2010.10.11 
道の歴史ーいにしえの陸路海路ー
 先人がつくった日本の歴史を、もう一度勉強してみることも、大切です。設問形式にしてみました。さあ頭の体操もかねて挑戦してみましょう。今回からは、道の歴史です。解答は文末にあります。
鍾乳洞 入り口

■東海道五十三次(1)−広重が愛した交通の大動脈

1) 東海道は、江戸時代、【     】から大津まで、【     】カ所の宿場があった。

2) 宿場では、箱根宿の【     】、【     】宿の焼き蛤など、名産品が生まれた。

3) 江戸後期の浮世絵師である歌川(安藤)広重は、代表作『東海道五十三次』や「富士【     】景」など、東海道を描いた作品を多数残した。
 
4) 十返舎一九は、弥次郎兵衛と喜多八の珍道中を描いた【     】を刊行した。

5) 「箱根八里は馬でも越すが越すに越されぬ【      】」蓮台や肩車など、歩行渡しで越えた川も、明治以降は、蓬莱橋という木製橋がかけられた。


■東海道五十三次(1)−広重が愛した交通の大動脈

当回分の解答です。

1) 品川、五十三 2) 寄木細工、桑名 3) 三十六 4) 東海道中膝栗毛  5)大井川

 古代には「うみつみち」とも呼ばれた東海道は、江戸時代に五街道の一つになり、品川から大津まで五三の宿駅が設置された。江戸と京都をむすぶ、日本で最も重要なルートとして発展した。元和五年
(一六一九)に設置された京街道の伏見、淀、枚方、守口宿を加え、五十七次とする場合もある。この場合のゴールは、大阪の京橋(明治以降は高麗橋)になる。
                           (協力・セマーナ株式会社)

 


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