【趣の庭】音楽日記・欅の木漏れ日
2009.2.23     
時計の針音は何拍子か?
ストラヴィンスキーの
晩年作品を聴く

石塚 潤一      
■時計の針音は何拍子か?

 筆者の自宅は東京のN区にあるのだが、かつて近所に八村義夫(はちむら・よしお)という特異な作曲家が住んでいた。過去形で語るのは、八村は24年も前にこの世の人ではなくなっている(1938-1985)からで、筆者が本格的に現代の音楽を聴きはじめた頃には、既にその死から何年もの年が経過していたということになる。存命であれば、いろいろ伺いたい話などもあったので、ほんとうに残念なことだと思う。

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 N区には、他に松平頼暁(まつだいら・よりあき:1931-)という作曲家もお住まいで、この方はかつての連載(第12回)でご紹介した松平頼則(まつだいら・よりつね)の一人息子である。77歳になった現在も精力的に作曲活動を続けており、来月の1日にも、ピアニスト:井上郷子のリサイタルで新曲が初演され(東京オペラシティ)、さらには新作初演を含むピアノ曲を集めた個展が、同じくピアニストの中村和枝によって春から夏にかけて二回、予定されている。

 さて、松平氏より、八村氏からかかってきた電話について伺ったことがある(以下、敬称を略す)。ある晩のこと、不意にかかってきた電話に出てみれば、八村は藪から棒に「時計の針が刻む音は何拍子だと思う?」と訊いたのだとか。それに対して、松平はただ一言、「一拍子だ。」と即答したという話。

 この2人の作曲家の人柄を知るものが聞くなら、あまりによく出来た笑い話のような話である。時計の針を動かすメカニズムは常に同様に作動するわけで、発音のシステムが同じなら針は常に同じ音を刻むしかない。したがって拍節など存在せず言うなれば1拍子だという松平と、その変わらない刻みに何らかの拍節を幻視せずにはいられない八村。少し考えてみると、彼らの時計の針音への感応は、2人の作曲家の人柄のみならず、作風が如実に反映していることに気づく。この2人の作曲家をご存知ない方もしばらくお付き合い頂きたい。この話は単なる笑い話ではなく、音楽についての根源的な問いをも内包しているのだから。

■二人の作曲家

 より詳細な説明が必要だろう。八村義夫といえば、表現主義をさらに凝縮したような作風によって知られる作曲家だった。表現主義では、人間の感情表現/情念を作品へと直接的に反映させようとする。それも、喜びや悲しみといった感情よりも、不安や葛藤といった感情を。音楽史的には、爛熟した後期ロマン派がその語法を刷新している中で無調へと到達した頃、世紀末のウィーンでのジームント・フロイトの登場と歩調をあわせるかのように、表舞台へと登場してきた。

 込められた感情はときに作品のフォルムを歪ませ、作品が置かれた場すら捻じ曲げるような強烈な存在感を発揮する(代表的な作品としてシェーンベルクの「月に憑かれたピエロ」を挙げておこう)。八村はそうした激烈な感情を作品の中へとパラノイア的とすらいえる情熱でもって凝縮していったのだった。そうした八村の志向がよく表れたのが、彼の代表作である「星辰譜」の冒頭、チューブラベル(NHKの「のど自慢」で審査結果を知らせるあの楽器だ)のソロが何分間にもわたって続いていく箇所である。八村は作曲当時、この楽器の実物を見たことすらなく、音楽辞典に載っている写真から音を想像しながら長大なソロを書いたのだという。そうした規格外なエピソードすらすんなり受け入れてしまうような、情念の凝縮としか言いようのないソロなのだ。

 対して、松平は音楽に対してもっとドライである。情念的な表現を忌み嫌う松平は、音楽とはいかなる感情を表現するものでもないという。これは松平が受けてきた、そして多感な少年期に外傷的にすら作用した、戦前の情念的な教育に対する反発でもあるだろうし、松平の科学者としての理性によるものでもあるのだろう(松平は、立教大学で生物物理を講じた生物物理学者でもある)。松平にとって、音楽とは複数の音の組み合わせが作るパターンの面白さ、その愉悦を楽しむものに他ならず、それゆえ彼は、そのパターンを多様化し、瑞々しい音の立会いを実現するために、ありったけのアイディアを絞るのである。

 もちろん、筆者はどちらの立場が正しいのかを議論したいわけではない。科学者でもある松平は物理現象としての音を正確にとらえたものだが、発された音をありのままに認識するほど人間の知覚は単純ではない。そして、そうした物理現象としての音と、脳で知覚される音とを隔てる微小な差異、えてしてそうしたものが芸術にとって本質的なのだ。よって、ここではとにかく、音に対してありったけの情念を凝縮させようという立場と、逆に、それを極力廃して音へと接しようという立場があり、2人の作曲家はいわばその両極を代表していると認識しておけば良いと思う。

 しかしながら、特に現代の日本において、後者の立場は殆ど理解されていない。たとえば、昨年末に死去した作曲家:遠藤実の信条は「歌は心」だった。もちろんこれは、歌謡曲の話であるが、多くの人にとって身近な音楽表現といえばまずカラオケなのだから、この発言は現代日本の「聴き手」の実感をよく表していることと思う。楽器演奏の場も、実のところそれとはさほど遠くないところにある。ゆえに「啼きのギター」だとか、「むせび泣くようなオーボエの旋律」なんて表現が、音楽のジャンルを問わずに肯定されていて、プロの演奏家すらが、音楽はどのような感情も表現しないという、松平の言葉に拒否感を示したりもする。だが、感情と音楽を一度切り離してみることで、音楽について従来とは違った聴き方が出来るようになるかも知れない。そして、そうした聴き方こそが、クラシック音楽や現代音楽を受容する上で大切な訓練となるのである。

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■ストラヴィンスキーは生きている

 音楽に対するそのようなスタンスを身につける、とはいっても、いきなり松平頼曉では敷居が高い。そこで、本稿ではストラヴィンスキーの作品をご紹介することとしよう。言うまでもなく、「火の鳥」「ペトルーシュカ」「春の祭典」の3大バレエで知られる、20世紀で最も偉大な作曲家の一人である。ところで、このストラヴィンスキーに「時計の針が刻む音は何拍子だと思う?」という質問をしてみたらどう答えるだろう。残念ながら、その答えは残っていないのだが、彼もまた間髪入れずに「一拍子だ」と答える作曲家だったと筆者は思う。

 1920年頃、ヨーロッパの音楽界に新古典主義という潮流が生まれた。ロマン派や表現主義が音楽へとずっしりと背負わせた情念を取り払い、音の運動と軽やかに戯れようとしたこの潮流を、誰よりも本質的に体現したのがストラヴィンスキーであった。その明晰さへの志向、音楽においてはスコアにあることしか起こらないとでも言いたげな見切りの潔さは、他の新古典主義作曲家と比べて断然際立っている。これが徹底した音の扱い、楽器法の上手さへと結びつき、中期以後のストラヴィンスキーの、確固とした個性を形作るのである。

 本稿ではさらに進んで、ストラヴィンスキーの晩年の作品を紹介することにしよう。1950年代に入り、ストラヴィンスキーは12音技法をその創作へと組み入れることになる。言うまでもなく、12音技法とはシェーンベルクが表現主義の森の中で掴み取った、無調の中での組織的な作曲を可能とする方法論である。森が深ければ、その実りも大きいが、だがその中で遭難してしまう危険も増える。だからこそ、その中を自在に歩くための指標と十分な計画が必要となり、12音技法こそがその指標として生み出されたのである。この12音技法が生まれたことにより、シェーンベルクの創作は表現主義的な混沌を脱し、古典的な形式を重視した新古典的なものへと傾斜していった(それゆえに、現在的な視点ではシェーンベルクもまた新古典的主義の作曲家と分類することがある)。

 シェーンベルクが没した1951年頃より、ストラヴィンスキーはかつて批判したこの技法を自身の作曲へと援用しはじめた。既に70歳になろうとしていたのに!だがそれは、転向や宗旨替えといったものではなかった。この技法を使用し始めても、ストラヴィンスキーはストラヴィンスキーであり続けたのだから。つまり、どこまでも明晰で、そして音の扱いはドライだが、楽器法は憎らしくなるほどに上手い。そうした個性の中で、音の運動の愉悦に溢れた優れた作品むプロセスに、12音技法が仲間入りしただけだ。抽象的なバレエである「アゴン」には、ポピュラー音楽からの影響が僅かながら混入し、三大バレエの作曲者ならではのリズムの躍動感にも事欠かない。

 ストラヴィンスキーのほぼ最後の作品である「レクイエム・カンティクルス」はさらにユニークである。押し付けがましい信仰の告白はここにはない。たが、作品終結部に至り、明晰な音の運動が鐘の音のなかに消えていくのを耳にするとき、私たちはストラヴィンスキーが自分に出来る最良の方法で、ただ無心に戯れる音の中に己の信仰の深さを表現したことに気づかされるのである。

 (これらの楽曲にご興味のある向きには、上に画像を表示している、ミヒャエル・ギーレン指揮:南西ドイツ放送響による演奏:hanssler レーベル:輸入盤、をお勧めする)。


石塚潤一 (いしづか・じゅんいち)
 1969年、東京都出身。
 東京都立大学大学院理学研究科修士課程修了。
 「松平頼則がのこしたもの」他の批評によって、
 2002年度「柴田南雄音楽評論賞」奨励賞を受賞。
 以後、読売新聞、ミュージック・マガジンなどに寄稿。
 2008年からはコンサートの制作も行う。
 家業である御嶽神社の宮司でもある。

 >>著者ブログはこらちから

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