2007.12.10
 
 
大島 一洋

 

10月27日(土)雨
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近くの紅葉
 

 10時42分のバスで市民病院。父は、胃カメラ検査も異常なしだった。今月末には退院できそう。寒くなってきたので、灯油ストーブを台所に出したいが、どこに仕舞ってあるかを聞くと「あれはもう古いから、新しいのを買え」との返事。
 帰宅し、母に昼食を出して、大型電気店「デオデオ」へストーブを買いに行く。台湾料理店でラーメンの昼食。
 戻ると母の昼食が終わったところだった。ポータブルトイレに座らせる。4日間も排便がない。母は便秘気味だ。しばらく座らせたままにして、自室で雑誌読み。15分くらいして様子を見に行くと、うさぎの糞みたいなのが数個落ちていた。肛門のあたりを調べると硬い便がこびり付いている。背後からペットボトル・シャワーをかけ、肛門に指を入れて便をほじくり出した。どんどん出てくる。まだ奥に溜まっていることがわかったが、母が痛がるので中止。まさか母親の肛門に指を入れる事態が来ようとは思はなかった。
 夕食後「うんこしたい」と言うので慌ててP.T.に座らせると、さつま芋みたいに大きな便を三つもした。さっき指でほじくったのが効いたのだ。トイレに運んで流そうとしたが、大きく重すぎて流れない。トイレたわしで便を潰し、三回流してやっと消えた。
 「母ちゃん、大きいのが出たぞ。すっきりしたやろ」と言うと「ああ、おなかがかるうなった」と満足したよう。
 下剤でおむつに排便されるのも困るが、便秘でほじくり出さねばならないのも困る。それにしても慣れるものだ。便や尿の臭いが気にならなくなった。これは自分の母親だからできることで、他人だったら絶対に無理だと思う。
 夜、原稿書き。

 

10月28日(日)晴
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中山道祭り
 

 母が朝食をしている間に洗濯。母のパジャマや下着と自分のと合わせて大量。「健康館」へゴム手袋を買いに行く。
 昼食後、図書館へ歩いていると、なんだか町の中が騒がしい。賑やかなほうへ行ってみると中山道祭だった。四つ目川の向こうの中山道にずらっと露店やバザーが出ていた。200円の傘を2本買う。
 夕食後、原稿を少し書いて「にしの」へ。11時帰宅。母の寝室へ行き、おむつを調べると濡れていない。P.T.に座らせると「こんな時間になにするのや」と母は怒ったが、直後に大量の排尿。これで明日の朝はそんなに濡れていないだろう。夜一回P.T.に座らせるのが理想だが、めんどくさくて毎晩はできない。

 

10月29日(月)晴

 11時12分のバスで市民病院。父が風邪をひいて熱を出した。額に手を当てると熱い。
これではしばらく退院できない。
 帰途、市役所に寄り、健康保険証を父と母に分割する。多治見の養老院に入るためには、母専用の健康保険証が必要なのだ。
 夕食後、DVD「デスノート後編」「嫌われ松子の生涯」を見る。

 

10月30日(火)晴

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真っ赤な紅葉
 

 母のデイサービスの日。9時に迎えが来たので、着替えの下着とパジャマなどの入った袋を渡し、送りだす。
 昨日、父から受け取った使用済みの下着や自分のパジャマなどを洗濯。
 「健康館」で夜間用のパットを買う。10時間対応で、これなら朝まで持つ。
 寝室と茶の間に掃除機をかけたあと、家中の鍵をかけて外出。東京へ来月分の生活費を振り込み、台湾料理店でラーメンの昼食。
 1時に市民病院。父の熱は下がっていた。11月1日に退院予定とのことだが、担当医の亀山氏と会っていないので、面談を申し込む。夕方しか時間がないとナースセンターで言われる。
 2時半に帰宅し、畑の雑草を刈っていると、市民病院から電話。5時半に来てくれれば亀山医師に会えるとのこと。ただちにケアマネ垣内さんに電話し、ヘルパーさんの時間を2時間に延長してもらう。自分が市民病院へ行っている間の母の食事見守りが必要になったからだ。
 母がデイサービスから帰宅したのは4時半だった。あとはヘルパーの竹口さんにまかせて5時2分のバスで市民病院へ。5時40分に亀山医師に会えた。父の様態は以下。
1. 胃も腸も粘膜が弱っているので、血液をさらさらにする薬を服むと腸の粘膜から血がにじみ出て下血する。
2. その薬を止めると心筋梗塞、脳梗塞の心配がある。どちらを取るか非常に難しい。
3. 11月1日に退院していいが、増血剤を出すので、貧血気味が治まるまでは激しい運動はダメ。キムチなど刺激の強い食べ物は禁止。
 結局、入院時に聞かされたことと同じだった。父の病室へ顔を出し、要点を伝える。必要のない荷物を持ってタクシーで6時過ぎ帰宅。ヘルパーの竹口さんはまだいた。母がデイサービスの疲れで眠ってしまい、食事させるのが大変だったらしい。ちょうど母を眠らせたところで、自分と入れ違いで竹口さん帰る。一人で夕食。
 夜、原稿を少し書いて「にしの」へ。満員。10時半帰宅。原稿書き継ぐ。

 

10月31日(水)晴
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薄く雪のかぶった恵那山 ここに
軽飛行機が落ちた
 

 午前7時15分起床。母の濡れたおむつを替えていると「あんたは、どちらさんですか」とまた言われた。どうもからかわれている気がする。
 10時過ぎ、可知医院で母の健康診断書を受け取る。2万2800円。養老院に提出する健康診断は保険がきかないそうだ。
 夕食中、母が元気がないので「母ちゃん、なんで元気ないのや」と聞くと「なんにも元気出さんならん用事がないからや」との返事。認知症のくせに面白いこと言う。
 夜、DVD「キャプテン・ウルフ」を見たあと「いちりき」へ。11時帰宅。

 

11月1日(木)雨

 12時37分のバスで市民病院。父が退院する日なのに雨が降っている。
 入院費4万6481円。ナースセンターに挨拶し、タクシーで自宅上の旧国道まで行く。自分が荷物の紙袋を持って自宅への坂道を下り、父の傘を持って上がって渡した。
 銀行へ行き、「ハイリタイヤー多治見」へ入居金の残り40万円を振り込む。
 久し振りに三人で夕食。父の退院祝いに赤飯を買っておいた。「お父ちゃん、どこいっとったの」「病院や」「なんやしらん、お父ちゃんの顔みたりみなかったりやね」「俺は入院、おまえは施設に入ったり出たりやからな」「ほうかね」珍しく会話が成立している。二人とも耳が遠いので自分が通訳。父がいるせいか母の食事のスピードがいつもより速い。
 夜、溜まっていた雑誌読み。中日ドラゴンズ日本一。

 

11月2日(金)曇

 母が坂下老健へ短期入所する日。10時45分に迎えの車椅子搬送車来る。荷物を持って同乗した。着いて間もなく昼食が始まったので、タクシーを呼んで帰る。
 午後、三洋堂へDVDを返却し、新たに5本借りる。
 畑から大根を一本抜く。
 寒くなってきたので、こたつにふとんを掛ける。
 夜、DVD「シカゴ」を見る。母のおむつ替えがないので助かる。9時過ぎ「にしの」へ。4曲歌って11時帰宅。「ラジオ深夜便」

 

11月5日(月)曇
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「ハイリタイヤー多治見」の
一階ロビー
 

 「ハイリタイヤー多治見」との契約日。必要書類と実印を持って、11時40分の電車で多治見へ。午後1時から契約書に署名・捺印。契約書は全部で厚さ2センチくらいあった。
 こんなにたくさんの書類に署名・捺印したのは初めて。指が痛くなった。
 1時57分の電車で中津川へ戻る。駅前の近鉄タクシーの事務所へ行き、8日午後1時半に介護タクシーを予約する。
 帰宅後、母の入居のための準備。
 夜、少し原稿を書いたあと読書。「ラジオ深夜便」

 

11月6日(火)曇
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「ハイリタイヤー多治見」の
ホールの母

 

 午前10時、母の介護変更申請のため、問診票を持って可知医院へ。30分で終了。
11時45分、坂下老健から母が退所して来た。
 午後、ケアマネ垣内さん来。いろんな書類に署名・捺印。寝室で母の様子を見てもらう。
 「道栄さん、気分はどうですか」「どうもこうも、はよ死にたいわ」「そんなこと言ったらあかんよ」「なんでこんなに生きとるのか、わからへん」「もうすぐ多治見へ行くことになるよ」「もう、どうでもええわ」
 夜、DVD「ドッジボール」「楢山節考」を見る。2本見ると疲れる。
 「ラジオ深夜便」

 

11月7日(水)晴

 午前10時半、市役所の女性職員来。母の介護変更申請のための面談。寝室へ案内する。「ベッドに座ることはできますか」と言われたので、母のベッドの背を起こし、両脚を下ろして座らせる。上体がぐらぐらしている。「母ちゃん、背筋のばして、ベッドの端つかんで」と言うと、どうにか座ったが、すぐ後ろへ倒れそうになる。「もう眠たいだけや」と言うので元へ戻して寝かせる。職員の質問には「なんや、ようわからん」と答えるのみ。約1時間で終了。これで申請手続きは終わり、新しい介護度は12月はじめに出る予定。介護4になるはずだ。
 午後、熊崎の紹介で苗木の中島さんという人にマッサージをしてもらう。自分の体はがたがたになっている感じ。かなり効いた。
 夕食中、母がまた排便。食事をすると腸に刺激を受けるからだろうか。
 夜、読書。

 

11月8日(木)晴
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「ハイリタイヤー多治見」のホール

 

 母が多治見の老人ホームへ入居する日。介護タクシーにどれだけ荷物を積めるかわからないが、とりあえず必要なものを玄関に揃える。
 昼食後、母の最後のおむつ替え。すべて新しいものにする。
 午後1時過ぎ、介護タクシー到着。自分が助手席に乗れば一列分席が空くことがわかり、そこへ荷物をどんどん積む。全部乗った。最後に垣内ケアマネと二人で、車椅子に乗った母を玄関から外へ出し、坂道を押して上げ、介護タクシーの後部に固定した。父と垣内さんに見送られて出発。
 高速道路を走り、1時間で多治見に着いた。母の部屋は2階の206号室。
 持って来たシーツ、毛布、ふとんでベッドメイキングをし、母を寝かせる。タンスにカーデガンや上着を吊るし、引き出しに下着、パジャマ、タオルなどを入れる。歯ブラシ、入れ歯ケース、櫛、入浴セットなどを洗面台の棚に並べ、くずかご2個と洗面器を指定の場所に置く。
 全部終わってから、一階ロビーで都築施設長と臼井施設内ケアマネと打ち合わせ。分厚い契約書類のこちら分を受け取る。銀行引き落とし書類を渡す。
 3時22分の電車に乗り、4時に中津川の自宅着。今日はヘルパーさんをキャンセルしてあったので、父と「アピタ」内の台湾料理店で夕食。母を追い払ったような嫌な気分と、これでおむつ替えから解放されるという、ほっとした感じが入り混じる。結局、こうするしかなかったのだ、と思うことにする。
 夜、熊崎、松原と三人で「にしの」「いちりき」をはしご。疲れた。

 

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