【長宗我部の庭】日本の城めぐり
2010.3.28

井伊直継が築く
国宝4城の一つ

長宗我部友親

写真

 東海道本線と北陸本線が分離する米原駅を大津の方に向かうと、隣が彦根駅である。  彦根駅を降りると、その正面に美しい国宝でもある彦根城が目に入る。
 彦根藩の基礎を築いたのは徳川家康に長く仕え、徳川四天王の一人ともいわれた井伊直政である。直政は慶長5年(1600年)の関ヶ原の戦で、敵将島津義弘を追撃するなどの功をあげて、石田三成の居城であった佐和山城を引き継いだ。
 しかし、直政はこの城を嫌い、琵琶湖畔の磯山に築城を考えるが、関ヶ原の戦で受けた傷がもとで、慶長7年(1602年)に亡くなる。
 後を継いだ井伊直継(後の井伊直勝)が、その直政の意思を継いで、彦根山に築城する。天守閣は大津城から、西の櫓の一部などは小谷城から移築したといわれる。天守閣は三重地下1階の複合式望楼型で、最上階には廻り縁と高欄がついている。
 彦根藩といえば、桜田門外で、水戸浪士らに、雪降る中、暗殺された大老の井伊直弼を思い起こす。
 直弼は井伊直中の14男ではあったが、庶子の扱いをされていた。このため直中が亡くなった後は、城外の北の屋敷に移されて、家臣並みの生活をさせられている。直弼はこの屋敷を埋木舎と呼んでいた。
 また、彦根藩は、浜縮緬など産品の奨励策を進めるなど、商業活動を活発に行い、城下町の発展にも力を入れた。

イラスト 長宗我部 友親  (ちょうそがべ・ともちか)
親房系長宗我部家の十七代。通信社の記者を経て、現在株式会社企画の庭の代表取締役。著書に『なごやの忘れもん』、『街かど経済入門』などがある。
 

 
 


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