諸藩人物伝風流大名
2007.05.28
Vol.3茶どころ、菓子どころ出雲
渡辺 誠

 八雲立つ出雲の国は茶どころ、そして伝統の菓子どころでもある。山川・若草・八雲小倉・どう行列・菜種の里・十八万石・・・と、その名を挙げればきりがないけれど、そんな銘菓の「生みの親」ともいうべき人が、松平治郷(はるさと)という殿様だ。

 徳川家康には孫にあたる藩祖、松平直政よりかぞえて七代目の松江藩主である。その号を尊んで、「不昧(ふまい)公」の名でもっぱら親しまれているこの殿様、すぐれた茶人であって、その催した茶会に、出雲の銘菓はみな、ゆかりがあるとされている。

 
松江城周辺
 
 
茶道と禅が一致する

 茶道の奥義と禅の道が一致するということを、「茶禅一味(いちみ)」という。松平不昧はその両道を極めた大名だった。徳川の親藩(しんぱん)の当主としての責任ある身が、そういう浮世離れしたようなことにかまけていて、よく臣下から突き上げられなかったものだと疑われるところだが、それにはわけがある。

 不昧は十七歳の時、藩主に立てられた。江戸時代中期の明和四年(一七六七)のことだったが、それから実に三十年の間、親政――いわゆる「御直捌(おじきさばき)」を執ることがなかった。

 あえて藩政から遠ざけられていたのである。父の宗衍(むねのぶ)が隠退したとはいえ健在で、政治に睨みを利かせていたし、父没後は仕置き役として朝日丹波という名家老が実権をにぎっていた。つまり不昧の出る幕ではないというわけで、彼は藩政に関与しないように封じ込められた。そのための方策として、茶の道、禅の道に関心をもつように、しむけられたのである。

 何でも「よきにはからえ」ですませる、一種の「バカ殿様」へのコースを設定されたといえる。

 
バカ殿を演じる

 むろん、バカ殿などではなかったのである、不昧公は――。

 名目ばかりの藩侯の立場を脱して、四十六歳で自ら政務を執ることになった彼は、藩政の構造改革に、また財政再建に、大いに剛腕をふるっている。中でも、治水事業を進め、産業の振興をはかり、さらには木綿・和紙・蝋(ろう)などの産物を、藩の専売品となして、財政をまたたくまに立て直したことが特筆される。こうしたことから、松江藩の「中興の祖」と後世に仰がれるに至ったのだから、リーダーとしての能力は十二分にそなえていたといえよう。

 それだけに、藩政から疎外されていた三十年間は、怏々(おうおう)として楽しまぬ歳月だったに違いない、とおもわれがちだが、そうではなかった。

 
雌伏の青壮年時代

 この殿様は、クサッたりしなかったのだ。雌伏していた青年・壮年の時代、不昧は石州(せきしゅう)流の茶道を修め、あわせて参禅をもっぱらとして、茶禅一味の境涯にあそび、ついにその妙境を悟る。

 そればかりではない。彼は世間一般に行われている茶道を厳しく批判して、その改革に旺盛なる精力を注いだ。そして、千利休以来の茶道の正統を守ることを旨としながら、これに石州流の「実(じつ)」を加味して、「大名茶」と「町人茶」とを融合させて、ついに独自の茶道一流を開く。

 出雲でいう雲州流、すなわち「不昧流」がこれである。

 「菅田庵(かんでんあん)」という山荘が、松江市の北郊にある。茶室菅田庵と向月亭と御風呂屋からなるそれは、不昧が命じて建てさせたもので、不昧自ら鷹狩りの後などにここに憩うのを常とした。
 風流大名にして名君、松平不昧の遺風がしのばれる建物である。

 
渡辺 誠 (わたなべ・まこと)
1945年、台湾・高雄生まれ。九州大学中退。
週刊誌記者を経て、文筆業。著書は『勝者への指南書』(PHP研究所)、『幕末剣客秘録』(新人物往来社)、『禅と武士道』(KKベストセラーズ)など多数。
 
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