2009.8.24    
江戸時代 (2)
 先人がつくった日本の歴史を、もう一度勉強してみることも、大切です。設問形式にしてみました。さあ頭の体操もかねて挑戦してみましょう。とりあえず江戸時代からです。解答は文末にあります。
鍾乳洞 入り口

■徳川将軍の系譜―家康から慶喜まで part1

1 )徳川家康が今川からの独立後、永禄7年(1564)に領有し、本拠地としたのは
【  】国である。

2 )家康のもとの姓は、【  】である。

3 )家康が石田光成率いる西軍を関が原の戦いで破った慶長5年(1600)から、十五代将軍慶喜が大政奉還した慶応3年(1867)までの【  】年間を江戸時代(徳川時代)という。

4 )家康の後嗣には長男信康、次男秀康、三男秀忠がいたが、信康は【  】に自害させられ、秀康は豊臣秀吉の養子になり病死、二代将軍には秀忠が就いた。

5 )二代将軍秀忠は全国諸大名の所領を没収するなどの【  】を実行し、将軍家の権威を確立した。

6 )家康に始まった江戸城と城下の整備は三大将軍家光によって完成した。さらに家光は、家康を東照大権現として祀る【  】を完成させた。

7 )徳川家は将軍の血筋を維持するために、家康の九男義直の尾張徳川家、十男頼宣の紀伊(紀州)徳川家、十一男頼房の水戸徳川家を【  】とした。

8 )八代将軍吉宗の次男宗武の田安家、四男宗尹の一橋家、九代将軍家重の次男重好の清水家を【  】とし、将軍家に後嗣がない際の選定先とした。


■江戸時代(1)江戸の風景
 ―開府400年の移り変わり【解答】

前回8/17分(vol.01)の解答です。

1)太田道灌 2)豊臣秀吉 3)征夷大将軍 4)日比谷
5)多摩川 6)家光 7)上屋敷 8)柳沢吉保 9)振袖
10)生類憐みの令 11)松の廊下(松之大廊下) 12)泉岳寺
13)北町 14)同心 15)火付盗賊改 16)吉原(新吉原)
17)昌平坂学問所

 当初、江戸の町には、京都を手本とする碁盤目状の都市計画がありました。町人地では京風の町割が採用され、日本橋、京橋、神田などはこれに則って整備されました。しかし、明暦の大火によって町の六割が焼失すると、本所、深川が新興住宅地になるなど、江戸の人口はあわせて110万を超える大都市に成長しました。

■江戸時代(2)徳川将軍の系譜
 ―家康から慶喜まで part1 【解答】

当回8/24分の解答です。

1)三河 2)松平 3)ニ六八 4)織田信長
5)改易 6)日光東照宮 7)御三家 8)御三卿

慶長8年(1608)、征夷大将軍に就いた徳川家康は、江戸に幕府を開きます。「武家諸法度」「禁中並に公家衆諸法度」を制定、士農工商の身分制度に立脚した徳川幕府の基礎を固めました。

(協力・セマーナ株式会社)

 


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