【知の庭】 おらが藩
2007.01.29
Vol.1  土佐藩(高知) カツオのタタキや鯨料理 宴会好きで、議論好き 一弦琴に和紙の伝統
長宗我部 友親
月の名所の桂浜
写真
 月の名所と呼び声の高い「桂浜」。台風が接近した時はよくテレビで中継されるところでもある。この浜に立つと太平洋の遠くから、たったいまやってきたばかりの白波が打ち寄せる音が聞こえる。そして、足元には、緑や赤の色とりどりの五色石が打ち上げられている。
 「土佐の桂浜」。おそらくこの地を訪れたほとんどの観光客が、月をめで、波の音に耳を傾けてはいても、この裏手の高台が城跡だったことに気づいてはいないだろう。 
江戸時代に土佐藩を構えた山内一豊はさしたる苦労もなく、徳川家康に関が原の戦などのご褒美として土佐に入ってきたが、それまでを治めていたのは土佐統治の長い歴史を持つ長宗我部氏だ。桂浜の裏手の山にこの長宗我部氏の居城はあった。
(写真)上竜頭岬が北東端に、下竜頭岬が南西端にあり、その間に挟まれて弓形に砂浜が延びている桂浜。下竜頭岬には竜王宮があり鳥居が立っている。昔から月の名所として知られ、土佐民謡「よさこい節」にも詠われている。
 
秀吉に鯨料理を進呈
写真(写真)土佐の珍味「鯨赤味の刺身」。高知では、昔から食べられていた鯨。捕鯨禁止などの影響で店頭では見ることも珍しくなってきた。  この桂浜の裏手の坂を登り、浦戸城の天主のあったあたりにやってくると、さっと強い風が吹きぬけ、太平洋がはるかかなたまで見渡せる。その反対側には浦戸湾が広がり、かっては鯨が何頭も塩を吹いていた。「浦戸」はよさこい節の「浦戸を開けて」に通じる。
  浦戸の城主であった長宗我部元親はこの浦戸湾で生け捕りにした鯨を、そのまま大阪湾にまで運び鯨を見たことがなかった豊臣秀吉に見せ、鯨料理を進呈し、秀吉は大いに喜んだという記録がある。今はこの元親の愛した城跡は、井戸の痕跡が残っているくらいで、ほかは何もない。
 
坂本龍馬好き
写真  土佐の現代人は、長宗我部元親の仕事よりも、幕末に活躍した坂本龍馬の方が好きらしい。だから、この城跡には坂本龍馬の銅像が建ち、そちらの方が今は有名だ。さらに、龍馬館というのが元親の天主の後にできた。けれども、元親の怨念か、龍馬館は建設後すぐに雨漏りするなどの異変が起きたと聞く。
(写真)景勝地・桂浜に建つ坂本竜馬像。本山白雲の作。太平洋に向かって立つその姿は、近代日本の道を大きく開いた幕末の志士のりりしさが伝わってくる。
 
坂本龍馬好き
 日本全国にあまねく知られた土佐の代表的料理に「皿鉢料理」というのがある。これこそもっとも上手にできた酒飲みのための料理だ。土佐は女性がよく酒を飲む。はっきり言えば強いのだ。だから、酒席にもぜひ女性ともども参加したい。そのためにカツオのタタキはもちろんのこと、先付けからデザートまでの全ての料理をひとつのさらに盛り込んでさっと出す。そして、女将さんも座に入って一緒に語り、飲む。これが土佐流であり、皿鉢料理の狙いだ。
写真  そして、この席でよく議論になるのが、長宗我部派と山内派のどちらが、好きか嫌いか、といったたぐいの、いわば結論のありえないようなどうでもいいことを、夜を徹してやる。こんな酒の席が土佐では江戸時代を含め四百年えんえんと続いている。
(写真)土佐の珍味「鯨赤味の刺身」。高知では、昔から食べられていた鯨。捕鯨禁止などの影響で店頭では見ることも珍しくなってきた。
 
本音は山内派
 高知は長宗我部派の方が建前は多いが、本音は現実の政治、経済に直結している山内派が大多数というのが実際のところだろうか。とにかく土佐人は「自由民権の地のへそ曲がりの土地柄」といわれるだけあって、話がなかなかまとまりにくい。
  だから、知事も市長も県外からということになってしまったりする。つまり、地元の候補は知りすぎていて、なかなか当選させないのだ。まっ、自由民権の発祥の地でもあるそうですから、それも仕方がないことなのですかね。
 
街づくりを進める
 山内一豊は高知城を築き、城下町を市の中心部に設営することによってその政権基盤を作り上げた。この城下には今も市が日曜日に開かれ賑わっている。高知城のふもとに内堀をめぐらしたが、南北の外堀は潮江などの両河川で代えた。自然を活用したのである。その東西に溝渠を作り住居とした。これによって城下町ができた。
 山内氏とともに静岡からやってきた人々の住む「掛川町」、京都から商人を招いた「京町」、境の商人を中心にしてできた「堺町」などで街が構成された。長宗我部元親は加藤清正らとともに、秀吉の命で朝鮮の役に参加したが、その際に捕虜として連れられてきた人々も「唐人町」を作り住まわせた。職種によって細工町、紺屋町、大工町というのがあり、町の様子が見えてくる。当時の賑わいも伝わってくる。また、文化面では一弦琴や和紙造りなどの工芸も盛んで、その伝統が今に伝わっている。
 
大阪城築城で財政難に
 城下町を形成するために領内各地から、集めた住民もその出身により朝倉、種崎、蓮池、広岡の各町にすまわせた。ものすごく分りやすい。こうして土佐藩は次第に構築されていった。
  士農工商の封建制度の身分制が厳しかったが、土佐はこの他に山内譜代の武士階級と旧長宗我部の家臣との区別があった。家老、中老、馬廻,小姓組留守居組みの五等級は上士とし、これに対し、長宗我部の関係者は郷士をはじめ、用人、足軽のたぐいとされた。
  財政は掛川六万石から、一気に土佐二十四万石の国持ち大名となったことから、出費が膨張、かなりしんどいものとなった。このほか大阪城築城のための石材の拠出,将軍家へなどへの献進、などがあり圧迫した。何度か改革を行ったが、次第に膨らんでいった経済はなかなか縮小できなかった。
写真
(写真)高知城。天守閣、追手門以下15棟の建造物が国の重要文化財に指定されている。高知城の象徴である天守閣は、高さ18.5mの3層6階、屋根入母屋造り本瓦葺き。山内一豊によって1603年に築城されたが、1727年の大火で消失。現在の天守閣は1748年に再建されたものである。
風景写真 :(財)高知県 観光コンベンション協会より
 
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イラスト 長宗我部 友親  (ちょうそがべ・ともちか)
親房系長宗我部家の十七代。通信社の記者を経て、現在株式会社企画の庭の代表取締役。著書に『なごやの忘れもん』、『街かど経済入門』などがある。
 


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