2007.01.29
【歴史】諸藩人物伝「これぞほんもの」熊本藩 都甲太兵衛 拷問にも耐えたぞモッコス武士
宮本武蔵もほめちぎる
渡辺 誠
 肥後・熊本の方言にいう「モッコス」とは、一言でいうと、意地っ張りのことである。熊本藩細川家のその典型的な武士が、文豪森鴎外の小説にも書かれている都甲(とこう)太(た)兵衛(へえ)だ。
 
  話は、江戸城修築の課役が寛永十六年(1639)に、幕府より全国の諸大名にくだされたときのことである。このとき都甲太兵衛は石盗っ人の嫌疑をかけられて、「篠揉(しのもみ)」という拷問を獄中でうけた。細川家より献上の石材の延着しているのをとりつくろうために、他家の石を調達した、ととがめられたのだった。

 篠揉とは、こんな拷問だ。まず、竹の小口(こぐち)を薄くくりぬいたのを、膝に当てて揉む。すると肉が竹に入るけれど、これを引き抜くと、穴が膝にあく。その穴に、ぐらぐらと煮立った醤油をそそいで責めぬくのである。
  ひどい拷問があったものだが、この太兵衛、音(ね)を上げるどころか、「さてさて手ぬるいことよ」というや、竹を獄卒の手から取り上げて、これでもかと揉みに揉んで、醤油をじゃぶじゃぶ自分の膝の穴ぼこにそそぎこんだものだ。
肥後モッコスの面目躍如といったところである。
 
  かれの嫌疑ははれたが、ほんとうに石盗っ人をはたらかなかったかというと、そうではない。太兵衛は諸大名家の運び入れた石材の標(しるし)を取り除いて、細川家の標にすりかえただろう、と鴎外は歴史小説の短編「都甲太兵衛」に書いているが、ありそうなことである。
  いつ、いかなる場でも、この身は試し斬りにされてもよい、という一念を日夜こらしてきた太兵衛には、そんな大ばくちも、なんでもないことだった。
 
  剣豪宮本武蔵も、かれのその平生の心がけを一目で見ぬき、藩祖細川忠(ただ)利(とし)の御前で、「これぞ真の武人」と太兵衛をほめちぎったという話もつたえられている。

 
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渡辺 誠 (わたなべ・まこと)
1945年、台湾・高雄生まれ。九州大学中退。
週刊誌記者を経て、文筆業。著書は『勝者への指南書』(PHP研究所)、『幕末剣客秘録』(新人物往来社)、『禅と武士道』(KKベストセラーズ)など多数。
 


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