【長宗我部の庭】日本の城めぐり
2010.2.1

浦戸城から全国制覇を夢見た男
長宗我部元親

長宗我部友親

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  青く無限に広がってゆくような太平洋の荒波に洗われている桂浜。この浜では、綺麗な五色石が拾えるし、夜は月の光りに照らされてみごとな風景が広がる。月の名所である。
 しかし、この美しい海がかって血で染まったことがあった、という歴史にはほとんどの観光客は気づいていないのではないだろうか。
桂浜の背後は、小高い山になっている。その登り口には幕末に活躍した坂本龍馬の、懐に手を突っ込んで、海を臨んだ格好の像が立っている。
人々はこの場所で、一度立ち止まり、記念写真をとったりして、桂浜での観光はまず終わる。あるいはもう一つ足を伸ばして、坂本龍馬館を覗いて帰っていく人もいる。
 でも、この地は高知県の歴史を考えるためには、坂本龍馬のこととは別に、忘れてはならない重要なところでもある。
ここは、もともと戦国時代に四国全土をおさめ、さらには全国制覇も夢見ていた四国の雄、長宗我部元親の居城、浦戸城があった場所でもあるのだ。龍馬館のも う少し奥から、当時の石垣が掘り出されたりする程度で、いまではわずかに城の痕跡がみられるのみとなっているが、元親はこの浦戸城から、信長、秀吉、家康 らの動きなど天下の情勢をにらんでいた。浦戸城からは鯨が潮を吹く姿が当時は見られたし、元親は生け捕りにした鯨を大坂まで運び、秀吉に見せ、料理したと いう話も残っている。
 元親は天下分け目の関が原の合戦の前年に、京都・伏見の別邸で病死したが、その後を継いだ盛親は石田三成の率いる西方についたため敗れ、結局浦戸城は明 け渡しを余儀なくされる。浦戸城を受け取りにきたのは井伊の部隊で、抵抗する長宗我部の旧臣らとの間で激しい戦いが起こり、桂浜をはじめ浦戸の海には、血 が流れた。

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イラスト 長宗我部 友親  (ちょうそがべ・ともちか)
親房系長宗我部家の十七代。通信社の記者を経て、現在株式会社企画の庭の代表取締役。著書に『なごやの忘れもん』、『街かど経済入門』などがある。
 

 
 


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