2010.3.1    
合戦と城攻め(2)
 先人がつくった日本の歴史を、もう一度勉強してみることも、大切です。設問形式にしてみました。さあ頭の体操もかねて挑戦してみましょう。今回からは、いくさの変遷をたどってみます。解答は文末にあります。
鍾乳洞 入り口

■源平合戦(1)―平氏滅亡と頼朝、義経

1) 治承三年(1179)、【    】は後白河法皇を鳥羽殿に幽閉し、院政を停止して実質的に政権を掌握した。

2) 【    】は治承四年(1180)、後白河法皇の皇子にあたる【     】を奉じて打倒平氏の兵を挙げるが、破れて自害した。

3) 治承四年、源頼朝が初めて反平氏の兵を挙げた【    】の戦いは、頼朝軍の大敗に終わった。

4) 頼朝の従弟の【    】は平家との戦いで勝利を重ねて後白河法皇から【    】の称号を受け、征夷大将軍にも任ぜられた。

5) 頼朝軍が平惟盛と戦った【     】の戦いは、水鳥の飛び立つ音を奇襲と誤認した平家軍が戦わずして逃げ出したことで決着したといわれる。


■源平合戦(1)
 ―平氏滅亡と頼朝、義経【解答】

当回分の解答です。

1) 平清盛 2)源頼政、以仁王 3)石橋山 4)源(木曾)義仲、朝日将軍(旭将軍)  5)富士川

 「平氏にあらずんば人にあらず」と栄花を誇った平氏を、滅亡に追い込んだ源平合戦。単に二つの氏族が争っただけでなく、ときには同族で刃を交える骨肉の争いだった。しかし、源頼朝らの狙いは「平家打倒」だけにあったわけではない。征夷大将軍となった頼朝は。武士による支配体制を着々と築いていく。

(協力・セマーナ株式会社)

 


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