そら飛ぶ庭
   

【知の庭】
2008.08.11
山本常朝の「葉隠聞書」が
武士道の手引きに


金箔の天守閣を持った名護屋城

藩校弘道館が佐賀の人材を輩出


写真1


■葉隠

 佐賀藩の第2代藩主であった鍋島光茂に仕えていた佐賀藩士の山本常朝が口述したものを、田代陣基が書きまとめたもので、「葉隠聞書」と呼ばれる。
 佐賀藩は佐賀一本藩に3支藩を沖、それぞれに自治を任せていたため、本藩の収入は限られていて、2代の光茂の時代から、財政は逼迫していた。こうした経済的背景もあって、山本常朝の精神論を説く「葉隠」は藩内で広く読まれた。また、武士道を説いていたこともあり、江戸時代には、江戸などでも広く読まれた。
 「武士道とは、死ぬことと見付けたり。」という言葉が有名だが、この書は広く人生においての処世術を書いている。したがって、「武士道とはー」の一文も「武士道とは死ぬ覚悟でことに臨めばよい。二つの道があれば失敗することなぞ考えずに、信ずる方向に命をかけて進んでゆけばよい」といった具合に理解してゆけばよく、極端なことが書かれているわけではない。


■佐賀藩校「弘道館」

写真2

 佐賀藩の弘道館は、8代佐賀藩主だった鍋島治茂が、熊本藩の時習館をモデルに、儒学者の古賀精里を教授として迎え、創らせた。場所は佐賀城近くの松原小路であった。
 治茂は行き詰まっていた藩財政などの抜本改革を目指していたが、その遂行には人材が不可欠であると考えた。そのためには人材育成のための藩校を創設して、藩の改革の担い手を作ることが急務として、熊本藩に儒学者の石井鶴山らを送って、担い手の教育あり方などを学ばせていた。
 したがって、弘道館の教育の目的は、藩政に役立つ忠直廉潔の士であり、また藩の役職者も弘道館の出身者から選んだ。このように弘道館は反省の中心機関となっていった。
 旧制佐賀中学校は、この弘道館跡に開校して、弘道館の教育精神を継承している。


■名護屋城

写真

 豊臣秀吉が、朝鮮に攻め込んだ文禄・慶長の役に際して、造らせた城である。佐賀県唐津市鎮西(肥前国松浦郡名護屋)にあり、加藤清正、寺沢広高が普請奉行となって、鍋島藩など九州の諸大名を動員して築いた。
 突貫工事を行い、文禄元年(1592年)に8か月ほどで完成した。5層の天守閣があり、大阪城に次ぐような広壮な城であったようだ。天守閣には金箔を施した瓦が使われていて、戦時用の城とはいえ、秀吉の権威を諸大名に知らしめるためか、派手な構えであった。城郭の周りには動員された各藩の陣屋が置かれていた。


■有田焼

写真1

 肥前磁器は、17世紀初頭から造られた。豊臣秀吉の朝鮮出兵の際に、陶工が多く日本に連れてこられた。鍋島直茂も多くの陶工を連れ帰ったが、その中の一人が李参平である。李は元和2年(1616年)ころに有田の泉山で白磁鉱を発見して、そこで天狗谷窯を開いた。これが日本初の白磁で、有田焼の創始といわれている。有田町には李参平を祭神とする陶山神社がある。
 有田焼は、初期伊万里、古九谷様式、柿右衛門様式など、その製造時期、様式などで分けられる。また、これらとは別に、献上品のみを造る様式があり、鍋島藩に献上するための「鍋島様式」、天皇家に収める「禁裏様式」と呼ばれるものがある。


■佐賀藩の化け猫騒動

写真

 佐賀藩の悲劇の家系は、龍造寺一族である。江戸時代に続いた鍋島直茂を「藩祖」とする鍋島家は、それ以前に肥前を中心に勢力をのばしていた龍造寺一族の家臣筋である。つまり、直茂は龍造寺一族の権威を一身に集めていた龍造寺隆信が、沖田畷の戦いで戦死したのを機に、肥前の国政を握ってしまったのである。しかも、龍造寺家の継嗣は、権力を取られたことで憤死している。
 こうした背景があったことから、佐賀藩には龍造寺一族や、その家臣筋の恨みが根深くあった。そこから生まれたのが、佐賀藩の化け猫騒動の話である。
世間に流布されている話はこうである。鍋島家が藩主となった後のこと、龍造寺家の直系の又一郎は佐賀藩の家臣となっていた。囲碁好きの藩主は又一郎と碁を打っていたが機嫌を損ねて、又一郎を斬り殺して井戸に沈めてしまう。年老いた又一郎の母親が帰りを待っていると、その飼い猫の「こま」が、血にまみれた息子の首をくわえてきて、ことを知った母親は自害する。そういったところから、怨念の話が続く。


 
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