2009.10.12    
江戸時代 (9)
 先人がつくった日本の歴史を、もう一度勉強してみることも、大切です。設問形式にしてみました。さあ頭の体操もかねて挑戦してみましょう。とりあえず江戸時代からです。解答は文末にあります。
鍾乳洞 入り口

■大奥―秘められた空間 part4

1)奥女中の道楽といえば衣装で、たびたびの奢侈(ぜいたく)禁止令も及ばぬことが多かった。水野忠邦の【  】の改革の挫折は、大奥の反発が強かったからだといわれる。

2)奥女中の給与は役職に応じ役高で、本給の【  】(蔵米)がそのときの米価で支払われ、さらに各大名からの献金である「御合力金」などがあった。

3)十四代将軍後継問題では、一橋慶喜を推す一橋派と、徳川慶福(家茂)を推す南紀派が対立。大奥もこの二派に分かれ、御年寄りの瀧山と十三代将軍家定の生母・本寿院が南紀派、十三代家定の正室である【  】が一橋派であった。

4)十四代将軍家茂の正室となった【  】は、皇女が武家に降嫁し、関東に下向した唯一の例であった。

5)徳川最後の将軍徳川慶喜の正室・【  】は一度も大奥入りしなかった。


■江戸時代(9)
 大奥―秘められた空間 part4 【解答】

 当回分の解答です。

1)天保 2)御切米 3)天璋院 4)和宮 5)一条美賀子 

 現在のわれわれがイメージする華やかな大奥は、おもに幕末の大奥風俗とされています。大奥ではたびたびの奢侈禁止令にもかかわらず、浪費が繰り返され、幕府の財政を圧迫した。終身奉公で一生を大奥で過ごさねばならない女中は籠の鳥も同然で、唯一の楽しみは衣装道楽だったのかもしれません。

(協力・セマーナ株式会社)

 


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