【知の庭】 おらが藩
2007.08.06
 
白い浜木綿の上を蝶々がひらひらと魚の種類が多くて美味しい遣唐使の寄港地、福江島
渡辺 誠
 
写真

原敬
 

新渡戸稲造
 

 岩手県には、牛馬にちなむ唄が多い。
 「南部牛方節」「南部牛追唄」「南部馬方節」「南部駒引き唄」「チャグチャグ馬コ」などで、これは「三日月の丸くなるまで南部領」といわれたその広大な領地が、水稲農業には適していないかわりに、役畜(えきちく)の放牧には好ましい環境にめぐまれていたからでもあるらしい。
 今、その中で、最も全国的に愛唱されているのは、「南部牛追唄」ではないかと思うが、これにも幾とおりかあって、民謡コンクールなどでよく耳にするのは、沢内(さわうち・今は西和賀町に属す)あたりで唄われていたものという。

  田舎なれども サーハーエ
  南部の国は サー
  西も東も サーハーエ 
  金の山 コーラサンサエー


 間(あい)の手のコーラサンサエーが、なんとなく「南部」っぽい響きを感じさせるが、

 
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高村山荘
 

 牛といえば、詩人高村光太郎が異郷の岩手の人によせて書いた、文字通り「岩手の人」と題した詩の中に、こんな一節がある。

 岩手の人沈深牛の如し、
 両角の間に天球をいだいて立つ
 かの古代エジプトの石牛に似たり、

 沈深――深沈(しんちん)とは、おちついて物事に動じないことをいい、岩手の人の深沈なことは牛のそれのようだ、といっている。
 これはもちろん、好意的な見方であって、一方、ひねくれた見方(?)をする向きは、ことに雪深い県北、旧南部藩領の人間は牛のように引っ込み思案で決断力に欠けるなどと、わかったようなことをいったりする。
 しかし、南部藩という藩のたどった軌跡に思いをはせる時、牛の如く深沈の藩風が、往々にして鈍重にかたむくあまり、進むべき道を誤らせた、とはいえるのではないか。

 
 
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早坂牧場
 

 俗に南部二十万石と称えられるが、初めは十万石だった。寛文四年(一六六四)に、今は青森県に属す八戸藩が二万石で分立し、盛岡藩八万石が立てられてから、二十年後に十万石に加増があって、さらに江戸時代後期の文化五年(一八〇八)にそれが倍増している。
 二十万石取りといえば当時の大名歴々の上位に昇ったことになり、聞こえはいいけれども、領土が拡大したわけではない。現状のままで、表高(おもてだか)だけの増俸であった。
 ロシア船の来寇以来、蝦夷の防備が焦眉の急となったおりから、幕府としては南部・盛岡藩の軍役負担を倍にさせたまでのことであった。
 藩財政の窮迫は、当然のことながら、のっぴきならないものとなった。
 水稲生産の北限地である南部領に、これでもか、これでもかと相次いで襲いかかった大凶作、大飢饉のために窮乏の極に達していた最中に、この仕打ちである。
 こうして財政の立て直しは喫緊(きっきん)の大事となったにもかかわらず、藩主に決断力ある名君を得ず、臣下に発想力ある人を得なかったばかりでなく、いたずらに派閥の抗争に溺れたところに、この藩の苦悩があった。
 この藩はこのとき深沈というより、一個の鈍重な「牛」と化していたといえよう。

 

 下って戊辰戦争に際し奥羽列藩同盟に参じて、その結果として「朝敵」の汚名をこうむったのも、改革派が頑迷固陋(がんめいころう)の守旧派との抗争のために足を引っ張られたからにほかならない。

 高村光太郎の詩は、こう結ばれている。

 この山間にありて作らんかな
 ニッポンの脊骨岩手の地に
 未見の運命を担ふ牛の如き魂の造型を。

 
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チャグチャグ馬コ
 

 鎌倉時代より悠久六百八十年間にわたって盛岡を墳墓の地としてきた名家、南部家は、「朝敵」のかどで明治政府により奥州白石(しろいし・宮城県白石市)十三万石に転封されて廃藩に及んでいる。
 しかしその旧領地は、近代日本の重厚な偉人を少なからず生んでいる。
 南部藩士の家に出た原敬(はらたかし)や新渡戸稲造((にとべいなぞう)は、中でも著名であり、文学の世界では、何よりも宮沢賢治、石川啄木を育んだ地として知られている。
  「未見の運命を担ふ牛の如き魂」が、新しい時代を迎えて解き放たれ、ようやく「田舎なれども南部の国」から飛翔したのである。

【写真協力:花巻市観光課 】
 
 
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