【知の庭】
2008.12.08      
  物に抗せず
   水の流れのような心を

  真剣で、詩吟に合わせて舞う

 長宗我部の兵法、精参流が基に

長宗我部 友親

■長宗我部家の兵法と剣詩舞

 土佐に路面電車がガタゴトと走り始めたころ。祖父の長宗我部家第15代長宗我部親(ちかし、秦霊華)は、現在の高知新聞社の前身である土曜新聞社に勤めていた。土曜新聞編集部の祖父宛ての高知県立安芸中学校の鶴燕三郎学芸部長からの手紙が残っている。芸能関係の記者をやっていたようだ。
 しかし、この手紙は取材ではなく、安芸中学校の学芸会で、祖父の弟子である山崎紫水氏に剣詩舞を演じて欲しいので斡旋していただけないか、との親への依頼文である。

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水心流の剣詩舞

■新聞の葬式

 そのころの高知新聞の紙面に、路面電車で「野良犬がはねられて困る」という記事が載っている。また、高知は板垣退助が生まれた土地柄であり「自由は土佐の山間より出ずる」という言葉もある。土佐人は自由を求める気質が強い、だから自由に対する圧力が強まりだしたころ、それに抵抗する、「新聞の葬式」という奇妙な出来事が起こった。
 高知で発行していた土曜新聞が発行停止、解禁、停止を繰り返し、とうとう高知新聞も発行停止となった明治15年(1882年)7月16日のこと。それでは「新聞の葬式」を出そう、ということになった。
 新聞社内に、社の新聞を棺桶に入れて飾り、それにご焼香をして、お経を読むという儀式をやった。その後、鉦(かね)を鳴らして、市内を葬列が巡った。この列には市民数万人が参加したというから、土佐人のそのときの昂揚ぶりが分かる。発行停止になった高知新聞の身代わりに刷られた「高知自由新聞」には、高知新聞の葬儀の案内が黒枠で出た。

■水心流、剣詩舞

 祖父の仕事で、重要なことは詩吟を読んで、剣を持って舞う剣詩舞であろう。これは長宗我部家に伝わる兵法の居合術を基礎にした、剣の舞である。これを完成させ、流派を創った。  もともと長宗我部家には、水心流という兵法があった。「四国戦記」によると、「水の流れて物に抗せざるように水心流と名付け可し」として、元親は天正13年(1585年)に長宗我部家に伝わっていたそれまでの精参流を時の、水心流と名称を改めて残したものという。もともと居合いを基礎としたものである。これを工夫して、第12代與助重親と親の二人で、剣詩舞という舞に創り上げたのである。
 
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長宗我部の兵法を型5本と抜本術11本に整理、12代與助重親


■上京し、剣詩舞を創る

 長宗我部親は、慶応3年(1868年)、高知県の長浜町北地塩谷に生まれた。父親は長宗我部家12代與助重親の孫の加藤庄造で、母親は玉木伊左衛門の3女である。加藤林馬と称していたが、長宗我部家13代の親衛の養子に入り、長宗我部親と改める。
 重親はこの長宗我部家の水心流を、習得して、型5本と抜本術11本に整理する。親は重親が残した資料を刀流の基として学び、剣詩舞という新しい流れを創作する。
 親は、明治12年(1880年)に、伯父にあたる伯爵の土方楠右衛門を頼って上京、土方邸に住み込んでいた。土方は後に宮内大臣になっている。上京当初は医術を志したものの、興行的に武芸を観せる撃剣をやっていた榊原鍵吉との交流を深めるとともに、次第に剣詩舞の道には入りこむ。

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長宗我部の兵法を基に剣詩舞を創流した15代親(秦霊華)

■毎年東京で全国大会を開く

 剣詩舞を創流して、高知に帰った親は、高知で、門下生を募って流派を束ね、大阪に行き千日前で、入場料を取って剣詩舞の興業をやったりしている。また、明治25年(1892年)のころ、東京の神田・錦旗館でも、鹿鳴館の西洋風に対抗するように剣詩舞を演じている。
 その後、昭和8年(1933年)には高知市の高知座で、「土佐弥生流全国大会」を開いた。このころ親は弥生流もおこしていたが、この流派については、東京神道館長だった河合鶯哦にこの年に譲っている。そして、親の剣詩舞はいま」高知から全国に広がって毎年東京で大会が開かれている。
 このように長宗我部家元親が、水の流れのようにと「水心流」と名付けて残した兵法は現代にも、剣詩舞と姿を変えて息づいているのである。

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鹿鳴館



【写真出典】
水心弘道流剣詩舞道
『ウィキペディア』フリー百科事典:鹿鳴館


 
イラスト 長宗我部 友親  (ちょうそがべ・ともちか)
親房系長宗我部家の十七代。通信社の記者を経て、現在株式会社企画の庭の代表取締役。著書に『なごやの忘れもん』、『街かど経済入門』などがある。
 
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