
「エ・ハレ・オエ・イ・ヒア(どこへ行くの?)」
1892年シュトウットガルト州立美術館
1871年、16歳のアルチュール・ランボーは、数篇の散文詩をわしづかみにし、パリ・コミューンを目指して、北フランスの田舎町シャルルビルを脱出した。少年はヴェルレーヌに愛され、パリのサロンの寵児となる。しかし数年後、詩とパリを捨て、原初の生活を求めてアフリカに逃亡した。
ポール・ゴーギャンは、1848年パリ2月革命の年に生まれた。そしてランボーと同様に、資本主義と大衆消費文化に愛想をつかし、パリを捨て、1891年にはタヒチに渡り、1901年マルキーズ諸島で没した。タヒチ脱出前の、ゴッホとの短い蜜月関係と訣別は、誰もが知るところである。
約一世紀前の二人の画家の人生(ゴッホは統合失調症、ゴーギャンは鬱病であったと思われるが)には、ランボーとヴェルレーヌの人生同様、近代社会で、美神に呪われた人間がたどる、創造とカタストロフィのアーキタイプを示していると、わたしには思われる。この鬱なる関係は、資本主義が続くかぎり終わらないのだろう。いまゴーギャンが見直されるとすれば、時代が19世紀末的雰囲気につつまれているからにちがいない。マスコミ発表会のプレゼンテーションとレセプションがあった日、近代美術館は雨と風に見舞われ、およそタヒチ的とはいいがたい沈痛な雰囲気で、会はあまり盛り上がらなかった。だからというのも変だが、わたしはこの展覧会が成功するような気がした。わたしたち日本人は、ようやくゴーギャンの悩みに辿りついたのかもしれない。7月に本物を眼にする日が、いまから楽しみである。
(T.T)
東京国立近代美術館
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