2010.3.22    
合戦と城攻め(4)
 先人がつくった日本の歴史を、もう一度勉強してみることも、大切です。設問形式にしてみました。さあ頭の体操もかねて挑戦してみましょう。今回からは、いくさの変遷をたどってみます。解答は文末にあります。
鍾乳洞 入り口

■兵器と戦術の革命(1)―鉄砲と大砲

1) 天文十二年(一五四三)、ポルトガル人を乗せた船によって日本に伝えられた鉄砲は、船が漂着した場所の名をとって、当時【    】とも呼ばれた。

2) 南蛮人は、日本で豊富にとれる銀などと交易する品として、【    】製の鉄砲・火薬などを日本にもたらした。

3) 戦国時代の鉄砲は、火をつけた縄を火薬に押しつけて発砲させる【    】銃だったため、雨天に弱く、また連射することができなかった。

4) 石山戦争などの経験から鉄砲の重要性を熟知していた織田信長は、長篠の戦で大量に鉄砲を投入し、武田【    】率いる軍勢を打ち破った。

5) 戦いに鉄砲が導入されたことにより、防御のため甲冑にも【     】板がもちいられ、西洋の鎧を参考にした南蛮(当世)具足も作られた。


■兵器と戦術の革命(1)
 ―鉄砲と大砲【解答】

当回分の解答です。

1) 種子島 2) 中国 3) 火縄 4) 勝頼  5) 鉄

 日本の戦において、鉄砲や大砲といった飛び道具が、いつから、どの程度力を発揮するようになったかを特定するのは難しいが、鉄砲が戦国時代に伝来すると、またたくまに各地に広がった。「三千挺、三段撃ち」のように斬新な戦術は、近年の研究で疑問視されているとはいえ、これら新兵器が広まることで、戦闘員の防備や城の防御などに変化が生まれたのは確かである。

(協力・セマーナ株式会社)

 


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