2010.7.26 
日本の国土ー歴史でみるその姿ー
 先人がつくった日本の歴史を、もう一度勉強してみることも、大切です。設問形式にしてみました。さあ頭の体操もかねて挑戦してみましょう。今回からは、日本の国土です。解答は文末にあります。
鍾乳洞 入り口

■五畿七道(2)−昔の国々

1) 山城、大和、河内、和泉、摂津の五カ国をまとめた地域を【      】と呼ぶ。

2) 【     】国は、もと粟(阿波)へ行く道ということで、名付けられたという。国府は現在の兵庫県三原におかれたが、戦国期に阿波国の支配下になった。

3) 【     】道は、五畿七道のひとつで、紀伊、淡路、それに四国を加えたルートである。陸路だけでなく、海上交通も発達した。
 
4) 【     】国は、鹿児島の東部と薩南諸島の旧国名。九州の一番隅にあることに由来されるという。

5) 九州と対馬のあいだにあった【     】国は、十一世紀は、刃伊といの入寇で女真族に、十三世紀の元寇では、モンゴル軍の襲撃を受けるなど、波乱の歴史をもつ。




■五畿七道(2)−昔の国々

当回分の解答です。

1) 畿 2) 淡路 3) 南海 4) 大隅  5) 壱岐

 古代の日本は、七世紀後半頃(少なくとも大宝律令以前)から、「五畿七道」と呼ばれる地域に分けられた。五畿とは、都を中心とした五つの国、七道とは、東海道・東山道・北陸道・山陰道・南海道・西海道の地域をさした。七道もそれぞれ国に分かれており、五畿を含め全部で六八国あった。各国には、国衙と呼ばれる役所が置かれ、国司と呼ばれる役人が治めていた。

                           (協力・セマーナ株式会社)

 


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