【知の庭】 おらが藩
2008.01.07
 
 

伊賀上野と籐堂高虎について、作家の司馬遼太郎は「街道をゆく」のなかでこんなことを書いている。当時の家康の心境や藤堂高虎の家康が政権を持つようになっていく過程での位置付け等の一面がわかってなかなか面白い。少し長くなるが、「街道をゆく」の「甲賀と伊賀のみち」を引用してみる。

 

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郷土資料が展示されている復興天守閣

 

 伊賀上野城は、戦国末期の城である。
 織田信長は伊賀を鎮定すると、この国をその家臣(次男信雄の家老)滝川雄利におさめさせた。上野城は雄利が築いた。
 その後、あわただしく城主が何代もかわった。脇坂氏、筒井氏、ついで籐堂氏である。徳川家康が大阪城の豊臣秀頼を攻める計画をたてたとき、万一失敗した場合手当てもしておいた。その場合、嫡子の秀忠を近江彦根城まで後退させ、自分はこの伊賀上野城に後退して、攻撃再会の準備をするつもりだった。
 その秘策も籐堂高虎に明かし、高虎をして堅固な城をつくらせた。家康は高虎を信頼していた。高虎は豊臣家の大名で家康にとっては外様の男なのだが、秀吉の健在なころから家康に接近していた。高虎は、信頼されたことをよろこび、五層の天守閣という、伊賀のような小国には大きすぎるものをつくった。完成したのは慶長17年9月2日で、大阪冬の陣の2年前である。
 ところが落成と同時に、子の天守閣はとりこわされた。高虎が密命を出してそれをやらせた。きのうまで建てることに懸命になっていた棟梁や大工たちが、この日から潰し仕事に忙殺された。理由はきかされなかった。藤堂家の家臣も知らず、従って後世のわれわれには、なぜ出来たばかりのものをこわしたのかという資料がのこされていない。
 察するに、家康か秀忠の側近筋から、高虎に対し、あてこすりがあったのであろう。
「伊賀は小国ながら京・大阪の裏にあたり、天下政略にとって大切な国である。そういう所に大きな天守閣をもつ城をつくるというのは、高虎どのになにか思惑があるのではないか」
 というような声か、うわさがあったのではないか。高虎という人物は保守感覚の異常に敏感な人物で、彼の生涯はその感覚とその才能でできあがっているようなものであった。このためいそぎこわしたのではないかと思える。

 その後、伊賀上野には天守閣がない。いま存在するのは昭和12年に造られたものである。

 

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お城まつりには薪能も行われる

 

 以上が、司馬遼太郎の「街道をゆく」のなかの「甲賀と伊賀のみち」に収められている一文だ。豊臣政権という大坂の勢力を考えた時に、きわめて重要な位置にあった伊賀上野である。その大阪を潰してしまわなければ、関が原の役での敗戦ですでに力はなくなっていたとはいえ豊臣政権との間での最終的な決着はつかない。
 家康はそう考えていた。大阪城には真田雪村、長宗我部盛親などの浪人たちも集まってきている。再度、徳川が再結束した大阪方にいつ攻められるか分らない。とすれば、そのための東の陣容も立てておく必要がある、と考えるのは当然である。
 藤堂高虎は加藤清正とも並び称された城造りの名人である。大阪方が仮に攻め込んできた際に、家康が「指揮所」としても代用出来るような城造りを考えた。

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伊賀名所として有名な忍者屋敷

 

 そして、それを伊賀上野城で実行した。だが、高虎は外様大名である。もともと豊臣秀吉の家臣でもあった。その高虎が徳川家康に信頼されていることをねたんでいるものもいた。
 高虎が造っている「五層の天守閣を持つ堅固な伊賀上野城」は、家康の取り巻きにとっては「高虎」攻撃に使いやすい「道具」ともなる可能性が出てきた。いや実際にそれを使って高虎を攻撃する者もちらほら出てきていたのであろう。魑魅魍魎の棲んでいた頃の、関が原直後の時代である。
 高虎がすばやく、できたばかりの五層の立派な天守閣を壊してしまった、ことについての、司馬遼太郎の推論はよく分る。人間の複雑な心理がうごめいていた時代の“怪事件”ではあった。

 

 いずれにしても、藤堂高虎という人間は、戦場で身を呈して戦い、身体に無数の戦傷を
負っていたが、単なる勇者というだけではなく、人の心理も読み、先手を取って時代を生き抜いていく知略も兼ね備えていた名将だったといえる。
 
 明智光秀の本能寺の変があり、裏切りだらけの関が原の役があり、さらに一つの領国の中でも、主君と家老の間での陰謀の交錯があったという時代である。表向きの戦乱だけではなく、人間の内面の戦いもあった。伊賀上野城の「消えた天守閣」はそういう時代を生き抜いていくことの難しさを象徴した一つの出来事であったのかもしれない。
 司馬遼太郎はそんなところにも興味を持ったのだろう。藤堂高虎という人物を考えるうえにも、伊賀上野という土地の位置付けを考えるについても、いろんな角度でこれは面白い一文である。
 
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