2009.9.7    
江戸時代 (4)
 先人がつくった日本の歴史を、もう一度勉強してみることも、大切です。設問形式にしてみました。さあ頭の体操もかねて挑戦してみましょう。とりあえず江戸時代からです。解答は文末にあります。
鍾乳洞 入り口

■江戸大名―親藩・譜代・外様の封地 part1

1)大名とは、【  】万石以上の領地を知行するものを指す。これらは、親藩、譜代、外様に分けられる。

2)松平氏の一族は保科松平家(会津藩)、越前松平家(福井藩)などの親藩となったが、縁戚になった譜代や【  】にも松平の名乗りは許された。

3)徳川将軍家成立に戦功があった酒井忠次、榊原康政、【  】、井伊直政は徳川四天王と称され、それぞれ譜代大名に列せられた。

4)江戸幕府で将軍の補佐役を勤める最高職の【  】は、十万石以上の譜代大名のうち、井伊、酒井、土井、堀田の四家に限られていた。

5)三百諸侯中、唯一百万石以上を領した加賀の【  】家は、五代将軍綱吉以降、徳川家との濃い血縁関係により御三家に準ずる家格となった。

6)一国以上を領する大大名を「国持」、それに次ぐ格式の「国持並」、居城を持つ「城持」と続く。三万石以下の大名の多くは城がなく、【  】と呼ばれた。

7)徳川幕府が大名を統制するために制定した一三条の法を、【  】といった。

8)幕府開設当初、国内統治のための大名の領地替えである【  】が行われた。

9)大名の相続には将軍の認可が必要だった。男子がいない場合は当主存命に限り養子縁組が認められたが、当主が急死した場合は【  】にあう例もあった。

10)幕府が大名に課した義務の一つに、江戸と領国の間を往復する【  】の制度があった。

 


 

■江戸時代(4)
 江戸大名―親藩・譜代・外様の封地 part1【解答】

当回分の解答です。

1)一 2)外様 3)本多忠勝 4)大老 5)前田  6)無城 
7)武家諸法度 8)国替え 9)取潰し 10)参勤交代

 江戸時代、藩の領地はそれぞれの大名による支配が認められていました。しかし、それは徳川将軍によって保証(安堵)されたものであり、「武家諸法度」に違反した大名は厳しく罰せられました。一方、参勤交代は徳川将軍に臣従の証を見せるための制度であり、当初、外様大名によって行われていたものが、寛永年間の武家諸法度の改定で整備され、譜代大名にまで義務化されました。

(協力・セマーナ株式会社)

 


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