2010.3.15    
合戦と城攻め(3)
 先人がつくった日本の歴史を、もう一度勉強してみることも、大切です。設問形式にしてみました。さあ頭の体操もかねて挑戦してみましょう。今回からは、いくさの変遷をたどってみます。解答は文末にあります。
鍾乳洞 入り口

■源平合戦(2)―平氏滅亡と頼朝、義経

1) 源頼朝の命を受けた源範頼と義経は、後白河法皇とも対立するようになっていた源(木曽)義仲を、【    】の戦いで打ち破った。

2) 摂津国福原での「一ノ谷の戦い」で、源氏軍を率いた義経がとった奇襲戦法が、断崖絶壁を馬で駆け下りる【    】である。

3) 元暦二年(一一八五)三月、平氏軍は【    】で源氏軍に敗れ、滅亡した。

4) 兄に追われる身となった源義経は、少年時代に身を寄せていた奥州藤原氏第三代の【    】を頼り、陸奥の平泉へ落ち延びた。

5) 頼朝から度重なる義経討伐要求を受けた【     】は、【     】の戦いで義経を自害させた。このとき、全身に矢を受けて立ったまま息絶えたといわれるのが、義経の腹心として有名な【     】である。


■源平合戦(2)
 ―平氏滅亡と頼朝、義経【解答】

当回分の解答です。

1) 宇治川 2) 鵯越の逆落とし 3) 壇の浦 4) 藤原秀衡  5) 藤原泰衡 衣川 弁慶

 「平氏にあらずんば人にあらず」と栄花を誇った平氏を、滅亡に追い込んだ源平合戦。単に二つの氏族が争っただけでなく、ときには同族で刃を交える骨肉の争いだった。しかし、源頼朝らの狙いは「平家打倒」だけにあったわけではない。征夷大将軍となった頼朝は。武士による支配体制を着々と築いていく。

(協力・セマーナ株式会社)

 


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