる花切ってこい」と言うので、隣の空き地から露草の花を切り、仏壇の中の小さい花瓶に活ける。父と線香をあげる。
 午後、読書。夜、DVD「メトロに乗って」を見たあと「いちりき」。11時帰宅。

8月19日(火)曇一時雷雨
 午前10時、渡辺歯科。熱いものや冷たいものを口にすると、左下の奥歯に沁みて痛いので診てもらう。奥歯の歯茎が下がっていて、そこに沁みるのだとわかった。これ以上歯茎が下がらない治療。週一回通うことになる。
 午後、三洋堂でDVD6本借り、喫茶店「夢」へ。途端にすさまじい雷雨。近くに雷が落ちたようだ。20分ほどで治まる。
 夜、DVD「舞妓haaan!!」を見たあと「にしの」「すし天」とはしご。12時帰宅。

8月20日(水)晴
 午後、図書館。
 帰宅して、父の寝室、茶の間、トイレに掃除機をかける。汗だく。
 夜、DVD「許されざる者」(ジョン・ヒューストン監督)を見たあと、「にしの」「さらん」とはしご。11時半帰宅。

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還暦合唱団


8月21日(木)曇
 夜8時、還暦合唱団。22人集まる。
「かかし」で宴会。柘植、高木、熊崎、松原、工藤、牧野、丸山、牛丸、水上、渡辺。
 11時半帰宅。

8月22日(金)曇
 玄関の花が枯れてきたので、「アピタ」内の花屋で白と紫の菊を買って活ける。菊が一番長持ちすることがわかった。父は玄関の花などには一切興味を示さない。それとも知っていて黙っているのだろうか。
 明日、弟が来るので和室にふとんを敷く。朝夕は肌寒くなって来たので、掛けぶとんも出しておく。
 夜、DVD「グッド・シェパード」を見たあと読書。

■息子はつらいよ

8月23日(土)雨
 夕方6時半、弟・史洋到着。名古屋の某大学で特別講義90分を3コマこなしてきたらしい。茶の間で父と短歌の話を2時間ほどしていた。自分は自室で読書。
 父が寝た9時頃から、自分の部屋で弟と話す。彼は焼酎のお湯割り。自分はビール。
 「一洋はどうやって生活費を稼いどるんや、と父ちゃんが心配しとったから、大丈夫、ちゃんと原稿書いてるから、と言っておいた」と弟が言う。父にはパソコンで仕事するということが全然理解できないらしい。
 弟は疲れたせいか、すぐ酔って11時に和室へ消えた。読書を続けて入浴。午前0時半ビ、セ、デを服んで就寝。

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父と帰省した弟


8月24日(日)雨のち曇
 廃品回収の日なので、朝起きてすぐダンボールと新聞紙を門の前に積む。8時頃中学生が持って行ってくれた。
 朝食後、洗濯。弟は近所へ散歩に出かけた。
 午前11時半、父と弟と三人で家を出、「さらしな」というそば屋で昼食。食後、弟は帰京。父は「アピタ」へ。自分は三洋堂まで歩く。半額サービスデイなのでDVD7本借りる。「夢」でコーヒー&スポーツ新聞。「アピタ」で買い物をして2時半頃帰宅すると、父が「石垣の雑草を抜け」と言う。ほっておくと石垣が崩れる原因になる。長靴に履き替えて石垣の雑草を抜く。抜けないものは鎌で刈る。確かに、石垣を繋いでいるコンクリートが緩んでいる部分がある。
 夜、DVD「アカルイミライ」を見たあと「いちりき」のテレビでオリンピックの閉会式を見る。11時過ぎ帰宅。

8月25日(月)曇
 午前11時、ケアマネージャー垣内さん来。月末の定期訪問。「虎雄さんより、息子さんのほうが疲れとるみたいですよ」と垣内さんが言うと「これはズク(根性)がないでねえ」と父は答えた。息子はつらいよ、だ。
 夜、DVD「コールド・マウンテン」を見たあと読書。

8月26日(火)曇
 午前中、春日井の東京海上日動火災保険から電話。自分の交通事故の示談金は慰謝料、交通費を含めて48万円との連絡。予想の半分だ。明後日に来て詳しい説明をするそうだ。わずか2か月とはいえ辛い思いをしたから48万円では納得がいかない。しかも自分が立て替えている交通費こみとは。
 10時半、渡辺歯科。下の歯の歯石を取ってもらう。上の歯は来週。
 午後3時頃、冷蔵庫に入っている父宛に来た中元の水羊羹を食べてもいいか、と父に聞くと「そんなもんいくらでもあるから、どんどん食え」と言って戸棚を開けた。水羊羹の入った箱が二つも出てきた。自分は宅急便を受け取るだけで中身を確認していないから知らなかった。父は賞味期限を見て、「これは11月までやから、まだ大丈夫や。これは9月やから、もう食ったほうがええな」などと説明する。
 夜、DVD「バットマンビギンズ」を見たあと読書。

■保険屋との交渉

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千日紅


8月27日(水)曇
 朝食後、洗濯。父が茶の間で使っている長い座布団のカバーを洗う。母が生きている頃からのもので、何年洗ってなかったのか、洗濯水が真っ黒になった。
 午後、父母の古くからの友人らしいおばあさんが娘と一緒に来る。応接間に上がって1時間ほど話していた。父が客を応接間に迎えることはめったにない。
 夜、DVD「キル・ビル1」を見る。3度目だがほとんど忘れていた。「にしの」「すし天」とはしご。11時半帰宅。

8月28日(木)雨
 午後1時、「アピタ」2階の喫茶室で、東京海上日動火災保険春日井損害サービス課のS氏と会う。自分の事故の示談金を提示される。休業損害16万9096円、慰謝料19万3200円。合計36万2296円である。二か月間辛い思いをしてたったこれだけだ。保険会社のやり口は巧みにできている。
 まず基本となる対象休業日数だが、入院していた8日間プラス通院日数15日で合計23日に設定してある。つまり一日置きに通院しても間の一日は働けるという考えである。ところが、自分がかけていたアメリカンホーム保険会社の診断書には「医学的に就業、家事、通勤通学が全く不可能とされる期間」として事故日の4月24日から最終治癒診断日6月18日とあり、56日間である。23日と56日、この差は大きい。倍以上である。ちゃんと中津川市民病院の医者の署名のある診断書。外資系の保険会社はしっかりしている。
 この診断書を楯に示談書を突き返した。S氏は反論のしようがなかった。また休業損害は前年収入の365分の1掛ける休業日数である。これは約款に書いてあるから仕方ないが、365日というのは非常識だ。土日祝日、正月も働いたとみなしている。
 おまけに治療費は自分の健康保険を使っているから、かなり安上がりなっているはずだ。
 本来なら加害者と東京海上日動が払うべきもののはず。
 保険屋の払いしぶりをまともに見た。自分がアメリカンホームの保険に入っていなければ、うっかり騙されるところだった。
 S氏は再考してみると言って帰ったが、さてどれくらい妥協してくるか楽しみだ。
 夜、DVD「キル・ビル2」を見る。二度目だがすっかり忘れていた。
 体が熱っぽい。朝夕が寒いので夏風邪をひいたようだ。読書。午前0時半就寝。

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百日紅の花


8月29日(金)曇のち雨
 午前10時、父を可知医院へ連れていく。定期健診。問題はないようだ。
 ただ夕食の時、父が「可知へ行っただけでえろうてかなわん」と言った。外出は疲れることがわかっているのに、「アピタ」へ行ったり、歌会へ出かけたりしている。大丈夫か。
 夜、DVD「アルマゲドン2008」を見たあと読書。午前0時半にビ、セ、デ、を服んで就寝も眠れず、1時半に焼酎でハルシオン追加。

■落ちる父の体力

8月30日(土)雨
 午後、娘の汀と電話で話す。彼女は以前、保険会社に勤めていた。「絶対、向こうの言いなりになったらだめよ」と忠告される。
 夜、DVD「88ミニッツ」を見たあと読書。3日間夜遊びをしていない。

8月31日(日)晴
 朝食後、洗濯。
 午後、8月分の生活費の清算。一日平均2100円。ちょっと多いか。父に見せると「もう、そんなもん見んでもええ。金が足らんようになったら言え」と突っ返された。いちいち見るのが面倒くさくなったようだ。
 父の寝室と茶の間、廊下に掃除機をかける。汗が流れる。
 夕方4時過ぎから夕食準備。今日はヘルパーさんが来ない日。「アピタ」で買って来たかつおのたたきに、冷凍してあったかぼちゃ煮をチン。冷奴、漬物、みそ汁。桃。
 父が台所へ顔を出して「適当でええぞ。俺はみそ汁と佃煮がありゃあええから」と言う。自分に気を遣っているようだ。
 夜、DVD「マリア・カラス 最後の恋」を見ている途中に熊崎から電話。「にしの」にいるから来ないか、という。父に「誘われたから出かける」と伝えて出る。父が起きているときは必ず出かける旨を知らせる。そうしないと心配するからだ。
 「にしの」には熊崎夫婦ともう一組初対面の夫婦がいた。数曲歌って11時過ぎ帰宅。  今月も無事過ごせた。ただ、父の体力が落ち始めているのが気がかり。

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「にしの」の忍ちゃんの浴衣


(次回へつづく)




大島 一洋  (おおしま・いちよう)
1943年岐阜県中津川市生まれ。早稲田大学第一文学部美術専修科卒。
大和書房を経て、平凡出版(現マガジンハウス)に中途入社。「週刊平凡」「平凡パンチ」「ダカーポ」「鳩よ!」などの雑誌および書籍編集にたずさわり、2005年定年退職。現在はフリー編集者&ライター。著書に『芸術とスキャンダルの間』(講談社現代新書)。
 
 
【 私の介護奮闘記 「田舎日記」 掲載記事一覧 】
Vol.31 2009年2月1日〜2月28日
介護か共同生活か。父の「指差し確認」。自分の減酒努力
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Vol.30 2009年1月1日〜1月31日
母の一周忌法要。父「俺は100歳まで生きるぞ」。自分、ガンマGTP566に上がる
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Vol.29 2008年12月1日〜12月31日
父、認知症の気配。自分、ヘルペス発症。一人で年末大掃除
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Vol.28 2008年11月1日〜11月30日
父、身辺整理始める。自分、体調不安。初雪降る
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Vol.27 2008年10月1日〜10月31日
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Vol.25 2008年8月1日〜8月31日
平穏な日々続く。父、オリンピックに興味なし。事故示談金、保険屋の払いしぶり
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Vol.22 2008年5月1日〜5月31日
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