そら飛ぶ庭
   

2008.04.21
 

大島 一洋

仏壇に母の新しい位牌


3月4日(火)晴
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市役所の問診を受ける父
 
 午前10時、ケアマネ垣内さん来。昨日市役所から届いた父の介護保険更新申請書に記入し、介護保険証を渡す。市役所への手続きは垣内さんがやってくれる。もう1年たったのだ。父は現在、介護1だがこれは4月まで。5月からは新しい認定になる。介護1のままなら問題ないが、要支援に落ちるとケアマネージャーが市役所職員に代わるし、ヘルパーさんも週4日しか来てもらえなくなる。介護認定が厳しくなっているので、要支援になるかもしれない、と垣内さんは言う。有利な点は94歳の独居老人ということ。自分は介護に来ているが、住民票は東京にあるからだ。
 夜、熊崎に誘われて「にしの」「すし天」とはしご。深夜12時半帰宅。


3月5日(水)晴
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雑草菊
 
 母の四十九日がすんだので、応接間の祭壇を和室の仏壇の前に移す。仏壇の中には新しく作ってもらった黒塗りの母の位牌と当歳で亡くなった妹の位牌が並んでいる。
 たくさんの花を、弱ったものから整理すると、菊だけが残った。二つの花瓶に活け直して玄関に置く。
 夜、DVD「ゴーストライダー」を見たあと原稿書き。

 3月7日(金)晴
 最近、やたらに喉が渇くので、可知医院へ行き、血液検査をしてもらう。血糖値114で異常なし。あとは数日後にわかるガンマGTPの数値がどれだけ下がっているかだ。
 父は以前のように元気になった。時々、炬燵に足を入れてうたた寝をしている。「なんだか眠うてかなわん」と言う。それは自分も同じで、雑誌を読んでいるうちにうたた寝している。
 夜、DVD「失われた週末」を見たあと、「にしの」「いちりき」とはしご。12時帰宅。
 


■ガンマGTP449に

3月8日(土)晴
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仏壇の中の位牌
 
 父の血圧が114と低い。低過ぎるのではないか。
 午後、買い物から帰ると、父が母の残した布の端切れなどを整理していた。「あんまり無理すると倒れるよ」と耳もとで怒鳴る。「大丈夫や」の返事。
 夜、原稿書き。

3月10日(月)雨のち曇
 午前10時、市役所厚生課の伊藤さん来。昨年と同じ人。彼は母が死んだことを知らなかった。介護保険更新のための面談。父の耳に向かって大声で質問していた。体力は落ちているが、歩けるし、頭もしっかりしているので、やはり要支援に下がるか。
 夜、DVD「東京物語」を見たあと「にしの」11時帰宅。

3月11日(火)晴 暖かい
 午前8時5分前に可知医院へ順番取り。5番だった。9時半に父と可知医院へ。介護保険更新のための問診票を持って行き、診察と面談。これで介護保険更新のための作業はすべて終了。4月初めに出る認定を待つだけ。
 夜、DVD「グランドホテル」を見たあと「いちりき」11時帰宅。

3月12日(水)晴
 午前8時半、「ごとう理髪店」
 11時、可知医院。血液検査の結果出る。ガンマGTP449、中性脂肪566。前回より下がったがまだまだ高い。焼酎を減らすべきだろう。
 夜、原稿書き。

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庭に今年も咲いた沈丁花
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庭に咲いた水仙

3月13日(木)曇のち晴
 午前中、郵便局から母の貯金を現金で受け取り、十六銀行の父の口座に入れる。大した額ではないが、手続きが面倒だった。
 夜、還暦合唱団。終了後「案山子」で6月の同窓会の打ち合わせ。熊崎、高木、丸山、牛丸、水上。
 母校の中津高校から、何十年振りかで東大合格者が出たらしく、話題になる。11時半帰宅。
 
  

■100歳まで生きるかも

3月16日(日)晴
 昼食前に茶の間をのぞくと、父が炬燵の上に開いた新聞に突っ伏していた。あれっと思って肩を揺すると起きた。うたた寝だった。新聞紙によだれが染みていた。
 夜、DVD「幸せのちから」を見たあと原稿書き。

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墓掃除のあと拝む父
 
3月17日(月)晴
 彼岸の入り。
 午後、タクシーで父と打越(うちこし)の墓へ行く。四十九日の際の線香が散らばっていた。掃除して新しい花を活ける。2時半帰宅。和室の仏壇を開け、線香をあげる。
 夜、読書。

3月21日(金)晴
 午後、名古屋の宣夫叔父さんから電話。父に温泉にでも行かないかという誘い。父は体調いいけれど、もう少し様子を見ないと心配だから4月いっぱいは無理だと答えていた。
 夜、原稿書き。

3月22日(土)晴
 午後、父の寝室、茶の間、廊下、応接室などに掃除機をかける。父は掃除好きだが、自力ではできないので「掃除機かけるから」と言うと嬉しそうな顔をする。
 夜、原稿書き。
  
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かたくりの花
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しょうじょばかま
 

3月23日(日)曇
 午後、久し振りに「エムズ」で足裏マッサージ。
「アピタ」でひつまぶしを売っていたので買う。日曜日はヘルパーさんが来ないから、自分が何か作らねばならない。フライパンに酒みりんとタレを入れ、ひつまぶしを温め、炊飯器のごはんに混ぜた。けっこういける。あとは冷凍してあったかぼちゃ煮を電子レンジでチン。吸物(豆腐、ねぎ、ふ)漬物、はっさく。
 夜、DVD「かもめ食堂」を見たあと「にしの」11時半帰宅。

3月25日(火)晴
 午前8時に、父の可知医院順番取り。8番だった。
 可知医院へ一人で出かけた父が帰って来たので、結果を聞くと「血圧も正常。足の浮腫みも取れてきたし、悪いとこなしや」と言う。これはひょっとすると100歳まで生きるのではないかと思ってしまった。
 夜、DVD「ドクトル・ジバゴ」を見る。

■ペラペラの新健康保険証

  
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今年も木蓮が咲いた
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山茶花

 
3月26日(水)曇のち晴
 午前10時、ケアマネ垣内さん来。月末の面談日。
 市役所から「後期高齢者医療制度」による新しい健康保険証が届いたが、大きさは病院の診察券と同じものの、ペラペラの紙切れ。これではすぐ破れてしまうので、吉村文具店でケースを買ってきた。健康保険証がカード化されている時代なのに、中津川市役所は何考えてるんだろう。経費節減のつもりだろうか。
 「後期高齢者医療制度」は4月から始まるが、これはどう考えても「75歳以上の人間は早く死ね」と言っているとしか思えない。現在でもそうなのに、15年後、施設は老人で満杯になる。給料が安いから介護士になる人がいない。施設を作ってもスタッフが集まらないというのが現実だ。母の死もそれと無関係ではなかった。自宅介護しろと言っても、してもらえない団塊老人は多くなるはず。金持ちだけが老人ホームに入り、あとは独居老人ばかりになる。自殺者が急増すること間違いなしだ。自分も父を看取ったら、死ぬ時期を決めなくちゃとぼんやり考える。子供には迷惑かけたくない。
 夜、原稿書き。
 
  
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どうだんつつじ
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庭に咲いた椿。
田舎に帰って2度目


 
3月27日(木)晴
 新聞によれば、昨日の朝9時頃、わが家のすぐ上にある中津高校への歩道橋から35歳の男性が飛び降り自殺したという。フェンスを入れて高さ8メートルあるとか。頭を打って死亡。父に話すと「若いのになんで死ななあかんのかなあ。俺は94でまだ生きとるのに」との返事。
 夜、還暦合唱団。帰宅してDVD「ブラックブック」を見る。

3月28日(金)晴
 午後、父が歌会へ出かけた。夕方4時過ぎに帰ってきたが、「アピタ」で買い物をしてきたらしく、両手にビニール袋を下げていた。完全に体調復活である。
 夜、DVD「ボビー」を見たあと読書。

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蕗のとう
 
3月29日(土)曇
 父が昼食中に「畑の雑草取りできんか」と言う。とても自分一人でできる広さではないので、「誰かに頼んだほうがいいよ」と答える。
 午後2時過ぎ「中央施術院」へ行く。「にしの」の客から教えてもらった治療院。40分2000円とずいぶん安い。ごく普通の全身マッサージだった。
 3時半に帰宅すると、畑の一部の雑草が抜いてあった。我慢できずに父がやったのだ。「無理すると倒れるよ」と言うと「大丈夫や。少しずつやれば」との返事。こう言われては自分も手伝わざるを得ない。
 夜、DVD「どろろ」を見たあと読書。

3月31日(月)曇のち晴
 夕方、3月分の精算を父に渡す。生活費は月に6万あれば充分。一日平均2000円弱である。
 夜、DVD「あるいは裏切りという名の犬」を見たあと「にしの」へ。11時帰宅。
 今月は何も異変がなく、穏やかな月だった。
(次回へつづく)




大島 一洋  (おおしま・いちよう)
1943年岐阜県中津川市生まれ。早稲田大学第一文学部美術専修科卒。
大和書房を経て、平凡出版(現マガジンハウス)に中途入社。「週刊平凡」「平凡パンチ」「ダカーポ」「鳩よ!」などの雑誌および書籍編集にたずさわり、2005年定年退職。現在はフリー編集者&ライター。著書に『芸術とスキャンダルの間』(講談社現代新書)。
 
 
【 私の介護奮闘記 「田舎日記」 掲載記事一覧 】
Vol.31 2009年2月1日〜2月28日
介護か共同生活か。父の「指差し確認」。自分の減酒努力
本文を読む
Vol.30 2009年1月1日〜1月31日
母の一周忌法要。父「俺は100歳まで生きるぞ」。自分、ガンマGTP566に上がる
本文を読む
Vol.29 2008年12月1日〜12月31日
父、認知症の気配。自分、ヘルペス発症。一人で年末大掃除
本文を読む
Vol.28 2008年11月1日〜11月30日
父、身辺整理始める。自分、体調不安。初雪降る
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Vol.27 2008年10月1日〜10月31日
父、元気だが、嫌な予感。母の一周忌日程決まる。一年振りの上京
本文を読む
Vol.26 2008年9月1日〜9月30日
父、95歳の誕生日。足の浮腫みひどくなる。48年振り、恩師に会う
本文を読む
Vol.25 2008年8月1日〜8月31日
平穏な日々続く。父、オリンピックに興味なし。事故示談金、保険屋の払いしぶり
本文を読む
Vol.24 2008年7月1日〜7月31日
父、腸閉塞再発で入院。母の初盆行事終わる。孫と初めて会う
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Vol.23 2008年6月1日〜6月30日
父、驚異の回復力。頭痛は降雨の前兆。父の歌集、出来上がる
本文を読む
Vol.22 2008年5月1日〜5月31日
自分、退院。父、退院。頭痛の日々
本文を読む
Vol.21 2008年4月1日〜4月30日
父、腸閉塞の手術。自分、交通事故で入院。看護の連携、成功する
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Vol.20 2008年3月1日〜3月31日
介護保険更新手続き。父の体調、完全復活。後期高齢者医療制度の問題
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Vol.19 2008年2月1日〜2月29日
父救急車で運ばれる。母預貯金の整理。四十九日法要
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Vol.18 2008年1月1日〜1月31日
母、急死す。有料老人ホームへの疑惑。父、体調崩す

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Vol.17 2007年12月1日〜12月31日
おむつ代、月に2万円。母のリハビリ始まる。父、椅子から転落
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Vol.16 2007年10月27日〜11月28日
肛門から便をほじくり出す、父退院、胃腸に異常なし。母、養老院で肺炎になる
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Vol.15 2007年10月10日〜10月26日
帰郷一年、同じ日に父再入院 「お元気ですか」「もう死んどる」 母、老人ホーム入居決定
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Vol.14 2007年9月1日〜10月9日
母が退所、自宅介護に 父は賞味期限切れの紅茶を平気で飲む ガンマGTP3倍に跳ね上がる
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Vol.13 2007年 8月
「自分の過去がとおいとおい山の向こうに」 「もう人間やめとうなった」 母、平行棒を使えば歩けるように
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Vol.12 2007年 7月
施設の夏祭りはボランティアの踊りから 父と母は寄り添ってアイスを食べる 「あんた、ちゃんと仕事いっとるの」
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Vol.11 2007年 6月16日〜30日
「協力して、おだやかな生活を心掛けたいのです」 父に手紙を書いて、置いておく 母はボケても面白いキャラ
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Vol.10 2007年 6月〜15日
蓋に錐で穴をあけ、ペットボトル・シャワー考案 ぐっしょり濡れた母のオムツを替える 台所で、10センチほどのムカデ発見
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Vol.9 2007年 5月
「もうあかん、お迎えがくるー」母が脳梗塞で入院 激しい怒鳴り合いを父とする
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Vol.8 2007年 4月
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Vol.7 2007年 3月
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父の相手をするため囲碁を習う 中津高校の同窓会に出席 自室の窓から「鬼は外」
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Vol.5 2007年 元旦から1月末まで
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Vol.4 2006年 大掃除、そして年越し
弟との交替介護に父 不快感示す 「 あんたなんかに、 ツベコベ言われんでもええわ 」 と母怒る 一人さみしい大晦日
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「なんや、わてがおらんほうがええのか」と、母 介護認定で、父は3、母は2 下血で精密検査
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Vol.2 2006年 父退院
「あんた、誰やね」退院の父に、母 ヘルパーさんに日曜を除いて毎日来てもらう 転ぶのが一番あぶない
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