2010.9.13 
日本の国土ー歴史でみるその姿ー
 先人がつくった日本の歴史を、もう一度勉強してみることも、大切です。設問形式にしてみました。さあ頭の体操もかねて挑戦してみましょう。今回からは、日本の国土です。解答は文末にあります。
鍾乳洞 入り口

■五畿七道(3)−昔の国々

1) 現在の福岡県は、筑紫つくし国であったが、七世紀末に北側の筑前国と南部の【     】国に分割された。国の中央を【     】川が流れる。

2) 現在の島根県西部にあたる【     】国の領内には、【     】銀山があり、大内、尼子、毛利氏らがその所有をめぐって争った。江戸時代は天領だった。

3) 岡山県北東部を占めていた美作国は、別名・作州さくしゅうと呼ばれる。美作国の読みである【     】は、河川の間に傾斜地が広がる「水間坂」が転じたとされる。
 
4) 一帯を占める半島の名前にもなっている丹後国は、現在の【     】北部にあたる。平地が少なく、漁業と丹後縮緬の精算で知られるようになった。

5) 石川県北部に位置し、日本海側最大の半島一円にあたる【     】国は、古くから漁業が盛んであった。輪島塗の生産も有名である。




■五畿七道(3)−昔の国々

当回分の解答です。

1) 筑後 2) 石見 3) みまさか 4) 京都府  5) 能登

 古代の日本は、七世紀後半頃(少なくとも大宝律令以前)から、「五畿七道」と呼ばれる地域に分けられた。五畿とは、都を中心とした五つの国、七道とは、東海道・東山道・北陸道・山陰道・南海道・西海道の地域をさした。七道もそれぞれ国に分かれており、五畿を含め全部で六八国あった。各国には、国衙と呼ばれる役所が置かれ、国司と呼ばれる役人が治めていた。

                           (協力・セマーナ株式会社)

 


トップページ会社紹介著作権についてお問い合せ
Copyright (c) Flying Garden Rights Reserved.