2009.11.23    
戦国時代 (1)
 先人がつくった日本の歴史を、もう一度勉強してみることも、大切です。設問形式にしてみました。さあ頭の体操もかねて挑戦してみましょう。今回からは戦国時代です。解答は文末にあります。
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■戦国の群雄割拠―下克上の時代

1)応仁元年(1467)から11年にわたって続いた【     】の乱によって、将軍の権威は失墜し、中央権力の衰えは、地方権力の強大化を招いた。

2)この動乱期には、今まで使えてきた主君を下のものが打ち果たし、権力を奪い取る【     】の風潮が広がり、戦国大名と呼ばれる支配層が生まれてきた。

3)各地に登場した戦国大名たちは、中世以来の幕府法などを踏襲して、領国支配や家臣団の統制のために領国内で通用する【     】(家法)を制定した。

4)応仁の乱の際に越前の支配権を奪った朝倉孝景は、城下町である【     】への家臣団の集住を規定した「朝倉孝景条々」を作った。

5)管領細川晴元を追放した三好長慶の子を毒殺、将軍義輝を自害に追い込み、東大寺焼き討ちなどをした【      】は、最後は織田信長に降伏した。


■戦国時代(1) 戦国の群雄割拠
 ―下克上の時代【解答】

当回分の解答です。

1) 応仁 2)下克上 3)分国法 4)一乗谷 5)松永久秀

 戦国大名が行った、分国法の制定や指出検地などの施策は、古代から続いていた制度や慣習を打ち破るものであった。それまでは一つの国や村に公家や荘園領主、土地の豪族など様々な支配者が存在し、領地が複雑に入り組んでいたが、戦国大名によって一つの土地に一人の支配者という図式が成立した。

(協力・セマーナ株式会社)

 


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