【詩の庭】遠くなった言葉と風景
2008.4.21
Vol.7 美空ひばりがやってきて熱唱 田中小実昌さんが毎晩のようにやってきていた 出張マッサージ屋さんもいたゴールデン街
長宗我部友親
 
 新宿の風変わりな飲み屋街としてよく話題になる「新宿ゴールデン街」はちょうど花園神社の裏手にある。というより、新宿区役所の本庁舎と花園神社に挟まれた格好の一角である。もう少し正確に説明すると、「新宿遊歩道公園四季の道」と花園神社の間の、長方形になった一角にあって、その小さいところに300軒弱の小さな飲み屋がひしめいていて、その数はいまだ増えつつある。
 
都電を見ながら酒を飲む
新宿ゴールデン街の入り口の写真
新宿ゴールデン街の入り口の写真
新宿ゴールデン街の入口のゲート。この左手は韓国焼肉屋で、右手にはストリップ劇場がある。
 

 この四季の道は名前の通り、つつじとかいろんな植物が植えられていて遊歩道になっているが、もともとは都電の軌道だったところだから、ゴールデン街を包み込むように曲がっている。だから、ゴールデン街の都電の軌道寄りの店で、お酒を飲んでいると、窓の外をあの橙色をした都電が、明かりをつけて、ガタゴトと通って行った。つまり都電を肴に酒を飲んでいた。酔っ払って、この都電と相撲を取った酔客もいた。
 ゴールデン街の店の数は増えてはいるが、それにはわけがある。あの昭和の土地高騰があったバブルの波はゴールデン街にも押し寄せてきた。この小さい店が密集していて、マスコミ関係者や作家とか胡散臭い連中が集まる一角は、買い上げて、大きなビルにしてしまうのが、一気に掃除ができていい。それに景観的に見ても、新宿のこの薄汚い一角が六本木ヒルズのように一変して新しい観光地になる、と考えた人がいてもおかしくない。

 
地上げ屋の嵐に
ゴールデン街の店舗
ゴールデン街の店舗
ゴールデン街にはいろんな店がある。一時は地揚げで減ったが、今はまた増えつつあって、現在は300店弱。
 

 だから、バブル華やかだったころ、一軒一軒この小さい店が地揚げ屋に買い取られていった。閉じられた店には、不動産会社の看板が貼られて、一時はゴールデン街も歯が欠けたようにさびれていったのだ。そのころは「今売れば、伊豆か箱根辺りに温泉付きの別荘が建てられる」なんて話が、現実に飛び交っていた。ところが、そのうちにバブルの話もいつしか消えて行って、世の中が落ち着いてしまうと、買い取られた店も、閉めっぱなしにしておくのは意味がないとあって、新しい借り手に提供されるようになって、新たに店がオープンしだしたというわけです。でも、新しい店の経営者のほとんどが若い素人の人たちで、客筋もかってとは大きく変わっている。

 
豪傑ママもいた
かっては都電が通っていた「新宿遊歩道公園四季の道」
かっては都電が通っていた「新宿遊歩道公園四季の道」
「新宿遊歩道公園四季の道」。ここはかっては都電の軌道だったところで、軌道が撤去されて後に公園として整備された。
 

 戦後のゴールデン街のあたりは、焼け野原だった。古い店のママさんの話では、新宿駅東口の中央通りあたりで、おでんの屋台をやっていた人たちが立ち退きを強制されて、その人々が代替え地として、このゴールデン街を貰って店を始めたのが最初という。そんなこともあって、バブルの前でこの街がまだ隆盛だったころは、豪傑ママがそろっていた。
 「プーさん」という店は馬蹄形にカウンターがあって、カラオケの走りみたいな装置があり歌も歌えた。なんとこの店には美空ひばりがやってきて、歌って帰って行った。「プーさん」は、ゴールデン街を出て、区役所通りに店を出したけれどその後はわからない。
 「前田」という店もあった。この店は野坂昭如ら、作家や編集者がよく通ってきていた。前田のママが気に入った客には、ママ心づくしのお惣菜が出たが、どうでもいいような若造の客には塩豆ていどしか出なかった。

 
出張マッサージ屋さん
新宿花園神社
新宿花園神社
新宿花園神社。この神社境内の右手で唐十郎が主宰する赤テントの芝居の公演があり、麿赤兒がはしごの上で呼び込みをしていた。
 

 直木賞作家の田中小実昌も毎晩のように飲みに来ていた。晩年は糖尿病になって、ほとんどもう飲めなかったが、それでもやってきていた。店のママさんも分かっているから焼酎を薄めに入れて渡していた。小実昌さんの追悼会が東京大飯店で開かれ、多くの人が集まって、献杯をした。中上健次も夜明けごろまで、飲んで、精力的に若者を相手に議論をしていた。役者も太地喜和子、石橋蓮司らがよく飲みに来ていた。
 変わったところでは、出張マッサージの若い人がいて、飲み疲れて肩がこり、電話で呼んだら、10分単位でやってくれていた。それでリフレッシュしてまた飲む、なんてことができた。

 
イラスト 長宗我部 友親  (ちょうそがべ・ともちか)
親房系長宗我部家の十七代。通信社の記者を経て、現在株式会社企画の庭の代表取締役。著書に『なごやの忘れもん』、『街かど経済入門』などがある。
 
【 遠くなった言葉と風景 掲載記事一覧 】
Vol.9 「指南」と「北針」本文を読む
Vol.8 夏の風物詩「蚊帳」本文を読む
Vol.7 新宿ゴールデン街本文を読む
Vol.6 いたずらの輝き本文を読む
Vol.5 連絡船本文を読む
Vol.4 親に叱られて、家出して、そして泣きました本文を読む
Vol.3 ハナ垂れ小僧と紙芝居本文を読む
Vol.2 柴刈り縄ない本文を読む
Vol.1 うさぎ追いし本文を読む
 
 


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