応募小説
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イレーヌ <1>
                          アギレ

 零れ落ちた記憶が、どうしても潮風に馴染もうとしない。
そんな経験はきっと誰にでもあることなのだろうか。いったいどこからが現実で、どこまでが幻覚なのか、今でもまだ定かではない。
七十年におよぶ時空を、ほんとうにわたしは行ったり来たりしたのだろうか。

 ヌーメアの町は箱庭のように瀟洒なたたずまいのなかで息づいていた。
ニューカレドニア。・・・赤道まで二十度。ちょうど南回帰線の北側にあたる。
南洋諸島とはいえ、これが本当にグレート・バリア・リーフの沖合なのかと、にわかにしんじがたいほど乾いた気候。いわゆる熱帯の密林は本島の南端か北端の一部を除くと、ほとんど見当たらない。
爽やかな風が始終なだらかな丘陵をわたっていく。木々の緑は枯れたような色をして生気がない。郊外は延々と赤い荒涼とした広野が続いている。

 それは二十四年前。わたしは商社に就職して三年目だった。
産業用車両(トラックやダンプ)部門に配属されていた。なにを間違ったか大学でフランス語などを専攻したものだから、当初からアフリカばかりをドサ回りさせられた。今では化石のようなソシュールの言語学ゼミが呪わしいばかりだ。それが今度はどういう風の吹き回しか、このニューカレドニアに出張することになったのだ。
わたしはたまにはいいことがあるものだと旅行気分だったが、いざヌーメアにやってくると、それがどんなに浅はかな期待だったかを思い知らされた。
なにしろ世界第三位のニッケルの鉱山をひとつひとつ歩いて回っては、現場の鉱石運搬状況や使用車両のスペックなどを汗だくになって調査するのである。毎日脱水症状のようになってヌーメアの旧市街にある長期滞在用のアパルトマンに戻ると、フランス人やオーストラリア人、そして日本人の若者たちがチャラチャラと遊びまわっている。自分の毎日との落差が激しいだけに、これには意味もなく頭にきたものだ。裸同然の女たちが市内からもうアンスバータ往きのバスや、沖合いのウベア島へ渡るボートに、嬌声をあげながら乗り込んでいく。一方わたしはといえば赤土にまみれ、その日のことしか考えていないメラネシア人の人夫たちや、決められたこと以外は何一つ気をきかそうとしないフランス人技術者たちの間で、神経がぼろぼろに擦り減り、文字通り体を引きずるように帰ってくるのだ。

 何が天国に一番近い島だ、とわたしはやっかみ半分吐き出したくなるような思いだった。
その日はようやく最後の日程でモンドールの鉱山事務所で商談を終えたところだった。まだ出張予定の日数は四、五日残していたが、予想よりずいぶんとはかどったことになる。おまけに日本では連休が始まる。
わたしは仕事を切り上げて、悔し紛れのリゾートを決め込むことにした。
わたしはイル・デ・パンも、アンスバータも、ウベア島も、そしてエスカペードやリフー島も、どこへも行ってなかった。一箇所、本島北部のニッケル鉱山へジープで行った折り、東海岸にあるヤンゲンという町に寄ったのがリゾートといえば唯一のリゾートだろう。
ヤンゲンは美しいところだった。通り過ぎただけだったが空気の味が違うような気がしたものだ。神秘的な杜と真っ白なビーチ、そして不思議な奇岩城の立ち並ぶヤンゲンは、もう一度休暇で訪れたかったが、ここヌーメアからは四百キロもある。わたしは残った日数を往復で半分も費やすことに抵抗を覚えた。飛行機で行けば何でもなかろうが、なにしろ先日のジープの強行軍が頭からはなれなかったのだ。気ままに近場で済まそうとつい哀しいサラリーマン根性を丸出しにしたわたしは、明日、とりあえずアンスバータのリゾート・ホテルに移り、のんびりするのが一番と易きに甘んじた。

 その日はもう夕方近かったこともあり、ヌーメアの旧市街を買い物がてら散策することにした。
旧市街は落ち着いた肌色の壁が目にやさしい。火炎樹の並木は真っ赤に燃えて街路に天蓋を張り出している。
オテル・ドゥ・パリ。本当はここに宿泊するはずだったが、何かの手違いで予約が入っていなかった。部屋数が少ないので、わたしはずっと旧市街の奥のアパルトマンに飛び込んだのである。おりしも赤ら顔のアメリカ人のビジネスマンがたくさん逗留しているらしく、大げさなジェスチャーがあたりもはばからずに炸裂していた。出張地で幼稚な日本人に会うのも嫌だが、アメリカ人の騒音のようなおしゃべりにも平行することが多い。
ブロック一つを隔ててサン・ジョセフ聖堂が見える。ココティエ広場横のミルク・スタンドで腹を満たし、わたしはぐるりと歩いてみた。市場は閉まっているが、往来のフランス人たちは引きもきらない。
白壁がオレンジ色に染まっていく。焼きたての細長いフランス・パンをもって子供たちが走っていく。一株当たりも植民地風の建物もみんなセピア色に染まっていくこの時間帯は、まるで時間が呼吸するその刻みの間に迷い込んでしまうようだ。
ふとわたしは、アルマ通りを行く一隊の兵士たちに目がとまった。フランスの駐屯軍部隊だろうが、その服装がやけに古びたスタイルだったのだ。メラネシア人の子供たちが隊列を追いかけていく。式典か当直の交代儀礼のようなものか、わたしにはそんな風にしか思えなかった。おまけにあろうことか隊列を見送るフランス人女性たちまでが、古い映画にでも出てくるようなロング・ドレスを着ているのには驚いた。確かにかなり薄手ではあったが、あきらかに普通ではなかった。わたしはフェスティバルに違いないと思った。そのとき通りがかりの車にクラクションを鳴らされて、わたしは慌てて歩道に戻った。ふとアルマ通りのほうを見やると、もうそこにはさっきの兵隊たちや、古着を着たようなフランス人女性たちの姿は見えなくなっていた。思えば、もうこのときにすべては始まっていたのだ。・・・
なんとなく腑に落ちなかったが、わたしはまた路地を歩き出した。ちょうど反対側に骨董屋があるのに気がついたわたしは、通りを横切って店に入った。
その店は観光地だけあって小ぎれいにすべてをしつらえてあった。フランス人のおやじはでっぷり太った五十がらみの男で、けして愛想のよいほうではない。銀製品が多い。何が本物で、どれが偽物かわからないが、こうしたガラクタ然としたものを眺めるのは好きだった。
「なにをお探し?」
おやじは英語で話しかけてきた。
「フランス語でいいよ、社長。」
とわたしがフランス語を使うと、おやじはいきなり相好をくずした。
「いや特別、これといって探しものってことじゃないんだけどね。」
わたしはそう言いながら、店の奥のほうまでゆっくりと眺め歩いた。片隅に古いコインが並べられているのに気づいた。どれもフランやサンチームの類だった。
「一九一八年のコインはあるかい?」
「一九一八年?」
「そう。父親の生まれた年なんだ。今まで出張地に気の利いた土産物がなかったんでね。古物が好きな人だから、生まれた年のコインでも買っていこうかなと思ったんだよ。」
おやじはちょっと考えるようにして、一般のコインではなくメダルならあると言った。奥から取り出してきたのは、銀製の小さなメダルだった。一私人が第一次大戦の対独戦勝記念に自ら鋳造したものらしい、とおやじは説明した。ずいぶんくすんでいるがしっかりしたものだった。表にはフランスの勝利を称える銘と三色旗をかざした女神が刻んである。裏には息子の戦死を悼む思いと孫の誕生を祝う喜びが相応の言葉で表現されてあった。わたしはやるせない気持ちと同時に、それでも続いていく人間の命の不思議に触れたような感じがして、すぐ買うことにした。
「なにか、いいことがあるかな?」
店のおやじにもきっと気持ちが通じたのだろう。にっこり笑うと彼は力強くうなずいた。
悲しいことも、嬉しいことも、素直な気持ちの中に誤りはない。
わたしはなにかとても幸せな気分になり、メダルを宙に放り投げながら表へ出た。が、すぐに思い出して半身だけ店の中につっこみ、おやじにたずねた。
「ところで、今日か明日はなにかお祭りでもあるのかい?」
「いや特別はないがね。どうして?」
「仮装行列みたいな人たちを見かけたからさ。」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 わたしはココティエ広場を旧市街のほうへ向かった。もうすっかりたそがれた旧市街はそれでなくとも琥珀色のフィルターを通して見るようだった。

 わたしの新しい部屋は二階で、すぐ路地をはさんで古色蒼然とした修道院を見下ろすことができる。いわれはわからないが、その修道院はギーと呼ばれていた。
あたりは真っ暗になっていたが街灯がわずかに前庭を照らしていた。もとは修道女がたくさんいたらしいが、今ではまったく使われていない。石造りとはいえ、かなり痛みがひどいようだ。それでも日曜日にはサン・ジョセフ聖堂から人が来てきれいに掃除している。わたしはどうも、気が抜けているようにしか思えないビールを飲みながら、ニッケル鉱山での出張内容をまとめた。明日からは思い切りはねを伸ばすのだと思うと時間のたつのを忘れた。東京に帰ってからレポートをまとめるなんてご免だ。今夜のうちにやり終えてしまおうと思うわたしは、自然にペンに力がこもるのを感じた。

 どのくらいの時間がたったのだろう。ビールが足らずとうとう安ワインにまで手を出していた。
わたしはおおかた書き終えて、ようやく一息いれた。窓から外をうかがうと眼下にぼんやりと例のギーの修道院が中庭とともに街灯の淡い明かりに浮かび上がって見えた。あまり気持ちのいいものではない。人通りもまったくなかった。
ごろりと硬いベッドに横になったときだった。あたりをつんざくような女の悲鳴を聞いたのだ。空耳だろうか? わたしはベッドに身を起こし、じっと耳をそばだてた。ややってもう一度宵闇を貫く一筋の悲鳴が再びわたしの耳に飛び込んできたのだ。
わたしは酔いもいっぺんに醒めて窓に駆け寄ってみた。街灯の調子がおかしいのか、あたりは枯れたような色合いににじんで見えた。そして誰もいないはずのギーの修道院から一人の白衣の修道女が飛び出してくるのをわたしははっきりと見たのだ。わたしは動くこともできず、その数秒間のドラマをじっと見守った。彼女のすぐ後からべつの修道士が飛び出してきた。ふたりは石畳の中庭でしばらく揉みあっていた。男はあきらかにナイフを手にしていた。そしてなにごとかを叫びながら、倒れこんだ彼女を何度も刺したのである。悲鳴はやがて聞こえなくなり、白衣だけが黒ずんだ血に染まっていった。男は呆然としていたが、やがて気を取り直したように通りへ走っていった。後にはただ街灯に照らされた真夜中の惨劇が浮かび上がっているだけだった。
わたしはふと我にかえると、すぐ一階のSalle(居間)まで駆け下り、ギャルソンに事の次第をまくしたてた。そして、二人で表へ飛び出したのだ。路地を横切り修道院の門へ向かったが、錠がかかっていて入れない。わたしはギャルソンに体を押し上げてもらい、転がるように院内に入り込み、そのまま中庭へ駆けた。
しかし、そこにはたった今、刺し殺されたはずの修道女の姿がどこにも見当たらなかったのである。あとからやってきたギャルソンは怪訝そうな顔をしてわたしを見るのだった。
幻覚だったのだろうか? 今日は夕方から変なものばかり見る。
「自信がなくなってきたよ。自分がアテにならない。」
ギャルソンが笑った。
「アテにならないって? あの月みたいだね。」
「そうだね。頼りないもんだ。青白い月の光といっしょだ。」
「よくあることだよ、ムシュー。疲れていたのさ、きっと。夢でも見ていたんだろうよ。」
わたしは反論する元気もなかった。
ギャルソンが帰ったあとも、しばらくわたしは不思議な思いを捨てきれず、その場に立ち尽くしていた。・・・・
やがてあきらめがついたわたしは、アパルトマンに戻ることにした。ちょうど表で一人の老人が(ガードマンだった)わたしに声をかけた。
「若いの。隣で人殺しを見たって?」
「ああ、そうだよ。だけど死体がないんだ。誰も信じちゃくれないよ。」
「修道士が修道女を刺し殺すんだろ?」
わたしは仰天した。
「ギャルソンから聞いたのかい?」
「いや、そうじゃないかと思ったんでね。」
「そのとおりさ。よく知ってるね。あんたも見たことがあるのかい?」
「いや、わしは見たことがないけどな。昔からそれと同じのをあそこで見たって人が結構いるんだ。修道院にまだいっぱい人がいたころも、修道女が何人も同じのを見たさ。誰にでも見えるというわけじゃないらしいがね。すいぶん昔、あの修道院が建てられたとき、そんなような事件が実際あったそうだ。今でもときどき出るって話だよ。」
「幽霊かい?」
「さあね。しかしほかに何がある?」
わたしは沈黙した。
「若いの。あまり深入りしないこったね。とりつかれるぜ。殺された女がべっぴんだったらなおさらえらいこった。なあ、あんた。」
老人はいやらしそうに笑い出した。
「べっぴんだったら、部屋まで引っ張り込んで気持ちよくしてやろうかな!」
わたしは自暴自棄になってそう吐き捨てるようにそう言った。
「こりゃあいい! そうこなくちゃ!」
老人の笑い方があまりに下品なので、わたしはいっぺんに興ざめして部屋へ戻った。
窓から見下ろすと、ギーの修道院は何事もなかったかのように静まりかえっていた。・・・・・・・

 翌日わたしはさっそく図書館へ行ったり、新聞社をたずねたりして、その事件のことを確かめようとこころみた。アンスバータでの休暇などどうでもよくなっていた。
しかし、かつて修道院で起こったという殺人事件については、どこでもそんな話は聞いたことはあってもよくは知らないというのが通り相場だった。古い記録にも事件のことは載っていなかった。
ココティエ広場横のカフェで妙にココナツオイルが鼻につくフランス料理もどきの軽食をとりながら、わたしは何度も昨夜の情景を思い浮かべてみた。
メラネシア人たちがペタンクをして遊んでいる。熱帯偏東性の貿易風がサント・マリー湾から市街を抜けてモーゼル湾へ抜けていく。
ふとまたあるはずのない日常が見えてきた。日傘をさした婦人や子供たちが白いレースのリボンのように通りを横切っていくのだ。パナマ帽をかぶり、麻の服を着た男たちがパイプをくわえてその後を談笑しながら歩いていく。
そんな風景は、ない。
わたしに見えたものはずっと昔の映像にすぎない。そのときわたしにはもうわかっていた。今ありもしない時代が、フラッシュバックのようにときどき見えるのだ。
汽笛が聞こえる。人々が波止場へ急ぐ。みんな船を待っていたのだ。薄汚れたシャツを着たメラネシア人の男が台車を引いていく。そしてわたしを突き刺すような目で見ていく。いたたまれなくなったわたしは隣の口ひげをはやした紳士が読んでいる新聞に視線をそらした。二面の上段に太字でセンセーショナルな記事が載っていた。
『マタ・ハリ、銃殺される』・・・いったいいつの話だ?
「まったくとんでもない女だ。運のつきさ。」
その紳士はためいきをついてわたしのほうを見た。
「三ヶ月遅れの新聞でも、まあないよりはましだな。」
独り言のようにその紳士はまた紙面に目を落とした。
わたしは新聞の日付を見た。それは一九一七年十月十六日火曜日付けとなっていた。まだ第一次世界大戦中だ。稀代の女スパイの銃殺刑を報じているのだ。三ヶ月遅れだって? じゃあ今は、一九一八年の一月ということか?
「戦争はまったくの膠着状態ですな。ロシアもだらしない。革命騒ぎで戦争どころじゃないようだ。読むかね?」
紳士はわたしに新聞を差し出して言った。
「フィガロ紙が手にはいらなくってね。ル・タン紙でよければ。・・・」
「戦争も、じき終わりますよ。」
わたしは余計なこととは思ったが、ついひとことしゃべってしまった。
「ほう、そうですか。」
「年末にはね。」
紳士はわたしに興味を持ったようだ。
「ジャポネ(日本人)ですかな?」
わたしはうなずいた。
「日本も得をしましたね。ドイツ軍は欧州戦線で手一杯なものだから、こっちで連中が押さえていた青島(チンタオ)やポナペをまんまと手に入れたじゃないですか。」
「日本は調子に乗っているだけですよ。火事場泥棒といっしょだ。あとでひどいしっぺ返しにあいますよ。」
「そうですかね。」
紳士はあまりピンとこないような顔をして首をかしげた。
そのとき、後ろからふと女が声をかけた。
「ボン・ジュール、ムシュー。連れの女と喧嘩でもしたの、ムシュー?」
女は褐色の肌がまぶしかった。
「まあそんなところだね。」
わたしは気を取り直してようやくそう言った。まだ意識が揺れている。
「君は?」
「わかるでしょ。そういうこと。」
商売らしい。昼間からたくましい。
「暑くないのかい?」
「暑いわよ。日本人だって暑いでしょう? 熱帯に住んでいたって暑いものは暑いのよ。ほんとうに北半球の人って変なことを言うのね。・・・ねえ、いいかしら?」
女は隣の向かいの椅子をあごでさした。わたしはどうぞと目で答えた。
「地元の出身かい?」
「ううん。サモアから。両親の代にね。フランス人とのカフェ・オ・レ(混血)よ。」
「なるほど、ハイブリッドってわけだ。」
わたしは彼女の表現が愉快だった。
「名前は?」
「知りたくもないくせに。」
「まあね。」
「イザベル・アジャーニ。」
「素敵じゃないか。」
わたしは、皮肉たっぷりに言った。
「ありがと。あんたは?」
「ロベスピエール。」
「ダサい名前。いつまでいるの。革命屋さん?」
ぴったりしたキュロットにシャツを胸のところでリボン結びにしている彼女は、厚化粧さえしていなければわたしもその気になったかもしれない。それにしても暑そうなかっこうだ。
「あと四、五日の予定だったけど、一週間くらいにしようと思ってる。東京に帰ってもちょうど連休なんでね。急ぐことはない。」
「誰と喧嘩したの。恋人、奥さん?」
「きみの商売仇かもしれないよ。」
「ごあいさつね。じゃあ、退散しようかナ。夜はメトロによくいってるから、気がむいたら声かけてよ。悪いようにはしないからさ。」
「覚えとく。」
「千フランよ。」
彼女は立ち上がるとおしゃれなハンドバッグを肩にかけて言った。
「ところで、ジャコバン党のだんなさん。・・・仕事、なに? 食えない学者さん?」
「どうして?」
「だって、やたらに汚らしい新聞を大事に持ってるから。」
驚いたことにわたしは、さきほどあの紳士のくれた新聞をしっかり握っていたのだ。質の悪い紙はもうすっかり黄ばんでしまい、パサパサに劣化していた。
「誰さ、マタ・ハリって? ・・・人殺しでもしたのかさ。銃殺なんて、変な話じゃない。ま、いいや。」・・・・
わたしは、言葉もなくただその新聞を広げてみた。彼女が悪態をついて立ち去ったのにも気がつかなかった。確かにマタ・ハリの銃殺記事が二面上段に報じられている。わたしは一瞬目をつぶり、ゆっくりと日付のところを確かめてみた。そこには、一九一七年十月十六日とあった。わたしはテーブルを片付けていたギャルソンを呼び止めた。
「ここにいた人を覚えているかい?」
ギャルソンは意味ありげに笑って言った。
「ああ、コセットですか? 大丈夫、悪い子じゃないですよ。ココット(不良娘)だなんて言う人もいますがね。」
「コセットっていうのか。いや、違うよ。その前に、ぼくの隣に男がいたろう? 口ひげをはやした・・・・」
「男? 彼女があなたに話し掛ける前に、そこに座ってた?」
「そうさ。」
若いギャルソンは不思議そうな表情をした。
「いいえ。小一時間というもの、このテーブルにはあなた以外、誰も座っていませんよ。」
わたしは力が抜けたように古い、その古いル・タン紙を握りしめるばかりだった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 午後、わたしは真っ赤に燃える火炎樹の間を歩いてココティエ広場を後にした。何とはなしにサン・ジョセフ聖堂に足が向いたわたしは、大伽藍を仰ぎ、冷たい回廊をただぶらぶらとしていた。そこで出会った若い神父から、古手の神父は近くの慈善院に一人いると告げられ、わたしはさっそくそのそこへ出向くことにした。
慈善院はやはり旧市街の中にあって、低層階ながら重厚な石造りで、院内にはまるで人気がないと思うくらい静まりかえっていた。
小さな窓から南半球の日差しが流れこむ。たまにすれ違う聖職者たちはみなわたしの存在にまるで気がつかないかのようだ。押し黙って行く者。立ち話する者。少年の声が聞こえる。古い賛美歌を誰かが一人で歌っている。石造りの床や柱に染み込んでいくようだ。距離感がなくなったわたしの五感はいくつもの部屋を通り過ぎ、階段を昇り、また回廊を歩いていく。
ふと右手にひとつの小さな部屋が開け放しになっていた。そしてかなり高齢の白人の神父がロッキング・チェアに腰かけていた。気持ちよさそうだ。午後の光がちょうど彼の足元で踊っている。老神父はわたしに気がつくとにっこり笑って手招きした。わたしは誘われるままにその部屋に入った。壁にしつらえた祭壇。木のベッド。開閉式の机。質素ながらも一通りのものがあった。老神父はそれは小さな、弱々しい声でわたしに話かけた。
「どちらへ? ここは誰も入れないはずですか・・・」
「失礼しました。わからなかったもので。」
老神父はすべて知りつくしたようなまなざしでわたしを見つめた。
「何か、お聞きになりたいことでも?」
わたしは素直に言葉をもらした。
「旧市街にあるギーの修道院のことで。」
「あそこはもう長いこと使われておりません。」
「ええ存じ上げています。ただ一九一八年にあそこで何があったのか、それを知りたくて。」
老神父はゆっくりと目を閉じ、昔のことを思い出すようだった。
「あの頃は、わたしもまだニ十代でしたからね。いまのあなたよりも若かったでしょう。」
わたしはまだ老神父の名前すら聞いていなかった。それでも彼はずっと昔からわたしを知っているかのように、ごくうちとけた雰囲気だった。
「実はあそこで殺された修道女がいると思うのですが・・・」
「ああ・・・あれはイレーヌでしょう。」
わたしはこのときはじめてその名前を知ったのである。
「お会いになったことがおありですか?」
「いえ、わたしは。あの事件のことは知っていますが。」
「彼女は誰に殺されたのでしょう?」
「あれは・・・けっきょく、迷宮入りでした。かわいそうな娘でした。」
老神父は天井を仰いで大きくため息をつき、黙り込んだ。手がかりはここで失われた。これ以上話していても何も得るものがない、とそうわたしは思い切った。立ち上がろうとしたとき、老神父はまた口を開いた。
「何か、ギーでごらんになりましたか?」
「え?」
それとなく聞かれると、わたしはどぎまぎしてしまった。
「修道院で昨夜、なにか起こりましたか?」
「これは説明しても、誰にも信じてもらえないことですから。残念ですが。」
「そうですか・・・」
老神父はまた大きくため息をついた。
「それで、あなたはどうしようと思っていらっしゃる?」
「それが・・・わかりません。」
老神父はしばらく窓の外から石畳の様子を黙って見ていたが、ふとわたしを振り返ると、『こちらへ』というように手で招いた。わたしが彼の間近に歩み寄ると、わたしの手を取りその衰弱した手でなにかを握らせたのだった。彼は、しっかりわたしの両手を包みながらゆっくりと言った。
「あなたが、今しなければいけないと思うことを、おやりなさい。・・・」
老神父はわたしに十字(クロス)を切り、柔和な表情で笑っていた。
「さあ、行きなさい。もうここへ来てはいけない。・・・」
わたしはその謎のような言葉をなんども繰り返し心の中でつぶやきながら部屋を出た。立ち去りがてらふと老人のほうを振り返ると、彼もロッキング・チェアに座ったまま、わたしを見つめていた。そして、かすかに微笑むと痛々しいほどかすれた声で言った。
「鉱山(ヤマ)の仕事は体にさぞこたえるでしょう。お気をつけて・・・」
なぜ知っている?
わたしが鉱山巡りをしていることを。わたしは思わず聞き返そうとした。すると老人は笑いながらそれを手で制した。
「お元気で、ムシュー。」
「あなたも。」
老神父はにこやかに、ゆっくりとうなずいた。・・・
わたしは慈善院を出て、サン・ジョセフ聖堂の裏にある丘に上がった。ヌーメア市内から青いモーゼル湾が見渡せた。太陽が呆れ返ったような青空にそしらぬふりをしていた。日本の若い女性たちが記念写真を撮っている。わたしはベンチに腰かけて、木陰でずっと往来の人々の様子を眺めていた。手の中にはさっき老神父が握らせてくれた古い銀のロザリオが汗をかいていた。・・・

 その日、わたしは真夜中過ぎまでまんじりともせずに起きていた。一歩も部屋から出る気がせず、ギャルソンにブーニャを買ってきてもらい、赤ワインを飲みながら夜が通りすぎるのをただ見送った。
ブーニャは地元のカナカ人がよく食べるものだが、その日ギャルソンが買ってきたのは、魚と芋をバナナの葉で包んで料理したものだったので、味がいささか淡泊すぎた。わたしはそれに胡椒と塩をかけて食べた。
南半球の夜空はさびしい。
ベランダからのぞける天空には星がまばらしかない。北半球の星空がどれほど豪華なものかが思い知らされる。それでも不思議なもので、数えるほどに増えていく星たちにわたしの肉眼は追いついていかない。ある種の予覚に近いものがわたしの脳裏をよぎっていった。それはひとつの流星のように。あるいは忘れたころに吹いてはニヤウリ(薄荷)の木の葉波をもてあそんでいく夜風のように。実際、昨夜と同じ光景が見れるなどと信じていたわけではなかったが、心のどこかに期待していたことも事実だ。路地には人通りがまったくなくなり、わたしはただひたすらそのときを待っていた。
『やっぱり、夢のようなものだったのかも知れない。・・・』
そんなふうに思い始めたそのときだった。
突然、闇を切り裂くようなあの女の悲鳴が聞こえてきたのだ。わたしは修道院の前庭のほうを固唾を呑んで見守っていた。
『次の悲鳴だ。・・・』
わたしは、二回目の悲鳴と同時に彼女の姿を認めるより先に部屋を飛び出した。アパルトマンを出ると、自分でも信じられないような跳躍力で修道院の門に飛びついて、院内に転がり込んだのだ。そして石の階段を駆け上がると、逃げ場を失ってうろたえている修道女に出食わし、しっかり抱きすくめたのである。彼女は年の頃ニ十歳前後。くっきりとした、しかし、涼しげな顔立ちだった。小柄で、太い眉と大きなひとみが凍りつくような恐怖に震えていた。
「ジャン! やっぱり来てくれたのね! あぶないわ、すぐ逃げないと!」
彼女は出会いがしらに抱きすくめたわたしを見て、そう叫んだ。
名前は違う。なにしろ、わたしはどう見ても東洋人だ。ジャンであるはずがない。しかし、あきらかに彼女はわたしの顔をしっかり見ている。
「ぼくを知ってるのか?」
なにを馬鹿な、と言わんばかりに彼女の眉が曇った。
そのとき、修道院からあのナイフを持った修道士がまるで壁から抜け出るように飛び出して来たのだ。修道士はわたしの姿を目にとめると、その場で立ち止まり、口汚く罵った。
「おまえか! この女になにをしたか、わたしは全部知ってるんだ。覚えているがいい。このままでは済まされんぞ。この売女め!」
修道士はそう捨てぜりふを残したまま振り返ることもなく走り去っていった。
わたしは気を失いそうなほど力の抜けた彼女を抱き起こした。彼女はわたしの名(といっても、彼女が知っているわたしの名)を何度も呼びながら、激しく唇をむさぼるのだった。休む間もないくらいわたしたちはキスを繰り返していた。わたしは当惑しながらも正直言って悪い気はしなかった。

 やがて落ち着きを取り戻した彼女はこう言った。
「ジャン・・・もうだめかと思ったわ。ゴロの村でコレラが流行ってあなたも亡くなったって日本人の人夫が言ってたんですもの。生きてたのね。ちゃんと約束どおり今日迎えに来てくれたのね。ほんとうにあぶないところだったわ。ドーミエに計画のことを感づかれて。彼ったら開所式を前にして当直がわたし一人だけだって知ってたの。それでやって来たんだわ。そうしたら口論になって。・・・ああ、どうなることかと思った。それにしてもなんて格好? 奇妙な服ね。」
わたしは自分にはちょっと大きいLサイズのTシャツに、薄手のジーンズをはいていた。
「これかい? そうかな。」
「そうよ。少なくとも『いまふう』じゃないわね。いったいどうしたの?」
わたしは彼女が別人と混同していることに気づいていた。一九一八年の彼女の現実と、現代に生きているわたしという現実とが、完全にごちゃまぜになっているんだと気づいていたのだ。
「イレーヌ、・・・っていうんだね? 悪いけど人違いなんだ。」
「なにを言ってるの?・・・」
彼女はさっぱりわからないといった表情でわたしを見つめていた。
「ジャン、でしょ? わたしのジャンに違いないわ!」
わたしは、残酷なようだったが、それは本名ではない、といった。
すると、驚いたことに、彼女は笑いながら、「それはそうよ。わたしがつけてあげたんだから。」と言い放った。いわく、日本人の名前は呼びにくいので、フランス人にはありふれた名前のひとつをニックネームにして、わたしをジャンと呼ぶようにしたのだ、と。しかも、わたしの本名はなにかとためしてみると、こともなげに、「イロシ・オカダ」と言ってのけたのである。それがわたしの本名だった。HiroshiのHは、フランス語ではサイレントで、彼らは自然に、イロシと読む。
それでもまだ押し問答はかなり続いた。そのうちに、事態は彼女にも呑みこめていったようだ。
「ぼくは、君の知っているジャン(オカダ)とたぶんそっくりなんだろう。でも、このぼくは君の生きている時代の人間じゃない。別人なんだ。」
「わからないわ。」
彼女はすがりつくようなまなざしでわたしを見つめていた。
「きみは死んだんだ。殺されたんじゃないのか。きみは自分でそれがわかっていないのかい?」
彼女は呆然として立ちすくんでいた。
「・・・わたしはここでドーミエに殺されたんだわ。修道院の開所式の一週間前。いったいわたしはなにをしているのかしら?」
「どういう事件だったか知らないけれど、きみはとにかく死んだらしい。」
「ええ、一九一八年の、・・・今日はいつ?」
「一九八五年の二月七日だよ。」
「ああ、・・・やっぱり今日なんだわ。・・・」
「あの男は誰?」
「ドーミエ? 修道士よ。サン・ジョセフ聖堂の。あなたとわたしの関係を憎んでいたわ。恐ろしいくらい。」
「それにしても修道士が修道女を男女関係のもつれで殺すとは穏やかじゃないね。ところでイレーヌ。よければ、ぜんぶぼくに話してくれないかな。知りたいんだ。きみが誰で、今夜ここでいったいなにが起こったのかを。」
イレーヌは狐にでもつままれたような顔をしていたが、やがて少しずつ話し出した。わたしは相手が幽霊であるということをすっかり忘れていた。実際、生身の人間となにひとつ変わりはしなかったのだ。

                                                   続く
 
 


 


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