【知の庭】
2008.11.10      
  コンスタンチノーブルから
  やってきた?

 石を持って追われたネストリウス

 シルクロードを通って京の都に

長宗我部 友親

 日本で最も美しいといわれる彫刻の一つが、京都市太秦の広隆寺に安置されている弥勒菩薩半跏思惟像である。この広隆寺は日本書紀によると、推古天皇の時代の推古11年(603年)に聖徳太子が「尊い仏像があるので、これを誰か拝む者はいないか」と問うたところ、聖徳太子の側近でもあった秦河勝が進み出て、「わたくしがお守りいたします」といって、峰岡寺を建て、その仏像をお守りした、という記述がある。それが半跏思惟像であり、そして、峰岡寺が現在の広隆寺であるといわれる。秦河勝の像もこの広隆寺にはおかれていて、この寺は秦河勝をも、ともに祭っている。

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広隆寺/弥勒菩薩半跏思惟像

■弥勒菩薩半跏思惟像

 この弥勒菩薩半跏思惟像は国宝第一号に指定されたといわれるほど美しい表情をしている。20歳の京都大学の学生が、その美しさに思わず右手の薬指に触れてしまい、指が折れて落ちてしまったという事件がかって起こった。
 しなやかな指が、弥勒菩薩のほほのあたりに伸びている姿は、優雅で、素晴らしい。学生は起訴猶予処分に終わり、折れた指は修復されて、全く肉眼では分からなくなっているが、この仏像が心を動かされる姿をしていることは間違いない。
 峰岡寺は創建当初は京都市北区北野のあたりに建てられていたが、平安京遷都の際に、現在の太秦に移転した、とされる。
また、広隆寺の創建にかかわった秦河勝一族もこの太秦周辺を本拠地としていた。そして、養蚕、機織、治水などの技術にたけていたといわれる。
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広隆寺


■三柱鳥居

 この広隆寺のすぐ近くに「蚕の社(かいこのやしろ)」といわれるところがある。これは木島神社のことで、織物職人らが崇拝しているが、ここに珍しい、三本柱の鳥居が建っている。この三柱鳥居について、作家の司馬遼太郎氏の初期の作品に面白い記述が出てくる。
 もともと司馬遼太郎は産経新聞に入社している。そして、京都支局勤務になった。そのころ、太秦のあたりを調べていて、キリスト教の日本への渡来について面白い話を取材している。それが、彼の初期の「兜率天の巡礼」という作品に書き込まれている。

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秦河勝

 秦河勝は長宗我部家の祖先筋にあたる。つまり秦河勝の末裔が土佐長宗我部家の初代の能俊であり、長宗我部元親はその21代当主にあたる。
 司馬遼太郎は、その作品の中で、秦河勝の故郷はコンスタンチノープルであり、そして、その遠祖にあたるのはコンスタンチノープルの教父のネストリウスであるという考えを抱いていた節がある。司馬さんはそのあたりのことを、その作品の中で次のように書いている。

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大秦景教

■キリスト教を信奉

 「まず、秦という異民族がはるばる日本に来た遠い経緯から手をつけねばならぬ。 知らねばならぬのは、景教という、すでに地上から滅びた古代キリスト教の一派の東遷についてであった。  とくにその始祖、コンスタンチノープルの悲劇の教父ネストリウスについてであった。
 彼は文献を渉猟してゆくうち、その想念は遥か千数百年の昔に遡り、魂は古代を遊歴しつつ、遂に地を離れてコンスタンチノープルに飛び、さらに天山北路を東へ越えてシナに至り潮路を東へ流れて播磨比奈ノ浦、また山城太秦ノ里に游ぶといった、奇妙な遊魂の巡歴を始める。」

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フランシスコ・ザビエル

 つまり、秦一族は遠い、コンスタンチノープルを出て、中国を経由してはるばる京都にやってきた、というわけだ。
 木島神社の三柱鳥居は、その一本は天照大神であり、もう一本は春日大社で、これは秦氏がその勢力を争っていた藤原氏の神である。そして三番目の神こそ、これが秦氏の信奉する神である、という。
 つまり、信奉する神とはそれは「大避神社」であり、この「おおさけ」は「大闢」とも書く。大闢とは「ダビデの漢訳」でもあり、つまりキリスト教をもって秦一族は日本にやってきて信奉していたのだ、というわけだ。つまり、フランシスコ・ザビエルよりもずっと以前にキリスト教は日本に渡来していたというわけである。ただ、司馬氏もこの話は小説という、虚構の中で書いているので、いまだ実証しきれない謎ではある。


【写真出典】
仏像・見仏情報館
『ウィキペディア』フランシスコ・ザビエル
『ウィキペディア』秦河勝
京都観光情報システム
古代文字資料館


 
イラスト 長宗我部 友親  (ちょうそがべ・ともちか)
親房系長宗我部家の十七代。通信社の記者を経て、現在株式会社企画の庭の代表取締役。著書に『なごやの忘れもん』、『街かど経済入門』などがある。
 
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