そら飛ぶ庭
   

介護日記
2008.6.9
自分、退院 父、退院
頭痛の日々
大島  一洋


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ベッドで新聞を読む父
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木香薔薇

■てんかん発作注意

5月1日(木)晴
 午前11時、赤羽先生に呼ばれる。CTスキャンの写真を見せられ、前頭部の挫傷がまだ完全によくなっていないこと、硬膜下の出血がかなり消えてきたが、しばらくするとその血が流れ出し、体の麻痺などの症状が現れるから要注意とのこと。ただし今のところ手脚の痺れもないし、吐き気もないので、明日退院してもいいと言われる。週一回の通院が条件である。父の退院より先でよかった。

 退院できるので、ほっとする。昼食後、4階の父の病室へ。弟に明日の自分の退院を伝える。
 父の昼食は、おかゆ、かぼちゃ煮、さわら焼。だんだん普通食になってきた。
 父に「明日からは午前中しか来れない」と言うと「もう自分でなんでもできるで、そう来んでもええ」との返事。元気になってきた証拠だ。
 相変わらず頭痛激しく、深夜に頭痛薬をもらって寝る。

5月2日(金)曇
 午前10時半退院。支払いはYさんの保険会社がするのでいくらかかったかわからず。
 退院療養計画書をもらう。そこに「てんかん発作注意」とあったので嫌な感じ。
 タクシーで11時半帰宅。弟が買ってあったいなり寿司で昼食をし、午後12時27分のバスでもう一度市民病院へ。父に弟が帰京する旨を伝え、1時45分のバスに乗る。自分は淀川で降り、弟は駅へ。
 夕食もいなり寿司とみそ汁。
 シャワーを浴びたかったが、怖いので止める。
 缶ビールのレギュラーサイズを一本飲んでみる。うまい。が、すぐ頭痛が来た。やはり酒はまだダメのようだ。
 頭痛薬1錠とセ、デ、を服んで就寝。

5月3日(土)晴 憲法記念日
 午前7時起床。目覚めよし。頭の重さが昨日の半分くらいに減っている。頭痛薬と睡眠薬が効いたのだろう。
 冷蔵庫の中身を整理し、賞味期限切れのものを全部捨てる。
 午前9時32分のバスで市民病院へ。父の様子は変化なし。畑に里芋を植えることや、ねぎ、大根の種を撒く話をするので、自分にやれということかと思い「僕も疲れとる」と言うと、急に心配そうな顔になって「大丈夫か、無理するな」と言った。事故のことを知ったらびっくりするだろう。だから内緒なのだ。
 江口先生の回診があり「どんどん動くように」と言われる。病院内の散歩などでリハビリしろということだ。
 11時20分に加害者のYさんと待ち合わせ。ほおば寿司をもらう。奥さんが作ったらしい。
 真夏のような暑さ。歩いていると倒れそうになるので、日陰を選んで少しずつ歩く。
 夕食はほおば寿司、みそ汁。
 夜、DVD「巴里のアメリカ人」を見たあと原稿書き。
 頭痛薬とセ、デを服んで就寝。

■里芋を植える

5月4日(日)晴
 午前7時15分起床。目覚めよし。頭の重さが消えたので「治ったか」と一瞬思ったが、起き上がって動き始めると頭痛が戻ってきた。
 午前9時32分のバスで市民病院へ。父は腹の具合が悪いのか、パンツに便を漏らしたようだ。「トイレに間に合わなんだ」と言う。食欲があって、出される食事を全部食べているらしい。早く体力をつけたいからだろう。「食いすぎだよ。八分目にしといたほうがええ」と伝える。10時50分のバスで帰宅。
 夜、DVD「ジキル博士とハイド氏」を見る。
 シャワーで頭を洗う。缶ビール一本。頭痛消えず。トンプク、セ、デを服んで就寝。自分が寝たまま死んでしまう可能性もあるので、玄関の鍵は閉めないでおく。

 
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都忘れ
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二人静

5月5日(月)雨 子供の日
 午前9時32分のバスで市民病院へ。父の下痢は治ったよう。「おまえも、そう毎日来んでもええぞ。自分のやることちゃんとして体大事にしなあかん」と言われる。
 10時50分のバスで淀川へ。「アピタ」内の眼鏡屋で老眼鏡のレンズを替える。老眼がかなり進んで、読書しづらくなっていた。
 雨が小止みになったので、長靴をはいて畑に出、鍬で溝を掘り、里芋の種芋を並べ、土をかぶせた。芽出しを待つ態勢。
 夜、DVD「市民ケーン」を見る。
 缶ビール、頭痛薬、セ、デを服んで就寝。

5月6日(火)晴 振替休日
 午前8時起床。かすかな頭痛。
 午前9時32分のバスで市民病院へ。父の食欲がすごい。朝食全部食べたのに「お腹が空いてかなわん」と言う。大丈夫か。
 10時50分のバスで帰宅。
 午後、洗濯。頭痛激しく薬を服む。三洋堂までタクシー。今の自分には歩ける距離ではない。DVDを6本借りる。「夢」まで歩き、コーヒーとスポーツ新聞。
 店を出たら、頭がくらっとして倒れそうになった。あわててしゃがむ。そろそろと歩いて帰宅。
 おにぎり、冷奴、みそ汁の夕食。
 夜、DVD「彩り河」を見たあと原稿書き。シャワーを浴びる。まだ入浴は怖い。
 缶ビール1本。頭痛薬、セ、デを服んで就寝。

■警察の事情聴取

5月7日(水)晴
 午前8時27分のバスで市民病院。自分の検診日。CTスキャンの写真を見ながら赤羽先生の説明を聞く。硬膜下の血の塊が少しずつ溶け出している。これが溶け切ったら、手術をして血を抜くのだそうだ。今月末か来月初めとのこと。まさか手術とは考えていなかったのでショック。
 中津川警察より電話。初診時の診断書をもらって来いというので、赤羽先生に書いてもらう。
 父の部屋をのぞくと、入浴の準備中だった。汚れ物を持ち帰る。
 市民病院からの帰途、中津川警察に寄る。交通課の事情聴取。自分のほうに非はないので事実を話す。告訴か示談かと聞かれたので、示談にすると答えた。Yさんは誠実な対応をしてくれているので告訴する気はない。
 午後3時に「アピタ」2階の喫茶室でYさん夫婦と会う。奥さんが味ごはんや煮物、漬物などをくれた。
 夜、原稿書きと読書。これが頭によくない。必ず頭痛が来る。できるだけ頭を使わず、ぼーっとしているのがいいらしい。だからDVDで映画を見るしかないのだ。

 
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庭の山吹
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庭のカルニア

5月8日(木)晴
 父のふとんを全部干す。
 午前9時32分のバスで市民病院へ。父の退院は12日と決まる。父の荷物を少し持って11時のバスに乗る。頭痛激しくなる。やはり動くとよくないようだ。
 帰宅後、頭痛薬を服んでうたた寝。三洋堂までタクシー。DVD6本借りる。帰宅して父の寝室、茶の間に掃除機をかける。父のふとんを取り入れ敷く。これで父がいつ退院してきても大丈夫だ。
 夜、DVD「ダイハード4」を見る。

5月9日(金)曇
 午前9時32分のバスで市民病院へ。月曜日に退院なので、もう必要ないものから自宅へ運ぶことにする。11時のバスで帰宅。
 午後、頭痛激しく薬を服んでうたた寝。
 夜、DVD「カオス」を見たあと読書。10時過ぎから缶ビール。頭痛来ない。

■加害者と打ち合わせ

5月10日(土)雨
 父は寝巻のまま入院したので、退院用の洋服、ズボン、シャツ、靴下、靴を持って、9時過ぎタクシーで市民病院。父は朝食に丼一杯ごはんを食べたらしい。食い過ぎだ。
 もう使う予定のない下着、タオルなどを持って帰宅。
 午後、タクシーで三洋堂。DVD7本借りる。
 夜、DVD「バッテリー」「ゼロの焦点」を見る。10時ころから缶ビール2本。やはり頭痛が来た。

5月11日(日)曇
 父は明日退院だから、今日は市民病院へ行かないことにしてあった。
 午後2時、Yさんと図書館で待ち合わせ。ほお葉寿司をもらう。会う度に謝罪されるが、もう終わったことで今更どうしようもないから「あまり気を遣わないでくれ」と伝える。とんだ災難でこれからの手術や術後も心配だが、愚痴っても仕方ない。
 夜、DVD「プレデター」「インジビジブル2」を見る。どうもDVDの借り方が悪い。
 娘の汀より電話。頭の怪我は坂道で転んだことにしてあったが、彼女は信用しておらず、もっと大きな事故ではなかったかと疑っている。
 頭痛薬、セ、デを服んで12時半就寝。

5月12日(月)晴
 午前8時に可知医院順番取り。8番。
 9時可知医院。父の病状報告をし、今日退院する旨を伝える。次に自分の事故について話し、頭痛薬の処方箋をもらう。
 11時12分のバスで市民病院。午後1時、父退院。費用は8万円弱。2時帰宅。
 夕方4時、ケアマネ垣内さん、ナーシング・ピアの佐伯さん来。今後の打ち合わせ。といっても以前と変わらない。夕食の準備にヘルパーさんに来てもらうだけ。
 夜、DVD「パラダイン夫人の恋」を見る。
 10時過ぎ、缶ビールと焼酎水割り。焼酎のほうが頭痛にならないことがわかった。
 頭通薬、セ、デを服んで12時半就寝。

5月13日(火)晴
 東京の主治医・山田先生からセルシン、デバス200錠ずつ届く。当分安心。
 東京の成田さんから片仔黄12箱届く。こちらもしばらく安心。
 娘の汀から電話。今夜中津川に着いてホテルに泊まり、明日の自分の検診に市民病院まで一緒に行くと言う。父の見舞いも兼ねているが、どうやら自分を監視するために来るようだ。
 午後、三洋堂までタクシー。DVD6本借りる。帰途、種屋に寄り、里芋の種芋と大根、ねぎの種を買う。夕方、陽が陰ってきたので、畑に出て、里芋の種芋を植え、大根、ねぎの種を撒く。
 同級生の丸山明美から市内にある脳の専門病院「佐生(さそう)医院」を紹介される。元市民病院の脳外科部長だった人が開いたクリニック。すぐ明日午後2時半の予約をする。
 夜、DVD「疑惑の陰」を見る。10時、娘・汀到着。15分ほどいてホテルへ戻って行った。
 入浴。ビ、セ、デを服んで12時半就寝。

■娘が監視に来る

5月14日(水)雨時々曇
 午前7時半起床。父が起きてこない。胃が痛いから朝食はいらない、と言う。本当に胃なのか。心配だ。
 午前9時、娘が来たので一緒に市民病院へ。まずCTスキャンの撮影。赤羽先生の説明に変化なし。いつ手術できるかもわからない。CTスキャンの写真を借りたいと頼むと「誰に見せるのかね」と聞かれたので、正直に佐生先生と答えると苦笑していた。赤羽先生の先輩にあたるし、セカンドオピニオンンだから断るわけにいかない。ただ、佐生医院では手術出来ないと言われた。設備がないからである。
 11時過ぎ娘と帰宅。娘は父に見舞いの挨拶。仏壇の母に線香をあげる。
 午後2時、娘と佐生医院へ。市民病院で借りたCTスキャンの写真を見せると、頭蓋内圧亢進症で「これでは頭痛がひどいはず」と言われた。MRIを撮り、点滴を受けることにするが、ヘルパーさんが来る4時までに終わらないことがわかったので、診断と点滴は明日午前9時半にしてもらう。
 夜、DVD「蜘蛛の巣城」を見る。父が寝た9時半頃、娘が来て、部屋にあるワイン、焼酎などを没収していった。


 
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佐生医院
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退院後初めて外出する父

5月15日(木)晴
 午前9時、娘と佐生医院へ。昨日のMRI検査の結果を聞く。急性硬膜下血腫が慢性化しつつある。この血が溶けるのを待って赤羽先生は手術するのだろう、と言われる。やはり今月末か来月初めらしい。脳梗塞はなし。首の頚椎にヘルニアがあるとのこと。今回の事故のせいではなく古くからのものらしい。自分の首と肩の凝りは昔からひどい。
 そのあと筋肉注射と40分の点滴。11時帰宅。娘は帰京。
 午後、父が原理髪店へ行く。退院後初の外出。不安なのか、自分に付いていってくれと言うので、連れて行く。帰りはタクシーを呼んで帰るように言う。
 自分は点滴が効いたようで、夜までずっと楽だった。
 夜、DVD「劇場版HERO」を見る。

5月16日(金)晴
 朝食後、頭痛薬を服んでうたた寝2時間。
 午後、「夢」でコーヒーとスポーツ新聞。
 夜、DVD「スパイダーマン3」を見る。缶ビール2本とセ、デを服んで12時半就寝。

■久し振りにビール

5月17日(土)晴
 午前8時過ぎ、タクシーで佐生医院。筋肉注射と点滴。
 午後、三洋堂までタクシーで行き、DVD7本借りる。
 3時、「アピタ」2階の喫茶室でYさん夫妻と会う。ほお葉寿司や煮物などたくさんもらう。帰途、坂道でふらつき転ぶ。荷物を放り出して両手で地面を突いた。危なかった。
 明日、廃品回収日なので、溜まったダンボールと、新聞紙を束ね、門前に置く。明朝東小学校の生徒が持って行ってくれるはずだ。この作業で頭痛。
 夜、DVD「風の視線」「HEROアジア映画」「アレキサンダー」を見る。缶ビール2本、セ、デを服んで12時半就寝。

5月18日(日)晴
 母の月命日なので、仏壇の花を活け替え、バナナを供え、線香をあげる。
 午後、三洋堂までタクシー。DVD7本借りる。
 夜、DVD「プラネット・テラー」を見たあと、試しに「にしの」へ行ってみる。酒場へ出かけるのは一か月振りくらいか。ビール中ビン2本飲んだら頭が重くなって来たので10時半帰宅。シャワー。頭痛薬、セ、デを服んで就寝。

 
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花を買って来て生ける
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茶の間でくつろぐ父

5月19日(月)曇、夜雨
 午前8時半、タクシーで佐生医院。筋肉注射と点滴。点滴は効くから癖になる。
 夕食時、久し振りにビ−ルを飲む。頭痛なし。
 夜、DVD[ジャッジメント・デイ]「パーフェクト・ストレンジャー」を見る。
 「いちりき」から電話。様子伺い。雨の中、ビールを飲みに行く。連日の酒場通い。大丈夫だろうか。10時半帰宅。入浴。頭痛薬、セ、デを服んで午前1時就寝。

5月21日(水)晴
 午前8時半にタクシーで市民病院。検診日。すぐCTスキャンを撮る。赤羽先生が「ずいぶん良くなってきたね」と言う。血腫が流れないで脳に吸収し始めているそうだ。このままいけば手術しなくてもすむかもしれないとのこと。これは確実に佐生医院の点滴が効いて来たのだと思う。明るいニュースだ。
 病院からタクシーで三洋堂へ行き、DVD7本借りる。
 午後2時半、佐生医院。筋肉注射と点滴。
 夜、DVD「スパイ・ゲーム」を見たあと「にしの」「すし天」とはしご。11時半帰宅。
 ビ、セ、デ、トンプクでも眠れず、起きだして焼酎。飲みすぎだし、ジャンキーっぽい薬の服み方になってきた。大丈夫か。

■母の日記を捨てる

5月22日(木)晴
 夕方7時から還暦合唱団の宴会だが、自分は欠席。
 DVD「キス・オブ・ザ・ドラゴン」を見たあと「にしの」へ。熊崎から電話。二次会を「かかし」でやっているから来ないかとの誘い。タクシーで行く。熊崎、高木、松原、丸山、牛丸、渡辺がいた。自分の頭の件で雑談。午前0時帰宅。シャワー。

5月23日(金)晴
 午前8時半、佐生医院。筋肉注射と点滴。
 夜、DVD「エントラップメント」を見たあと読書。頭痛薬、ビ、セ、デを服んで午前0時半就寝。

5月24日(土)曇のち雨
 午前中、洗濯をしたあと、1時間うたた寝。
 午後3時、「アピタ」2階の喫茶室でYさん夫妻と会う。ほお葉寿司や煮物などたくさんもらう。たばこもワンカートン入っていた。気を遣ってくれるのは嬉しいが、だんだん重荷になってきた。
 夜、雑誌読み。読んでも読んでも山が減らない。そのうち頭痛。ビ、セ、デを服んで午前1時就寝。

5月25日(日)雨のち曇
 午前中、頭痛薬を服んでうたた寝。
 昼食時、父が「どうも体がえらいで、もう長持ちしそうにないなあ」と弱気なことを言った。「どこか悪いのか」と聞くと「どこもかもや」との返事。「それは老衰か」とからかうと、大声で笑った。「ちゃんと歩けるし、食欲もあるし、本も読めるからだいじょうぶや」とはげます。「最後の歌集が出来上がった頃かもしれんなあ」と呟いている。父の歌集は来月末に出来上がってくる予定だ。
 母の日記などをまとめたものを、明日のごみに出すよう頼まれる。
 夜、DVD「夕陽のガンマン」を見る。

5月26日(月)晴
 午前7時起床。かすかな頭痛。
 10時、ケアマネ垣内さん来。来月の打ち合わせと父の定例面談。
 午後2時、「佐生医院」。筋肉注射と点滴のほか血液検査の採血。
 夜、DVD「続・夕日のガンマン」を見たあと「にしの」。11時帰宅

 
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三色菫
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菖蒲

■ガンマGTP182に下がる

5月28日(水)晴のち雨
 午前9時、タクシーで市民病院。検診日。CTスキャンの写真を見て、赤羽先生が「あれ、もう治っているよ」と言う。血腫が自然に脳内に吸収されてしまったという。「佐生医院」の点滴のおかげだ。当然手術の必要もなく、もう検診に来なくてもいいとのこと。「先生、いくらなんでも、それは冷たいんじゃないですか」と言ったら、6月18日を最終検診日として予約を入れてくれた。
 手術をしなくてすんだのはありがたい。自然治癒力、と自分の運に感謝。
 午後2時、「佐生医院」。市民病院の検診結果を伝えると、「点滴が効いたのでしょう」と佐生先生も言う。
 血液検査の結果。ガンマGTP182。酒を飲まなかったのだから、これくらい下がって当然。中性脂肪508。これが高い。ガンマGTPがさがれば中性脂肪も下がるはずなのにおかしい。ビタミンE不足らしい。
 夜、熊崎と「にしの」「すし天」。とりあえず祝杯。

5月29日(木)曇
 起床時に頭痛はないが、夜になると来る。「にしの」「いちりき」とはしごしている最中に頭痛激しくなり、11時帰宅。

5月30日(金)晴のち曇
 午前8時半「佐生医院」。筋肉注射と点滴。
 帰宅すると、庭師の剪定が始まっていた。
 午後、三洋堂までタクシー。DVD7本借りる。
 夜、DVD「デイ・アフター・トモロウ」を見たあと「にしの」「かっぱ」とはしご。午前0時過ぎ帰宅。なんだか自棄になって飲んでいるような気がする。


(次回へつづく)




大島 一洋  (おおしま・いちよう)
1943年岐阜県中津川市生まれ。早稲田大学第一文学部美術専修科卒。
大和書房を経て、平凡出版(現マガジンハウス)に中途入社。「週刊平凡」「平凡パンチ」「ダカーポ」「鳩よ!」などの雑誌および書籍編集にたずさわり、2005年定年退職。現在はフリー編集者&ライター。著書に『芸術とスキャンダルの間』(講談社現代新書)。
 
 
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