そら飛ぶ庭
   

介護日記
2008.7.14
 父、驚異の回復力

 頭痛は降雨の前兆

 父の歌集、出来上がる

大島  一洋   

写真
ケアマネ垣内さんと父の面談

■65歳になった

6月1日(日)晴
 本日、自分の誕生日。65歳なり。
 午後、父の寝室、茶の間などに掃除機をかける。汗びっしょりになるくらい暑い。父は突っ立って見ているだけ。
 夜、雑誌を読んだあと「いちりき」。11時帰宅。

6月2日(月)曇時々雨
 午後、名古屋から父の弟・宣夫叔父さん、父の見舞いに来る。父と10歳違いだから84歳。茶の間で雑談。3時過ぎ、父と一緒に宣夫叔父さんを駅まで送る。父は雨の中をちゃんと歩いた。驚くべき回復力。
 夜、DVD「ハムナトプラ」を見たあと「にしの」「ボス」とはしご。午前0時帰宅。
 ビ、セ、デ、頭痛薬を服んで就寝。

6月3日(火)雨
 午前8時半、佐生医院。筋肉注射と点滴。佐生先生と面談。頭痛が完全に消えるには3か月くらいかかるとのこと。6日にMRIを撮って、今後の方針を決めることにした。
 午後3時、「アピタ」二階の喫茶室でYさん夫婦と会う。情況報告。「本当に申し訳なかった」と何度も言ってくれるが、「起きてしまったことは仕方ないですよ」と自分は答えるだけ。ほお葉寿司や煮物などをもらう。奥さんが料理好きのようだ。
 食卓にいろいろ出てくる煮物を、父は自分が同級生からもらったものと思い込んでいる。
 夜、DVD「サイン」を見たあと原稿書き。夜になると頭痛がひどくなる。

写真
庭のさつき


6月5日(木)曇
 午前中、頭痛なし。昼食後ど−んと頭の芯に来て、3時頃雨が降り始めた。当たり、という感じ。頭痛は雨が降る前兆。気圧の関係だろうか。
 父は寝転んで、ずっと短歌雑誌を読み続けている。
 夜、DVD「バイオハザード」のIとIIを見る。

6月6日(金)晴
 午前8時半、佐生医院。MRIを撮る。耳栓とアイマスクのおかげで眠ってしまった。
 検査結果は「非常によくなっているので、もう点滴の必要ありません」と佐生先生に言われる。ただし月一回のMRI検査はしばらく続けるとのこと。
 帰宅し、仏壇に線香をあげて母に報告。
 夜、DVD[ワイルド・スピード×3]を見る。
 9時に「かかし」まで歩く。同窓会旅行の打ち合わせ。熊崎、高木、柘植、牛丸、丸山、水上のメンバーが集まる。11時半帰宅。

写真
居酒屋「かかし」

■エスカレーターで転倒

6月7日(土)晴
 午前中、洗濯。父が干すのを手伝ってくれたが、自分と干しかたが違うのでやりにくい。
 午後、三洋堂まで歩く。頭痛が軽くなってきたのでタクシーを使わず歩いてみた。DVD7本借りる。
 夜、DVD「バベル」を見たあと「いちりき」へ。11時半帰宅。

6月8日(日)曇
 午前9時から地区の大掃除。父のかわりに、自分が軍手に箒を持って出かける。空き地向こうの坂道に5、6人集まっていた。上から下まで分担して掃く。自宅の玄関側の坂道は誰もいないので一人で掃いた。班とか区がどうなっているのかわからない。
 午後3時、「アピタ」二階の喫茶室でYさん夫妻と会う。またいろんな煮物をもらった。
 買い物などをカートに載せてエスカレーターを降りたが着地に失敗、転倒した。カートの前輪が一階フロアに乗らなかったため、カートは倒れ、自分は尻餅をついた。誰かが自分の腕を引いて助け起こしてくれた。以前から、危ないな、と思っていたことをやってしまった。交通事故で懲りているはずなのに、なんたる無様。
 夜、DVD「スキヤキ・ウエスタン・ジャンゴ」を見たあと「にしの」「ボス」「いちりき」とはしご。

6月9日(月)曇のち晴のち雨
 午前7時半起床。いつもは父が大根を擦り、しらすと黒ごまをかけたものを作るのだが、今朝は自分が起きていくと、大根を擦っただけで「えろうてかなわん」と言って茶の間へ行き、横になった。あとは自分がしらすと黒ごまをかけ、他に佃煮と漬物を出し、みそ汁(わかめ・豆腐・ねぎ)を作り、オレンジを切って父を呼んだ。「えらい」と言うわりには、ちゃんと食事した。
 午後、三洋堂まで歩き、DVD7本借りる。
 天気がいいのに頭痛がする。案の定、夕方激しい雷雨。雹まで降った。
 夜、読書。


写真
台所に立つ父

6月10日(火)
 午前中、父が梅干を漬けた。3キロの梅は友人の自宅の梅の木に生ったのをもらった。
 午後、父の短歌の関係者が来た。玄関での会話が聞こえた。

「先生、夏場は暑いで、秋になったら、また歌会に出席してください」
「ありがとう。まあその時まで生きとるかどうか知らんけどね」
「なにをおっしゃいますか。顔色もええし、お元気になられてほんとによかった」
「もう俺なんかがおらんでも、みんな自分らでできるんやから、あまり期待せんといてくれや」

 父は歌会の仕事が面倒になってきたようだ。短歌雑誌は丁寧に読んでいるようだが、他人の歌の添削がおっくうなのだろう。
 夜、DVD「アイ・アム・レジェンド」を見たあと「にしの」「すし天」午前0時帰宅。

■父、二日間一人暮らし

6月11日(水)曇時々晴
 午前中、洗濯。
 午後「アピタ」の花屋で仏壇と玄関用の花を買う。この時期、我が家の庭には花瓶に活けるようないい花が咲いていない。
 仏壇の萎れかかっていた花を活け替え、線香をあげる。
 茶の間で横になって雑誌を読んでいる父に声をかけて仏壇の花を見せる。
 夜、DVD「ディスタービア」を見たあと雑誌読み。
 ビ、セ、デ、頭痛薬を服んで眠れず、起きて焼酎を飲む。セ、デを一錠ずつ追加して午前1時半やっと就寝。
写真
母の仏壇に花を活けた

6月12日(木)晴一時雨
 父は以前よりなんとなく影が薄い。じっと茶の間で新聞や雑誌を読んでいる時間が多く、行動範囲が狭くなったせいだろう。昼食の時、不満そうに言った。

「手術したあとの数日間がきっちり思い出せんのや。頭が変になったのとちがうか」
「全身麻酔をしたのやから、醒めるまで頭が混乱していただけや」と答える。

 頭脳明晰、記憶力に自信があった父には信じられないことらしい。
 夜、還暦合唱団に参加したあと、熊崎と「にしの」へ。11時帰宅。

写真
茶の間で読書する父

6月13日(金)
 明日から一泊二日で同窓会の旅行なので、父は久し振りに一人で暮らすことになる。何か必要なものはないかと聞くと「なんにもない。好きにやるから心配せんでもええ」と言う。顔には出さないが、内心は喜んでいるようだ。明日のヘルパーさんをキャンセル。

6月14日(土)晴
 同窓会旅行。午前9時半、駅前に集合。全部で21人。女子12人、男子9人。マイクロバスを借り、交替で運転していく。同級生のなかには、元トラックの運転手だったプロがいるから安心。
 出発と同時に缶ビールが配られ宴会始まる。まず上高地へ。45年ぶりか。明神池まで往復7キロ歩く。明神池は湧水と伏流水の池だから冬になっても凍らない。
 中尾温泉にあるペンション「ほのみ亭」には夕方6時に着いた。素晴らしい天気でみんな満足。ペンションはわれわれの貸切である。食事は椅子とテーブル、寝るのはベッドと洋風だが、温泉は内湯も野天風呂も温泉旅館と変わらずよかった。
 なんだか騒いでいるうちに時間がたち、午前0時就寝。父に電話するのを忘れた。

写真
ペンション「ほのみ亭」の前で


6月15日(日)
 朝食は芝生の上に置かれたテーブルでした。今日も天気よく気分がいい。
 午前9時出発。飛騨高山へ。母の出生地で子供の頃連れて来られたことがある。60年ぶりか。朝市を歩いて、赤かぶ、豆板、豆もちなどを買う。
 昼食は「恵比寿」という蕎麦屋でてんぷら蕎麦。
 帰りは下呂を経由して夕方4時には中津川駅着。自分は外食するつもりだったが、早く着いたので帰宅して父と夕食。冷凍してあった粕漬とかぼちゃ煮を解凍した。
 父の箸が一本ない。どこへ失くしたのかわからないという。別の箸を使っていたが、箸一本失くしたことが気になって仕方ないらしい。「俺も呆けたかな」と寂しそうに言う。
 仏壇に母の好きだった豆板を供え、線香をあげる。
 夜、「にしの」。変な酔っ払いがいたので15分で出る。

■事故の診察終了

6月16日(月)晴
 午前中、畑へ行ってみると、雑草がきれいに抜かれ、自分が芽出しした里芋が5畝にわたって植えられていた。父に出来るわけがないので、便利屋さんに頼んだのだろう。

「畑、きれいになったね」「そうよ、5000円でやってもらった」

写真
きれいになった畑と里芋の畝


 午後、三洋堂でDVD7本借りる。父に頼まれたムカデ除けの殺虫剤を買い、帰宅して父の指示に従って家の周囲に撒く。
 夜、DVD[ハリウッド殺人事件]を見たあと「にしの」「山海山」とはしごして11時半帰宅。

6月18日(水)曇
 午前9時、市民病院で検診。CTスキャンの写真を見ながら、赤羽先生は「もう完全に治っているから、本日で診察終了。何かあったら来なさい」ということで一応の区切りがついた。手術する必要もなかったし、思ったより軽くてすんだ。
 午後、父が郵便局へ行った。「そろりそろりでも歩かにゃあかんのや」。この強い意志には感心するばかり。
 夜、DVD「ダーティハリー5」を見たあと「いちりき」へ。11時半帰宅。

6月20日(金)曇、夜雨
 天気はよくないが、父の寝室と茶の間に掃除機をかける。父は「掃除機かけてくれ」とは絶対に言わないので、自分のほうで気をきかさなければならない。きれい好きだから週一回はと思っているがつい忘れる。
 夜、DVD「ヒロシマ ナガサキ」「監督、ばんざい」を見る。外は雷と豪雨。
 ビ、セ、デ、頭痛薬を服んで午前1時就寝。

6月22日(日)雨
 午後1時過ぎ、タクシーで落合中学体育館へ。落合中学が昭和25年に購入した、スタインベルグピアノを修復した記念コンサート。日本に5台しかないピアノだそうだ。600人くらいが集まっていた。白石英統というピアニストがショパンの「幻想即興曲」を弾いたので母を思い出した。母が大好きだった曲だ。「にしの」の馴染み客二人に会う。早目にタクシーを呼んで3時半帰宅。
 夜、DVD「ALWAYS続・三丁目の夕日」を見たあと「いちりき」へ。11時帰宅。
シャワーを浴び、ビ、セ、デ、頭痛薬を服んで就寝。

写真
サボテンの花

6月23日(月)雨
 午前10時、ケアマネ垣内さん来。月末の定期面談の日。父は垣内さんの質問にしっかり答えていた。
 午後、父は郵便局へ出かけた。「昼間に体動かしとくと、夜よう眠れるんや」と言う。
 夜、DVD「運命じゃない人」を見たあと「にしの」。11時帰宅。

■こたつを片付ける

6月24日(火)曇のち晴
 午前7時半起床。父が鏡に向かって「あー、いー、うー、えー、おー」と発声練習しているところだった。父の長生きの秘訣の一つだが、久し振りに見た。ずっと続けているのだろうか。
 午後、父がふとんを干している。「昨日雨降ったからふとん干しちゃだめだよ」と言うと「晴れてきたからいいんじゃ」と平気だった。
 夜、DVD「ガス燈」を見たあと「いちりき」へ。10時半帰宅。入浴。
 ビ、セ、デ、頭痛薬で就寝も眠れず、起きて焼酎でセ、デを追加。

6月26日(木)曇
 午後、父が仏壇の掃除を始めた。中津川は7月がお盆なので、来月に入ると忙しい。ことに母の初盆だから坊さんも来る。仏壇のある和室に掃除機をかける。
 午後8時、還暦合唱団に参加。
 午後9時半「かかし」で同窓会の幹事打ち上げ。柘植、高木、熊崎、丸山、牛丸、水上が集まる。いつも同じメンバーなのに飽きないのが不思議だ。どこかに安心感があるからだろう。

6月27日(金)曇のち晴れ
 午後1時、父と「アピタ」へ買い物。和室の仏壇の横にいろんな箱が積んであるが、それを隠すためのカーテンを買う。坊さんが読経に来たときに恥ずかしいからだと父が言う。
 2時過ぎ帰宅して、自室のこたつぶとんを干し、こたつをたたんで机を出す。
 夜、DVD「大帝の剣」を早送りで見たあと読書。


写真
和菓子屋での父

6月28日(土)曇、夜雨
 茶の間のこたつを片付け、テーブルを出す。父一人では出来ないので自分が手伝う。
 父の最後の歌集『恵麓後集』の見本が出来上がってきた。心配したが、生きているうちに間に合った。これで父はもう思い残すことはないだろう。歌集を撫でるようにして眺めていた。
 夜、ずっと読書。
写真
父の新しい歌集


6月30日(月)晴のち曇
 午後、買い物から帰ると、父がこたつふとんと敷物、上掛けなど一式を大きな風呂敷に包んでいた。押入れの上段に入れてくれと言うので持上げて押し込む。父がこの風呂敷包みをもう一度解くことがあるのかどうか。
 月末なので生活費の清算をして父に渡す。特別出費がなかったから5万5000円ですんだ。一日平均1800円。まあこんなもんだろう。
 自分の個人的出費は酒代、たばこ代、酒場代、本代、DVDレンタル代などで15万円を越えている。ちょっと酒場代を減らさないといけない。
 今月は平穏無事な月だった。父の体調がこのまま続くようなら、来月末には久し振りに上京したい。



(次回へつづく)




大島 一洋  (おおしま・いちよう)
1943年岐阜県中津川市生まれ。早稲田大学第一文学部美術専修科卒。
大和書房を経て、平凡出版(現マガジンハウス)に中途入社。「週刊平凡」「平凡パンチ」「ダカーポ」「鳩よ!」などの雑誌および書籍編集にたずさわり、2005年定年退職。現在はフリー編集者&ライター。著書に『芸術とスキャンダルの間』(講談社現代新書)。
 
 
【 私の介護奮闘記 「田舎日記」 掲載記事一覧 】
Vol.31 2009年2月1日〜2月28日
介護か共同生活か。父の「指差し確認」。自分の減酒努力
本文を読む
Vol.30 2009年1月1日〜1月31日
母の一周忌法要。父「俺は100歳まで生きるぞ」。自分、ガンマGTP566に上がる
本文を読む
Vol.29 2008年12月1日〜12月31日
父、認知症の気配。自分、ヘルペス発症。一人で年末大掃除
本文を読む
Vol.28 2008年11月1日〜11月30日
父、身辺整理始める。自分、体調不安。初雪降る
本文を読む
Vol.27 2008年10月1日〜10月31日
父、元気だが、嫌な予感。母の一周忌日程決まる。一年振りの上京
本文を読む
Vol.26 2008年9月1日〜9月30日
父、95歳の誕生日。足の浮腫みひどくなる。48年振り、恩師に会う
本文を読む
Vol.25 2008年8月1日〜8月31日
平穏な日々続く。父、オリンピックに興味なし。事故示談金、保険屋の払いしぶり
本文を読む
Vol.24 2008年7月1日〜7月31日
父、腸閉塞再発で入院。母の初盆行事終わる。孫と初めて会う
本文を読む
Vol.23 2008年6月1日〜6月30日
父、驚異の回復力。頭痛は降雨の前兆。父の歌集、出来上がる
本文を読む
Vol.22 2008年5月1日〜5月31日
自分、退院。父、退院。頭痛の日々
本文を読む
Vol.21 2008年4月1日〜4月30日
父、腸閉塞の手術。自分、交通事故で入院。看護の連携、成功する
本文を読む
Vol.20 2008年3月1日〜3月31日
介護保険更新手続き。父の体調、完全復活。後期高齢者医療制度の問題
本文を読む
Vol.19 2008年2月1日〜2月29日
父救急車で運ばれる。母預貯金の整理。四十九日法要
本文を読む

Vol.18 2008年1月1日〜1月31日
母、急死す。有料老人ホームへの疑惑。父、体調崩す

本文を読む

Vol.17 2007年12月1日〜12月31日
おむつ代、月に2万円。母のリハビリ始まる。父、椅子から転落
本文を読む
Vol.16 2007年10月27日〜11月28日
肛門から便をほじくり出す、父退院、胃腸に異常なし。母、養老院で肺炎になる
本文を読む
Vol.15 2007年10月10日〜10月26日
帰郷一年、同じ日に父再入院 「お元気ですか」「もう死んどる」 母、老人ホーム入居決定
本文を読む
Vol.14 2007年9月1日〜10月9日
母が退所、自宅介護に 父は賞味期限切れの紅茶を平気で飲む ガンマGTP3倍に跳ね上がる
本文を読む
Vol.13 2007年 8月
「自分の過去がとおいとおい山の向こうに」 「もう人間やめとうなった」 母、平行棒を使えば歩けるように
本文を読む
Vol.12 2007年 7月
施設の夏祭りはボランティアの踊りから 父と母は寄り添ってアイスを食べる 「あんた、ちゃんと仕事いっとるの」
本文を読む
Vol.11 2007年 6月16日〜30日
「協力して、おだやかな生活を心掛けたいのです」 父に手紙を書いて、置いておく 母はボケても面白いキャラ
本文を読む
Vol.10 2007年 6月〜15日
蓋に錐で穴をあけ、ペットボトル・シャワー考案 ぐっしょり濡れた母のオムツを替える 台所で、10センチほどのムカデ発見
本文を読む
Vol.9 2007年 5月
「もうあかん、お迎えがくるー」母が脳梗塞で入院 激しい怒鳴り合いを父とする
本文を読む
Vol.8 2007年 4月
「頭んなかが半分にへってしまったみたいや」「それがボケや」 母の介護度3に上がる
本文を読む
Vol.7 2007年 3月
人間一代なんて、あっというまや 介護保険の更新手続き半年ごとに 能登半島で地震、中津川も揺れる
本文を読む
Vol.6 2007年 2月
父の相手をするため囲碁を習う 中津高校の同窓会に出席 自室の窓から「鬼は外」
本文を読む
Vol.5 2007年 元旦から1月末まで
母、深夜の屋内徘徊 普段と変わらぬ正月 大島家伝統の単純雑煮
本文を読む
Vol.4 2006年 大掃除、そして年越し
弟との交替介護に父 不快感示す 「 あんたなんかに、 ツベコベ言われんでもええわ 」 と母怒る 一人さみしい大晦日
本文を読む
Vol.3 2006年
「なんや、わてがおらんほうがええのか」と、母 介護認定で、父は3、母は2 下血で精密検査
本文を読む
Vol.2 2006年 父退院
「あんた、誰やね」退院の父に、母 ヘルパーさんに日曜を除いて毎日来てもらう 転ぶのが一番あぶない
本文を読む
Vol.1 2006年 父93歳、母88歳
携帯の留守電に父の声が3回 故郷に45年ぶりに帰る 父母と暮らす決意
本文を読む
 
 


トップページ会社紹介著作権についてお問い合せ
Copyright (c) Flying Garden Rights Reserved.