【長宗我部の庭】日本の城めぐり
2014.4.15

小出吉政が出石城と命名

美しい桜並木の先に沢庵寺

長宗我部友親

 

 


 出石は、但馬国の小京都とも呼ばれる山陰の閑静な城下町である。JR山陰本線の豊岡駅で降り、全但バスに乗り換えて行く。その終点が目指す出石である。
 戦国時代に山陰地方で勢力のあった山名氏が、この地に有子山(ありこやま)城を築いていたが、山名祐豊の時代に、羽柴秀吉に攻められ、落城した。その後、播磨国龍野から、小出吉政が文禄4年(1594年)に入って、出石城と命名した。
 慶長5年(1600年)に、関ヶ原の戦いが起こり、吉政は、石田三成方に味方したが、小出の別の一族が、安全を見て、徳川方について活躍していたため、小出吉政は所領を安堵されて、出石藩を立藩した。
 小出吉政は、父の秀政が慶長9年(1604年)に死去したため、父の領地である岸和田に移り、出石藩は吉政の嫡男である吉英が継いだ。吉英は本格的に出 石城とその城下町の整備を行った。吉英は平地に堀で囲まれた三の丸や、城主の居館も造った。しかし、その後の出石藩は、上田から仙石政明が城主として入る など、藩主がいくどか入れ替わった。
 城下には、沢庵和尚が小出吉英に進言して、元和2年(1616年)に再興した臨済宗の宗鏡寺(すきょうじ)があり、別名沢庵寺とされている。桜並木になっている寺へと続く坂道が美しい。

 

イラスト 長宗我部 友親  (ちょうそがべ・ともちか)
親房系長宗我部家の十七代。通信社の記者を経て、現在株式会社企画の庭の代表取締役。著書に『なごやの忘れもん』、『街かど経済入門』などがある。
 

 
 


トップページ会社紹介著作権についてお問い合せ
Copyright (c) Flying Garden Rights Reserved.