【長宗我部の庭】日本の城めぐり
2010.4.5

ギリシャからやってきた小泉八雲
武家の妻とともに松江の城下に住む

長宗我部友親

写真

 松江は水の多い街である。宍道湖は、その静かな水面に映る夕日が美しいし、堀川の水も心を和ませてくれる。
 松江城は日本でも数少ない、江戸時代以前の建造物で、松平家の代々にわたる居城である。天守は5層6階でしっとりとした形をしている。しかも、お城から は宍道湖がよく見え、松江城は桜の名所でもある。その第7代城主であった松平治郷(はるさと、不昧)は茶道の名人としても知られる風流人である。茶器の収 集を行い、多くの茶室もつくっている。その茶道文化の影響で、今も松江城下には茶器を売る店や和菓子屋さんなどが多く、日本情緒を漂わせて
いる。
 「雪女」や「耳なし芳一のはなし」などの日本の昔話を下敷きにした小説や随筆などを多く残している小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)は、松江で妻を貰 い、その城下町を好んだ。小泉八雲はギリシャのイオニア諸島の医者の息子として生まれたが、ダブリンに移住したり、各地
を渡り歩いた後に、1890年(明治23年)に日本にやってくる。そして、松江の中学校の英語教師に就任した。
 翌年の明治24年に八雲は武家の血筋の妻、セツをもらい、城下の武家屋敷の一角を借り受けて住む。八雲の暮らしたその屋敷の部屋からは庭がよく見えて、 庭には池や小さな山なども造られている。松江の隣の出雲は「古事記」「日本書紀」などに登場する神話や伝説があふれ、神々の集まる日本の原点のような土地 でもある。妻のセツは小泉八雲に、その出雲地方に伝わる伝説や民話などを次々と聞かせた。八雲はセツを通じて日本人の心の内面を見つめつつ、作品を生み出 していった。

イラスト 長宗我部 友親  (ちょうそがべ・ともちか)
親房系長宗我部家の十七代。通信社の記者を経て、現在株式会社企画の庭の代表取締役。著書に『なごやの忘れもん』、『街かど経済入門』などがある。
 

 
 


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