【知の庭】諸藩人物伝「これぞほんもの」
2007.03.12
Vol.2 福岡藩 母里太兵衛 とてつもなく長大な槍 もとは秀吉が愛蔵 民謡にうたわれた黒田武士
渡辺 誠
 「 黒田節 」 という、ひと昔前に酒席をきまって盛り上げた民謡がある。
 もとは 「筑前 (ちくぜん) 今様 (いまよう) 」と呼ばれて、福岡城主黒田家の将士の間でうたわれた一種の祝儀唄だが、「 これぞまことの黒田武士 」 の詞でこの唄にうたいこまれたさむらいが、戦国から江戸時代の初めの世を生きた、母里太兵衛 (もり・たへえ) である。 
 
酒は飲め飲め 飲むならば 日の本一の此の槍を 
飲みとる程に 飲むならば これぞまことの黒田武士

 「 日の本一の此の槍 」 とは、もとは豊臣秀吉が愛蔵し、「 賤ヶ 岳 (しずがたけ) の七本槍 」 の一将として名高い勇将、福島正則 (ふくしま・まさのり) に下賜 (かし) された、とてつもなく長大な名槍で、号して 「 日本号 」 という。あるとき酒席で正則に、大盃で酒を飲むことを強要された太兵衛は、正則秘蔵のその槍を下されるのならばと、いわばイッキノミをしてみせて、あっぱれせしめたものである。
 大男、そして大力の士であった。その人物は一言でいうと 「 我武者羅 (がむしゃら) 」、とかく血気にはやる向う見ずの武辺者だったが、これが黒田家の尊ぶ士風とされたものであろう。

 稀代の軍師との評価もある名将、黒田如水 (くろだ・じょすい) (孝高の臣下)
に剛勇の士二十四人あり、「 黒田二十四騎 」 と後世これを称えているが、中にも母里太兵衛は血気の士をもって鳴った男で、如水、またその子の長政 (ながまさ) (福岡藩祖) より絶大の信頼を得ていた。
 関ヶ原の役の開戦前、黒田長政は徳川家康が関東に下るのに従うとき、大坂に人質として置いていた母 (如水の妻) と自分の妻とに、家老の二人を付けておいた。家康の敵将石田三成 (いしだ・みつなり) が挙兵した際、彼女たちが生け捕りにされないための守り役として残したのだ。栗山四郎右衛門 (くりやま・しろうえもん) 、そして太兵衛の両名であった。
 母と妻を本国へ護送する任をも、長政がかれらに命じたのは、太兵衛と、彼に 「 兄 」 と慕われていた栗山の両家老に、全幅の信頼をよせていたからに違いない。

 さて、いよいよ大坂の黒田家の屋形に、石田方の探索の者の目がひかってきたと見た太兵衛は、商人の姿に変装する。そして、かねて用意しておいた物売りの使う籠二つに、人質の二人を俵に包んで入れると、これを天秤棒でかついで、風呂場の壁の抜け穴から忍び出た。
 大力の太兵衛にすれば、女性二人をひっかついで逃走するなどは、わけもない。彼は栗山と一計を案じて手配をしておいた町屋に、彼女たちを隠す。ここに留まること七日ほど、それから裏の川から小船で脱出したのだが、途中に舟番所の検問があった。

 もとより向こう見ずの剛の者だ。太兵衛は先手を取って船より飛び降りると、顔見知りの番頭 (ばんがしら) に、「 在所に所用あって下るところであるが、もしも船中にご不審あらば、とくと検(あらた)められえ 」 といった。
 船の中には、太兵衛の従者たちにひそかに守られている大籠があって、中で女二人が息を殺して潜んでいる。「 なんの別儀がござろうか。検めるにおよびませぬ 」 と、番頭以下の役人が答えたのは、太兵衛の気色に気圧されたからでもあるが、もう一つあった。

 ひげ面の大男がこのとき持ち立てていたのが、天を突くがごときおおみ大身の槍で、彼らはその威光にまったく圧倒されてしまったのだった。
 母里太兵衛の一行は、なんなく番所を通った。
 黒田武士の鑑、我武者羅太兵衛の化身のような名槍 「 日本号 」 は、木っ端役人どもを睥睨しつつ、川を下って海の方へと消えていった・・・。
 
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渡辺 誠 (わたなべ・まこと)
1945年、台湾・高雄生まれ。九州大学中退。
週刊誌記者を経て、文筆業。著書は『勝者への指南書』(PHP研究所)、『幕末剣客秘録』(新人物往来社)、『禅と武士道』(KKベストセラーズ)など多数。
 


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