【長宗我部の庭】日本の城めぐり
2010.4.12

独眼竜伊達政宗が築城
七夕祭りには彩り豊かな飾り

長宗我部友親

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 仙台城は仙台市青葉区にあり、「青葉城」、あるいは「五楼城」ともいわれる。
 独眼竜で知られる伊達政宗が造営に着手し、伊達氏の270年間にわたる居城となった。伊達政宗は永禄10年(1567年)に、予でザワ城主の伊達輝宗の第一子として生まれている。母は最上義盛の息女で、輝宗の正室であった。
 伊達家は奥州の豪族で、豊かな米作地帯にあって、生糸、絹織物などの産品もあり鎌倉時代から勢力を広げていた。
 政宗は幼名を梵天丸と称していて聡明であったといわれている。あるとき不動明王を見て、「仏は柔和なものといわれているのに、この不動妙はどうしてこん なに怖い顔をしている」と尋ねたという。これに、僧は「外見は剛だが、内面に慈悲の心を持っておられるのが不動明王です」と答えたが、必ずこの子は将来大 きく育つ、と感心したという逸話が残っている。
 伊達政宗が築いた仙台城は本丸と西の丸からできた堅固な城である。天守台はあるが、天守閣は持っていない。
 堅固に築かれた城ではあったが、江戸時代に入って世の中が落ち着いてくると、山上への往復が不便となり、2代藩主の忠宗は、寛永時代に二の丸を造り、政務は主としてそこでとるようになった。
 青葉山には、伊達氏以前から城があり、鎌倉時代末から室町時代中期にかけては島津氏が居城していたこともある。
 仙台には、伊達政宗の時代から続いている伝統的な町をあげての行事がある。七夕祭りである。この祭りでは和紙で作られた彩り豊かな飾りが、街のメインストリートとなる中央通りなどに展開される。祭りの期間中には、全国から2百万人もの人が集まる。

イラスト 長宗我部 友親  (ちょうそがべ・ともちか)
親房系長宗我部家の十七代。通信社の記者を経て、現在株式会社企画の庭の代表取締役。著書に『なごやの忘れもん』、『街かど経済入門』などがある。
 

 
 


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