【長宗我部の庭】日本の城めぐり
2011.1.23

作曲家の滝廉太郎が遊んだ岡城

「荒城の月」の曲想を練る

長宗我部友親

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岡城


 岡城は、大分県の竹田市にあり、JR九州豊肥本線の豊後竹田駅を降りて、東に2キロほどいったところにある臥牛山に、その石垣などが残っている。
 豊後竹田駅に列車が入ってくると、「荒城の月」のメロディーが流れることからも、この城がこの名曲の舞台だったことがわかる。
 「荒城の月」は滝廉太郎が旧制中学校の唱歌の懸賞応募作品として作曲した。滝は子供のころによく登って遊んだ岡城址を思い浮かべて創ったとされる。

 岡城は、南北朝時代に後醍醐天皇を支持した大友氏一族の志賀貞朝が、古城を改修し、「岡城」と称したと伝えられる。しかし、大友氏は耳川の合戦で島津軍に破れ、志賀氏もこの城を去り、播磨国から中川秀成がその後岡城に入った。
 そして、中川秀成は、岡城の大改修を実施し、関ヶ原の役も乗り切った。以降中川氏は、明治4年(1871年)の廃藩置県まで、13代、ほぼ280年間続く。
 岡城は、西側天神山に本丸、二の丸などを造営し、西側に重臣屋敷などがあったといわれる。
 城下に当たる竹田市殿町は、現在も改修された土塀が続き、家老職や上級武士らの武家屋敷が残っている。珍しいものとしては、洞窟をくりぬいて造られたキ リシタン礼拝洞がある。また市内には、日露戦争時に部下の安否を気遣って、戦死した広瀬武夫中佐を祭った広瀬神社があり、幕末の南画家田能村竹田のアトリ エも残されている。

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イラスト 長宗我部 友親  (ちょうそがべ・ともちか)
親房系長宗我部家の十七代。通信社の記者を経て、現在株式会社企画の庭の代表取締役。著書に『なごやの忘れもん』、『街かど経済入門』などがある。
 

 
 


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