2010.3.28   
合戦と城攻め(5)
 先人がつくった日本の歴史を、もう一度勉強してみることも、大切です。設問形式にしてみました。さあ頭の体操もかねて挑戦してみましょう。今回からは、いくさの変遷をたどってみます。解答は文末にあります。
鍾乳洞 入り口

■兵器と戦術の革命(2)―鉄砲と大砲

1) 織田信長が九鬼嘉隆に命じて改造させた【    】船には、大砲が積まれていたといわれる。

2) 豊臣秀吉が、【     】侵略の際に使用した大型船には、大砲を積んでいたほか、外装に鉄板をもちいていた。

3) 大坂冬の陣において、片桐且元配下の部隊が放った大砲が大坂城本丸に命中し、秀頼の母・【     】が恐れたことが、徳川・豊臣講和の決め手となった。

4) 江戸時代の天保八年(一八三七)に、大坂町奉行所の与力【     】が起こした乱では、木製の大砲が使用された・

5) 戊辰戦争では、飛距離などに優れたアームストロング砲や、連射が可能である【     】が使われ、近代戦のはじまりとなった。


■兵器と戦術の革命(2)
 ―鉄砲と大砲【解答】

当回分の解答です。

1) 安宅 2) 朝鮮 3) 淀殿(淀君) 4) 大塩平八郎  5) ガトリング

 日本の戦において、鉄砲や大砲といった飛び道具が、いつから、どの程度力を発揮するようになったかを特定するのは難しいが、鉄砲が戦国時代に伝来すると、またたくまに各地に広がった。「三千挺、三段撃ち」のように斬新な戦術は、近年の研究で疑問視されているとはいえ、これら新兵器が広まることで、戦闘員の防備や城の防御などに変化が生まれたのは確かである。

(協力・セマーナ株式会社)

 


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